フジムラの8823ブログ

フジムラの8823ブログ

♪誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け
君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ♪

スピッツの8823(ハヤブサ)という曲です。
大好きな曲です。そこから由来しています。

みなさん、こんにちは。フジムラです。

震災前は宮城県の気仙沼に住んでいました。
思うところがあり、9月より栃木に移住しております。

■私フジムラはこんな奴です。
・現在会社員の傍ら執筆活動をしている若造です。
・「3.11震災復興祈念処女小説『夢の幸福論』」を読んでくれるヒトを探しています。
・現在配本・製本へ向け、出版社と協議中です。
・1年以内に作家デビューしたいと企んでいます。

ご一読の上、賛否両論いただけたらうれしいです。
皆様からのご意見をフィードバッグし、より良い作品に仕上げたいと考えています。

■3.11震災復興祈念小説「夢の幸福論」
URL:http://ameblo.jp/utopia-smile/entry-11029491537.html

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■INFORMATION
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 フジムラタケヒロ(fujimura takehiro)
  宮城県気仙沼市出身(現在栃木に移住)
   Tel:090(5181)5594 
    Mail:t.fujimura8823@gmail.com
     Blog:http://ameblo.jp/utopia-smile/
      Twitter:http://twitter.com/#!/f_mu_ra
       Skyp:t.fujimura8823
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お力添え、どうぞよろしくお願い致します。

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フジムラです。

フジムラの処女小説「夢の幸福論~3.11震災復興祈念小説~」の感想をいただきました。


【16歳/男性/未来の競艇選手】

フジムラさんの小説読みました。
感動しました。
震災のことを思い出して、いろいろ考えさせられました。

今の生活、当たり前が当たり前じゃなくなるというか、
仕事をするとか、ご飯をたべるとか、
そーゆー当たり前のことに、感謝しなければいけないと思いました。

小説は読みやすくて、すごくおもしろかったです。
泣けたり、感動したりする場面もいっぱいありました。

特に、「チョコレートがとろけそうな~・・・」の場面が、
自分と重なって、なんだか泣きそうになりました。

夢ちゃんがスタジアムに泣きながら走るシーンとか、
大輔くんが、夢ちゃんの部屋に忍び込むシーンとか、
すごい泣けました。

とにかく、フジムラさんて、すごいですね。

とにかく、こう、なんていうか、感謝のキモチです!!

フジムラさん、絶対作家デビューしてくださいね!!




16歳の男の子、Kくんは、将来競艇選手を目指しているとのこと。
ほんわかした性格の彼。

その醸し出すオーラとは裏腹に、現在は自立を図るために親元を離れ、ペンションに住み込んでアルバイトをしています。



16歳のとき、俺、何してたっけ?

30歳の俺、何してる?

そろそろ、行動を起こす時なのかもしれんねr(^ω^*)))ハヤブサノゴトク・・・

「夢の幸福論」を読んでくださった皆様へ

感想、待ってます!


■フジムラタケヒロ
MAIL:t.fujimura8823@gmail.com




私の処女作でもある、この物語「夢の幸福論」は、私の生まれ故郷、宮城県気仙沼市と、母校の宮城県立気仙沼向洋高等学校をモデルに、私が当時3年間打ち込んだラグビーというスポーツを通して「夢」の世界観を描いた作品です。

2011年3月11日、午後2時46分に発生した東日本大震災では、私が論ずるまでもなく、直後に発生した大津波により、愛すべき景観、かけがえのない財産、尊い命が一瞬で奪われてしまいました。

あの時私は、生まれ育った鹿折地区に偶然居合わせ、飲み込まれるそれらや濁流に消える人影を、泣き叫ぶ人々の中、ただただ無力に、見ていることしかできませんでした。
爆発音とともに直後に発生した大火災を目にしながら、走馬灯のように浮かび上がる家族、職場の仲間、友達、知人の顔を、一刻でも早く確かめたいと、無我夢中で走り回ったことが今でも鮮明に思い出されます。

次から次に耳に入る友人や知人の訃報に言葉を失くし、涙に明け暮れる日々。

火葬・葬儀に参列している時も、どこか非現実的な感覚に、その後しばらく思い悩み、今も尚、墓前に華を手向けることすらできずにいる友もいます。

それはおそらく、多くの方々が同じように感じた悲しみであると、心中をお察しするところです。
震災から数週間経ったある日、私は中学・高校時代の親友と2人、母校の高校を眺めに行きました。
4階建ての校舎が、最上階まで津波によって引き裂かれ、無残に廃墟と化す思い出の学び舎。土ホコリのなつかしいグラウンドは、死の沼のごとく、瓦礫や泥の中に沈み、私と友人は言葉を発することができませんでした。

しかしながら一方で、世界中から寄せられる多くの支援、応援の声、支え合い、助け合う人のつながりに触れる中で、私はあらためて「生きる」という意味を考えるようになりました。
そして、思い悩んだ末に、前職を辞し、もう一度、ひとりの人間として、社会・自分と対峙しようと、決意を固めました。

当時勤務していた障害者支援NPOでは、震災直後から職場の再建に走り回る一方で、被災者支援の活動もお手伝いさせていただきました。
その中で感じた「復興」の意義や、また今や、日本だけではなく地球規模で深刻を極める放射能汚染・エネルギー資源問題について、私なりに考えてゆきたいと思い、起業を目指し一念発起走り回っている今日この頃です。

とにかく動きながら、もしかしたらめぐり逢えるかもしれない「仲間」との「未来」を想い描き、今日を生きていきたいと、強く願います。


余談になりますが、私は高校時代所属したラグビー部を振り返ったとき、私はどちらかと言えば「後悔」が先に立ちます。
それは、社会に飛び出して今日に至るまで、気づくことのできなかった「夢」を、なぜあの時描けなかったのだろうと、斜に構えた私が存在していたからです。
そんな人生ですが、相澤夢の言葉を借りれば、そんな昔の自分もほんの少しは愛しいと思えるようになり、長い時間をかけて気づけた大切な「何か」を、より一層大切にも思え、感謝の気持ちが明日への糧にもなるのです。


本作品は、そうした想いをカタチにした「はじめの一歩」ともなりました。

私なりの、地域創生にかける想いや郷土愛を「夢」をテーマに綴ることで、皆様へのメッセージとし、一人ひとりの中に有るであろう絆、未来、希望、愛や夢といった、人が生きていく上では欠かせなない何かを、本書を通じて、ほんの少しでも感じ取っていただければ、幸いです。

在りし日の街模様。そして震災の有無にかかわらず、もしかするとそこに存在したかもしれない世界観を、文字通り「夢」を描く感受性を持って、お楽しみいただければ、これほどうれしいことはありません。

2012年 秋
 「夢の幸福論」著者
 フジムラタケヒロ 拝
「おい!買ってきたぞ!月刊高校ラグビー列伝と、機械工学に環境系の専門書!」
ドスンッとギブスの上に置いて、リンゴを剥く。
無論、ネーム入りMy包丁。
「イッ…テェ―――…、何すんだバカっ!」
少しあたしの口癖がうつった、元主将。
「はぁ?こんな分厚い本10冊も買わせやがって!!さっさと金払えっ!バカ!」
包丁を突き出す家政婦。
「女子高生が「夢」とか入った包丁所持するかふつう!?お前強盗かよ!?」
2人で一瞬見つめあったあと、「プッ」と笑って、一緒に大爆笑。
こんなやり取りを、6人部屋の病室でやりながら、まわりからやんやとからかわれる。
あたしはリンゴをみんなに振る舞って、照れ笑いしながら愛嬌で返す。
「夢、俺の分は?」
“彼氏”が涙声で甘えてくる。
「はぁ?青森まで走って買って来い」
2個目のリンゴを剥く“彼女”。
別にいいでしょ?
“恋人同士”なんだから。
「……」
うるさいぞ外野!!
めんどから無視。話しを進める。
そうそう。
ここだけの話し、この根性ナシ、あたしにメールで告ってきたんだよ!?信じられる!?
しかも、授業中に。
》タイトル:物的証拠を念のため。
》本  文:夢、大好き♡ 夢は?
あたしはエツロウ先生の「貿易実務」で、
「バカじゃないのっ!?あのバカッ!?」
って大声張り上げて、あやうく進路指導室に招かれそうになった。
…え?あたし?どう返信したかって?
ごめん。恥ずかしくて言えない。
…それに…
それに?
…ここまで話しきいていればわかるでしょ!!バカ!!

「お、載ってる載ってる♪」
2人で一緒に、それを眺める。
【伝説の試合 ~愛と夢にあふれる感動のトライ~ 】
別に、ドラマとか恋愛小説の見出しってわけじゃない。
正真正銘、ラグビー雑誌の紙面だ。
一応、ゼネラルマネージャーだから説明しておく。
雑誌記者調でね♪

―――試合終了直後。
トライを決め、倒れ込んだまま動けなくなった青南の遠藤。
うずくまる「青の10」に仲間が駆け寄った。
驚いた。そこには、青の青南、赤の修英、両選手がいたからだ。
真っ先に手を差し出したのは「赤の10」大阪。
大阪が遠藤の肩を担ぎ、遠藤はそのまま、「赤」と「青」両選手に抱きかかえられるようにグラウンド中央へ歩く。
その光景に、県営スタジアムに詰めかけた2万2千人は大粒の涙を流し、惜しみない拍手を送り続けた。
一瞬会場がどよめく。遠藤は「青の9」中村にボールを渡し、何やら語りかけた。さらに、レフェリーと「赤の天才集団」もそれに協力し、試合終了後にもかかわらず、トライ後のゴールキック体制がとられてゆく。
それを、「赤」と「青」両選手たちが交互に手をつなぎ合い、横1線になって見守っている。
――これは試合直後のインタビューでわかったことだが――
「お膳立てはできたぞ。コウシ。タッチラインぎりぎりのゴールキック。角度、距離、どっちを選んでも、かなり厳しい。外したらメチャクチャ恰好悪い。どうする?」
「俺は大輔さんを超える予定だもん。2万2千の観衆じゃもの足りないくらいだよ」
「生意気なこと言いやがって。主将のプレッシャーはこんなもんじゃないからな」
「いいから、大輔さんはさっさと入院して、夢とイチャつきなよ」
―――スタジアムは、静まりかえる。
「青の9」はハーフウェイライン付近に仁王立ちし、ボールをセット。
ゴールポストまでの距離、およそ40メートル。
じっとその先を見つめる「青の9」
その光景を見守る「赤」と「青」に、応援席。
そしてしずかに、目を閉じて胸に手を当てる、「青の10」
刹那、「青の9」は、疾風のごとく大きな助走をかけ、紫の稲妻にも見間違うボールを右足から放った。
ゴールキックまで一直線。
鋭いスクリューがポールのど真ん中を突き破る。
スタジアムが、落雷のごとく揺れた
グラウンドが「紫」一色に染まる。
応援席も跳ね飛び上がり、抱き合う。
「“紫”の戦士達」が、人差し指を高らかに掲げ、抱き合った。
その中、「青の10」と「青の9」が、しずかに見つめ合う。
逆境に立っても、最後まで「夢」を諦めず、後輩に「花園の想い」を託し「蒼い伝統」を継承する先輩。
これぞまさに、高校ラグビーの精神ではなかろうか。
公式スコアは《25―5》で修英の勝利だが、本誌では“25―7”伝説の試合として記憶に刻み、「蒼い伝統・青南」「赤い天才・修英」両戦士たちに感謝を申しあげたい。
「夢をありがとう」と。

写真を見る。
「赤」と「青」が、お互いのユニフォームを交換し、満面の笑顔で肩を抱き合い、青い空の下、目を真っ赤にして並んでいる。
写真の中央に、ガッチリ握手を交わす、遠藤と大阪。
となりのページには、応援席に向かって「主将・遠藤大輔」が述べた、最後の言葉が記載されていた。

「この仲間たちとめぐり逢い、一緒に戦ってこれたことを、誇りに思います。そして、お父さん、お母さん、今日まで、ラグビーに専念させてくれてありがとうございました。この感謝の気持ちをしっかりと後輩に託し、恩返ししてゆきたいと思います」

“おとうさん おかあさん”
大輔らしいなぁ…。
大輔さ、あの時、紗江子さん応援に来ていたんだよ?
気づいてた?
あとから聞いたら、大輔は「そうなの?」ってとぼけて。
紗江子さんは「人違いじゃない?」って言ってたけれど。
本当はお互い、わかっていたんでしょ?
そういえば、あんたのおとうさんは、どんな人なんだろうな。
 ねぇ、大輔?


「それでさ、夢」
「なんだよ、大輔」
「今日はクリスマスだよな」
大輔が、リンゴを口に頬張りながら、頬を赤くする。
「そうかもね」
つられてあたしも少し、赤くなる。
「どうする?」
「なにが」
あたしは、青リンゴの皮を剥きはじめる。
「いや、俺、ほら、こんなんだし」
「はぁ?知らないよ。それにクリスマスも練習だし。これから行く予定」
元主将の頬が、青くなる。
「今日ぐらいサボれよ~」
「イヤだ」
「たまには2人きりで過ごしたい」
「しばらく無理でしょ」
ゼネマネはそう突き放して、元主将に背を向ける。
そういや、ラグビー部の連中は「元主将殿に大人なプレゼントを♪」とか、何やら聖なる夜に、お見舞いに押しかける計画を練っていたな。
「ほら。コレ」
あたしは青リンゴを口にくわえながら、カバンから取り出したそれを大輔に渡す。
「ん?何?あっ!!」
“青の10”が刺繍された、サラサラヘアーのマスコット人形。
口に梅干しおにぎりをくわえ、右の小脇にアーモンドと、右ひざに包帯付で、ヤレヤレ顔。
「うっわ―――、すっげ―――――!!!」
大輔は子供みたいに無邪気にはしゃぐ。
「どうだ。まいったか♪名付けて大ちゃん人形だ♪」
「まいった!!メチャクチャうれしい!!ありがとう!夢!!」
その顔を眺めながら、練習に向かおうと立ち上がる。
―――手を、引き止められる。
「なに?なにか用?」
「ちょい待って、俺も…。ダメだ。ここじゃ言えない」
そう言って、周りをキョロキョロしながら、ポケットをイジイジする大輔。
そのまま「屋上まで散歩しよう」と、誘われた。
大輔は松葉杖を器用に操って、スイスイ階段を昇り、あっと言う間に屋上にたどり着く。扉を解放すると、小雪まじりの冷たい風が、自慢のナチュラルブラウンをいたずらになびかせる。
 「うわっ!!さっみぃ―――」
あたしはしかめっ面で、両腕を抱き込む。
「そうか?気持ちいいぐらいだけどな♪」
大輔は、羽織っていたカーディガンをあたしの肩にかけながら、ゲラゲラ笑う。
大輔はそのまま松葉杖を外して、壁にもたれかかりながらゆっくりと西の空を眺めて、あたしに話しかけた。
あたしは大輔のすぐ左隣で、やっぱり同じように壁にもたれかかりながら、大輔の声に耳を澄ませる。
「なぁ、夢。覚えているか?お前を学校の屋上でラグビー部に勧誘した日のこと」
大輔はあたしを見ずにそうつぶやいた。
「一生忘れないよ。大輔さ、あん時相当あせってたでしょ?」
あたしは大輔の横顔を見上げながら、そう答えた。
「あれ?やっぱりバレてた?」
大輔があたしを覗き込む。
「あたしの洞察力をナメるなよ」
あたしは、大輔のおでこのてっぺんを指でつつく。
「まいったな。そりゃあせったよ。だってお前、全然振り向いてくれないんだもん。それでさ」
大輔は、今度はあたしのおでこのてっぺんを指で、つつく。
「それで?」
お互い指でつつき合って、目を見て、瞳が笑う。
「それでさ、うちのおふくろに相談したんだ。『夢を誘いたいから知恵を貸せ』ってね。そしたらおふくろ、なんて言ったと思う?」
大輔はヤレヤレという顔で、あたしを見つめ、
あたしもヤレヤレという顔で、大輔を見つめ、

『―――あたしの息子を何年やってんだっ!!』
『おおよそ18年だっ!!』

2人の声が重なって、笑い声が風に消える。
「なぁ夢。ありがとな」
大輔は西の方の空を眺めながら、また少し顔を赤くしてつぶやく。
「こちらこそ、ありがとう」
あたしも少し顔を赤くして、西の空を眺める。
「なんだよ。やけに素直だな」
大輔があたしを見つめる。
「謹慎処分で改心したの」
あたしは大輔に見つめられる。
冷たいコンクリートの感触が、背中から伝わる。
「寒くないか?夢」
「だからさみぃって言ってるで…しょ…」
大輔のポカポカな腕の中に、すっぽりと、隠される。

「―――…。夢の唇…。甘い」
「―――…。リンゴの…。せいでしょ…バカ…」

リンゴ以上に真っ赤な頬を、大輔に見られたくなくて、胸に顔をうずくめる。
そのまま、ゆっくりと大輔の背中に腕をまわした時に、左腕に違和感を感じる。
―――?
左腕を背中から離して、それを、見る。
腕時計…?
「それ、さ。あんまりオシャレじゃないけど。いちおうペアなんだぜ♪」
女子高生には、少し不釣り合いな、青いゴツゴツのデジタル時計。
「なんだよ。どうしたの。これレアもんじゃない…」
あたしは、キラキラ輝くそれを、とりあえず右手の親指と中指でつまむ。
「いいんだよ。俺も同じやつ、つけるから。夢にもつけていてほしい」
大輔は、いつの間にか自分の左腕にもそれをつけて「似合う?」と、クリクリかざし、にんまり笑っている。
「制服に似合わないでしょうが…。バカ」
青いゴツゴツの感触が、左の手首から伝わってくる。
自分の目が赤くなるのを、感じる。
「ピンク色のジャージには、似合うだろ?」
目を真っ赤にしているあたしから視線を外して、大輔があたしの左手首を手に取る。
「いろいろ、何を贈ろうか、悩んだんだけどさ…」
大輔はそのまま、手のひらの中に青いゴツゴツを覆う。
あたしの左手首のあたりが、温かさで、包まれる。
「どんだけバイトしたのよ…」
だんだん目が、熱くなる。
大輔は「いいから♪いいから♪」と、「顔赤いよ?」って、にんまり笑っている。
「離れていても、同じ時間を共有しような…」
「たかが学校と病院でしょうが…」
あたしは涙があふれて、声がつまる。
大輔はそれをトレーナーの袖で優しく拭きながら、あたしの髪を撫でる。
大輔への愛しさがあふれて、それを伝えたいのに、言葉がみつからない。
「それでさ、夢」
「な~に。だいちゃん」
胸に、飛び込む。
頭のてっぺんを、ポンポンされる。
 まるで春の日差しのように、あったかい…。
「………」

 …先残りの桜の花びらが一枚、パソコンに舞い降りる。
 「それでさ、夢」
「あ?なんだチビ助。えらそうに」
「中村主将と呼べ、不良統括」
ここは青南高校ラグビー部。
の、グラウンドにそびえる桜の木の下の、片隅の事務机。
早いもので、校庭の桜は、散りかかっている。
今日もあたしはパソコンにらんで、この春から“新主将”に就任したチビ助こと、中村浩志と練習メニューを考えていた。
「統括マネージャー」
それがあたしの新しい肩書。
なんだかすごく偉そうだけど、「君には愛と夢があるから大丈夫」と加賀が提案するもんだから、「昇進か♪」と喜んで受けてしまった。
その加賀は、ベンチでのんきに少女漫画を読んでいる。
「夢くぅん。君も読んでみる?勉強になるよ?」
と、ゴクゴク牛乳を飲みながら。
あんた本当に伝説のラガーマンだったのか?
寒ブリとナメタカレイを返してくれ。
あたしが加賀を細い目でにらんでいると、新主将が言葉遊びを始めた。
「結局お前、どうなんだよ?」
「何が」
チビ助が、あたしの隣にドッシリ座って水分を補給する。
「何がって、大輔先輩と」
「知らないよ。あんなバカ」
いつの間にか、大輔にも重なるほど大きくなった、チビ助の背中を眺める。
「メル友なんだろ?」
「知らない」
「仲直りしたんだろ?」
「知らない」
「うそだ」
「知らないものは知らない」
「んじゃこれは何?」
チビ助はヒュンッ!と青い携帯電話をあたしに突き向ける。
「コウシ!やったぞ!夢とメル友になった(^○^) by大ちゃん」
「家政婦にもなってくれるらしい♡何頼もうかな?ワクワク♡by大ちゃん」
「夢が俺にプレゼントくれた!しかも手作り大ちゃん人形だ♡by大ちゃん」
物的証拠と写メを見せられる。
「………」
押し黙るゼネマネ。
「まだあるよ」
チビ助はカチカチ指を動かし始める。
「夢はリンゴの味…」
「…………ガツンッ!!!」
統括がどんな風に主将を殴って、どんな風に携帯を奪い取って、どんな風にそれらを削除していったか、みなさんなら簡単にご想像いただけるかと。…何が大ちゃんだ。バカっ!
主将は右の頬をサスサスさせながら、
「でもさ、大輔先輩もひどいよな。俺に一言も相談なしに外国行っちゃってさ」
と、口をタコにしてふくれている。
「あんたはあいつの彼女かよ。悔しかったらニュージーランドに留学でもしてみせろ」
あたしは指でそのほっぺをつつく。
「俺も大輔先輩について行きたかった…」
いつの間にか背後に “新副主将”ユウコちゃん、もとい二宮雄一郎がうなだれている。
「あんたたち…。それでも3年生か!さっさとウォーミングアップ始めろっ!!」
統括の仕事は、明らかに増える一方だ。まったく!
…ふいに桃の香りが香る。
「コウちゃん、ユウくん、夢ちゃん、お手紙がとどいたよ~♡」
若菜がこっちに走り寄る。
そうそう、こいつ、1年の時からずっとチビ助が好きだったんだとか。
あたしが
「若菜、チビ助をフったんじゃないの?」
って聞いたら、
「『今はダメ♡』って返事しただけだよ♡」
って。
あたしが首をかしげていると
「だって、ユッキー先輩と拓ちゃん先輩とマーちゃん先輩と、あと千葉先輩と小林先輩と菊池先輩にも告白されて、コウちゃんが若菜をひとりじめしたらケンカになるでしょ?」
と、結構真剣な顔で言うものだから、若菜も若菜で、いろいろ考えているんだなぁ~とある意味感心してしまった。
とっくに卒業した先輩どもが、マイカー自慢がてら練習見に来るのはウザいけどね。
それにもニコニコぽっちゃり愛嬌振る舞う桃姫若菜。
いまだにチビ助には返事してないとか。
あんた、小悪魔どころか悪魔でしょ。
小悪魔桃姫は声を弾ませる。
「お手紙、大輔先輩からだよ~♡」
若菜とチビ助、ユウコちゃんがそれを見る。
「俺らにも見せろ―――っ!!」
と、シュウ坊がキリッと猛ダッシュで接近し、他の部員も次々に覗き込む。

前略  青南ラグビー部 諸君
俺は元気だ。みんなも元気だと思う。先週カンボジアに到着した。では。  早々
遠藤大輔

『え~~~?これだけぇ~~~?』
全員が残念そうに声をそろえる。
「ねぇ、夢ちゃんはお手紙読まないの~~?」
若菜があたしを見て、手紙を振り振りしている。
「いそがしいからむり~」
手のひらを振り振りしながら、あたしはパソコンをにらむ。
「ねぇ夢先輩!!大輔先輩とどうなんスか!?」
「やっぱり俺と…」とか言い出すシュウ坊を、チビ助が「ゴツン」とはたいて、あたしに声を張り上げる。
「夢!!どうしたの?また意地張ってるの?」
あたしはカチャカチャ指を鳴らしながら肩をモミモミして、パソコンに舞い落ちた桜の花びらを指でつまむ。
それをフっと息で吹きながら、チビ助を細目でにらんで言う。
「ん~。興味なぁ~い」
…うそだ。
だって、あたしの携帯に、その手紙の何百倍の「愛と夢」が届いてるんだもん。
左腕の青いゴツゴツを眺める。
病院の屋上から眺めた、西の空を思い出す…。


「…それでさ、夢。俺、少し挫折を味わってくるわ」
クリスマスの病院の屋上で、大輔の胸に顔をうずめているあたし。
そのあたまをポンポンされながら、そう切り出された、大輔の「夢」の話し。
「俺、高校卒業したら、ちょっくら外国に行ってくるわ」
「…え…!?」
大輔の、夢。
それは尊敬する遠藤洋輔、おとうさんの背中を追いかけて、
「俺も地球を救うヒーローになりたい」
という、本当に大きな、夢。
「そのために一度、親父のところで修行したい」
「いつかは日本に戻って、将来自分の団体か会社を立ち上げたい」
「とにかくみんなが笑顔になるような社会貢献を、仕事にしたい」
そう語ってくれた大輔の、夢。
大輔は、胸にうずくまったまま黙り込むあたしに、パパと大ちゃんマンの約束のお話しを、教えてくれた。
パパを見送る空港で、大きな胸に飛び込んだ時、頭をポンポンされながら交わした、約束のお話し…。
「なぁ大輔。聞いてほしいことがある」
「グス…。グス…。なに。パパ…。グス」
「パパの夢はな、世界を救うヒーローになることなんだ」
「グス…。グス…。ヒーロー…?」
「あぁ。この世界には、助けを求めている人たちがたくさんいる」
「グス…。たくさん?」
「そうだ。助けても助けても、「助けて」って声がなくならない」
「…グス。たすけて?こえ?」
「そう。だからパパは、ヒーローになってその人たちを助けに行きたいんだ」
「…ヒーローになって?」
「うん。世界の平和を守るヒーローだ」
「せかい?へいわ?」
「あぁ。だからな、大輔。約束してほしいことがある」
「やくそく…?なに?」
「お前はもっと強くなって、日本と、ママを守れ」
「にほんとママ?まも…る?」
「そう。だからもう泣いちゃだめだ」
「…。グス…。グス…」
「パパとママは、大輔がいたから強くなれた」
「グス…。グス…。つよ…く?」
「あぁ。だからお前も強くなれる。強くなれ。大輔」
「…うぅ…うぅ。ウエッ…ウエッ…。…ウン」
最後にまた頭をポンポンされて、抱きしめられる息子。
そして腕からス…っと離されて、立ち上がるパパ。
大きな背中が大きな荷物を背負い込み、雑踏に消える。
その背中が空の彼方に消えても、空のその先をずっと見つめる大ちゃんマン。
隣にいるママの手を握りしめて、幼心に託されたパパの夢と約束の意味を噛みしめながら、小さな大ちゃんは、もう二度と泣かないことを、心に決めた。

そこまで話しを聞いて、あたしは「紗江子さんの愛」の話しを切り出した。
「…ねぇ。なんで紗江子さんは別れたんだろうね…」
「ん?あぁ、聞いたこともねーけど…。まぁ息子が思うに…」
そして大輔は、母親の「秘めた胸の内」を、「たぶんね」と苦笑いながら、あたしに話してくれた。
「世界を救うヒーローになる」ためには、「たかが紙切れ1枚」が“しがらみ”になる。たかが紙切れ1枚のために、ちっぽけな「契約」に縛られるよりも、パパの描くでっかい「愛」を応援したい。ママは「遠藤洋輔」に惚れている。それだけで十分。って。
大輔は「うちのおふくろも意地っ張りだからねぇ~」とまた苦笑いして、そう言った。
あたしが「さみしくないのかな?」って聞いたら、大輔は「どうだろうね」って、やっぱり苦笑いをして、「おふくろいわく『泣き虫チビが一人前になったら遊びまくる』らしいから、今頃おカネため込んでんじゃない?たまにどっか旅行でかけてるし」って、今度はヤレヤレ顔をしてケラケラ笑った。
あたしが「それって洋輔さんに会いに行っているのかな?」って聞いたら、大輔は「知らんよ。それこそ夢が直接聞いてみたら?メールでもしてさ」と、さらにケラケラ笑った。
あたしは「紗江子さんの愛」の未来を勝手に想像しながら、なんだかうれしくなって、そしてほんの少し、自分の未来も想像してしまった。
そんなあたしの胸中を、隣の「元泣き虫チビさん」は知ってか知らずか、「俺はまだ半人前だからねぇ」と空を見上げ、左腕の青いゴツゴツを握りしめていた。
大輔の視線の先には、花園よりも、遠藤洋輔の背中がある異国よりも、それよりももっとずっと先の、時空すらも超えた「何か」を見据えているようにも思えた。
あたしは、そんな「半人前さん」の頬を指でつつきながら、少しだけ意地悪な質問をした。
「…でも、大輔さ。大学から誘いあったじゃん…」
「あぁ。でも、散々挫折を経験して、必要を感じたら大学に進学するよ」
「そっか…」
あたしはなんて言うべきか、やっぱり、迷った。
一緒にいたい。
離れたくない。
でも…。伝えるべき想いは、決まっている。
「あんたの「夢」は、あたしの「夢」か。約束してよ?」
あたしは大輔の胸から顔を外し、大きな両肩をガシっと掴む。
「あぁ、約束する」
少し身をかがめながらそう言う大輔のアタマを、ポンポンする。
見つめ合う。
「夢、叶えろよ?」
息が白い。
背伸びを、する。
「もち…ろ……」
「………。なに…いまさら、照れてんのよ…。バカ」

2回目の唇から、伝わってくるリンゴの香りが、少しだけ、甘酸っぱく思えた。
でも、大丈夫。大輔に負けないくらいのでっかな「夢」を、あたしも描かなくちゃ…。
リンゴみたいに頬を赤くして、青いゴツゴツのペア腕時計をはめた「半人前同士」
遠い遠い西の空を眺めて、「もしイチニンマエになれたらさ」とか「ショウライさ」とか、テレテレうじうじしながら聖なる日中を過ごし、「半人前同士」は仲良く風邪をひいたとか、ひいていないとか。
とりあえず、その日ゼネマネは練習を休んだらしい。


「…くしゅんっ」
くしゃみをする統括。
4月といえど、東北の春の夜長はまだまだ寒い。
 水銀灯に照らされて、グラウンドを走り回る汗だくの集団が、キラキラ輝いているのを鼻を赤くして眺める。
大きな声で「ラスト5分!!」と叫びながら、左腕の青いゴツゴツを見つめる。
ちょうど今頃、向こうは夕日が沈む頃…かな。
遠い異国を思い浮かべて、たった2時間の時差が、近いようにも感じる。
…え?
やっぱりさみしいんだろう?って?
そりゃあ…、少しさみしいけど…。
けどさ。
おかげさまであたしは、謹慎処分中にめぐり逢えた、いろんな人の「愛と夢」の話しを聞いて、ますます大輔のことを好きになったんだ。
「男はでっかい「夢」を持つんでしょ?」
 大輔が選んだ「夢」
 大輔らしくて最高じゃん♪
え?あたしの「夢」を聞かせろって?
ん~、正直まだわかんない。
でも、大学通って、経営学勉強しようかな~?ぐらいは考えている。
生涯大輔の専属マネージャーになるためか?って?
そんなの勝手に想像なさいよ。バカ。
とりあえず「世界最高の魚屋さん 愛澤」でしっかり稼いで、お金を貯めるんだ。
何に使うかって?
そりゃ、飛行機代とか、滞在費とか、いろいろかかるでしょ。
なんのために?
…恥ずかしくて言えないよ。
青いゴツゴツをもう一度眺めて、汗だく集団の表情を、じっと見つめる。
大輔…。
あんたが託した「夢」は、きちんとこいつらに伝わっているからな。
安心して挫折とやらを味わうんだぞ。
「終了ォッ―――!!」
今日も鬼の統括の激が飛ぶ。
「昆野!!あんたは少し身体しぼりなさい!」
「齋藤!!あんたはもっと野心をむき出しにしなさい!」
「横山!!先輩たちに遠慮しないで!!」
グラウンドの土ホコリと汗の匂いが、鼻から口から入ってきて、思わず西の空を見上げる。
いつも通りの、光景に、目を細める。
そしていつも通り、「JR美松海岸駅」には、今夜も高らかな笑い声が響き渡る。
その輪の中でケラケラしていると、生真面目な最終列車が滑り込んできた。
“いつもの討論会”をしていた、“いつもの座席“にひとり腰掛ける。
この座席だけは、他の人に座られたくないなと、ふと思う。
携帯電話を手に取る。
授業中交換したメールを眺める。

》大輔。
あんたの築き上げた伝統は、しっかり後輩に継承されているぞ。
チビ助もユウコもシュウ坊も、毎日毎日
「大輔先輩を超える!」って本当にやかましい(笑)
そうそう、聞いて驚け!
新入部員がなんと30人もやって来た!
あんたのあの試合の雄姿、どうやら「伝説」らしいぞ。
後輩たちは「感動しました!」って目ぇキラキラさせて騒いでる。
でも、なんでかマネージャーが一人も来ない(泣)
あたしと若菜の仕事は増える一方だよ(T□T)
そっちの生活はどうだい?
お金が貯まったら、行くからな。
せいぜい挫折を味わいたまえ(*^▽^*)

》夢。
どうやら青南諸君は相変わらずのようだね。
こっちの方は毎日いろいろ大変。
俺はまるで役に立てていない。
何していいか全然わからない。
言葉も通じない。
でも、サッカーして遊んだら子供たちが集まってくれた。
なんとかラグビー教えたいと計画中。
久しぶりに会う親父は、想像以上に大きい背中。
簡単には超えられそうにないな。
そうそう、大ちゃん人形がほつれちゃったよ。
来るときは裁縫箱持参で手当を頼むな。
   …早くも夢に会いたくなってきた。 
…夢のつくった梅干しおにぎり食いたい(T□T)  

携帯電話をカバンに戻して、その中から1冊のノートを取り出す。
 部員の連中には内緒の、若菜との交換日記。
 あたしと若菜は、いつか後輩のマネージャーが入部してきたらこのノートを託そうと、2人で感じたことを、毎日綴っている。
その中の1ページを、開く。
 
 未来を担う君たちへ。
女子高生を、いや、青南高校ラグビー部のゼネラルマネージャーを、1年経験して気づいたことがある。
「絆」とか「希望」とか「愛」ってのは、もしかすると本当はずっと昔から、そこにあるものなのかもしれない。
だけど、気づかないうちはよくわからなくて、ついついそのまま通り過ぎてしまうこともある。
こればっかりは、ひとりひとりに個性があるように、すぐに気づく時もあれば、ずっとあとに気づいて後悔する時もある。
だけどもし、長い間それに気づけなかったとしても、それはそれで、実は必要なことだったんじゃないか?と、前を向いてほしい。
だって、気づけなかった時間が長ければ長かったほど、気づいたことを大事にしようって、思えるハズだから。
あたしは、そんな風に物事を考えるようになってから、ほんの少しだけ、自分の過去も、愛しく思えたよ。
そして、これからの自分に、とことんワクワクしている。
きっと、世の中は甘くないから、いっぱい悩んだり、苦しんだりすると思う。
その時は、さらにその先の「未来」を描いて、とにかく走るしかない。
そうやって、顔を上げていれば、きっとまた、「誰か」の「笑顔」に気づき、「仲間」とめぐり逢える。
もし、そんな「大切なひと」にめぐり逢えたら、自分から声をかけなくちゃね。
お互いの「夢」を語り合って、でっかい声で笑い合うためにさ。
それだけで、人生はなかなか楽しいもんだよ?
あたしは幸せ者だよな。
その大切さに、気づくことができたんだから。
みんなおかげで、さ!
統括マネージャー 相澤 夢

ノートの文字を、照れ笑いしながら読み終わる頃、大好きになった「JR新魚浜駅」のアナウンスに耳を傾けて、車窓から飛び込む「魚浜町商店街」の瞬きに目を細める。
やんわり灯る街灯の下を一気に走り抜けて、「相澤魚店」に集うサケ友共に愛嬌と晩酌を振る舞いながら、社長の包丁を取り返して、刺身をさばく。
たまにはシャケや、ツナにタラコのおにぎりを作ろうかと考えて、炊飯ジャーをいつもより1時間早く設定する。
そして夜も零時をまわる頃、
「いい夢が見れますように」
と、青いゴツゴツを外す。
ベッドに仰向けになって、今日を噛みしめながら、ゆっくりと天井を眺める。
最後にもう一回だけ、携帯電話を取り出して、それを見つめる。
汗だくの半人前を思い浮かべて、少しニヤけて、目を、閉じる。
明日も朝が早いな考えているうちに、暗くなる。

………夢をみた。
異国の空の下。
ゴツゴツの青をチラチラ眺めながら、おにぎりを作る、夢。
何か声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるような、初めて聴くような、
チビのくせにバカでっかい、鳴き声。
それをそぅっと抱き抱えながら、
「おとこならユメをもて」
と、あやしている、…夢。
ふいにとなりで、
「『生まれたのなら』だろ?」
と、ヤレヤレ顔の汗まみれさんが、
にんまり笑う、夢。
おにぎりをくわえてアーモンド抱える、
バカでかい背中の汗まみれさんを、
ケラケラ指でつつく、…夢。

……おにぎりの音が聞こえた。
目を開けて、夢の余韻にひたる。
「夢」を見るのは素敵だなと思う、今日この頃。
今朝も炊飯ジャーのタイマー音で目が覚める。
いつも通りそれを握り、
いつも通り髪だけは少し念入りに洗う。
いつも通り大きく息を吸い込んで、
いつも通り制服をクンクンしながら、着る。
いつも通りの、朝。
いつものイスに腰掛けて、
いつもの青いゴツゴツを、スッ…と抱き上げる。
そしていつも通りのそこへ、ログイン。
【紅の愛嬌・青南のマドンナ】
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フジムラの8823ブログ




いつも通りそれを眺めて、
ひとり、ニヤける。
みんなのおかげで「好き」になった「街」や、「ヒト」
みんながいるから気づくことができた「絆」や「愛」や「夢」
本当はもっと、書きたいことがいっぱいあるんだけれど、
それは言葉だけじゃ伝えきれくて、ついついこんな風に綴ってしまう。
なんだろうね。
このカラダの内側からこみあげる、
なんとも言えないワクワクでふわふわな感じ。
できればずっと、こんな気持ちのままでいたいな…。
できればずっと、この「好き」を失いたくないな…。
「………」
画面を閉じる。
さて、学校に行くか!
いつも通りが、今日も始まる。

あたしの“いつも通り”は、大体こんな感じ。
もしその続きが気になるって人は、どうぞあたしの個人ブログ、
「夢の幸福論」
へ、アクセスしてみてくださいな。
え?
URLを教えろって?
ん~、ここでは言えないな。
え?
水クサイ?
青クサイって?
そんなアナタは、是非とも我が「蒼い伝統・青南高校ラグビー部」に「入部届」と「根性」持って入部をするべし。
青いゴツゴツが目印の、鬼よりコワい統括マネージャー様が、みっちり個別で指導してあげるから。
毎日汗だくになってみんなと一緒に走りまくって、牛乳とおにぎりをガツガツ頬張っていれば、いつの間にやらでっかい背中になるんだからね。

その頃にはアナタの口癖、「生まれたのなら「夢」を持て」、かもよ?


「夢の幸福論」完。
「遠藤くん、大丈夫かな~。骨折してるんじゃない?」
「さっきの大阪のタックル、もろ膝に入ってたもんな~」
「あのスタンドオフ1年だろ?20番の畑中って。ボロボロじゃん」
「あ~、遠藤無理すんなよ~。片方のウイングで少しは休めって」
 「………」

…青南の応援席。
そこから少し離れて、試合を見る。
県営スタジアムには、大会史上最高の観客が詰めかけていた。
ほぼ半々に埋め尽くされた「赤」と「青」の真ん中に、どっちも応援しない、中途半端な「桃色」が、ちょこんと座っている。
それも、ふり乱れた茶髪に、汗でグッショリ濡れた額と、大粒の涙でグチャグチャになった顔の、桃色ネーちゃん。
試合は、スコアを見れば、決定的だった。
《 修英25―0青南 》
それでも前半は《0―0》のドローで耐え忍んだ。
小野寺も、森田も、二宮も、畑中も、松岡、川口、他のメンバーも、必死で走り、懸命に守り、死にもの狂いで闘った。
小野寺はスクラムで相手を押しのけ、森田は空中戦を何度も制した。
ふいの突破も、二宮がガッチリ防いで、その後ろからも波状のタックルが失点を許さなかった。
遠藤と中村「青南のダブルエース」は、オールジャパン候補すらも手が出ないほどのコンビネーションを見せつけ、畑中の奇抜な動きは相手を翻弄し、多彩な試合コントロールで終始「赤い天才集団」を制圧。一時は「蒼い伝統」もいけるんじゃないか…と、誰しもが思ったらしい。
―――ところが。
後半開始直後、相手ハイパントを受けとった蒼の司令塔・遠藤。
そのまま突破をはかろうとした瞬間、赤の闘将・大阪のタックルが、遠藤の膝にガッチリと決まり、遠藤はその場に倒れて動けなくなってしまった。
顔をしかめ、うずくまる遠藤。誰しもが落胆し、交代かと思われた。が、しかし、加賀監督の「どうします?」の一言に「いきます」とだけ答え、ガッチリとテーピングを施したあと、そのままウイングに下がって試合を続行。
その姿に、「赤」も、「青」も、スタンドの全員が一緒になって大きな大きな拍手を送った。
遠藤の膝を、大粒の涙で懸命に処置する若菜。
「青の9」も足を差し出しとか言うのは、聞かなかったことにする。

―――時計を見る。後半25分。
あと5分で、25点差を挽回できる戦法は、どの教本にも、インターネットにも載っていない。
だけどあたしは、もう十分すぎるほど、幸せだった。
どんなに点差が開いても、どんなに相手に見下されても、絶対にあきらめない、大輔の、イヤ、大輔だけじゃない。15人の「本気の目」を見れたから。
15人だけじゃない。若菜も、加賀も、近藤、菊池、畠山…ベンチのサブも、グラウンドにすら入れなかったほかの部員も、応援席も、みんなが一つになって「蒼い伝統」を守り、闘っている。

…もういいよ大輔。
走るな。
あんた、名門の京王学院大学から誘い受けてんでしょ?
それ以上やったら再起不能になっちゃうよ。
走っちゃダメだ。
足折れてるじゃん。笑って声を出していてもわかる。
あたしの洞察力をナメるな。なに手なんか挙げてんの。
チビ助、パス出すな。大輔、ヤメロ。ボールをシュウ坊に渡せ。
…走るな。走るな大輔。

―――時計を見る。
…30分。
終わった。あとはロスタイムのワンプレーだ。自陣5メートルのラインアウト。修英に押し込まれて終わりだ。
「青」と「赤」の両選手が一線に並んで、ラインアウトの位置を形成する。
「赤の2」フッカーの西崎がボールを構える。
一瞬の静寂のあと、「蒼い伝統・青南の戦士たち」が同じ方向を見つめている。
見えているはずのないあたしを…。見ている?
「……?」

「夢さん。どうだい?俺もなかなか走れるようになったろ?」
――ユッキー。
「夢ちゃん。見ててね。相手ボール、奪るから」
――あっちゃん。
「夢!ハラへった!梅干しおにぎり食いたい!!!」
――チビ助。
「夢先輩。トライ決めたらデートですからね♡」
――シュウ坊。
「クラスメイトだろ?俺の雄姿を見逃すなよ♪」
――ユウコ。
「あれ?どうせなら浴衣姿がよかったな♪手持ち花火なら1年中できるんだぜ?」
―――拓ちゃん。マーちゃん。みんな…。
「夢。なに泣いてんだ。まだ「夢」は終わりじゃないぞ」
……だいすけ……
「………」

みんな…何わらってんのよ。
だいすけ…たのむからやめて…。
――――ボールが鋭く投げ込まれる。
…バカ、あっちゃん!今さら空中制してどうするの。
ユッキー!峰岸を吹き飛ばして何する気!?
コラ!ボールをチビ助に渡すな。
チビ助!なにが神速スクリューだ。
シュウ坊!無理して突破しなくいいんだよ。
ユウコ!シュウ坊からボール奪い返してどうするの。味方でしょ。
チビ助!さらにそれ奪い返して何する気!?
蹴り出せ!!グラウンドの外に蹴り出すんだ!!
「青の9」が、刹那にボール鋭く蹴り上げる。
…そうだよ。それでいいよ…
――――え?
「青の10」が、飛んだ…? 

「…ワァ――――――――……ッ」

スタンドにいる連中が、全員悪魔に思えた。
チビ助のハイパントを、大輔がジャンプして受け取って、そのまま「赤い天才集団」に切り込んでいく。
どこにそんな力があるんだ?
…ダメだ大輔。走るな。
みんなも応援するな。
大輔の選手生命はこんなところで終わらしちゃいけない。
大輔は将来日本代表になるんだ。
…走るな。
……走るな。
………走るな大輔。
…………はしるな……
――――――はし……
「はしれぇぇぇ――――――――――――――――――――だいすけぇぇぇ―――――――――――――――…」
声にならない声で、細胞が、吹き飛んだ。
走ってほしい。
走ってほしくない。
走ってほしい。
もうよくわからない。
―――スタンドの音が、消える。
あぁ、そうか、また「夢」をみているのか。
暗闇の中に、「青の10」が、見えた。
まるでそこだけ切り取られたかのように、澄んで見える
ゆっくり、ゆっくり、「青の10」が、揺れている。
ん?なにかゼッケンに、書いてある?
「俺は…「夢」…を叶える?」
何こっちみてわらってんのよ。大輔。
なんか言っている?…「ダイスキ…ダ…?」
…試合中にコクられてもうれしくないよ、バカ。
…あたしもあんたがダイスキだよ。
…スキでスキでおかしくなりそーだ。
…あんたのおかげで本当に最高な「夢」をみせてもらっているよ。
…あたしは、あんたがいなくても、大丈夫だから。
…だから。…もう。

―――「青の10」が、吹き飛ぶ。
あぁそうか。また大阪にタックルくらったのか。
倒れていいよ。若菜にコールドスプレー振ってもらいなさい。
瞬間、背後から青い影。
「青の15」が、ボールを受ける。
ユウコ!よけいなことしないで!
「赤の8」が、タックルでそれを吹き飛ばす。
ほらみろ!ボールを早く離せ!
「青の3」と「青の8」がそれを拾ってモールを組む。
バカ!!ユッキーもあっちゃんもやめろ!
「赤の3」、「赤の4」がそれを押し込む。
「青の1」「青の2」…FW陣全員がモールでそれを守る。
一瞬間を置いて、「青の9」がボールをかき出す。
「青の20」が、それを受け取り、一瞬で赤に切り込む。
シュウ坊!!ダメだ!!無理するな!!
「赤の11」が、その膝元に鋭く突き刺さる。
「青の20」が足元をすくわれて転がる。
バカ!シュウ坊!ケガしたらどーすんだ!
「青の9」が、瞬時にボールを受け取り、赤に突き刺さる。
チビ助!!いいかげんにしろ!!
「赤の15」が、それをはさんで担ぎ込む。
ほらみろ!相手を選んでからやりなさい!バカ!
「青の11」と「青の12」が、それをオーバーザトップでフォローする。
「青の9」が、倒れ込みながら、上体を反転させて、パスを出す。
「青の13」がフェイントで「赤」をけん制する。
瞬間、「青の10」が、走り込みながら逆サイドでボールを受け取る。
チビ助!!大輔を殺す気か!?もうやめてくれっ!!
「赤の10」が、「青の10」の膝元に、突き刺さる。
「青の10」が、一瞬よろめく。
大輔!無理しなくていい!そのまま倒れろ!
「青の10」が、それを右足で踏ん張って、再び赤に切り込む。
バカ!なんで大阪を振り切るんだっ!!
大輔!止まれ!それ以上はダメだ!!
「青の10」が、さらに鋭く赤に切り込む。
「青」は全員でそれを追いかけ、「赤」も全員でそれを追う。
どんどんスピードがあがる。
右、左、「青の10」はステップで「赤」を振り切る。
スピードはどんどんあがって…。
――――青の10が、倒れた。
「………」
それでいいよ大輔。おつかれさま……。

「…ワァ―――――――……ッ」

試合終了のホイッスルをかき消す大声援で、あたしは「夢」から覚めた。
グラウンドに目を向ける。
タッチラインギリギリの隅っこに、「青の10」が、倒れている。
「だい…」言いかけて、声が、止まる。
「青の10」が何か言っている…ように、見える。

「スタンドからコクられてもうれしくねーよ。バ~カ」

そう言った。
魚のように、口をパクパクさせながら。


―――あたしも今、口をパクパクさせている。
しかも、バナナを食べるゴリラの集団を、見下ろしながら。
どこで?動物園で?
いや、空中で。
「ヤメロ―――っ!!ハナセ―――ッ!!!ギャ―――ッ!!」
これも演技だ。
奴らにスキを見せつけて逃げ出すための。
…言えない。
「何すんのあんたたちっ!強姦罪で退学処分にするぞっ!!」
泣き叫ぶ退学希望者。
「謹慎処分中がなんか言ってるぞ。やれ」
ゴリラ共を操る、チビザル親分。
「天下のゼネマネ弱点はっけ~ん♡」
喜ぶゴリラ共、もとい青南ラグビー部一同。
「なんであたしを胴上げするんだ!!!アタマおかしーだろ!ヤメロ――――っ!!」
子供の頃から、高い高いの経験がなく、ふざけた飛び遊具をバカにして成長してきた過去を、恨んだり後悔したり、ゼネマネは何かと忙しい。
「次、私もいいかな…♡高い高い♡」
若菜!あんた梨食いながら何ほざいてんだ。
「ウォッホホホ――――――スっ♡」
ゼネマネが、一段と高らかに宙を舞う。
「これはちょっと渋いな…」
親父!あんたも包丁で皮なんか剥いてんじゃねー!
娘を受け止めろ!
――――ドスンン…ッッ!!
…こいつら全員、包丁でさばいてやる。
ゴリラとカツオの刺身、チビサルと桃菓子の盛り合わせ。
…ウェ…
「カッカッカッ♪みなさん、梨がむけましたよ~♪」
シロナガスクジラのエサはオキアミだ。
今頃太平洋から出てきたか。
総監督、加賀。
 

…これは少し、後日談になるんだけど。
一応みんなには説明しておく。
だって、“ゼネラルマネージャー”は、部外のことも気遣うのが仕事だもんな!
―――あの日。
あの試合のあと、大輔はそのまま、救急車で病院に運ばれた。
そしてすぐに、緊急手術。
膝の骨はやっぱり折れていて、無理して走ったもんだから、そのまま入院してしまったんだ。
医者が言うには、「亀裂骨折した破片が靭帯に刺さり、筋肉繊維と神経、毛細血管も広い範囲で損傷しています。大事に静養して、1か月は入院が必要です。その後も何度か手術入院が必要でしょう」と。
試合後の胴上げのあとすぐ、「蒼い流星」が、あたしを病院に連れてってくれて、あたしは親父と一緒に、手術が終わるのを待った。
真夜中。手術が終わり、病室に移された大輔に走り寄って、真っ先にアタマをはたいてやった。
あたしは開口一番、
「バカ!!選手生命が断たれたらどうするつもりだったんだ!」
と、目を真っ赤にしてそう叫んだ。
そしたら大輔は、
「スタジアムの片隅に、愛しいマネージャーがいたもんだからさ♪」
って、おどけて、ケラケラ笑って、あたしのアタマをポンポンしてくれた。
あたしはそのまま、大輔の胸に、飛び込んだ。
あたしが泣きじゃくりながら、大輔の言うことをハイハイ聞いていたら、
「じゃあさ、メル友になろ♡」
とか言い出してきた。
「メル友でも家政婦にでもなってやるよ!!」
なんて、あたしも情にほだされて言ってしまったんだから、今にして思えば情けない。
あのペテン師、ちゃっかりそれを録音していて、
「夢、これは物的証拠だよ?」
とかニヤニヤしながら、最新携帯を見せびらかしてきた。
だから今日も、
「夢、リンゴとおにぎりが食いたい)^o^(」
「夢、今ひま?今なにしてる?(*^。^*)」
とか、“授業中”にもかかわらず、どうでもいいメールばっかブーブー送りつけてくる。
あたしはその度に
「石ころでも食え(-。-)y-゜゜゜」
「YUMEは業務中(-。-)y-゜゜゜」
とか返すんだけど、そしたら今度は電話がかかってきて、
「それはいやだ(T_T)」
と、甘えてくる。
いや、別にのろけじゃないんだけどね。
机に座って、携帯電話が震えるたんび、ついついニヤけてしまうんだから、あふれでるものは、しょうがない。
考えてみれば、あのラグビーバカは3年間「夢一筋」で走り続けてきたんだもん。
これもいいかと思えてしまう、今日この頃。
気づけばもうすぐ冬休みが始まる。
グラウンドには、うっすらと雪が積もっている。
いつの間にか衣替えした制服の匂いをクンクンしながら、あたしは秋本の国際流通経済を聞き、ノートを取る。
シャープペンをクルクルさせながら、教室の窓から見えるグラウンドのように白い、白髪交じりの加賀を思い出す。
 あの時、試合で倒れた大輔に向かって言った加賀の言葉を、大輔は病室でこっそり教えてくれた。
 

 「なんで無理して試合に出たんだよ」
あたしは目を真っ赤にして、大輔の手を握っていた。
 「加賀監督さんの、素晴らしいご指導だよ」
大輔は、四角く遮られる先の、西の方を見つめながら、少し涙ぐんでいるようにも見えた。
 「加賀、の?」
 「そ。あの時さ…」
 そして大輔は、紗江子さんそっくりの口調で、ゆっくりと語り始めた。
 ……。
 ―――膝を抱えてベンチに戻る大輔。
どす黒くはれ上がる膝。骨が折れているのは誰が見ても明らかだった。
大輔は迷ったそうだ。このまま自分が試合を続行するのは、逆に足手まといになる。と。
大輔は加賀に直訴した。
「俺は仲間を信頼しています。だから、交代を指示されれば従います」
すると加賀はこう言ったそうだ。
「遠藤大輔は、何のためにラグビーをやっているのかね?」
 「もちろん、ラグビーが好きだからです」
 「では、遠藤大輔は、誰のためにラグビーをやっているのかね?」
 「それは…。もちろん、仲間のため。応援してくれる人たちのため…です」
 「君はもう十分みんなのために闘ってきた。最後ぐらい、自分のために、愛する人のためだけに、走り切ってみてはどうかな?」
 「愛する人の…ために…ですか?」
 「そう。もしかすると、君の愛する人は、今この瞬間、君のためだけに、走っているかもしれないよ?」
 「俺の、ために?」
 「愛する人を想って、トライを決める。それが君の、もう一つの「夢」だろう?」
 「もう一つの、「夢」ですか?」
「「夢」は、叶えるためにある。夢は必ず、来る。信じてみましょうよ」
「夢を、信じる…」
 「どうします?」
 「…いきます」
 ……。
 加賀壮二郎 195×年生まれ 身長196cm 体重98Kg AB型
青南高等学校~早生山大学~三芝製鋼 197×~198×日本代表。
選手時代はフルバッグとして活躍。破壊的な突破力と不屈の闘争心が持ち味。
27歳の秋に住川重工との試合中骨髄損傷の大ケガを負い、引退。
その後は教育者に転身し、後世の育成に尽力。
……。

 「加賀壮二郎の信念は、『信じる者は救われる』か。なるほどねぇ」
 あたしはそれを眺めながら、一人つぶやく。
 日本のラグビーの歴史が記載されている分厚い本の中に、加賀の名前を見つけた。
あたしが2000円以上もしたその本を買ったのは、加賀のプロフィールに「性格はノーテンキで趣味は食べること。口癖は牛乳を飲みましょう」と、書き足す必要を感じたからだ。
大輔が教えてくれたことだけれど、「相澤夢」の進退について、「彼女を信じましょう」と教職員に何度も直訴し、さらには「全責任は私が取る」と、署名運動の後方支援を全面的に支えてくれた加賀。そして地域の人たちをまとめてくれた加賀夫人。
店内をぐるりと歩き見渡しながら、クリスマスプレゼントに寒ブリとナメタカレイを、加賀夫人に贈ろうかなと考える。
その前に、3年生をうちに呼んで海鮮鍋パーティーをするって約束も、あったっけか。
「絶品海鮮鍋のすべて」を手に取る。
そういや、たしかユッキーは「小骨が苦手」で、あっちゃんは「ネギだけは無理」だっけか?
拓ちゃんとマーちゃん…。あいつらの好き嫌いなんて覚えきれないよ。まったく。
え~と、野菜はマサじいんところで買うとして…。
…なんか、買い出しすんのめんどくさいなぁ。
 あ、若菜とチビ助とユウコも呼ぶか。
 ん?ちょい待て。
それでシュウ坊呼ばないとまた「夢先輩の鍋食いたかった!」ってうるさいよな…。
…。そしたら…。
…64人に、加賀夫妻もか?
 おいおい、「魚浜商店会集会所」の畳部屋貸し切るつもりかよ。
 あたしゃ相撲部屋の女将か。
なんだかヨッサン連中が酒持って乱入しそうだな。
ま、どうせならそれも…。
え?
あたし?
今どこかって?
病院近くの…。書店だよ。
なんで?って?
あのバカにメールで頼まれたから。
昨日2回目の手術終わって入院中なの。
…何を頼まれた?
…個人情報は、気軽に人には教えられませんて♡
***11月8日、日曜日。時刻は午前11時40分。
県営スタジアムで開催されている県高校ラグビー花園予選大会は本日大会9日目。
準決勝第1試合は東北山光学院×大沼西工業高校。
34―26で東北山光が大沼西工業を下し決勝に駒を進めました。
続く第2試合は修英学園高校×青南高校。
このあと午後1時からキックオフ。
出場総数、計126校の頂点を目指して、熱い闘いが繰り広げられています***

いよいよ今日はその日。
あたしは、お昼の県内ニュースを観ながら、包丁を握っていた。
チビ助に若菜。ユッキーにあっちゃんにユウコ。シュウ坊、拓ちゃんにマーちゃん、部員のみんな。秋本に加賀。応援してくれたみんな。
そして、大輔。
みんなの気持ちは、本当にうれしかったけれど、やっぱりあたしには、無理だ。
「今日は休んでいいぞ」
と、社長に気遣ってもらったけれど、
「働かせてください」
と、それを断った。
「そうか」
と、だけ言われて、あとはそれ以上聞かれなかった。
あのあと、若菜がくれたお菓子を、3日間食べ続けてたら、おかげで1kgも太った。
チビ助がくれたアイドル雑誌を眺めて「似てる」と言われた智香ちゃんを、鏡持ちながら見比べてみたけれど、あたしより数倍も美人だった。
ユッキーやあっちゃんがくれた青春モノの漫画にも「夢」が連発で出てきて
ユウコがくれたアイドルグループや無名インディーズバンドのCDにも、「夢」がたくさん歌われていた。
シュウ坊の「夢先輩が好きです!トライ決めたらデートしてください!」ってラブレターにはまいったけどね。
不思議なことに、ちょっと前まであんなに嫌いだった「夢」の文字と響きが、あいつらの声と重なって、見るたびに、聞くたびに、ほんわりうれしくて、泣いた。
せめてもの恩返しと、「青の10」は、とびっきり丁寧に縫い付けて、書類入り段ボールと一緒に、遠藤運輸に集荷してもらった。
紗江子さんからメールが入って、「いいの?」と書いてあったから「いいの」と返した。
みんなのところに行くことはできない。
けれど、心は一つ。
若菜が寄越してくれた「S・R・F・C」のピンク色パーカーを羽織って、テレビで応援することを決めた。
大丈夫。青南は必ず勝つ。
「なんだお前。まだこんなところにいたのか」
カツオちゃんの刺身講座から帰ってきた親父が、びっくりした顔であたしを見ている。
「んー、マグロの刺身盛り合わせをさばくのが夢だからー」
イカの皮をむきながら答える看板娘。
親父は無言でどっかに出て行った。
根性のない看板娘に、愛想つかしたかな。
「今日のお昼はシーフードパスタにでもするか…」
水を止めて、台所に行こうとしたその時、
「キュイ―――――――――ッ―――――――ボロロロ…」
聞きなれたエンジン音がした。
―――社長の軽トラだ。
なんだ?ハナザワさんとデートか?イソノくん。
次の瞬間、でっかい叫び声。
「夢、乗れッ!」
「…え?」
店の前に、ドリフトかまして軽トラが滑り込む。
「…親父?」
ズンズン目の前に迫る。
首根っこを掴まれる。
グイっと引きずられ、助手席に放り込まれる。
まるでカツオの一本釣り。
親父を睨む。
今までみたことがないような、怖い形相。
「…なにすんの!痛いでしょ!バカ!」
「バカはお前だ!!夢、お前、「夢」を簡単にすてるんじゃね――っ!!」
「ゴツン!」と頭をはたかれて、「イテっ」と思わず涙が出る。
「何すんのっ」と親父につかみかかろうとして、体が硬直した。
―――親父が、泣いていた。
ふるふる唇をふるわせて、パクパク魚みたいに口動かしている。
「夢…。愛も、夢も、すてちゃダメなんだよ…」
頭のてっぺんが、熱い。
でも。それ以上に、目と、ほっぺと、全身が、ホタテの貝殻焼きのように、熱い。
「いくぞっ!!」
マニュアルシフトが「ゴグンッ」と入る。
あたしはその腕をつかむ。
声にならず、首を横に振る。
行けない。こんな顔をみんなに見せたくない。
それに…。
ここから県営スタジアムまで、2時間以上かかる。
間に合わない。
すると突然、独特のエンジン音と一緒にバカでかい声が耳に飛び込む。
「オ――イッ!!そんなオンボロじゃだめだッ!!」
すぐ脇に【SakuraiMotors】のステッカーが目印・KAZUYA自慢の蒼いRX‐8が急ブレーキをかける。
「さ、ネーちゃん。乗りなよ…」 
ふわっと体が浮いて、助手席にやさしく寝せられる。
「ちょっと待て」と、まさジイ。
段ボール入りのバナナと梨をトランクに詰め込む。
「俺も連れてけ」と、乗り込むヨッサン。
あたしよりもポカンとしていた親父は…。
よりによって、包丁握ってる。
なんだ?県営スタジアムで修英高校さばくっての?
ていうかおっさん達、何で事情を知っているんだ?
アタマが混乱していると、運転席から蒼い声。
「さてと、夢を見に行こうか。ネーちゃん…」
RECAROシートで、サングラスかけてマルボロメンソールを吸っているKAZUYA。
あんた、免停&禁煙中じゃなかったっけ?

「…このエイトはな、マツダが世界に誇るロータリーを搭載しているんだ。コスモ、サバンナ、セブンと受け継がれて、俺は3代目の「蒼い流星」を継承した。【SakuraiMotors】特製マフラーはな、じーさんがばーさんを…」
聞いてもいないのに、KAZUYAがネーちゃん相手に酔いしれている。
エイ?サバ?そんな魚みたいな名前、車につけていいの?
…聞いてんのか!?板金屋の3代目!!
KAZUYAを無視して時計を見る。
11月8日、日曜日、晴れ。時刻は12時45分。
あたしは今、国道4号線。
県営スタジアムまではあと4キロの地点。
上り車線のコンビニ駐車場。を、今でたところ。
「と、と。もれそうだ~」
と、ヨッサンが青い顔で騒いでしまい、仕方なくピットイン。
だけど、驚いた。KAZUYAの運転は本当に上手で、
「安全運転は地球を救う。だが今だけは蒼い流星と呼んでくれ。前のネーちゃん」
とかブツブツ言いながら、ビュンビュン前の車を追い抜くし、
「夢を見るのに地図もナビもいらない。右に曲がるぜ。後ろのネーちゃん」
とかバックミラーをちら見しあとギュインと旋回して「ここ、どこだよ!?」というような峠道をヒュイヒュイ上り下っておりるのに、それが本当に流れ星のようで全然怖くなかった。
途中でいきなり現れたパトカーに、
「そこの蒼い3代目、とまっていただけませんか?」
とか注意された追いかけっこも、あっという間に振り切った。
今度飲みに来たら「蒼い流星」と呼んでもいいなと感激してしまったぐらいだ。
そうそう。車内で、うれしかったことがある。
「カツオにはいつも世話になっているからよ」
と、頼んでもいないのに、ヨッサンが延々と親父のことを褒めちぎった。
「カツオさんの刺身のおかげで、俺たちのTEAMは育った」
と、何やら思い出話しを語るKAZUYA。
本当に驚いた。だってみんな青南ラグビー部の出身で、ヨッサンはプロップ、マサじいはスクラムハーフ、KAZUYAはウイングだったとか。
「年代は違うけれど、その結束はダイヤモンドより固い!」って、おっさんたちはしきりに熱弁して、「そして“おらほの商店会”も最高に結束が固い!カツオのおかげだ!」って。
それを後部座席で聞きながら、じゅわっと目を赤くしている親父。と、助手席の娘。
おかしな構図だったけれど、大好きになった汗と、涙と、酒の匂い。
それとマルボロメンソールの香りに包まれて、あの商店街に生まれてよかったなと、心底思えてしまった。
…ん? 酒の匂い?
「酒と~涙はよ~~~ぅ♪」
真後ろで演歌を歌うヨッサン。
あんた、コンビニでワンカップ買ったな?

いろいろと突っ込みどころもあったけれど、時刻は12時50分。
よかった。なんとか間に合いそうだ。
おっさんたちのおかげで元気にもなれた。
ゴシゴシ目を拭いて、窓の外を見上げた。
本当に透き通った高い空。
あいつらの声がそこに響いている気がして、耳を澄ます。
目を閉じると懐かしい掛け声が、耳元で走り回っている。
「…ちっ。ISHIDAの野郎。あいかわらず足だけは速ぇな」
KAZUYAの声。イシダイ?青南にイシダイはいないぞ?
目を開けた。サイドミラーに、赤色灯が見えて、あっと間にエイトの後ろについている。
「な~らぶ~ならぶぅ~よ~♪くるまがならぶ~♪」
ヨッサンが歌いながら何かを指さす。
それを見る。
前方に大渋滞の列。そしてパトカーと救急車。
日曜日の国道で、大型トラックが横転して玉突き事故!?
「ったくよ~。YOSSANが便所になんか行くから~」
前も後ろもふさがれて、エイトのロータリーが空を切る。
先の見えない車の行列が、悪魔たちの整列に思えた。
すると突然蒼い声。
「…夢、走れ」
サングラスを外し、マルボロメンソールに火を点けながら「お前らとは夢を求めた修羅場がちがう」と格好つける、KAZUYA。
「バナナと梨はよ~~♪俺が届けるからな~~♪」
酒臭い息吐きながら歌う、YOSSAN。
…親父は?後部座席を振り向く。
黙ってなにも言わない。包丁を、ズボンの中に隠している。
次の瞬間、目が合った。口をパクパク動かしている。なんだ?この期に及んで警察への言い訳でも考えてんのか?
思った瞬間、エイトが飛び上がるほどの爆発音が響く。
「夢、はやくいけっ!!」
そのまま車外に、吹き飛ばされた。
エイトを見る。
「いけ、いけ」
と、手をはたつかせるKAZUYAとYOSSAN。
前を向く。走る。
ここから県営スタジアムまで…4キロ…か。
免停と酒気帯びと銃刀所持。
気弱な石田警部補が、3人をどう取り締まるのか気になって、爆笑しながら大粒の涙を流し、元女子高生が、走る。
エイトの前をふさいだパトカーから警察官が降りてくる。
ISHIDAがあたしに気づいて声をかけた。
「夢ちゃん、何してるの?」
「ただのジョギングです」
……。言えない。

 ISHIDAを振り切り、前を見る。
 渋滞する車の列からの、イタイ視線を右側に感じながら、とにかく走る。
 息が弾む。
走りながら、時間を確認する。
こんな足じゃ、ユッキーのことは笑えないな。
…もうそろそろキックオフだ。
目を閉じて、試合開始直前の円陣の輪の中に、入る。
 ……。

―――俺たちの「夢」はなんだ。
「「「「「「「「「「「「「「「花園」」」」」」」」」」」」」」
―――俺たちは強い。
「「「「「「「「「「「「「「「俺たちは強い」」」」」」」」」」」」」」
「コウシ。今日も神速スクリュー頼んだぞ」
「愚問だよ大輔さん。ユウコ、シュウ坊、暴れてやるべ」
「当然♪骨折れても突破はさせねーよ」
「パスは全部俺で。トライ量産の新聞一面ッス」
「シュウ坊。悪いけどそれ、俺のセリフな」
「オイ。センター転向の俺も同じくだ」
「拓実さん、昌輝さん、FWにも華持たせなきゃ♪」
「つくづく生意気なチビハーフだな。あっちゃんどうする?」
「ユッキーがコウシとシュウ坊並に走るんだろ?」
「若菜先輩の争奪スか?」
「うるせーぞシュウ坊っ!さっさと夢さんにフられろ!」
「いいね~この雰囲気♪これぞ伝統の青南♪FW陣の目標はスクラムとラインアウトの完封。そしてモールの保持率も…」
「アツシさんて円陣でも理屈っぽいね」
「うるせーチビ助。生意気ハーフめ。では…、大ちゃん。まとめろ」
「…オウ。いいかみんな。夢は必ず来る。「夢」は必ず叶う。……ヨシ」
 いくぞォ――――――――――――――――――――ッ!!オォ――――――――――――――――――――――ッ!!!!!
……。
…大きなかけ声が、聞こえたような気がした。
県営スタジアムまで続く国道は、11月だというのにアスファルトがやけに熱い。
 まだ10分しか走っていないのに、Tシャツはすでに汗だくだ。
 シュウ坊とバイクで伴走した夏を思い出す。
あいつなら、4キロなんて「走り足りないっスよ」って軽く笑い飛ばすんだろうな。
 そういえば、ユッキーは5000メートル持久走のタイム、20分以上縮めたらしいじゃん。見直したよ。ご褒美にホールケーキ作ってあげなくちゃね。
 山の向こうに見える空は、「蒼い伝統」の色に思えた。
 「あの空に届け!」
西の空に向かってジャンプしていたあっちゃんを思い出す。
左の方に、刈り終えた田んぼの平地が広がる。
チビ助、あんたならこの田んぼ全部の米食っても「おかわり!」ってせがみそうだよね。
 渋滞する車の中から「がんばれ~」と小さい男の子が手を振っている。
 応援されるって、こんなに気持ちい良いことなんだね。
親指を立てて、男の子に微笑む。
 赤信号で止まる。息が…、苦しい。
 膝を曲げて、屈伸。
こんなことなら、ストレッチも教えてもらえばよかった。
 「恋もスポーツも、ウォーミングアップは大切だよ?」
ユウコらしい格言を思い出して、笑う。
 信号が青に変わって、また走る。
この交差点を抜けて、右に曲がれば、あとは、最後の上り坂。
 青南目物・美松海岸脇の坂ダッシュを、思い出す。
 あの時のあたしは、へこたれる部員共に向かって「あんたらの夢は花園だろ!」なんて腰に手なんか当てていたな。
まるで小5ん時の担任じゃないかと、あの時の言葉を自分に言い聞かせる。
 そうだよ。あたしの「夢」は、みんなの「夢」だ。
 ふくらはぎがパンパンに張って、痛む。
足を止めたい。でも、止めるわけにはいかない。
 あの時も、ううん、いつだって、あんたは歯を食いしばってひたすらに汗を流していたよね。
 …大輔。
待っていろよ。
負けていたら承知しないんだから。
あんたはまさに今、歯を食いしばって闘っているんだよね…。
 ―――歯を食いしばる。
そして一気に、坂を駆け上がる。
 県営スタジアムの看板が目に入って、でっかい要塞みたいな外壁が、目に飛び込む。
 …着いた…
 歓声が聞こえた。今度は幻なんかじゃない。
「オオゥ―――――…ッ」とか、「ワァ―――――――…ッ」とか。
県営スタジアムの入り口で、何人か関係者が話しをしている。
「修英の大阪が…」
「修英の神田と峰岸が…」
おい、青南は?青南の…遠藤は?
中村は?小野寺、森田、二宮、畑中は…?
口にも出していないのに、関係者がビックリしてあたしを凝視する。
当然だ。
ピンク色の可愛い「S・R・F・C」ロゴ入りパーカーを着て、汗と、涙を流しながら、どっかのネーちゃんが「愛も夢も」とか「すてちゃだめ」とか、叫んで走っているんだから。
視線が、イタイ。
ゲートをくぐる。
 スタジアムからは独特の熱気と匂いがした。
…2階のスタンド席に走る。
足がガタガタ震えている。
呼吸を整えて、グランドを、見る。
試合は後半戦の終盤を迎えていた。
「赤い天才集団」の陣地に、「蒼い伝統」がモールで押し込んでいる。
「青の3」
ユッキー!いいぞ!手にボールをしっかり持って前進している。
「青の8」
あっちゃん!そうだ!密集の形勢を指示しながら、落ち着いて様子をうかがえ!
「青の9」
チビ助!相変わらず素早いな!ヨシ!でっかい声出してBKを動かせ!
「青の15」
ユウコ!いいぞいいぞ!ボール持ってない時でもフェイントで相手をけん制しろ!
「青の20」
シュウ坊!さすがだ!左右に揺さぶれ。セオリーの裏をかいて相手をかき乱せ!
「青の10」
だいすけ!……大輔……大輔……? 
…あんた、どこに消えたの?
大輔を探す。
いるべき場所に、主将が、いない。
スタンドオフに、「青の10」が、ない。
「だい…すけ…?」
準決勝で手品は、いらないだろ。