満足であることを
すぐに結果として現れると思わない方が良い
大抵の満足と感じているものは
一過性であるものに気付かないかな?
「あ〜こんな豪華なお食事ができて幸せ〜」
とっても満足!と思った次の日
彼氏と大喧嘩になり急に落胆・・・
「やったー海外旅行!」
帰国して見る現実とのギャップに
またか・・・
「ずっと欲しかったのー!」と言って
今まで支払ったことのないくらいの
高額のブランド物のバッグを買ってみた
その半年後・・・
あの時の幸せや満足感は何処へ???
それをしない方がいいというお話ではない
ただそれらは
一過性の私の欲求を満たすモノ
だということをしっかり覚えておくといい
自分自身が完全に満足であると思えるものは
この一生の中で
もしかすると得られるものかも知れないけど
もしかすると得られないものかも知れない
じゃあ
どうして今我が身を粉にして頑張っているのか
と思うかも知れない
私たちは人として
過去に解決ならなかったものを持って
生まれてきているからだ
そして
それが個人を運ぶ大きな力となっている
それを巷では
カルマやら因縁なんて云う
カルマを消化しましょう
自分を優先し
まずは自分を満たすことをしましょう
なんて言われるけれど
いつまでも"満たす"ということが
自分の欲求ベースのままなら
ずっとずっと永遠に堂々巡り
そうは簡単に問屋はおろさない
満足という名の
疑似体験の繰り返しとなる
では
どうすればいいのだろう
知識を使い
考えを整えていくことが必要
もちろん世の中で話題になっている
自律神経の腹側迷走神経が働いている状態を
"安心安全"と理解するなら
その状態を保てる自分自身は
考えによって大きく変わると思うんだ
自律神経は
自分でコントロールできないものであるからこそ
己が危機と感じる時に起こる
心の凪を
自分自身で修正したり
整えたりできる状態でなければ
心のゆとりは得られないだろう
学びとして知った知識を
腑に落とす難しさはここにある
ヨーガで精神の鍛錬をすることは
そこと大きく結びついているのではないだろうか
それにしても
赤ちゃんがいると本当に場が和む
皆を笑顔にする力には頭が下がる
大人にはできない
まるで
魔力
のようなもの
純粋で
無垢で
愛らしさしかない姿
そこから関わる周りの人や環境によって
どんな風に成長していくのか
未来が楽しみであると同時に
母として
一番身近な存在として
どの様な姿を見せていくことができるのかを
自分自身に改めて問うことができる
親として
人として
個人の成長を育む存在が現れてくれた事を
心から喜びたいね![]()
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