これからは共存、それは住み分け。
こんにちは。今日はいつもより5度くらい低い気温。。。だからかとっても身体が重いです先日すごく大切なことを気づいたことがありました。今、この地球はとっても目まぐるしくぐちゃぐちゃにまぜるかのように混乱した時代に突入していますよねそれはスピの強い方でなくても私のようなイチ母親でも目の前にこれでもか!と見せられてしまうほど混沌とした時代です。ぼーっとしていればあっというまにそちらにひきづられそうになるほどごちゃまぜのちからがとってもつよい!最近私の中で私の世界にはいい人が多いな~ってそう感じていた矢先だったのでそのように平和な世界を私が観察しているからそうなんだ、そうおもっていたけどどうやらそれだけではなかったと改めて思ったこと。それは共存とはすみ分けることだと。よく、自然と共存って言うキャッチフレーズあるけどそれは植物や動物や人間以外の生き物と仲良く共に暮らす。地球を汚さず一緒に暮らしていこうそう言うメッセージにとらえていたけどそれだけじゃなく誰も排除しないでそれぞれが暮らしていくそういうことでもあったようです。例えて言うなら、戦いが好きな人は戦いの場所で。平和が好きな人は平和な好きな場所で。なんでそう思ったかというと私たちって今インターネットの普及で自分の世界以外のことが全て一瞬で情報を見ることができてしまう。いいことも悪いことも全て。で、特に印象が残るのが悪いこと。感情を揺らされてハートを氷つかせるもの。無意識のうちに自分に取り入れてしまったそのエネルギーはそのエネルギーに同調する場所や人と共鳴してしまう。いわゆる「共鳴の法則(類は友を呼ぶというやつ)」で、例えば買い物ひとつとっても横暴な人が多い地域に何も考えずそこら辺のスーパーに買い物に行くとそこは、まさしく横暴な人が住んでいるれっきとした横暴な街なわけで、人としての「マナー」だとか「礼儀」だとかは無視されても通用する、いわゆる力が強いものが正義の場所。当たり前が通じない場所に当たり前をもちこむことこそ間違っていることになるわけです。だから住み分けなのです。そう言った場所に安易に立ち入らないことがこういう場合住み分けとなるのです。山や、洞窟、海なんかもある意味そこにずっと住んでいる目に見えない存在達がそこに住んでいるのでその場所に対してこちらが入れてもらう、リスペクトをもって、入らせて。そういう意識が必要なんだとわかったのです。私の例で行くと自分の自宅近くは確かに住みやすいし比較的穏やかな人が多い印象でそれでも同じ市内でも少し場所を移動すると一気に空気が一変していること多々あります。1秒も待てないというのかな。ストレス社会に大いに疲弊しているからなのか理由はよくわかりませんがただ、思い返してみると私がその場所にわざわざ踏み入れているっていう状態なんだなってことがわかったのです。住み分けているんだから立ち入らない。入るのなら敬意をもって。これは、何も特別なことじゃなくて地域差ひとつとってもそうなんです。○○区は、住宅街だけど○○区は乱暴な人達が多いとかそれくらいの違いでもそう。今は特に過渡期なので自分の世界とそれ以外がまさにごちゃまぜで。だからこそSNSは本当に慎重に。私もすぐにネットニュースとか見てしまうのでこれからは本当に気をつけなきゃ!そう思った出来事でした。毎日の環境(どんな状態で毎日過ごしているか)はかなり重要になってきますね。人は楽しい、わくわくより安心したエネルギーが、何よりも強いらしいです!肝っ玉母ちゃんって安心感の塊ですもんね。それではまた!