復旧、復興に向けて | A Daily Life Diary

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日常や思い出を綴ったblog


 

未曾有の東日本大震災からもうすぐ1ヵ月になります。

私も大震災から無気力感や脱力感、不安感そしてちょっとしたことでイライラしたりとここ数日までは普通の精神状態ではなかったように思います。
現在は以前に比べるとだいぶ落ち着いて来ています。
それは私の周辺の壊れてしまったものや無くなっていたものが少しずつですが
もとの状態に戻って来ているからかも知れません。
もちろんまだ原発問題などがあるのですが・・・。

上の写真は私が撮影したものではなく、茨城県神栖市のホームページの「市内の被害状況(写真)」の中の一枚を拝借しました。

まるで蛇がはっているような線路。
大震災後に鹿島臨港線(貨物線)の被害を撮影した写真です。


次の写真は大震災後の佐原の小野川と通りの様子です。

 





(写真は香取市ウェブサイトの市内の被害状況より拝借)
佐原の大祭などで遊覧船が通る川も隆起し干上がってしまいました。

私がこの情報を知ったのは地区からの情報と千葉テレビで放送された画面からでした。
東北地方は地震と津波で壊滅状態の街もあり映像などでショックを受けましたが、この神栖市や香取市のような被害も私にとっては生まれ初めての体験でしたのでかなりショックでした。
こんなことがあるのかと・・・。

千葉県旭市も津波の被害で亡くなられた方も。
津波の第1波や第2波より第3波が大きく、安心して下に降りていった人々が被害にあったと報道されていました。
(旭市ウェブサイトに被害状況が写真掲載されています)
会社の同僚が大震災後2日目に「飯岡地区のだち(友人)が“大震災後片付け手伝ってくれ”っていうから行ったんだけど、酷い状況だよ。潮の匂いに汚物の匂いが混ざってTVで観る何倍もの悲惨さだね」と言っていました。

習志野市の埋め立て地区の団地では液状化で出てきた土砂で土のうが約350袋作れるほどの被害があり下水は復旧したもののまだ直接下水を川へ流さざろう得ない状態とのことでした。

今日、私は大祭などでよく足を運ぶ佐原の街へ行ってみました。
大震災直後に比べるとブルーシートの屋根が目立ちますがだいぶ落ち着いたのかも知れません。

 





下の写真をみると以前の佐原の小野川沿いのままという感じですが被害は大きかったようです。

 


昼食の時間帯でもあったので佐原の大祭どきなど行列が出来る人気の店、うなぎ割烹山田で昼食を取りました。
近くの会社員の方々や私のように佐原の街が気になった方々で結構混んでました。


その後神栖市へ足を運んでみましたが電柱が斜めのままであったり、津波で流されたコンテナが火災で焼けたユニクロの前にそのまま残っていたりしました。

 





香取市や神栖市ではまだライフラインが復旧していない場所もあります。

会社は幸い大震災の爪跡を残しながらも以前と同じように現在フル稼働しています。
仕事が出来ないで気をもんでいる方々もいる中、仕事が再開出来ているのは幸せなのかも知れません。


大震災から今まで私が行った行動といえば・・・
地区の見廻り
地区の方からの震災被害金銭の相談
倒壊した墓石の片付け
水汲み
節電
料理後プロパンガスの元栓を閉める
仕事
会社を通しての義援金への募金
私の住む近くの街の大震災の被害状況のblogアップ


東北地方の被害は言葉に出来ないほどですが、茨城、千葉もまだ見えないところでかなり被害があり救援の死角になっているところもあります。
被災者にとっては忘れ去られることが一番悲しいこと。
消防団に属している友人が大震災後数日間、停電でエレベーターの使えないマンションに住む高齢者のところへ水を届けると「涙を流していた」と切なく話していました。

もちや、もちやのプロの方々が今日も援助や復旧に向け仕事をしてくれています。
ボランティアの方々も動き出しているとのこと。
復旧、復興に向け少しずつ進んでいます。

 


私は・・・
今、私にできることを前向きにがんばり過ぎないようにがんばろうと思います。