「おい!買ってきたぞ!月刊高校ラグビー列伝と、機械工学に環境系の専門書!」
ドスンッとギブスの上に置いて、リンゴを剥く。
無論、ネーム入りMy包丁。
「イッ…テェ―――…、何すんだバカっ!」
少しあたしの口癖がうつった、元主将。
「はぁ?こんな分厚い本10冊も買わせやがって!!さっさと金払えっ!バカ!」
包丁を突き出す家政婦。
「女子高生が「夢」とか入った包丁所持するかふつう!?お前強盗かよ!?」
2人で一瞬見つめあったあと、「プッ」と笑って、一緒に大爆笑。
こんなやり取りを、6人部屋の病室でやりながら、まわりからやんやとからかわれる。
あたしはリンゴをみんなに振る舞って、照れ笑いしながら愛嬌で返す。
「夢、俺の分は?」
“彼氏”が涙声で甘えてくる。
「はぁ?青森まで走って買って来い」
2個目のリンゴを剥く“彼女”。
別にいいでしょ?
“恋人同士”なんだから。
「……」
うるさいぞ外野!!
めんどから無視。話しを進める。
そうそう。
ここだけの話し、この根性ナシ、あたしにメールで告ってきたんだよ!?信じられる!?
しかも、授業中に。
》タイトル:物的証拠を念のため。
》本 文:夢、大好き♡ 夢は?
あたしはエツロウ先生の「貿易実務」で、
「バカじゃないのっ!?あのバカッ!?」
って大声張り上げて、あやうく進路指導室に招かれそうになった。
…え?あたし?どう返信したかって?
ごめん。恥ずかしくて言えない。
…それに…
それに?
…ここまで話しきいていればわかるでしょ!!バカ!!
「お、載ってる載ってる♪」
2人で一緒に、それを眺める。
【伝説の試合 ~愛と夢にあふれる感動のトライ~ 】
別に、ドラマとか恋愛小説の見出しってわけじゃない。
正真正銘、ラグビー雑誌の紙面だ。
一応、ゼネラルマネージャーだから説明しておく。
雑誌記者調でね♪
―――試合終了直後。
トライを決め、倒れ込んだまま動けなくなった青南の遠藤。
うずくまる「青の10」に仲間が駆け寄った。
驚いた。そこには、青の青南、赤の修英、両選手がいたからだ。
真っ先に手を差し出したのは「赤の10」大阪。
大阪が遠藤の肩を担ぎ、遠藤はそのまま、「赤」と「青」両選手に抱きかかえられるようにグラウンド中央へ歩く。
その光景に、県営スタジアムに詰めかけた2万2千人は大粒の涙を流し、惜しみない拍手を送り続けた。
一瞬会場がどよめく。遠藤は「青の9」中村にボールを渡し、何やら語りかけた。さらに、レフェリーと「赤の天才集団」もそれに協力し、試合終了後にもかかわらず、トライ後のゴールキック体制がとられてゆく。
それを、「赤」と「青」両選手たちが交互に手をつなぎ合い、横1線になって見守っている。
――これは試合直後のインタビューでわかったことだが――
「お膳立てはできたぞ。コウシ。タッチラインぎりぎりのゴールキック。角度、距離、どっちを選んでも、かなり厳しい。外したらメチャクチャ恰好悪い。どうする?」
「俺は大輔さんを超える予定だもん。2万2千の観衆じゃもの足りないくらいだよ」
「生意気なこと言いやがって。主将のプレッシャーはこんなもんじゃないからな」
「いいから、大輔さんはさっさと入院して、夢とイチャつきなよ」
―――スタジアムは、静まりかえる。
「青の9」はハーフウェイライン付近に仁王立ちし、ボールをセット。
ゴールポストまでの距離、およそ40メートル。
じっとその先を見つめる「青の9」
その光景を見守る「赤」と「青」に、応援席。
そしてしずかに、目を閉じて胸に手を当てる、「青の10」
刹那、「青の9」は、疾風のごとく大きな助走をかけ、紫の稲妻にも見間違うボールを右足から放った。
ゴールキックまで一直線。
鋭いスクリューがポールのど真ん中を突き破る。
スタジアムが、落雷のごとく揺れた
グラウンドが「紫」一色に染まる。
応援席も跳ね飛び上がり、抱き合う。
「“紫”の戦士達」が、人差し指を高らかに掲げ、抱き合った。
その中、「青の10」と「青の9」が、しずかに見つめ合う。
逆境に立っても、最後まで「夢」を諦めず、後輩に「花園の想い」を託し「蒼い伝統」を継承する先輩。
これぞまさに、高校ラグビーの精神ではなかろうか。
公式スコアは《25―5》で修英の勝利だが、本誌では“25―7”伝説の試合として記憶に刻み、「蒼い伝統・青南」「赤い天才・修英」両戦士たちに感謝を申しあげたい。
「夢をありがとう」と。
写真を見る。
「赤」と「青」が、お互いのユニフォームを交換し、満面の笑顔で肩を抱き合い、青い空の下、目を真っ赤にして並んでいる。
写真の中央に、ガッチリ握手を交わす、遠藤と大阪。
となりのページには、応援席に向かって「主将・遠藤大輔」が述べた、最後の言葉が記載されていた。
「この仲間たちとめぐり逢い、一緒に戦ってこれたことを、誇りに思います。そして、お父さん、お母さん、今日まで、ラグビーに専念させてくれてありがとうございました。この感謝の気持ちをしっかりと後輩に託し、恩返ししてゆきたいと思います」
“おとうさん おかあさん”
大輔らしいなぁ…。
大輔さ、あの時、紗江子さん応援に来ていたんだよ?
気づいてた?
あとから聞いたら、大輔は「そうなの?」ってとぼけて。
紗江子さんは「人違いじゃない?」って言ってたけれど。
本当はお互い、わかっていたんでしょ?
そういえば、あんたのおとうさんは、どんな人なんだろうな。
ねぇ、大輔?
「それでさ、夢」
「なんだよ、大輔」
「今日はクリスマスだよな」
大輔が、リンゴを口に頬張りながら、頬を赤くする。
「そうかもね」
つられてあたしも少し、赤くなる。
「どうする?」
「なにが」
あたしは、青リンゴの皮を剥きはじめる。
「いや、俺、ほら、こんなんだし」
「はぁ?知らないよ。それにクリスマスも練習だし。これから行く予定」
元主将の頬が、青くなる。
「今日ぐらいサボれよ~」
「イヤだ」
「たまには2人きりで過ごしたい」
「しばらく無理でしょ」
ゼネマネはそう突き放して、元主将に背を向ける。
そういや、ラグビー部の連中は「元主将殿に大人なプレゼントを♪」とか、何やら聖なる夜に、お見舞いに押しかける計画を練っていたな。
「ほら。コレ」
あたしは青リンゴを口にくわえながら、カバンから取り出したそれを大輔に渡す。
「ん?何?あっ!!」
“青の10”が刺繍された、サラサラヘアーのマスコット人形。
口に梅干しおにぎりをくわえ、右の小脇にアーモンドと、右ひざに包帯付で、ヤレヤレ顔。
「うっわ―――、すっげ―――――!!!」
大輔は子供みたいに無邪気にはしゃぐ。
「どうだ。まいったか♪名付けて大ちゃん人形だ♪」
「まいった!!メチャクチャうれしい!!ありがとう!夢!!」
その顔を眺めながら、練習に向かおうと立ち上がる。
―――手を、引き止められる。
「なに?なにか用?」
「ちょい待って、俺も…。ダメだ。ここじゃ言えない」
そう言って、周りをキョロキョロしながら、ポケットをイジイジする大輔。
そのまま「屋上まで散歩しよう」と、誘われた。
大輔は松葉杖を器用に操って、スイスイ階段を昇り、あっと言う間に屋上にたどり着く。扉を解放すると、小雪まじりの冷たい風が、自慢のナチュラルブラウンをいたずらになびかせる。
「うわっ!!さっみぃ―――」
あたしはしかめっ面で、両腕を抱き込む。
「そうか?気持ちいいぐらいだけどな♪」
大輔は、羽織っていたカーディガンをあたしの肩にかけながら、ゲラゲラ笑う。
大輔はそのまま松葉杖を外して、壁にもたれかかりながらゆっくりと西の空を眺めて、あたしに話しかけた。
あたしは大輔のすぐ左隣で、やっぱり同じように壁にもたれかかりながら、大輔の声に耳を澄ませる。
「なぁ、夢。覚えているか?お前を学校の屋上でラグビー部に勧誘した日のこと」
大輔はあたしを見ずにそうつぶやいた。
「一生忘れないよ。大輔さ、あん時相当あせってたでしょ?」
あたしは大輔の横顔を見上げながら、そう答えた。
「あれ?やっぱりバレてた?」
大輔があたしを覗き込む。
「あたしの洞察力をナメるなよ」
あたしは、大輔のおでこのてっぺんを指でつつく。
「まいったな。そりゃあせったよ。だってお前、全然振り向いてくれないんだもん。それでさ」
大輔は、今度はあたしのおでこのてっぺんを指で、つつく。
「それで?」
お互い指でつつき合って、目を見て、瞳が笑う。
「それでさ、うちのおふくろに相談したんだ。『夢を誘いたいから知恵を貸せ』ってね。そしたらおふくろ、なんて言ったと思う?」
大輔はヤレヤレという顔で、あたしを見つめ、
あたしもヤレヤレという顔で、大輔を見つめ、
『―――あたしの息子を何年やってんだっ!!』
『おおよそ18年だっ!!』
2人の声が重なって、笑い声が風に消える。
「なぁ夢。ありがとな」
大輔は西の方の空を眺めながら、また少し顔を赤くしてつぶやく。
「こちらこそ、ありがとう」
あたしも少し顔を赤くして、西の空を眺める。
「なんだよ。やけに素直だな」
大輔があたしを見つめる。
「謹慎処分で改心したの」
あたしは大輔に見つめられる。
冷たいコンクリートの感触が、背中から伝わる。
「寒くないか?夢」
「だからさみぃって言ってるで…しょ…」
大輔のポカポカな腕の中に、すっぽりと、隠される。
「―――…。夢の唇…。甘い」
「―――…。リンゴの…。せいでしょ…バカ…」
リンゴ以上に真っ赤な頬を、大輔に見られたくなくて、胸に顔をうずくめる。
そのまま、ゆっくりと大輔の背中に腕をまわした時に、左腕に違和感を感じる。
―――?
左腕を背中から離して、それを、見る。
腕時計…?
「それ、さ。あんまりオシャレじゃないけど。いちおうペアなんだぜ♪」
女子高生には、少し不釣り合いな、青いゴツゴツのデジタル時計。
「なんだよ。どうしたの。これレアもんじゃない…」
あたしは、キラキラ輝くそれを、とりあえず右手の親指と中指でつまむ。
「いいんだよ。俺も同じやつ、つけるから。夢にもつけていてほしい」
大輔は、いつの間にか自分の左腕にもそれをつけて「似合う?」と、クリクリかざし、にんまり笑っている。
「制服に似合わないでしょうが…。バカ」
青いゴツゴツの感触が、左の手首から伝わってくる。
自分の目が赤くなるのを、感じる。
「ピンク色のジャージには、似合うだろ?」
目を真っ赤にしているあたしから視線を外して、大輔があたしの左手首を手に取る。
「いろいろ、何を贈ろうか、悩んだんだけどさ…」
大輔はそのまま、手のひらの中に青いゴツゴツを覆う。
あたしの左手首のあたりが、温かさで、包まれる。
「どんだけバイトしたのよ…」
だんだん目が、熱くなる。
大輔は「いいから♪いいから♪」と、「顔赤いよ?」って、にんまり笑っている。
「離れていても、同じ時間を共有しような…」
「たかが学校と病院でしょうが…」
あたしは涙があふれて、声がつまる。
大輔はそれをトレーナーの袖で優しく拭きながら、あたしの髪を撫でる。
大輔への愛しさがあふれて、それを伝えたいのに、言葉がみつからない。
「それでさ、夢」
「な~に。だいちゃん」
胸に、飛び込む。
頭のてっぺんを、ポンポンされる。
まるで春の日差しのように、あったかい…。
「………」
…先残りの桜の花びらが一枚、パソコンに舞い降りる。
「それでさ、夢」
「あ?なんだチビ助。えらそうに」
「中村主将と呼べ、不良統括」
ここは青南高校ラグビー部。
の、グラウンドにそびえる桜の木の下の、片隅の事務机。
早いもので、校庭の桜は、散りかかっている。
今日もあたしはパソコンにらんで、この春から“新主将”に就任したチビ助こと、中村浩志と練習メニューを考えていた。
「統括マネージャー」
それがあたしの新しい肩書。
なんだかすごく偉そうだけど、「君には愛と夢があるから大丈夫」と加賀が提案するもんだから、「昇進か♪」と喜んで受けてしまった。
その加賀は、ベンチでのんきに少女漫画を読んでいる。
「夢くぅん。君も読んでみる?勉強になるよ?」
と、ゴクゴク牛乳を飲みながら。
あんた本当に伝説のラガーマンだったのか?
寒ブリとナメタカレイを返してくれ。
あたしが加賀を細い目でにらんでいると、新主将が言葉遊びを始めた。
「結局お前、どうなんだよ?」
「何が」
チビ助が、あたしの隣にドッシリ座って水分を補給する。
「何がって、大輔先輩と」
「知らないよ。あんなバカ」
いつの間にか、大輔にも重なるほど大きくなった、チビ助の背中を眺める。
「メル友なんだろ?」
「知らない」
「仲直りしたんだろ?」
「知らない」
「うそだ」
「知らないものは知らない」
「んじゃこれは何?」
チビ助はヒュンッ!と青い携帯電話をあたしに突き向ける。
「コウシ!やったぞ!夢とメル友になった(^○^) by大ちゃん」
「家政婦にもなってくれるらしい♡何頼もうかな?ワクワク♡by大ちゃん」
「夢が俺にプレゼントくれた!しかも手作り大ちゃん人形だ♡by大ちゃん」
物的証拠と写メを見せられる。
「………」
押し黙るゼネマネ。
「まだあるよ」
チビ助はカチカチ指を動かし始める。
「夢はリンゴの味…」
「…………ガツンッ!!!」
統括がどんな風に主将を殴って、どんな風に携帯を奪い取って、どんな風にそれらを削除していったか、みなさんなら簡単にご想像いただけるかと。…何が大ちゃんだ。バカっ!
主将は右の頬をサスサスさせながら、
「でもさ、大輔先輩もひどいよな。俺に一言も相談なしに外国行っちゃってさ」
と、口をタコにしてふくれている。
「あんたはあいつの彼女かよ。悔しかったらニュージーランドに留学でもしてみせろ」
あたしは指でそのほっぺをつつく。
「俺も大輔先輩について行きたかった…」
いつの間にか背後に “新副主将”ユウコちゃん、もとい二宮雄一郎がうなだれている。
「あんたたち…。それでも3年生か!さっさとウォーミングアップ始めろっ!!」
統括の仕事は、明らかに増える一方だ。まったく!
…ふいに桃の香りが香る。
「コウちゃん、ユウくん、夢ちゃん、お手紙がとどいたよ~♡」
若菜がこっちに走り寄る。
そうそう、こいつ、1年の時からずっとチビ助が好きだったんだとか。
あたしが
「若菜、チビ助をフったんじゃないの?」
って聞いたら、
「『今はダメ♡』って返事しただけだよ♡」
って。
あたしが首をかしげていると
「だって、ユッキー先輩と拓ちゃん先輩とマーちゃん先輩と、あと千葉先輩と小林先輩と菊池先輩にも告白されて、コウちゃんが若菜をひとりじめしたらケンカになるでしょ?」
と、結構真剣な顔で言うものだから、若菜も若菜で、いろいろ考えているんだなぁ~とある意味感心してしまった。
とっくに卒業した先輩どもが、マイカー自慢がてら練習見に来るのはウザいけどね。
それにもニコニコぽっちゃり愛嬌振る舞う桃姫若菜。
いまだにチビ助には返事してないとか。
あんた、小悪魔どころか悪魔でしょ。
小悪魔桃姫は声を弾ませる。
「お手紙、大輔先輩からだよ~♡」
若菜とチビ助、ユウコちゃんがそれを見る。
「俺らにも見せろ―――っ!!」
と、シュウ坊がキリッと猛ダッシュで接近し、他の部員も次々に覗き込む。
前略 青南ラグビー部 諸君
俺は元気だ。みんなも元気だと思う。先週カンボジアに到着した。では。 早々
遠藤大輔
『え~~~?これだけぇ~~~?』
全員が残念そうに声をそろえる。
「ねぇ、夢ちゃんはお手紙読まないの~~?」
若菜があたしを見て、手紙を振り振りしている。
「いそがしいからむり~」
手のひらを振り振りしながら、あたしはパソコンをにらむ。
「ねぇ夢先輩!!大輔先輩とどうなんスか!?」
「やっぱり俺と…」とか言い出すシュウ坊を、チビ助が「ゴツン」とはたいて、あたしに声を張り上げる。
「夢!!どうしたの?また意地張ってるの?」
あたしはカチャカチャ指を鳴らしながら肩をモミモミして、パソコンに舞い落ちた桜の花びらを指でつまむ。
それをフっと息で吹きながら、チビ助を細目でにらんで言う。
「ん~。興味なぁ~い」
…うそだ。
だって、あたしの携帯に、その手紙の何百倍の「愛と夢」が届いてるんだもん。
左腕の青いゴツゴツを眺める。
病院の屋上から眺めた、西の空を思い出す…。
「…それでさ、夢。俺、少し挫折を味わってくるわ」
クリスマスの病院の屋上で、大輔の胸に顔をうずめているあたし。
そのあたまをポンポンされながら、そう切り出された、大輔の「夢」の話し。
「俺、高校卒業したら、ちょっくら外国に行ってくるわ」
「…え…!?」
大輔の、夢。
それは尊敬する遠藤洋輔、おとうさんの背中を追いかけて、
「俺も地球を救うヒーローになりたい」
という、本当に大きな、夢。
「そのために一度、親父のところで修行したい」
「いつかは日本に戻って、将来自分の団体か会社を立ち上げたい」
「とにかくみんなが笑顔になるような社会貢献を、仕事にしたい」
そう語ってくれた大輔の、夢。
大輔は、胸にうずくまったまま黙り込むあたしに、パパと大ちゃんマンの約束のお話しを、教えてくれた。
パパを見送る空港で、大きな胸に飛び込んだ時、頭をポンポンされながら交わした、約束のお話し…。
「なぁ大輔。聞いてほしいことがある」
「グス…。グス…。なに。パパ…。グス」
「パパの夢はな、世界を救うヒーローになることなんだ」
「グス…。グス…。ヒーロー…?」
「あぁ。この世界には、助けを求めている人たちがたくさんいる」
「グス…。たくさん?」
「そうだ。助けても助けても、「助けて」って声がなくならない」
「…グス。たすけて?こえ?」
「そう。だからパパは、ヒーローになってその人たちを助けに行きたいんだ」
「…ヒーローになって?」
「うん。世界の平和を守るヒーローだ」
「せかい?へいわ?」
「あぁ。だからな、大輔。約束してほしいことがある」
「やくそく…?なに?」
「お前はもっと強くなって、日本と、ママを守れ」
「にほんとママ?まも…る?」
「そう。だからもう泣いちゃだめだ」
「…。グス…。グス…」
「パパとママは、大輔がいたから強くなれた」
「グス…。グス…。つよ…く?」
「あぁ。だからお前も強くなれる。強くなれ。大輔」
「…うぅ…うぅ。ウエッ…ウエッ…。…ウン」
最後にまた頭をポンポンされて、抱きしめられる息子。
そして腕からス…っと離されて、立ち上がるパパ。
大きな背中が大きな荷物を背負い込み、雑踏に消える。
その背中が空の彼方に消えても、空のその先をずっと見つめる大ちゃんマン。
隣にいるママの手を握りしめて、幼心に託されたパパの夢と約束の意味を噛みしめながら、小さな大ちゃんは、もう二度と泣かないことを、心に決めた。
そこまで話しを聞いて、あたしは「紗江子さんの愛」の話しを切り出した。
「…ねぇ。なんで紗江子さんは別れたんだろうね…」
「ん?あぁ、聞いたこともねーけど…。まぁ息子が思うに…」
そして大輔は、母親の「秘めた胸の内」を、「たぶんね」と苦笑いながら、あたしに話してくれた。
「世界を救うヒーローになる」ためには、「たかが紙切れ1枚」が“しがらみ”になる。たかが紙切れ1枚のために、ちっぽけな「契約」に縛られるよりも、パパの描くでっかい「愛」を応援したい。ママは「遠藤洋輔」に惚れている。それだけで十分。って。
大輔は「うちのおふくろも意地っ張りだからねぇ~」とまた苦笑いして、そう言った。
あたしが「さみしくないのかな?」って聞いたら、大輔は「どうだろうね」って、やっぱり苦笑いをして、「おふくろいわく『泣き虫チビが一人前になったら遊びまくる』らしいから、今頃おカネため込んでんじゃない?たまにどっか旅行でかけてるし」って、今度はヤレヤレ顔をしてケラケラ笑った。
あたしが「それって洋輔さんに会いに行っているのかな?」って聞いたら、大輔は「知らんよ。それこそ夢が直接聞いてみたら?メールでもしてさ」と、さらにケラケラ笑った。
あたしは「紗江子さんの愛」の未来を勝手に想像しながら、なんだかうれしくなって、そしてほんの少し、自分の未来も想像してしまった。
そんなあたしの胸中を、隣の「元泣き虫チビさん」は知ってか知らずか、「俺はまだ半人前だからねぇ」と空を見上げ、左腕の青いゴツゴツを握りしめていた。
大輔の視線の先には、花園よりも、遠藤洋輔の背中がある異国よりも、それよりももっとずっと先の、時空すらも超えた「何か」を見据えているようにも思えた。
あたしは、そんな「半人前さん」の頬を指でつつきながら、少しだけ意地悪な質問をした。
「…でも、大輔さ。大学から誘いあったじゃん…」
「あぁ。でも、散々挫折を経験して、必要を感じたら大学に進学するよ」
「そっか…」
あたしはなんて言うべきか、やっぱり、迷った。
一緒にいたい。
離れたくない。
でも…。伝えるべき想いは、決まっている。
「あんたの「夢」は、あたしの「夢」か。約束してよ?」
あたしは大輔の胸から顔を外し、大きな両肩をガシっと掴む。
「あぁ、約束する」
少し身をかがめながらそう言う大輔のアタマを、ポンポンする。
見つめ合う。
「夢、叶えろよ?」
息が白い。
背伸びを、する。
「もち…ろ……」
「………。なに…いまさら、照れてんのよ…。バカ」
2回目の唇から、伝わってくるリンゴの香りが、少しだけ、甘酸っぱく思えた。
でも、大丈夫。大輔に負けないくらいのでっかな「夢」を、あたしも描かなくちゃ…。
リンゴみたいに頬を赤くして、青いゴツゴツのペア腕時計をはめた「半人前同士」
遠い遠い西の空を眺めて、「もしイチニンマエになれたらさ」とか「ショウライさ」とか、テレテレうじうじしながら聖なる日中を過ごし、「半人前同士」は仲良く風邪をひいたとか、ひいていないとか。
とりあえず、その日ゼネマネは練習を休んだらしい。
「…くしゅんっ」
くしゃみをする統括。
4月といえど、東北の春の夜長はまだまだ寒い。
水銀灯に照らされて、グラウンドを走り回る汗だくの集団が、キラキラ輝いているのを鼻を赤くして眺める。
大きな声で「ラスト5分!!」と叫びながら、左腕の青いゴツゴツを見つめる。
ちょうど今頃、向こうは夕日が沈む頃…かな。
遠い異国を思い浮かべて、たった2時間の時差が、近いようにも感じる。
…え?
やっぱりさみしいんだろう?って?
そりゃあ…、少しさみしいけど…。
けどさ。
おかげさまであたしは、謹慎処分中にめぐり逢えた、いろんな人の「愛と夢」の話しを聞いて、ますます大輔のことを好きになったんだ。
「男はでっかい「夢」を持つんでしょ?」
大輔が選んだ「夢」
大輔らしくて最高じゃん♪
え?あたしの「夢」を聞かせろって?
ん~、正直まだわかんない。
でも、大学通って、経営学勉強しようかな~?ぐらいは考えている。
生涯大輔の専属マネージャーになるためか?って?
そんなの勝手に想像なさいよ。バカ。
とりあえず「世界最高の魚屋さん 愛澤」でしっかり稼いで、お金を貯めるんだ。
何に使うかって?
そりゃ、飛行機代とか、滞在費とか、いろいろかかるでしょ。
なんのために?
…恥ずかしくて言えないよ。
青いゴツゴツをもう一度眺めて、汗だく集団の表情を、じっと見つめる。
大輔…。
あんたが託した「夢」は、きちんとこいつらに伝わっているからな。
安心して挫折とやらを味わうんだぞ。
「終了ォッ―――!!」
今日も鬼の統括の激が飛ぶ。
「昆野!!あんたは少し身体しぼりなさい!」
「齋藤!!あんたはもっと野心をむき出しにしなさい!」
「横山!!先輩たちに遠慮しないで!!」
グラウンドの土ホコリと汗の匂いが、鼻から口から入ってきて、思わず西の空を見上げる。
いつも通りの、光景に、目を細める。
そしていつも通り、「JR美松海岸駅」には、今夜も高らかな笑い声が響き渡る。
その輪の中でケラケラしていると、生真面目な最終列車が滑り込んできた。
“いつもの討論会”をしていた、“いつもの座席“にひとり腰掛ける。
この座席だけは、他の人に座られたくないなと、ふと思う。
携帯電話を手に取る。
授業中交換したメールを眺める。
》大輔。
あんたの築き上げた伝統は、しっかり後輩に継承されているぞ。
チビ助もユウコもシュウ坊も、毎日毎日
「大輔先輩を超える!」って本当にやかましい(笑)
そうそう、聞いて驚け!
新入部員がなんと30人もやって来た!
あんたのあの試合の雄姿、どうやら「伝説」らしいぞ。
後輩たちは「感動しました!」って目ぇキラキラさせて騒いでる。
でも、なんでかマネージャーが一人も来ない(泣)
あたしと若菜の仕事は増える一方だよ(T□T)
そっちの生活はどうだい?
お金が貯まったら、行くからな。
せいぜい挫折を味わいたまえ(*^▽^*)
》夢。
どうやら青南諸君は相変わらずのようだね。
こっちの方は毎日いろいろ大変。
俺はまるで役に立てていない。
何していいか全然わからない。
言葉も通じない。
でも、サッカーして遊んだら子供たちが集まってくれた。
なんとかラグビー教えたいと計画中。
久しぶりに会う親父は、想像以上に大きい背中。
簡単には超えられそうにないな。
そうそう、大ちゃん人形がほつれちゃったよ。
来るときは裁縫箱持参で手当を頼むな。
…早くも夢に会いたくなってきた。
…夢のつくった梅干しおにぎり食いたい(T□T)
携帯電話をカバンに戻して、その中から1冊のノートを取り出す。
部員の連中には内緒の、若菜との交換日記。
あたしと若菜は、いつか後輩のマネージャーが入部してきたらこのノートを託そうと、2人で感じたことを、毎日綴っている。
その中の1ページを、開く。
未来を担う君たちへ。
女子高生を、いや、青南高校ラグビー部のゼネラルマネージャーを、1年経験して気づいたことがある。
「絆」とか「希望」とか「愛」ってのは、もしかすると本当はずっと昔から、そこにあるものなのかもしれない。
だけど、気づかないうちはよくわからなくて、ついついそのまま通り過ぎてしまうこともある。
こればっかりは、ひとりひとりに個性があるように、すぐに気づく時もあれば、ずっとあとに気づいて後悔する時もある。
だけどもし、長い間それに気づけなかったとしても、それはそれで、実は必要なことだったんじゃないか?と、前を向いてほしい。
だって、気づけなかった時間が長ければ長かったほど、気づいたことを大事にしようって、思えるハズだから。
あたしは、そんな風に物事を考えるようになってから、ほんの少しだけ、自分の過去も、愛しく思えたよ。
そして、これからの自分に、とことんワクワクしている。
きっと、世の中は甘くないから、いっぱい悩んだり、苦しんだりすると思う。
その時は、さらにその先の「未来」を描いて、とにかく走るしかない。
そうやって、顔を上げていれば、きっとまた、「誰か」の「笑顔」に気づき、「仲間」とめぐり逢える。
もし、そんな「大切なひと」にめぐり逢えたら、自分から声をかけなくちゃね。
お互いの「夢」を語り合って、でっかい声で笑い合うためにさ。
それだけで、人生はなかなか楽しいもんだよ?
あたしは幸せ者だよな。
その大切さに、気づくことができたんだから。
みんなおかげで、さ!
統括マネージャー 相澤 夢
ノートの文字を、照れ笑いしながら読み終わる頃、大好きになった「JR新魚浜駅」のアナウンスに耳を傾けて、車窓から飛び込む「魚浜町商店街」の瞬きに目を細める。
やんわり灯る街灯の下を一気に走り抜けて、「相澤魚店」に集うサケ友共に愛嬌と晩酌を振る舞いながら、社長の包丁を取り返して、刺身をさばく。
たまにはシャケや、ツナにタラコのおにぎりを作ろうかと考えて、炊飯ジャーをいつもより1時間早く設定する。
そして夜も零時をまわる頃、
「いい夢が見れますように」
と、青いゴツゴツを外す。
ベッドに仰向けになって、今日を噛みしめながら、ゆっくりと天井を眺める。
最後にもう一回だけ、携帯電話を取り出して、それを見つめる。
汗だくの半人前を思い浮かべて、少しニヤけて、目を、閉じる。
明日も朝が早いな考えているうちに、暗くなる。
………夢をみた。
異国の空の下。
ゴツゴツの青をチラチラ眺めながら、おにぎりを作る、夢。
何か声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるような、初めて聴くような、
チビのくせにバカでっかい、鳴き声。
それをそぅっと抱き抱えながら、
「おとこならユメをもて」
と、あやしている、…夢。
ふいにとなりで、
「『生まれたのなら』だろ?」
と、ヤレヤレ顔の汗まみれさんが、
にんまり笑う、夢。
おにぎりをくわえてアーモンド抱える、
バカでかい背中の汗まみれさんを、
ケラケラ指でつつく、…夢。
……おにぎりの音が聞こえた。
目を開けて、夢の余韻にひたる。
「夢」を見るのは素敵だなと思う、今日この頃。
今朝も炊飯ジャーのタイマー音で目が覚める。
いつも通りそれを握り、
いつも通り髪だけは少し念入りに洗う。
いつも通り大きく息を吸い込んで、
いつも通り制服をクンクンしながら、着る。
いつも通りの、朝。
いつものイスに腰掛けて、
いつもの青いゴツゴツを、スッ…と抱き上げる。
そしていつも通りのそこへ、ログイン。
【紅の愛嬌・青南のマドンナ】
を、ワンクリック。
いつも通りそれを眺めて、
ひとり、ニヤける。
みんなのおかげで「好き」になった「街」や、「ヒト」
みんながいるから気づくことができた「絆」や「愛」や「夢」
本当はもっと、書きたいことがいっぱいあるんだけれど、
それは言葉だけじゃ伝えきれくて、ついついこんな風に綴ってしまう。
なんだろうね。
このカラダの内側からこみあげる、
なんとも言えないワクワクでふわふわな感じ。
できればずっと、こんな気持ちのままでいたいな…。
できればずっと、この「好き」を失いたくないな…。
「………」
画面を閉じる。
さて、学校に行くか!
いつも通りが、今日も始まる。
あたしの“いつも通り”は、大体こんな感じ。
もしその続きが気になるって人は、どうぞあたしの個人ブログ、
「夢の幸福論」
へ、アクセスしてみてくださいな。
え?
URLを教えろって?
ん~、ここでは言えないな。
え?
水クサイ?
青クサイって?
そんなアナタは、是非とも我が「蒼い伝統・青南高校ラグビー部」に「入部届」と「根性」持って入部をするべし。
青いゴツゴツが目印の、鬼よりコワい統括マネージャー様が、みっちり個別で指導してあげるから。
毎日汗だくになってみんなと一緒に走りまくって、牛乳とおにぎりをガツガツ頬張っていれば、いつの間にやらでっかい背中になるんだからね。
その頃にはアナタの口癖、「生まれたのなら「夢」を持て」、かもよ?
「夢の幸福論」完。