★ 茶髭の熊のブログ (^(ェ)^)ゞ

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★ 人畜無害、時に毒舌。 日常生活や趣味道楽 などを書いています。
★ 更新:【 第2木曜 】、他・随時更新。(2010年9月2日開設)  . 

◆ 2019年4月から、月1回の更新 (第2木曜)になりました。


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墓仕舞いが珍しくない。

一方、墓を建てる人も少なくない。

公立墓地では、旧来型の墓に加えて、様々なスタイルの墓が見受けられる。
それはそれぞれの思い入れで微笑ましくもある。

しかしながら、常々疑問に思うのは墓碑名だ。
かつては、何家の墓というシンプルなものだけだったのが、新しい墓は墓碑銘付きが多数となったようである。
西洋式の個人墓であれば、姓名、生年、没年の年月日を刻むことは一理ある。  

しかしながら、この個人情報保護の時代に墓碑銘は必要なのだろうか。
家族葬が激増するなかで、大いに疑問なのだ。
無難に周りに合わせた結果ではあると思う。

しかし、墓仕舞いに恐れをなした石屋から、収益向上のために薦められたこも少なくないだろう。

ここから先は蛇足だ。
そのうち石屋は墓の価格維持のために豪華路線に舵を切り、一部の大名や火山地域の墓のように屋根を付けたりするのが流行るかもしれない。 

本日は、野暮を承知で述べてみた。

 

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こどものころが良かったと、懐かしむ人がいる。

小生が就職したころ同期の同僚の中に、そのようなことを言う者がいた。

子供は学校等の義務はあるものの、責任とは無縁の世界だ。

一例を挙げれば、大人なら単なる失言でも重大な事態に発展することが少なくないが、子供なら子供の言で済むことがほとんどだ。

しかしながら、子供時代の何から何まで親に左右されるのは、絶対に戻りたくない。

自分で稼ぎ、自分で楽しむという自由は何物にも代えがたい。

朝の就業は自分の時間の終わりであり、夕方の就業後は自分の時間の始まりなのだ。
小生がそうだったが、昔も今も、仕事の付き合いは仕事だけという人種は一定数いた。

仕事は仕事と割り切り、上司や同僚には慇懃であるも丁寧な対応に止め、無用な波風は可能な限り避けてきた。

仕事には全力を尽くし、残業にならぬように努めた。
仲間の仕事は積極的に手伝った。

その代わり、夏や冬は一定の休みを取ることを日頃から宣言し実行した。

今、『ソロ活』が話題になっているが、乗馬やヨットなどで有給は完全に消化した。

また、人生の目標として、定年前に『投資で自立』することを目指し、これを実現した。
現在、『FIRE(Financial Independence , Retire Early)経済的自立による早期退職』が脚光を浴びている。
しかしながら、これは今に始まった話ではなく、実行に移し、かつ成功した友人は少ないながらも存在した。

小さくとも続ければ、やがて成果として実現する。
これこそが、大人の醍醐味といえる。

しかし、この積み重ねを我慢できない者はいる。

そこで、仕事や対人関係に困難があるのなら辞めることは選択肢となる。
しかし、辞める者は何をやっても辞めるものだ。
そこから先は、自己責任だ。

ともあれ、なんでも自分で決めることができる自由を顧みず、子供のころが良かったなどとは、馬鹿の戯言でしかない。

 

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父が転勤族だったので、同じ所に長く住んだことがない。
だから、故郷への思い入れなどは全くない。

引っ越しは、定期的な習慣みたいなものだった。

引っ越しには別れがつきものだが、去り行く者は日々に疎しく、新しい出会いが思い出を上書きしていく。

今、年度末になり別れの季節などとの話を聞くと、いささか鼻白む。

そもそもが、就学、就業、生活等の最低限の付き合いを除き、気の合った者以外付き合いはしない。

気の合った者は、離れていても続くので、別れの範疇には入らない。

特に仕事の付き合いなどは、好き嫌いの感情はご法度だ。
お互いムカつきながらもにこやかに、折り合いをつけながら進めていく。

そのため、基本的に仕事の付き合いは仕事だけとなり、退職後も続く付き合いはごく稀だ。

別れがつらいなどということは、その程度の付き合いに過ぎぬということだ。

 

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