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石巻人・東京で叫ぶ

東日本大震災で実家が被災。俺よりつらいひとは大勢いる。しかし、やはりつらい。このブログは独身40男を襲った、東日本大震災の小さな小さな爪痕を記したものです。

 あの悪夢の東日本大震災から今日で三年。

まわりの人は言う。
「もう三年たつんだ。はやいねえ」

という声が聞こえる。


俺にしてみれば、「もう三年」ではなく「まだ三年」なんだ。

この体感時間の感覚の違いは当たり前なんだ。

楽しい時間はあっという間にすぎるが、苦痛の時間は長く感じる。

子供の頃、友達と遊んだりゲームに熱中したりした一時間はあっという間だったが、学校の授業の一時間は長~く感じだだろう。あれと一緒。



震災関係なく、日々平穏にすごし、充実した毎日を過ごしてきたひとにはこの三年は普通に感じてただろう。


だが俺のように、震災で人生が180度変わり、その後も(震災関係なく)悪いことばかり起きてきた人間にとっては、この三年は、「真綿で首を絞め続けられながら過ごした」三年なんだ。


まだ三年か…俺はもう、十年くらい苦しんでる感覚だ。


俺はそんなに立派な人間ではないので、綺麗ごとは言わない。「命の大切さ」とか「震災遺稿を未来に残して教訓にしろ」とか「復興の遅れは仕方ない」とか。

どんなに叫んでも、俺の生活自体変わることはないだろうから、半ばあきらめながら抗っている。


それでも、実際に被災地に住み、大切な家族や友人を亡くし、いまだ仮設に住んでるひとに比べれば、俺は全然マシだし、幸せである。

だが幸せを感じたのは震災直後、両親が生きているのを知り再会したその時だけ。あとはずうっとつらい日々が続いている。

勿論家族を亡くしたひとはその幸せすら味わえなかったからだから、なにを甘えたことを言ってるんだと言われたら反論はできない。


つくづく思う。なんて俺は弱い人間なのだろうと。
被災しても前向きにたくましく頑張って生きているひとはいっぱいいるだろう。
俺はそんなひとたちが羨ましくて仕方ない。

生き甲斐がほしい。


ぬくもりがほしい。


生きている幸せを感じたい。



そんなことを考え続けてる俺は、やはりおかしいのかな…?

だから不安障害なんていう病気にかかってしまうんだろうな。


今はただがむしゃらに走っている。はやく暖かく、暑くなれ。死ぬほど汗をかきたい。すべてを忘れられる一瞬…ランニングハイになりたい。


はやく咲け、桜!