こんにちは、望月です。
突然だけど
今までの人生で「嫌な事されたことないよ!」って人います?
いたら望月、もれなく腰を抜かします(なんでや)
嫌な事されたことない人って多分いないと思う。
それこそ物心つく前の赤ちゃんくらいなものでしょう。
じゃあ、嫌なことをされた時に、嫌なことをしてきた相手をどうするか?
答えは二択だよね
- 許す
- 関係を断つ
1から2に移行することはもちろんある。
嫌な事をし続けてくる人と関係を続ける義理はないしね。
あとはどこまで許せるかって話。
どこまで許せるかっていうのは、関係によってある程度変わると思う。
たとえば恋人なら、好きでいる間は許し続けられるかもしれない。
恋人との関係性はある程度「続けたい」って思うものだから。
逆に友達であれば、一回でも許せないかもしれない。
恋人よりは友達の方が、失うことを「仕方ない」と割り切れるから。
恋人≦友達の人はわからないけど
※望月は恋人≧友達な人なので…
ただ、望月は思う。
せめて三回は許そう????
私達は人間で、当然ながら仏じゃない。
だから「仏の顔も三度まで」だよ~って言われたところで
「いや、仏じゃないし( ・ _ ・ )」てなるかもわからない。
だとしたらこう考えてみたらどうだろう。
嫌なことをしてくる者は人間で、許す者は仏。
言わずもがな、人間は失敗し、失敗から学び、成長する生き物。
つまり人間が失敗するのは「当然」なのですよ。
それを、「一度失敗したから」といって関係を絶ったら?
許すことを一切しなかったら?
何も残らないし、許せないなら人間のままだよな。
許し続けろって言ってるわけじゃない。
でも、「仏の顔も三度まで」って言葉が存在するこの世界で(大袈裟)
人間の失敗は三回までは許されていいものだと思う。
四度目は許さなくていい。むしろ相手に学ぶ気がないと見限るべき。
私たちは人間だから許される。
そして、ときには仏のように人間を許すこともある。
人間関係なんてその繰り返しでしかないんじゃないかな。
死んだらみんな仏になると思ってる?
許すことをしない者は人間のままじゃないかな。
つまり、そういうことよね。
極端な話だけど、何かを許さなかった者は地獄に落ちるのだと思う。
自分が生きることを許さなかった(許せなかった)者。
誰かが生きることを許さなかった(許せなかった)者。
地獄絵図に描かれているのは、「人間」か「人ならざるもの」でしょ?
つまりそういうことなんじゃないかなあ…。
あくまで望月の持論です。
はじめて寺娘らしいことを考えてる気がしないでもない()
まとめ
許されるから人間で、許すから仏とするならば
許し許されが人間関係であることも
死んでから人間が仏になるって話も
また人間が地獄絵図に描かれているのも
なんとなくわかる気がしませんか
じゃ、またね。