2011年8月
実家をあとにし、街に出る。
ほとんどの家、ビルが、一階部分だけ骨組みだけになっている。
これでよく自立できるものだ。
損傷少なくとも、家ごとどっかから流されて道路の真ん中にある家もある。
渡波地区。家は何もない、土台が残るだけ…。
信号も、電柱もすべて流されているので、自分が今どのへんにいるのかわからない。
目印が何もないからだ。
これはもう、街ではない。「荒野」だ。
しばらく行くと真っ黒に焼け焦げた門脇小学校があった。
戦場かよここは…。
対岸に瓦礫の山が見える。
高さはビル二階だて以上はあろうか…。
広さは…東京ドームほどもあるんじゃないか。
瓦礫のピラミッド。もう何も言葉は出て来ない。
ただ虚しいだけだ。
話は前後するが、実家から歩いて一分のとこに薬王堂があるんだが、その前を通り過ぎたら…。
なおしてる!
職人さんが多数いる。片付けてるだけかと思ったら、ペンキ塗ってる人もいる…!
やるんだ?!
このあたり一帯、住む人いないのに。
一回津波来た場所なのに
強いなあ…。パワーを感じたなあ。
ほんの少し、ほんとにほんの少しだけど、救われた気がした。
街の一部は信号がついてなかった。震災から5ヶ月たつのにそのへんは電気がまだなのか、故意に消してるのかわからんが、お巡りさんがその交差点で交通整理をしてた。
頭が下がる思いだった。