「夢の幸福論~3.11震災復興祈念小説~」 第十章「夏休みだろ?」 | フジムラの8823ブログ

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♪誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け
君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ♪

スピッツの8823(ハヤブサ)という曲です。
大好きな曲です。そこから由来しています。

…夢をみた。
いろいろとグチャグチャな、夢。
グラウンドの片隅で、いつものように画面を眺めていたら、いきなりあたしの写真が現れて、何度消しても、何度OFFにしても、バンバン叩いて目をふさぐのに、全然消えてくれない、夢。
ふいに声が聞こえて、誰かがゲラゲラ笑いながら「ウイルスは消したぞ~」って、ゼッケンをひらひらさせて手招きしている、夢。
いきなり甘い匂いが漂ったと思ったら、一気にピンクのワゴンに引きずり込まれて、乱暴にピンクジャージを脱がされる、夢
ずぶ濡れの青い浴衣を着せられたあと、夏祭り会場に抛り投げられて、浴衣を貸してと若菜に電話するのに、つながらない、夢。
いきなり花火の音が轟いて、その光射が頭上から降り注いで、それがなぜだかすごく不安で、泣きながら裸足で走る、夢。
叫びたいのに、叫べなくて、誰かの名前を叫んで走る、夢。

***こちらは第64回新港夏祭り実行委員会の宣伝車です***

明るい女性のスピーカーの声で目が覚めた。
夢のモヤモヤが、アタマの片りんで、グルグル回っている。
たしか「夢」ってのは、
「睡眠中に様々な物事をあたかも現実の経験であるかのように感じる心的現実。またその人の心的真理」
とかいう意味もあるんだっけか?
…あたしは願ってんの?
謹慎開けたらまた制服着て、女子高生に戻ってピンク色のジャージ羽織って、ゼネラルマネージャーに君臨するの?
約束の夏祭りに青い浴衣着て、ギャースカ笑って、みんなや大輔と、花火見上げるのか?
過去を綺麗に削除して、ケラケラしていたいのか?
そんなこと、できるわけがない。
できないよ。
あたしの心は決まっている。
浴衣をクリーニングしてお返しするだけだ。
謹慎が明けたら、「退学届」を出すだけだ。
たかが紙切れ1枚。たいしたことじゃない。
単なる事務手続き。それだけのことだ。
でも…。「退部届」は、出したくないな…。
…窓の外から宣伝車の気配が遠のく。
 みんなと約束した夏祭りの気配が、消える。
涙が、こぼれる。
 ……いきたかったよ。
 あいつらと一緒に…。
 青い浴衣?焼きそば?金魚すくい?
ギャーギャー騒いで、ガーガー怒鳴りたかったよ…。
 見上げたかったよ…。
 …でっかい花火。
 でっかい背中の…。
 …あんたのとなりで…。
 覚悟はしていたけれど、夏祭りのパレードは窓のすぐ下を練り歩き、念願だった花火は鋭い牙となってあたしの願いを食い千切り続けた。
 グラウンドの片隅にいた時は、毎日1分1秒がもったいないほど時間が足りなかったのに。
その2日間だけは、1分1秒が、永遠に続く地獄でしかなかった。
どんなに耳をふさいでも。
どんなに布団に隠れても。
あたしの犯した罪を閻魔様は許してはくれなかった。
 生ぬるい水分は、あふれてもあふれても、どんどんあふれてきた。
そのうちにだんだん頭がぼんやりしてきた。
部屋から一歩も出ず、窓すら開けず、天井を見上げて過ごした。
携帯電話もパソコンも、電源は一回も入れていない。
窓の外が明るくなれば、誰かの声や車の音が聞こえてくる。
窓の外がオレンジ色になれば、どこかの家から夕飯の匂いが漂う。
窓の外が暗くなれば、静かになる。
夏祭り後の陽気な気配には耳をふさいで、布団に隠れて。
ただ、それの繰り返し。
暑さで汗は流れるけれど、そんなことで記憶は流れてくれない。
ゼネラルマネージャーになる前のあたしは、一体毎日をどう過ごしてきたっけか。
考えるのも疲れて、目を閉じる。
今日何日何曜日かも考えず。
ただただ、それの繰り返し。
だんだんその繰り返しも、長く感じなくなって、全ての感覚が、無に等しくなる。
「夢」…か。そういえば、
「現実から離れた空想」
「はかないもの。また、たよりにならないもの」
って意味も、あったっけ。
「夢」…か。あたしの「夢」は…。
目を閉じて、眠る。

…パフォ――――――ンッ!
JRの音で、目が覚めた。
きっと「夢」をみたせいだ。
新幹線に乗って、花園ラグビー場に出発する「夢」
あたしは夢の中でまで、資金調達に頭抱えてパソコン叩いてたっけ?
新幹線の席の隣で、若菜がお菓子食いまくって「それ以上食べるなッ」て怒鳴るあたし。
リアルだな…。
…パッフォゥ―――――ン!!
さっきよりも大きい音。
なんだ?なんだ?自宅の前に駅でもできたのか?
あたしはびっくりして窓を開けた。
見ると、バカでかい機関車…、ではなく、バカでかい大型のトレーラーが「相澤魚店」の目の前にハザード点けて横付けしている。
「なんだあれ?迷惑な…」
あたしは階段を駆け下りて、店に出ようとした。
何やら声が聞こえてくる。
「オオ――、カツオ、あいかわらず美味そうな腹してんなー♪」
なんだ、客か。
見ると、サングラスをかけた見知らぬおばさんが、くそ親父の腹を揉んでゲラゲラ笑っている。やけに細い身体。サヨリか?
そのおばさんが、あたしに気づいて、「おっはよう~♡」なんてあいさつをしてきた。
「おはよう?」
夜中の1時半だぞ。サングラス意味なくね?
おばさんが、サングラスを外す。うわ、どぎつい顔。
くっきり二重にマスカラつけて、真っ赤な口紅にとゴージャスパーマ。
それに、あのするどい目つき。おい!店ん中でタバコ吸うな!!
ったく、くそ親父のやつ。
あんな水商売のおばさんにまでへこへこしてんのか?情けない。
うんざりして2階に戻ろうと背中を向けた次の瞬間。
でっかい声に、後頭部を殴られた。
「夢ぇ――っ!テメエ、あいさつはどした―ッ!」
「…は?」
なんであたしの名前、知ってんの?
思考回路が混乱する。
ご趣味はネットでサーフィンか?
ま、そりゃ、心当たりと前科ぐらい、イロイロだけど、ねぇ?
後頭部を押えながら、恐る恐る、振り返る…。

―――色トリドリのサーフボード。を、積んだワゴンが走り出した。
「どうせ夏休みだろ?」
クラクションがセミの声にぶつかる。
「いえ、無期限自宅謹慎処分中です」
とは言えず、あたしは今、ざるソバを食べている。
どこで?
東北自動車道の、安達原SA。の、食堂で。
美味いか?
イヤ、一口もノドを通らないデス。
なんで?
あたしがききたいよ。ソレ…。
―――ピッ♡
めんつゆにおでこをハネられた。
「どした?食わねーの?ウマいよ?ここのソバ♡」
―――とりあえず給油、もとい給水。
「―――あの」
ピンッ♡とはねる一本のアンテナならぬピンソバ。
「ん?」
わさびネギの匂いが鼻で渋滞する。
「あ♡ソフトクリームも食べる?」
言うより早く、財布を掴むその犯人。
「あの、そうじゃなくて…」
信号の如く無視される質問。振り向くはニンマリ顔。
「行先?ボ~ソ~ッ♡」
暴走!?
沖縄に行きたかったか?
そういう問題じゃないんデス…。

憧れの女性。
遠藤紗江子との初対面は、無期限自宅謹慎処分をサンシャインのごとく吹き飛ばす暴走機関車のようだった。
「夢ちゃん、夏休みなんだからドライブしよ♡」
「はい。どうぞよろしくお願いします。紗江子さん」
あのくそ親父も。紗江子さんは
「一応昔の後輩だ」
とか言うわりには、立場が逆転してんじゃん!
「謹慎処分中なんですけれど…」
と、念のためにあたしが言うと、
「保護者がいるから大丈夫。あたしが母親じゃ不満か?」
って笑い飛ばされた。
「家から出ちゃダメなのでは…」
と、返すと、
「あたしの『愛洋丸』は走る家みたいなもんだ♡』
って、最新技術の低燃費と安全性能を自慢された。
すかさず
「歯ブラシ!」
「タオル!」
「化粧道具!」
と外泊の準備を指示されて、あっという間に助手席に持ち上げられた娘さん。
そして、シートベルトをしっかり締めてから、
㈲遠藤運輸零号機・紅の愛洋丸(24t大型トレーラー)
は、「相澤魚店」をイザ発車。
しっかり手を振って、お見送りする脂の乗ったカツオが一本。
なんだこれ!?
ざるソバどころか、ナマツバすらも、ノドを通らない…。
思考回路をリバース、もとい現実に戻す。
ギラギラ太陽の音が、マフラーの轟きと共に聞こえる。
「やっぱドライブはサイコーだねー♡」
その犯人も紗江子さん。
まるで常夏のサンシャインのごとく眩しい声と圧倒的存在感。
でも、本当にスラリと細い。いわゆる「スレンダー美人」
紗江子さんは、
「安全運転は地球を救う」
を、格言に、超オシャレなブランドサンダルを、
「愛洋丸に泥は濡れない」
と、きちんとそろえてそれを脱ぐほど几帳面。
なんでも、
「アクセル、ブレーキ、クラッチは愛用丸の鼓動」
と、運転しやすい地下足袋に履き替える丁寧さ。
あたしはその一挙手一投足にいちいち感心しながら、おんなじようにハイカットのサンダルを脱ぎ、ピカピカに綺麗なフロアマットに恐る恐る足を乗せていた。
「シフトノブは愛用丸の右手」
「マフラーは愛洋丸の呼吸」
「ハンドルは愛用丸の命」
そう言いながら神技のようにそれらを操る紗江子さん。
細い腕のどこにそんな力があるんだろう??と思うぐらい、宇宙船のように大きい「紅の愛洋丸さん」はスイスイと操縦されてゆく。
紗江子さんのサンシャイン攻撃は続く。
「うちのバカ息子がいつもゴメンねー?」
息子謝罪の弁も、とにかくマブシイ声色。
「いえ、いつも迷惑かけているのはあたしの方で…」
それはもう、大迷惑をかけっぱなしだ。なにせ警察まで出動したのだから。
そう言うと紗江子さんは、
「どうせまた石田だろ~?あいつ非番の日にパトカー持ち出していいのかよ~」
と言って、また華やかに笑い飛ばした。
「あのバカ息子さー、なんかもう毎日毎日、夢、夢、夢ってホントうるさいんだよー」
愛洋丸が右に旋回する。
「花園のことですよね?」
懐かしい青南のグラウンドの匂いを思い出す。
「あー、あたしもね、最初はそうかと思ったんだけど…ヨっと」
マルボロメンソールの香りが漂って、土の匂いをかき消す。
「どういうことですか?」
花園以外の、「夢」?
「んー?なんかさー、『夢を誘いたいから知恵を貸せ』とか、『夢を元気にしたいけどどうすればいい』とか、『夢にきらわれたかもしれない』とか。そりゃもう毎日毎晩電話とメールの嵐」
「もしかして、あたしのことですか?」
なんだか少し、くすぐったい。
「ゼネラルマネージャーって、夢ちゃんのことでしょ~?あたしさー、あんまりしつこいから、こう言ってやったんだーっと、あぶねーだろ!このカスっ!」
猛スピードで追い越す赤いスポーツカーに向かって、窓から顔を出して怒鳴る紗江子さん。
「あ~、ごめんごめん。でさ、こう言ったの。そんなに『夢』が大事なら、もっと死ぬ気で考えろっ!あんたはあたしの息子を何年やってんだっ!ってね♪」
荒っぽい口調とは裏腹に、メチャクチャ安全運転の紗江子さん。
「おおよそ18年だと思います」
とは、言えない。
「ま、あんなバカのことは放っておいて、少しはドライブを楽しもうよ!な!夢♡」
いや、あなたは勤務中だと思うのですが、社長さん。
だけど、乗り心地の良い愛洋丸さんの振動と、夏の暑さを吹き飛ばす風。どこまでも続きそうな東北自動車のさらに向こうに見える、緑と青のコントラストは、本当に、本当に、気持ちいい。
「夢!」って、いつのまにか“ちゃん”が消えて、嫌いなはずの名前だったのに、あたしはなんだか、呼ばれるたびに、胸がポカポカしていた。
 それが次第に、だんだん暑苦しくなってゆくんだけれど…。

「夢、お前いい匂いするな。シャンプー何使ってんだ?」
「…CMでやってる、サンヨンパのやつです」
そう言うと、「生意気めぇ――っ」て、くすぐられた。
どこで?
磐越自動車磐梯岩SA。の、駐車場でデス…。
あたしは今、愛洋丸さんの寝台の中で紗江子さんに抱っこされている。
それはもう、熱気ムンムン。汗、だくだく。
「あたしさー、娘が欲しかったんだよ~♡」
「こうして寝るのが夢だったんだ♡」
と、ゲラゲラ笑い声が燦々と頭上で響く。
マルボロメンソールの香りがさっきからずっと漂っている中で、
「でも、大輔…くんも、本当にすごい息子さんじゃないですか」
と、弱弱しく言うあたしに
「くん“”いらない。バカでいいよ。あんなバカ」
と、またゲラゲラギラギラ笑い飛ばす紗江子さん。
あたしは柔らかい胸の中、独特の香りに包まれて、
「…寝たばこはよくないですよ?」
ぐらいしか言えず、まったく身動きがとれなかった。
しきりに大輔のコトをアゲアゲするのに、
「そうか~?あんなバカのどこがいいんだ~?」
と言ってバカ息子をバカでかい笑い声で吹き飛ばすお母さん。
いきなり「夢も吸うか?」って差し出されたマルボロメンソールを、「禁煙中です」って断ったら、「夢は最高だ♡」って褒められた。
ギュウって強く抱かれながら、昼間のギラギラ太陽を思い出す。
あのあと、結局愛用丸さんは丸1日走り続け、東北自動車道を一気に南下して常磐自動車を経由し、ボーソー半島をぐるりと廻って、海嫌いだったハズのあたしが「クジュークリ」とか「ソトボー」とか、しきりに感動していたら、紗江子さんが「ついでにニホンカイも見たくなったな♡」とか言いだして、そのまま日本列島を真っ二つに一刀両断し、あたしにでっかい夕焼けを見せてくれた。
はじめて見る、ニホンカイのオレンジ。
なんだか、左のほっぺたに大やけどをくらった気分だった。
途中立ち寄ったガソリンスタンドで「愛洋丸さんは軽油を入れてもらうんですよね?」って聞いたら「愛を入れてもらうんだ♡」ってウインクで返されて、「じゃあ大輔くんも愛を満タンにするバイトしてるんですよね?」って返したら「あいつはまだハナタレバカ助だ」ってしかめっ面をして返された。
「お仕事はいいんですか?紗江子さん?」
って、あたしが何度聞いても、
「でっかい「夢」を乗せて走ってるからいいんだ♪」
って華やかに笑い飛ばされて。
なんだかよくわからない。
社長さんもたまには夏休みが欲しいんだろうか?
 それにしても、今年の夏休みはとくに熱いな…。

「本当に可愛いな!夢♡♡」
何度もギュウっと抱きしめられる。
「よくいわれます」
って言ったら、
「そこがまたいいぃぃ♡♡」
って、さらに強く。
スリスリほおずりをされて、あげくの果てには、おでこやらほっぺやらにキスの嵐。
そしてあっけなく、奪われてしまった。
何を?
…ファーストキスを…デス…。
だけどそれが、あまりに素敵で柔らかいもんだから、あたしは紗江子さんにされるがまま、カラダをもぞもぞさせてその身を捧げた。
次の瞬間、熱烈な抱擁が一時停止。
「あたしの好きなアイドルに似てるよな」
と、見つめられた。
「誰ですか、それ?」
って聞いたら、人気投票でメンバー落ちした、国民的人気アイドルの名前を口にした。
「挫折を知る人間は美しくなる」
そう言って、髪を撫でてくれる紗江子さん。
いきなり大輔の話しになって、娘を欲しがる紗江子さんのためにその国民的アイドルグループのCDやら雑誌を「バカ息子が人脈を駆使してかき集めてきた」ことがあったとか。爆笑してしまった。
そういえば愛洋丸さんのBGMはずっとそのアイドルの歌だったもんね。
紗江子さんいわく、
「おいバカ息子。振付覚えてカラオケで歌え。カチューシャ付きな」
って言ったら、大輔はそれを真に受けて
「振付覚えたからカラオケ行こう。カチューシャ借りたから。シュシュもある」
って、本気でカラオケ屋さんを予約していたとか。
その話しを聞いてあたしは、
「天才司令塔が振付カチューシャでカラオケ!?教えて貸したのは絶対ユウコだな!?」
と、想像して、それをチクって2人でまた大爆笑。
 紗江子さんがそこで「ハぁ」と短い吐息。
「あいつはまだ挫折を知らない」
ヤレヤレという顔で、あたしは見つめられた。
あ、その顔、大輔とそっくりな“ヤレヤレ顔”
と思った次の瞬間、今度はあたしを腕枕してくれる紗江子さん。
紗江子さんは愛洋丸さんの天井を見つめている。
その横顔をチラチラ見つめるあたし。
大輔とは正反対の、パッと見は怖い顔だけれど、よくよく観察すると筋の通った鼻や口調のリズム、仕草の一つひとつが大輔によく似ている。
あたしは「やっぱり親子なんだな」と、妙に納得。
もしかして大輔も、たまにこうやってママと一緒に寝ているのかな?と絵が浮かんで、あたしがニヤけていると、紗江子さんは無言のまま優しくあたしのアタマをポンポンしてくれた。
そして、
「あたしさ~、夢とおんなじぐらいのときにさぁ…」
と、子守唄のように昔話しをしてくれた。
そのうちに、あたしの全く知らない遠藤家の話しを、ゆっくり、ゆっくり、話し始めた。
まるで、愛洋丸さんを操縦するかのように。
ゆっくり、ゆっくり…。

―――大輔のお父さん。
遠藤洋輔は、もともと高城紗江子の担任だった。
高校時代はとても純情だった乙女・紗江子嬢。
なんでも、教室に散乱する机やイス、割れた窓ガラスを遠藤先生と一緒に片付けていた時に、ひょんなキッカケからお互いの「夢」の話しで盛り上がったんだって。
紗江子さんは遠藤先生に「紗江子の夢はなんだ」と尋ねられて「あたしの夢は我が子に食べさせてもらって一生楽な生活を送ること」って答えたら、「それなら相手が必要じゃないか」と手品のように口説かれちゃったとか。
そのまま、高校を卒業してすぐに結婚。
紗江子さんのご両親は大反対だったけれど、これもまた遠藤先生が手品のように口説き落としたとか。
そして、紗江子さんが20歳ぐらいのとき、大輔が生まれてきた。
そのおかげで「晴れの舞台の成人式は欠席した」とか「洋輔とイチャつく暇がなかった」とか、ブスッとした顔で「あの泣き虫バカチビ助のせいで」と、しかめっ面をする紗江子さん。
なんでも、パパが息子をあやすために手品を披露するんだけれど、それを見てさらに大泣きするほどの「泣き虫チビ助だった」とか。
「メシだけはガンガン食いやがって」と、成長した息子さんの腕を「まるで愛洋丸のエキゾーストだよ」と例え、「あたしはこんなにワイパーなのにね」と、二の腕をプ二プ二揉んでいた。
そんな親子3人の生活は決して楽じゃなかったけれど、紗江子さんは毎日幸せだったらしい。洋輔さんの優しくて大きな背中と、それに負けず劣らず、でっかい泣き声のおチビさんを抱いているだけで。
だけど、大輔が小学校に入学する頃、紗江子さんは気づいてしまったんだって。
洋輔さんが、苦しんでいることに。
「夢」をあきらめきれず、葛藤に苦しんでいる、洋輔さんの背中に。
紗江子さんが語る、洋輔さんの「夢」。それは、
「地球を救いたい」
「まずは発展途上国の支援やエイズ孤児支援、地雷撤去の活動から始めたい」
という「夢」
決して言葉に出されたわけではないけれど、その背中はいつも、遠くを見ていた。と。
洋輔さんの背中から無言で伝わってくるキモチとココロザシ。
愛する妻、愛する息子と離れたくない。
だけど「夢」をあきらめきれない。
本当に苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いている洋輔さん。
その姿を見てある日、紗江子さんはこう言ったんだとか。
「あんたのことを、あたしは一生愛している。だから別れよう。あんたは思う存分、自分の夢を追いかけな」
そう言って、紗江子さんは、洋輔さんを抱きしめた。
「ごめん紗江子…。ありがとう紗江子…。」
そう何度も何度も口にしながら、ぎゅ~っと強く抱きしめ返してくる洋輔さん。
「大輔はあたしが立派に育てる。金はいらない。愛があれば十分」
と、宣言した紗江子さんは、それからすぐに幼い大輔を連れて、教習所に通い出したらしい。
なんと、信じられないことに、紗江子さんはペーパードライバーで、車の運転がとことん苦手だったんだそうだ。
「バイクは得意だったんだけどさ~」
と、苦笑いする紗江子さん。
「どうして苦手なことを始めようと思ったんですか?」
と、あたしが聞くと
「大ちゃんマンがいたから」
って、即答された。
小さい頃から車が大好きだった大輔少年は、母親の運転する助手席で「ママ、がんばれ。ママ、できるよ」と、必死に応援してくれたんだそうだ。「大型トラックの免許を取得する」という目標にくじけそうな時も「ママ、夢なんでしょ?ママ、夢はあきらめちゃだめなんだよ?」と、どんな時でも、紗江子さんを励まし続けたくれた。って。
紗江子さんの「パパは地球を救うヒーローなんだ」という話しを信じ、「さみしい」とは口にも顔にも一切出さず「じゃあぼくもつよくならなきゃね」と、遠くを見つめる大ちゃんマン。
紗江子さんは「さんざん苦労の末に会社を立ち上げることができたのは、隣でいつも、大ちゃんマンが応援してくれていたおかげだ」って、「あのバカには感謝してる」って、声が震えていた。
当然生活はさらに厳しかったらしいけれど、愛孫大ちゃんマンのおかげで紗江子さんはご両親との同居を許してもらい、その時始めて親のありがたみを痛感したとか。いつか必ず恩返しをしようって思えたんだってさ。
そんな大ちゃんマンはすくすく成長し、「バカに食わせてもらうことが夢」と、冗談半分に言ったことを真に受けて、年に数回、大輔は稼いだお金で外食に連れていってくれるんだって。大輔らしいよね。
その御礼に、友達から安く譲ってもらった「伝説のナナハン」とか言うバイクをプレゼントしたら、「校則違反だからいらない」と、断られたんだとか。
あたしが
「その『伝説のナナハン』のおかげで助けられました」
って御礼を言ったら、
「あいつの運転へたくそだから乗っちゃだめよ?」
って本気で注意された。
正直、紗江子さんの語る「愛」の意味は、いまいちよくわかんなかったけれど、相手の「夢」を自分も大事にするという価値観は、本当に素敵だなって思えた。
 …子守唄が終わる。
「あいつはいつもそうなんだ…」
静かな声の紗江子さん。
「いつも…?」
うとうとしているあたし。
「頑張る人を、自分を犠牲にして、応援する」
…あくびの音が聞こえて、ぐしぐしとマルボロメンソールが消される。 
「すごいことじゃないですか」
…その仕草につられて、あたしは目をごしごしする。
「…その逆も経験もしなきゃダメなんだよ…」
声が遠くなる。
「…その逆も。ですか…」
声が、消えた。
 「………」

…夢を見た。
でっかいバイクを運転する、でっかい背中を抱きしめて、昼間通った綺麗なボーソー半島を、海を眺めながらツーリングしている、夢。
空も、山も、雲も、自分も、まるで風に一体化したようにふわふわだ。
大きなエンジン音が聞こえてきて、びっくりして後ろを振り向いたら、「日本列島夢街道 保護者同伴愛上等」と看板の入ったでっかいトレーラーが、「へたくそ」と言って笑っている。
変な、夢。
も少しだけ、この夢の余韻に浸ろう…。
と、思ったのに…。
「夢!起きろ!いくぞ!」
どこに?
あたしは今日、たったこの1日で、この世の中すべての運送屋さんたちを、尊敬してしまった。
時計を見る。午前2時。2時!? 
さっき眠りに入ってから、3時間も経ってないじゃん!!
「おまたせ~♡」
運転席が勢いよく開けられて、紗江子さんが忍者のように飛び乗る。
「どれがいいかわかんないから全部買ってきちゃった♡」
そう言って、あたしのふとももにコンビニの青い袋を4つも「ドン」と乗っけて、中身を見ようとしたら「ググンッ」って愛洋丸さんが走り出した。
「眠かったら寝てていいからね~♪」
と、深夜の2時にギラギラ太陽声の紗江子さん。
ふんわりとマルボロメンソールの香りが漂う。
その香りに身を包めて袋の中を覗く。
大量のオニギリやら、ジュースやら。あとタバコやらお弁当やらパンやらお菓子やら。
なんだなんだ?まさかコレを全部食べろと??
紗江子さんはぽっちゃりな娘がほしいのか???
すぐに若菜の顔を思い出して、思わず爆笑してしまった。
「お?なんだ夢、楽しそうだな~♪」
一緒になって笑ってくれる、紗江子さん。
「あの、ぽっちゃりな娘はほしくないですか?」
そう言って、あたしは若菜のことを紗江子さんに教える。そして2人で大爆笑。
笑いすぎて涙目の目元を拭いながら、窓の外を見る。
真っ暗闇の中、ポツンポツンと明かりが瞬いている。
ここはどこなんだろう?
だけど、そんなことはどうでも良かった。
大好きになった香りに包まれて、心地よい振動に揺られて、大切な想い出の余韻に浸る。
それがなんだか睡眠薬のようで、あたしの視界は、だんだんと、あたたかい暗闇に閉ざされた…。
できれば匂いも、閉ざしてほしいのに…。

…ウェ…魚くさい。
…また夢か?
誰だ、こんないやがらせするのは。
あたしは、魚が大嫌いなんだ。
「相澤魚店」に陳列された、かわいそうな魚たちと、それをさばく、負け犬のくそ親父が頭に浮かぶ。
ああそうか、あたしは家にいるんだ。
なんだ、紗江子さんとのドライブも夢だったのか…。
 紗江子さんの声も幻か…。
「夢!着いたぞ!」
目を開ける。夢じゃない。幻でもない。
ここはどこだ?
あたしは少し痛む首を押えながら、まだボーっとしている頭を叩き起こす。
外で元気に走り回るエンジン音や、何かを上に上げる音。
その向こうでどぅッどぅッとベースの重低音のような音が聞こえる。
「あれ?ココは…」
「ん?」
紗江子さんが教えてくれなくても、あたしはすぐにわかった。
だってここは、地元の「新港魚市場」
あたしの嫌いな魚どもが集結する、敵ボスの要塞みたいなところなのだから。
小さい頃からここが大嫌いだったあたしは、教科書の写真を見たたけで給食を吐いたことがある。
 吐き気とめまいがしてきた。
「降りるぞ」
紗江子さんが外に飛び降りる。
「イヤです」
あたしは下を向いてうつむく。
「いいから来い」
「イヤです」
「ああそうかよ」
紗江子さんが視界から、消えた。
いくら紗江子さんの言うことでも、イヤなものはイヤなんだ。
時計を見る。まだ朝の6時前。
紗江子さんに嫌われたかな?もしそうなら、歩いて…。
「バンッ!」
突然身体の左側に解放感。
紗江子さんが、ひょうひょうとした顔であたしを愛洋丸から引っ張り出して、あっという間にお姫様抱っこ。
「あ、いいね~♡このカンジ。ちと重いけど、念願の娘の抱っこだ~♡」
「ちょっ…降ろしてください!!あたし、この匂い、ダメなんですっ!」
必死にダダをこねる娘に、ひょうひょうとあやすお母さん。
紗江子さんは片手で器用にマルボロメンソールに火を点けて、ゲラゲラ笑っている。
その光景がまるで手品のようだったから、ついつい見とれてしまって、大輔の手品を思い出しながら、あ、やっぱり親子なんだと、不覚にも涙ぐんでしまった。
「どこいくんですか?」
泣いている娘。
「いいから、もう少し付き合ってよ♡」
あやすお母さん。 
なんだこれ??
 これこそ夢であってほしい…。
「…紗江子さん、恥ずかしいです」
「ん?何が?」
17歳にもなってお姫様抱っこがです。
というか、この瞬間すべてがです。
さっきからあたしたち親子?を見つけた魚市場のおじさん達が、
「オー!サエちゃん!可愛いコ連れてるね~♪」とか「なんだ社長、隠し子かー!」とか、ゲラゲラ豪快に笑って話しかけてくる。 
そのたびに紗江子さんは「うらやましいだろ~♪」とか「夢ってんだ!よろしくな~!」とか、ギラギラ愛嬌を振りまいて、あたしの気持ちをおかまいなしにズンズン突き進む。
あたしは恥ずかしくて、ずっと目をつむっていた。
だけど、ほんのりマルボロメンソールの香りが、大嫌いな匂いをすこしだけ和らげてくれて、この人が本当にお母さんだったらいいのにな…とか、思ってしまったのだから、まだまだ修行が足りない。
 と、色々うだうだ考えているうちに、
「よっこらせ…っと」
…ドスンッ
「…いてっ!」
愛娘は母親の足元に荒っぽく降ろされた。
どこに?
濡れている、コンクリートの上に…。
「ありゃ、ごめんねー♡」
母親にゲラゲラ笑われて、全然謝ってもらった気になれない。
「…もー、何すんですか―――」
言うほど怒ってない愛娘。
「ほら、あれみろよ」
母親が何かを指さした。
「…ふぁ?」
ふぁ!?あたしいくつだ。指さす方を見る愛娘。
 …え?
――――――目を疑う。
カツオが市場で、イキイキしていた。
まだ戻りガツオの季節じゃないとか。
1.6メートルを超える巨大ガツオだとか。
そういう理由じゃない。
そこにいたカツオは、相澤勝男。
正真正銘、あたしの父親だった。
トレードマークの帽子を、汗でグッショリ濡らして。
銀歯が見える口を、つば吐きながらしきりに動かして。
フォークリストの人としゃべったり。
真剣な顔つきになってしゃがみこんだり。
魚をじっと見つめたり、優しく触ってみたり。
おもむろにお腹を覗き込んで、鼻を近づけて。
あたしにはそれが、魚にプロポーズしているように見えた。
メモ帳をパラパラめくり、難しい顔をしたかと思えば
誰かと話して次の瞬間、パッと笑顔になる。
その背中の後ろの方で、朝焼けがキラキラ海に反射して。
Tシャツから蒸発してゆく汗の白い熱気。
それがまるで、オーラのように輝いていた。
…ほんの一瞬、本当にほんの一瞬だったけれど。
美松海岸の男達と、重なって、見えた。
一番驚いたのは、娘だ。
だって、その姿があまりに格好良くて、その場で、座ったまま泣いちゃったんだから。
涙で顔がグチャグチャに濡れて、パンツもグショグショ気持ち悪いのに。
大嫌いな魚の匂いが鼻から入ってきても、全然嫌じゃなかった。
涙もそのままに、トレードマークを見つめる。
 イキのいいの声が聴こえた。
「あれ?紗江子さんじゃないですか!」
カツオが紗江子さんに気づいて、帽子を取りながら深々頭を下げる。
「オー!カツオ!相変わらずイキがいいなー!」
紗江子さんは青いコンビニ袋を細い肩に担いで、ズンズンそっちに歩みよる。
「差し入れだ♡」と言って周囲の連中と談笑し、なにやらカツオともブツブツ相談している。そしてクルっと振り向いて、今度はあたしにスタスタ近づくと、スイっと脇に手を入れて「よっこらせっ」とあたしを抱き起し、にんまり笑ってこう言った。
「バイト先が決まったぞ。娘♡」
「YUMEちゃんのお魚屋さんですか?お母さん♡」
言えない。
「夢、何してんだ、お前」
今さら娘に気づくカツオ
なんだこれ???
コレは夢だと思いたい。
お母さんを見る。
両肩をガシっと掴まれた。
お母さんが、ニッコリ笑って娘に言う。
「夏休みは稼ぎ時だ♡娘♡」
だから、無期限自宅謹慎処分中ですってば。