昨日の続きです
今日は、演出の妙について
今回はネタバレ度が極めて高いので、未読の方はご注意ください
本作は、基本的には「薫」の目線で物語が進んでいきますが、必ずしも絶対的ではなく、他の登場人物の目線に切り替わるときもあります
そして、目線が切り替わった際には、その登場人物の心の中も文字によって示されることが多いのですが、そこをあえて文字にしない巧みな演出場面がいくつかあり、非常に印象に残りました
たとえば、「律ちゃん」が「百合香さん」を自宅地下室のジャズ練習場に招き入れるシーン
これは、練習場にいた「淳兄ちゃん」と「百合香さん」をくっつけようという意図でなされた行為として描かれています
「律ちゃん」はこの時点では幼なじみである「千太郎」のことが好きなのですが、「千太郎」が「百合香さん」に参ってしまっているので、上記のような行動に出たわけです(しかも、その目論見は結果的にものすごく成功したわけです)
その前には、「律っちゃん」のことを好きになった「薫」が、「千太郎」と「百合香さん」をくっつけようとするエピソードがあり、そこでは「薫」の心中は十分に語られておりました
しかし、「律ちゃん」に関してはさらっと流しています
このあたりのバランスがすごく巧いところだと感じました
また、「薫」が生き別れになった母の住所を知って東京まで探しに行く際に、クリスチャンである「千太郎」が祈るシーンも素敵です
ここにおいても「千太郎」の祈りの内容は文字にされませんが、「薫」が無事母に会えることを祈っていることは伝わってきますし、そこをあえて明示するのは野暮ってものでしょう
さらに、このシーンは、終盤の山場と関連しているものと思われます
バイクの後ろに妹を乗せて事故に遭い、妹だけを意識不明の状態にさせてしまった「千太郎」は、病院の屋上で祈りを捧げます
その内容もやはり文字にはされませんが、その直後妹が奇跡的に意識を取り戻したことを確認した「千太郎」は、そのまま失踪してしまいます
「薫」や「律ちゃん」と最高に充実した高校生活を送っていたことに加えて、長年悩んでいた父とのわだかまりも解け、さらには妹の意識まで無事に戻ったにもかかわらず、「千太郎」がすべてを捨てて皆の前から姿を消したのは、おそらく屋上での祈りの内容が、「奇跡と引き替えに自分があらゆる犠牲を払ってもかまわない」という誓いであったからなのでしょう
ここも祈りの内容を明示しない方がスマートですし、その後のストーリー展開との関係においても圧倒的に優れていると思います