水城せとなさんの「黒薔薇アリス」を読みました
本の装丁は男性向きとはいえないのですが、これもまた傑作!
ネタバレ多めなので、以下については未読の方はご注意ください
主人公は、吸血「鬼」ではなく、亡くなった直後の人間に寄生して生きる吸血「樹」であり、種を生み出した元の吸血樹の性質を受け継ぐところはあるものの、寄生された人間の生前における姿形人格のままで長い時間を生きながらえます
吸血樹は長命ですが寿命自体は存在し、その一生に一回だけ人間の女性と繁殖の機会を持つことができるものの、その直後には死んでしまうという儚い設定となっています
私はあまり吸血鬼ものに興味がないのですが、本作の独創的な設定にはすぐに惹きつけられました
主人公は、20世紀初頭のウィーンでオペラ歌手をしていたディミトリで、彼は幼少期に歌の才能を見込まれて侯爵に引き取られ、侯爵の息子と兄弟同然に育ちます
ディミトリは侯爵の息子の許嫁であるアニエスカに心を惹かれていますが(彼らの出会いのシーンがまたとんでもなく素晴らしい!)、身分が違うためそのような気持ちを表に出すことはありませんでした
しかし、ディミトリは事故にあって死亡し、吸血樹になってしまいます
自らの運命を聞かされたディミトリは悲観して、「それならばいっそ」ということでアニエスカを求めようとしますが、これは大きな悲劇に終わります
魂の抜けたアニエスカの身体は吸血樹の秘法によって永遠に若いままとされますが、目を覚ますことはありません
そこから物語は現代の日本にとびます
ディミトリはようやくアニエスカの身体に迎入れる新しい魂の持ち主を見つけます
それが高校の教師をしている菊川梓でした
梓は生徒の1人から真剣な恋心を告げられて迷いに迷っていた最中でしたが、そこに新たな悲劇が起こって、結果としてアニエスカの身体に自らの魂を捧げることに応じます
この辺の流れも秀逸で、ここに至るまで何度も声を上げてうなってしまいました
梓の魂が宿ったアニエスカは、新たにアリスという名をつけてもらい、ディミトリといっしょに生活している吸血樹3人の花嫁候補となります
この当たりからしばらくは、山崎紗也夏さんの「シマシマ」を思わせるような展開になります
3人のうち2人は亡くなった時の記憶を喪失している双子(「アリス」なだけに)なのですが、双子はいずれもいまいちキャラが深まっていかず、「何のために出したのだろう」と感じていましたが、後に凄惨な過去が明かされます
この辺も明らかに最初から計算されていたことがわかりますし、梓の生徒がアリスに出会うエピソードとその後の流れも最高で、やはり水城さんはただものではありません
最後にアリスが選ぶのは当然ディミトリなわけですが、二人の葛藤とそれを解きほぐすためのシーンはこれまた腰が抜けるほど創意工夫に満ちた素晴らしいものであって、もう何もいうことはありません
それにしても、「失恋ショコラティエ」(2013-12-11)といい、「放課後保健室」(2014-02-21)といい、どうしたらこんなドラマチックで心を動かされるようなマンガを作り出すことができるのでしょうか?
水城さんは、もし「ノーベルマンガ賞」が存在するなら、受賞者の一人に確実に名を連ねるでしょうね