石巻人・東京で叫ぶ -24ページ目

石巻人・東京で叫ぶ

東日本大震災で実家が被災。俺よりつらいひとは大勢いる。しかし、やはりつらい。このブログは独身40男を襲った、東日本大震災の小さな小さな爪痕を記したものです。

2011年8月


実家をあとにし、街に出る。

ほとんどの家、ビルが、一階部分だけ骨組みだけになっている。
これでよく自立できるものだ。


損傷少なくとも、家ごとどっかから流されて道路の真ん中にある家もある。


渡波地区。家は何もない、土台が残るだけ…。


信号も、電柱もすべて流されているので、自分が今どのへんにいるのかわからない。

目印が何もないからだ。

これはもう、街ではない。「荒野」だ。


しばらく行くと真っ黒に焼け焦げた門脇小学校があった。


戦場かよここは…。



対岸に瓦礫の山が見える。
高さはビル二階だて以上はあろうか…。
広さは…東京ドームほどもあるんじゃないか。
瓦礫のピラミッド。もう何も言葉は出て来ない。
ただ虚しいだけだ。





話は前後するが、実家から歩いて一分のとこに薬王堂があるんだが、その前を通り過ぎたら…。




なおしてる!



職人さんが多数いる。片付けてるだけかと思ったら、ペンキ塗ってる人もいる…!


やるんだ?!


このあたり一帯、住む人いないのに。


一回津波来た場所なのに


強いなあ…。パワーを感じたなあ。



ほんの少し、ほんとにほんの少しだけど、救われた気がした。




街の一部は信号がついてなかった。震災から5ヶ月たつのにそのへんは電気がまだなのか、故意に消してるのかわからんが、お巡りさんがその交差点で交通整理をしてた。


頭が下がる思いだった。