で書きました。
初めは、この記事でまとめて書こうかと思っていたのですが、別記事とした方がいいような気がしたので、先に書きました。
⑧エゴ自体を「悪者」にする。
エゴはエゴ自身を「悪者」とする事で、エゴに対して「怒り」を持たせエゴを「裁かせ」ようとして来ます。
このサイクルに嵌まると、すでにエゴのワナにハマっている。のでこのエゴの戦略に気づいて回避するしかありません。
エゴは「悪者」ではなくて配役としての「悪役」に過ぎない。
映画をもり立ててくれる「敵役」という視点が大切です。
(コレを体感レベルで理解・体得するには覚醒が前提なので、頭での理解だけでOKです)
⑨ネガティブな観念を「肯定」させないようにする。
自分の中にあるネガティブな観念を癒す(書き換える)にはネガティブな観念を直視して「肯定」する事が必要なんです。
で、このプロセスは「痛み」を伴うので、途中で放棄しやすいのです。
このプロセスを超えて癒されると「痛み」は自分が感じていたのではなく、自我が「痛み」として感じていただけの幻想だった。と気づけるのですが、このプロセスの最中では「痛み」は本当にあるように感じます。
この「痛み」が幻想だという事と覚醒・覚醒体験は同じような感じです。(相似形)
覚醒の予行練習とも捉えられます。
エゴはネガティブな観念を直視する時に「無価値感」や「罪悪感」「絶望」「恥」等のフォースの波動域のモノをぶつけて来ます。
このプロセスが本当にキツイので、波動を高めてからしたり、波動を高めるツールを用いたり、サポートしてくれる人の手を借りたり等はアリだと思います。
エゴは「無価値感」や「罪悪感」「絶望」「恥」などをぶつけた後、「優越感」を刺激して「肯定」が起こらないように仕向けたりします。
強いネガティブな波動の後だと「優越感」の波動を心地よく感じてしまうという「錯覚」があり、エゴはそれを用います。
また「なぜ」ネガティブな観念を持ったのか?という原因究明に意識を向けさせ、「癒し」が起こらないように仕向けたりします。
この痛みを伴うプロセスでは特に
そのまんまで○癒そうとしているから◎
もし癒されたら花丸💮
というスタンスでいることが大切です。
エゴは「変わらなかったら意味がない」という囁きで
変わらなかったら❌変わったら○
という視点に入らせようとしてきます。
そして❌を避けるために、行動をしないように仕向けます。(癒しのプロセスを進めなおように仕向けます)
しかし、意識のマップを引き合いに出しても、フォースの波動域を中心に記事を書く。というのはちょっとアレですね。(今までもそうでした・・・)
ふわスピには受けないでしょうねぇ
まぁ、それが荒崎クオリティー
本来の自分は「神」であり、完璧なんだけど、そうだと思えなくしているモノがネガティブな観念。
そのネガティブな観念を手放して「勘違い」に気づけば本来の自分・自然体の自分に戻る。
その過程で覚醒する。
というスタンスですから、ネガティブな観念とエゴの戦略に対しての対処は重要事項なんです。


