
宗教とは何か。
様々な解釈があるなかで、一つを挙げてみよう。
他宗教から見れば、駄法螺であっても大真面目に信ずることだ。
このことは、一部の左翼特定政党の教義にも言えることで、両者の偏執性は共通だ。
さて、数多の宗教の中で、一神教の偏執性に辟易する向きは少なくない。
キリスト教3大宗派(オーソドックス、カトリック、プロテスタント)の信者に共通することは、キリスト教伝播地域は道徳的に優れていると勘違いしていることだ。
しかしながらこの程度は可愛いもので、イスラム教徒の唯我独尊には比べようもない。
その一つが、現在、本邦国内においての土葬要求だ。
遺憾なことに、これに呼応して一部の日本人が多文化共生(=他文化強制)の下、イスラム圏以外の欧米でも土葬が大勢なので許可するべきだとほざいている。
ところが、現在、北欧デンマークでは火葬が9割弱、スウェーデンで8割強、オランダで7割、アメリカで6割が火葬だ。
この流れは今後も続き、いずれ土葬は少数派となるだろう。
ちなみに、オランダの宗教観はカトリックから改宗後は合理的だ。
オランダは永らくインドネシアを植民地としていたが、交易を優先し布教はカトリックの西葡両国と比して極めて限定されたものだった。
また、現在でもオランダでは、正式な結婚式は自治体庁舎での結婚が法律上必須で、教会婚は当事者のオプションの意味合いしかない。
このようにオランダは、一神教主体ではあるが、世界でも宗教観の薄い国である。
なお、同国人は4割が土葬を選択するが、埋葬権利期間が10年の墓所もあり、遺族が延長措置を取らない場合は10年後には遺体ごと撤去される。
このため10年墓利用者は、棺桶に分解促進の菌で加工するなどの工夫も見られる。
ムスリムに言いたいのは、多文化共生であるならば豪に入ったのだから我が国の文化と法を守るべきだ。
ともあれ、一神教の身勝手な要求に軽々しい対応は避けたいものだ。
一方、多神教はどうだろうか。
多神教といえば、ヒンズー教だ。
表向きは無いとされるものの厳然として残るのがカーストだ。
カーストに縛られたヒンズー教社会の中で、階層間断裂の少ないジャイナ教徒やシーク教徒やゾロアスター教徒が経済的優位に立つ。
このことは中世から近世にかけての欧州キリスト教社会の中で、金銭に対する禁忌が少ないためユダヤ教徒が金融経済界に圧倒的地位を築いたことと似ている。
インドのヒンズー教を一言でいえば、神々自体に序列がある。
ちなみにヒンズー教最大宗派のヴィシュヌ派では、仏陀は9番目の神とされる。
神から人まで序列が好きなようだが、少なくとも現実社会の一般民衆は序列等の禁忌が無い他宗教に後塵を拝すだろう。
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