なんだかんだ、ずっと一緒にいると思っていた二人が
いきなり別々の道を志したりとかして
他人事のように聞いているけど、そういうものだと思う。
周りから見て惜しいと思われれば、
いい人と一緒にいられたということだと思う。

大人になるってそういうことだ。
悲しくて潔くてもったいないもの。
だけど一度違うと思ったらそこばかり気になってしまって
ちくちく責めたり、我慢してあるときぷつんてしてしまったり。

誰とも比べないで盲目的に仲良くいられるわけないんだ。
なんとなく前の人を思い出したりとかして、
でも今二人から選べるわけじゃないもの。
今幸せならそれでいい。

おじさんに不満はあるけど、
おじさんがいいんだ。
おじさんが私でいいと思っているよりずっと、
たぶんおじさんがいい。


例えば出張や転勤や転職やそれ以外のことで
今一緒にいる人と離れなくなっちゃったら
私は構わずライフワークを取ると思う。

自分にとってその時の仕事の重みも違うし
その時転職可能性があるかにももちろんよると思うけど
誰かのために自分を捨てるなんて考えられない。

もちろん仕事より人間が大事だ。
でも他人より自分が大事だし
誰かにも、私より自分を大事にしてもらいたい。

おそらく仕事より自分を取ったことを
後々後悔されるようなことがあったら悔しいと
単にそれだけなのだと思うし、
特定の誰かが居なければ生きていけない自分に
なり下がりたくないというだけでもあるのだと思う。

人さえ良ければどこでだって生きていけると思う一方で
人に依存する人間になり下がることに抵抗がある。
だから旅行も留学も転勤の多い仕事も好きだ。
それが自分の選択肢をより広げる結果になっていることに
誇りすら感じる。
自由はいい。何よりも。
おじさんは言った。
頼れる人がいなくなったとき私は一人で頑張れる子だと。
だから私はその言葉を、私を信じ込むことにした。
3カ月後、いよいよ一人になってからでいいんだと。

そしてまたおじさんの思い通りになった。
おじさんは口がうまい。
それだけで生きてきたと言ってもいい。
おじさんは私の口にも関心してくれるけど、
私はきっと一生おじさんの口には勝てない。

おじさんがそうしたいと思うことすべてが
おじさんの思い通りになる。
私はそれが気にくわないけど
不満はないから気づかないふりをして
自分を誤魔化している。

おじさんの「思い通り」が私の意志と食い違わなければいい。
どのようにこれから生きるにしろ。
あわよくばおじさんの思い通りから道を踏み外して
私の思い通りでおじさんの思わない通りという状況に
持ち込みたいけれど
自信はないからそこまで望まない。

3カ月後、1年後、どうなっているか分からない。
でもわたしは大事なところで、
おじさんを裏切れないと思う。
とってもとっても大事なところで、
自分が愛されるためにおじさんを取ると思う。
たぶん。
私の人生で絶対に忘れてはならないことがあるとしたら
自分を縛る過去は一刻も早く忘れるように全力で努力しなければならないことだ。

誰にだって失敗や辛い思い出はある。
幸せを捨てなきゃいけないことも。
それを引きずりすぎて1日や2日無駄にすることだってある。
生きている限りはでもまた立ち上がって歩き出しもする。
ただしそのようなときはいつも、
忘れたいことを忘れられた時だ。

いつ、何度、思い出しても痛くなるなら
思い出さないように努力すればいい。
思い出すものなどなかったみたいに。

最初は防衛機制が上手くいかなくて
意思に反してむやみに思い出してしまったりして
みぞおちのあたりが痛くなって
自分の不健康さに戦慄したり。
他人に当たったりとかして。

だけどいつかそれが減っていって
世界から入って来る雑念が消えて
野菜ジュースの中にいたのが水の中にいるみたいになって
抑圧が完了したんだって思う。
そこからは、雑念以外にも世界の音が聞こえて
新しい事を始めようとか思い始めたり
夢から覚めた感覚になる。

今まで夢の中にいたとか、
生クリームの海にいたとか、
自己嫌悪に浸っていたとか、
そんなことどうでもいいから、覚めてよかったねってなる。
それでいつか本当に、
思い出すたびに吐き気がするほどいやになって
苦労してしか思い出さなくなるんだ。

おめでとう。
そこからまた新しい人生のスタート。
また失敗したり、思い出したくない過去を作りながら
生きていくんだろうけど
それでも0からまた1つ作るほうがまし。
今度はお城くらい建てられそうな気がする。
嫌な思い出が出来ても引きずらない気がする。
本当は違うのだけど。そんな気が。

それが分かっているから、私は人生で挫折することがない。
絶対に。絶対に
5月になったらおじさんとお別れする。
自分で決めた。

本当はいやだ