例えば、漫画やアニメ、ゲームや映画において、次のようなシーンがある。

Aがその仲間Bとともに、敵対するCを瀕死の状態に追い込む。Aは虫の息のCを殺すよう、Bに命令する。Bは躊躇しながらも、Cに止めを刺す。

 一種、パターン化した場面であると言えよう。多くの作品を鑑賞すると、この例に限らず、様々なパターン化した場面が存在することに気が付く。それは物語をつむぐアクセントであり、転換点である。また、お約束であり、裏切りでもある。ある意味ではパターン化しているがゆえに、こうした場面を挿入するタイミングや見せ方が、物語り全体に与える影響は大きい。お約束どおり見せることが最大の効果を発揮することもある。「来るぞ、来るぞ・・・やっぱり来た!!」。言うなればドリフ的な笑いのとり方と類似している。はたまた、お約束と見せかけてきれいに裏切ることがよし、とされる場合もあるだろう。

 一線で活躍するクリエイターは、こうした数々のパターンを随所に、且つ巧妙に盛り込み、物語を綴っていく。パターン化しているがゆえに、斬新さに欠け、つまらない表現だ、という意見もあろう。確かにあまりにもパターンをパターンとして使用しすぎた作品など、面白いわけがない。例えば、私はテレビドラマ的展開や台詞のパターンを唾棄すべきものと考えている。ドラマでしか話すわけがない台詞を、決まったパターンで見せまくっているドラマなど、何が面白いのか。結局キャスティングや原作の話題性で勝負する世界なのだから、こうした批判はナンセンスに過ぎるのはわかっているが、それを全面的に享受してまで観ようと思うドラマがあるほど、私は寛容ではない。
 ※その意味で私はキムタクのラーメンを食べる演技を、現代ドラマにおける至高のパフォーマンスであると考える。ラーメンを食べながら鼻をすすり、途切れ途切れに台詞を流す。これぞ演技であり、リアリティである。いつだったか忘れたが、こんなキムタクを見た記憶がある。

 前置きが長くなったが、私はこうしたパターン化した場面を構造解析し、各因子ごとの分解を試み、再構築することによって、ある物語の文脈における最適解を導き出せるのではないかと考えている。よしんば最適解を導き出す所業が困難であるとしても、構造を解析し、その効果を分析することには一定の意味がある。なぜならそうすることによって、どの因子がどのような効果を持っているのか、また因子同士の相関がどのような影響をもたらし合っているのかといった、過去の作品群のパターン化した場面を改めて分析する機会を得られるのだ。

 ここでは暫定的に、以下の因子分解を試みる。因子数があまりに多くても分析に支障が生じるため、敢えて「関係性」と「結末」の2点に注目してみた。もちろんこのほかにも分解可能な因子はあるが、物語の大筋に影響を受けるこの2点を、まずは分析対象として設定したい。

1. AとBの関係性
 ①AはBより立場が上(先輩、上司、師匠)である。
 ②①の逆。
 ③AとBは対等であり、親しい仲である(親子、兄弟、幼なじみ、親友)。
 ④AとBは対等であるが、敵対している(一時的共闘関係、不和、懐疑心、裏切り)。
 ⑤AもしくはBは人間(生物)ではない(機械など無機質な存在、感情のない存在)。

2. AおよびBとCの関係性
 ①AおよびBとCは敵対している(宿敵、仇)。
 ②AおよびBとCは敵対しているが、以前は仲間であった(裏切り、操られている、記憶喪失、変身)。
 ③AとCは仲間である。
 ④BとCは仲間である。

3. 立場
 ①A,Bが主人公側である。
 ②Cが主人公側である。

4. 結末
 ①BはCを殺す(葛藤の末、躊躇せず)。
 ②BはCを殺さないor殺せない。
   ⇒AがCを殺す。
   ⇒AがBを殺す。
   ⇒AがBとCを殺す。
 ③BがAを殺す。
 ④BがAを殺そうとして、AがBを殺す。
 ⑤CがBを殺す。
 ⑥CがAを殺す。
 ⑦CがAとBを殺す。

 上記の因子を元に、その組み合わせによるパターン化した場面の効果を考察していきたい。実際の分析については事項に譲る。