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フジムラの8823ブログ

♪誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け
君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ♪

スピッツの8823(ハヤブサ)という曲です。
大好きな曲です。そこから由来しています。

フジムラです。

昨日の午後からお休みをいただき、0泊2日で名古屋に来ていました。


桜を見たかったのが主な理由です。

名古屋市内をウロウロしていると、桜のほのかな香りと共に、美しい桜をいたるところで見ることができました。

名所と呼ばれるところはもちろん、何気ない日常の一コマに優しい桜が存在していて、なんとも言えないやわらかなキモチになりました。

夜、街を闊歩しました。

バカでかいコンクリートの隙間から、時折垣間見える「月」の輝きと、ビルの窓に反射する光沢。

見知らぬ人の流れ。

都市独特の空気。


大勢の中を歩いていると、否が応でも、「個」を認識してしまいます。

同時に、感性が研ぎ澄まされ、自分の「これから」を、クリアなキモチで、考えることができるのです。


生きてるって、奇跡だなぁ。と、あらためて、思いました。

昼間、日帰り温泉の露天に浸かりながら、隣のおっちゃんは、平和そうな顏で、日光浴を楽しんでいました。

夕方、喫茶店では、学生さんが、ゲラゲラ笑って、夜遊びの相談をしていました。

駅前では、恋人たちが待ち合わせをし、幸せそうな顏で、夜の街に消えていきました。

深夜、親友と電話で話しをしました。


何気ないことの一つ一つが、なんだかたまらなく、愛しく思えました。


そんな名古屋路。


さて、俺は何をどうするかねぇ。



2012 春
フジムラタケヒロ 拝




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↑名古屋で見かけた、ベストオブSAKURA

「きれいになりたい」ではなく、「きれいでいたい」

深いな。のぶこちゃん。


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名駅前で、ストリートライヴをしていた、平野理沙さんのミニアルバム「奇跡の瞬間」

思わず聴き入り、思わず購入。

お話しの中で、平野さんも、東北への想いを寄せ、活動してくださったとのこと。

感謝ですね。



フジムラです。
今日は一冊の「本」の話しです。


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「原発ジプシー」
初版は1979年。著者はフリーライターの堀江邦夫さん。

僕がこの本を読んだのは、昨年の夏。
丁度、世間では福島第一原発の問題をはじめ、原子力産業の在り方について、喧々囂々報道されている時期でした。

僕は、原子力産業とか、核の平和利用とか、専門的なことは、いろいろ読んでみたけれど、正直よくわかりませんでした。
けれど、「平和」と称されるエネルギーの産出のために、非人道的な扱いを受ける人たちがいて、その実態を知らずにエネルギーを消費していた自分が、本当に情けなくなりました。

「ジプシー」とは、直訳で奴隷です。
本を読めばわかりますが、今のこの豊かな社会が確立した裏側に、原発から原発へと奴隷のように渡り歩き,被爆し,ガンを発症し,「棄民」される人たちの事実が綴られています。
今、この瞬間も、全世界で、「平和」と称されるハコの内側では、炉心へ生身で入り込み、被爆しながら、作業を続けるヒトがいるのです。

そして、今、この瞬間も、日本の大手企業は原子炉を生産し、海外へ輸出を続けているのです。

ヒトは、一体何をしたいのでしょうか?
平和を高らかに掲げる裏側で、破壊活動を続ける矛盾。
誰が悪いとか、誹謗中傷する前に、少し歴史を知れば、そもそも、その選択をしてきたのは、僕を含む、自分たちだということがすぐにわかります。

自分には、何ができるのだろうか?
エネルギーを一切使わずして、生活を営むことは不可能で、今の豊かさを、全て捨てる勇気もありません。

悩みに悩んだ僕は、福島第一原発の作業員従事の道を決め、一旦故郷を離れました。
しかし、相次ぐトラブルに見舞われ、結果、何もできず、福島を去りました。



今でもわからない。

けれど、考え続けようと思います。
自分のコトバで、自分の感性で。

僕の部屋にTVがないのは、そんな理由もあります。

あんな気持ち悪い言葉が乱発されるハコ、観ていられません。


震災直後、停電で真っ暗になった自宅の茶の間。

ろうそくを灯しながら、「でもさ、生きてて、よかったね」と、寒さに凍え、毛布に包まって過ごした家族との時間が、なによりも大切に思える今日この頃。

そして今度は、未来を添い遂げたい「大切なひと」がいる今、現実と向き合う強さを、感謝に綴り、描き続けようと思います。

「ココロを込めて、生きよう」と、思います。


大丈夫。

ヒトはそんなに、バカじゃない。


2012 早春
フジムラタケヒロ 拝
「てのひらの青~Second season~」

作詞・作曲 T.fujimura

心に鍵をかけた あたしはそれを 沈めた
深く ふかく 海の底へ 誰にも見せないように

冬の終わりに出会った あなたを知ってしまった
顔もみせず 手をさしのべて 飾らず夢を奏でた

長い夜が 終わりを告げて 臆病な青は 色を変え
「いっしょにつよくなろう」とうたい 
水面まで 連れ出してくれた

「どんな深い海の底の 暗い場所の青も てのひらにすくえば 透明だね」

高い空の風が 眩しすぎて 笑った 
てのひらに 太陽さえも 
包み込めそうな 気がして 泣いた

互いの過去も 未来の果ても 
儚さは消えず 痛んでも
ひとりじゃないと 思えたことが 
少しずつ優しさにかわる
浅い眠り まどろみの中 
不器用な青は 服を脱ぎ
閉じ込めていた 愛する意味を 
横顔のあなたに聞いた

「きっと永遠なんてない だけど 君を想う 僕のこの気持ちは ずっと変わらない」

広い海を見ていた 美しいと思えた
てのひらにすくった青は あなたの色をしていた

「深い海の底の 暗い場所の青も てのひらにすくえば 透明だね」
高い空の風が 眩しすぎて 笑った
てのひらに太陽さえも 
包み込めそうな 気がして 笑った

「どんな深い海の底の 暗い場所の青も てのひらにすくえば 透明だね」
蒼とあおの世界 胸の中ににじむ
てのひらに太陽さえも 
包み込めそうな 気がして 笑った

夜があけて ふたり 笑った
フジムラです。


仕事帰り、なんとなく、JR日光駅を眺めに行きました。

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なんとも味のあるたたずまい。
決して派手ではないけれど、なんだか、物語がありますよね。


そんなJR日光駅をぼんやり眺めながら、「まちづくり」って、なんだろう?
と、考えてみました。


自分自身は、べつに「まちづくり」の専門家ではないし、立派な見識をもっているわけでもない。
たまたま、前職時代に、ほんの少しだけ、「まちづくり」と称したお仕事をさせていただいて、イベントやワークショップ等々を通じ、ほんの一部分の知識を得た程度の人間である。


「まちづくり」の根源には、故郷を愛し、愛しているからこその課題が目につき、それを放っておけず、何とかしなくちゃいかん!というような、様々な「想い」が集約して、総称されていることなんだと思う。

それは別に、経済の発展でもあるし、観光の振興でもあるし、福祉の向上、環境の保護、教育・文化、市民活動の促進etc、テーマの主役がなんであろうと、「この社会を変えたい。よくしたい」と願う、カタチのひとつであり、いわゆるヒトや地域の自発的治癒力なんだろうと考える。


だけど、そこはヒト同士。
「想い」が強いからこそ、ぶつかるし、分かり合えないし、でもでも、そういう関係性の中で、磨き上げられていくものなんだと、これまでの経験を通して、感じているところはある。

ぶつかり合うことは、絆を深める前兆であったりもするはず。と。


日光という街を歩けば、いつも笑顔なコンビニのおばちゃんとか、日光と下ネタが大好きな飲食屋のご主人とか、ウイスキーの話しを語り出すと止まらない酒屋の旦那さんとか、超美人な温泉屋のお姉さんとか、それはなかなか、魅力的で、良い意味でのへんちくりんな「色」を感じることができる。

そもそも、「日光」って名前が素敵。

「SUNSHINE」だよ?とか、ついついにやけてしまう。

日光であまりにも有名な東照宮では、「見ざる。聞かざる。言わざる」の、おさるさん達が、先人の知恵を教示しているけれど、自分には、それがなんだかまるで、「今こそ見ろ!だからこそ聞け!どんどん言いまくれ!!」と、あの愛嬌のある瞳が、訴えかけてくるように思えてならない。


肝心なのは、自分たちのものごとを、自分たちのチカラで、自分たちのスタンスで、まずはやってみるはじめの一歩なんだよなぁって、思う。


「個」の存在として、「ぼくのすんでるまちにはね」と、熱く語ることだって、とっても大切なこと。


自分の故郷。

「気仙沼」

名前がいいじゃない。

≪気≫
元気、気迫、気合、根気、勝ち気、負けん気、いい気(好い気)、一本気、色気、内気、男気、女気、生気、覇気、陽気...
≪仙≫
世俗にとらわれない人(達) 非凡な才能を持つ人(達)
≪沼≫
・・・沼、・・・・沼、・・・・沼、


ん~、

以下、某質問サイトより引用。
>イケメンを池と表すので駄目なのを沼と表現するようになったと思います。
>イメージは池は水で比較的綺麗ですが沼はドロドロしついて汚いので。

ん~、

ぶさいくってのは、つまりは、愛嬌と個性が豊かで、ココロが深く、底なしの可能性を秘めている。


って、こと、か?

って、ことに、しておこう。

そうしよう。


あれ?苦しい?


いやいや、愛嬌(笑)



2012 早春
フジムラタケヒロ 拝
フジムラです。


1年を経た、3月11日、14:46分。
いつも通り仕事をしながら、静かに、空の上へ、黙とうを捧げました。


休憩の合間や、仕事が終わってから、お世話になった方々、私を応援してくださる方々、地元の仲間、そして、遺族の方々と、お電話で話しをしました。


悲しみや想いは人それぞれですが、最後は必ず「ありがとう」で結ばれました。

「ありがとう」

「フジムラくん。電話をくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして。こちらこそ」
「フジムラくん、気にかけてくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして。こちらこそ」
「フジムラくん。あの時はイロイロと、ありがとう」
「いいえ、どういたいまして。こちらこそ」

「○○さん。電話いただきありがとうございます」
「こちらこそ、元気そうで安心したよ」
「□□さん、あの時は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、声が聴けてうれしいよ」
「☆☆さん。・・・ありがとうございます」
「フジムラくん。こちらこそありがとう」

「ありがとう」
本当に素敵な言葉ですね。

「ありがとう」
不思議な魔法が宿っていますね。

「ありがとう」
「ありがとう」

何度交わしても、その瞬間の「ありがとう」は、ココロをほんわり灯してくれます。


この社会が、「ありがとう」にあふれて、強く、優しく、生まれ変わることを願ってやみません。


フジムラの8823ブログ


日々の小さな苛立ちや、ヒトの得手不得手をいちいち気にするよりも、まずはお互いを受け入れあって、良いところは称え合って、苦手なところは支え合って、ニコニコ笑って、過ごしたいなと、切に思います。


理想論と笑われても、願わずにはいられません。

宇宙の幾光年の時空から見たら、ヒトの一生なんて、ほんの一瞬。
だったら、怒るよりも喜び、責めるよりも支え合い、悲しむよりも笑えたほうがいい。

一瞬の刹那の瞬きに、どれだけの「ありがとう」が存在し得るかなんて難しく考えるよりも、「ありがとう」の数だけ、幸せになれると信じているから、素直な気持ちで「ありがとう」を伝えよう。

まずは、自分自身から。



写真は、帰り道の何気ない一コマ。
まるで宮沢賢治の世界。

轍を照らす街灯と、光に纏う真白な雪化粧。


だけどこの場合、誰に「ありがとう」を伝えればいいんだ?

え~、轍をつけてくれた誰か様、街灯を設置してくれた誰か様、ありがとうございます。


2012 早春
フジムラタケヒロ 拝