日本人としての品格 | ノッティンガム大学留学記 Experience at University of Nottingham

ノッティンガム大学留学記 Experience at University of Nottingham

旧トロント大学留学期(2012-2013)/現ノッティンガム大学院留学記(2015-現在)

こんにちは。
今日、ついにトロント大学での最後の授業に行って参りました。
これで授業も最後だと思うと感慨深いですね。
さて、フェイスブックにも書かせていただいたのですが、今回この記事を書くきっかけは今日起こったちょっとしたトラブルにありました。
トラブルの内容は時系列にそって色々説明しなければならないため省きます)

今日ちょっとしたトラブルに見舞われた際に、全く関係ないバングラディシュ人が声をかけてきてくれて助けてくれました。彼は日本でFiscal Economics(公共政策経済学とでも言うのでしょうか?)を使ったコンサルタントとして来日した際、日本人に道案内など(英語が喋れなくても喋れる人を30分かけて探し出してきてくれたり、身振り手振りで話すなどもして)色々いっぱい助けてもらったそうで、そのお返しに、そしてそのような経験からLove日本になり、日本人である私が放っておけなかったと仰っていました。
私も東京でよく迷ってる外人に声をかけることがあるのですが、その外人が感じる気持ちってこういう安心感と嬉しさなのかなと思いました。
見返りを求めてたわけではありませんが、こういうことがあるとそういうことをしてよかったなと思います。あるいは出来てよかったと。
その話を嬉しそうに話している彼を見ていて、思わず私も嬉しくなると同時に、日本人であることを誇らしく思いました。
そのバングラディシュ人を助けた日本人に感謝していますし、その人達を一人の日本人としてとても誇らしい気持ちです。
まだまだ日本人も捨てたもんじゃありませんね。
なんか「品格」と言うよりは、人徳とか親切とかの単語のほうがよかったでしょうか(笑)
いや、でも品格にもマナーや人徳も含まれているはずなのでいいでしょう(笑)
Dignityです、Dignity。

とにかく、物事は回りまわって自分に帰ってくるということをこの時ほどポジティブに実感した日はないかもしれません(笑)
バングラディシュの彼が「日本人は世界で最も親切で、丁寧で、モラルが高く、人を尊敬するということを一番良く知っている」と言われた時、何度も書きますが本当に日本人であることに誇らしさを思いましたアメリカからカナダに帰ってきた時のイスラム系のタクシードライバーにも同じようなことを言われた覚えがあります)。
しかし同時に、果たして私は本当にそうなのかという疑問を浮かびました。
必ずしもそうとは言えませんね、残念ながら。
全ての日本人が(当たり前ですが)そうとは限らないし、これを言っている私もそのような人間かどうかは疑うばかりです。
ですが、今回のことで明確にそれを意識するようになったのはたしかですし、そのようになりたいとも思いました。
思わぬところで「日本」、そして「日本人として」を意識することになりました。
よく、インターネットやTVなどで「日本人は~」など聞いていましたが実際に私自身がそのような経験に会うとは思ってもいませんでした。
日本人としての品位(と言っていいのでしょうか?)は絶対に貶めたくはありませんね。
これから留学する方も、現在留学している方も、あるいはすでに留学が終わった方でも少しでもいいので「日本人として」という考えを留めておいていただきたいものです。
そして、英語を喋れない日本人でも上の例のように外国人を助けられたんだから、英語を喋れる人にはさらにそういう外国人を見たら(例え日本人だとしても)声をかけてその人達を助けてほしいと思います。日本を好きになってくれるだろうし、とても素晴らしく誇れる美点にもなるでしょう。

何か、記事を書き終えて読み終えてみると凄くNationalism(愛国主義的)な記事に見えてしょうがありませんが、まあこれは誇れることですし愛国主義もいき過ぎなければいいものでしょうからこのまま忘れないように備忘録②としてここに記しておきたいと思います。

皆様、良い一日をお過ごしください。

えび