人生を変える英語学習 教育×英語×お仕事 -191ページ目

人生を変える英語学習 教育×英語×お仕事

子育て中のやり直し英語でTOEIC講師、実務翻訳者という自分の夢を叶えながら子供たちの英語教育リテラシー向上も果たしました。
「勉強しなさい」と言わない子育てで、長男は東大合格、長女が国立大医学部に合格しました。
教育コーチングを通して学習の自立をサポート

学校で学ぶ大航海時代はロマンあふれる勇気の物語として伝えられていますが、実際はこれまで見てきた通り、侵略と強奪の歴史でした。

なぜ、歴史教育がこのようになったのかは後ほど触れるとして、西洋と日本人の基本的な思想がよくわかるのが、モーゼの十戒と教育勅語かと思います。

旧約聖書に書かれているモーゼの十戒の戒めは、

「汝、殺すなかれ」

「汝、盗むなかれ」

「汝、騙すなかれ」

「汝、姦淫するなかれ」

と日本人なら自然とできている「道徳」です。
初めてこれを読んだ日本人は、少し違和感を覚えるのではないでしょうか。

それに対して、教育勅語。

明治憲法を執筆した井上毅とともに儒学者元田永孚が起草した日本人の道徳律です。

原文は、少し読みにくいので、現代語訳されたものをご紹介します。

「私達の祖先は、遠い昔に国をお開きになって以来、道義国家の理想現実を目指してこられました。そのために、国民は常に心を1つにして、忠孝一致の道に励み、我が国の進歩を美事に成し遂げてまいりました。

もとよりこれは我が国古来のすぐれた国柄の長所でありますが、私は教育の根本目的も道義国家の完成にあると思います。

国民の皆様は、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は信義を守って励ましあい、そひて自分の言動をつつしみ、すべての人に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職務に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会のために力を尽くし、また、法律や、秩序を守るのはもちろんのこと、もし、非常事態が起こった場合には、身命を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければいけません。そして、これらのことは、善良な国民としてのつとめであるばかりでなく、また、祖先が示し残された伝統的美風を、私達が、更にいっそう明らかにして讃えることにもなるのであります。

だから、このような国の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫が守っていかなければならないことであり、昔も今も変わらぬ正しい道であって、日本ばかりでなく、外国においても、同じようにまちがいのない道でありますから、私も国民の皆様とともに、父祖の教訓を抱いて、日本が永久に立派な道義国家であるように希望します。」

日本人の精神性の高さが表れていると思います。
16世紀から20世紀に至る西洋諸国の非白人地域の植民地分割の歴史をたどると、まさに弱肉強食の世界でした。

日本には

「負けるが勝ち」
「騙すより騙されろ」

という言葉がありますが、この素晴らしい日本人ならではの考えも国際社会では通用しないことがわかると思います。

個人主義と言えば、言葉は綺麗ですが、それが進みすぎると「人を押しのけても自分の利益を確保しろ、自分以外は信じるな」と他者不信他者排除につながります。

「和を持って尊しとする」

という日本人のメンタリティとは違うということを知っておいた方がよいです。

日本人の考えは、とても素晴らしく、世界全体がこう考えるようになるとよいのですが、現状はそうではいというのとを踏まえて国際社会での振る舞いを考えた方がよさそうですね。
アメリカと、日本は衝突するのは必須だったーということを確認したいと思います。

中東からアジアにかけては、すでにヨーロッパ諸国によって分割されていて、割り込む隙間はありませんでした。

しかし、まだ中国大陸という広大で膨大な人口を擁する地域が残されていました。

中国大陸を統治していたアジアの強国、清国への西欧列強の介入が始まったのは、19世紀にイギリスがアヘン戦争を仕掛けてからで、本格的な切り取りが行われたのは20世紀に入ってからです。遅れてきたアメリカにとって中国大陸はほしくて仕方ない侵略相手だったのです。

特にアメリカが目をつけたのは、満州でした。満州はアメリカと緯度も同じで資源が豊かだったので植民地経営をしやすいと考えていました。その満州に日本は進出していきます。

この日本の進出の背景には、実はアメリカでの日本人締め出しがありました。

ここをまた後日、詳しく触れたいと思いますが、20世紀に入ると、中国の要所は、フランス、ドイツ、ロシアに侵略され、残るは満州、朝鮮、日本だけになっていました。白人の新興国アメリカと、アジアで急激に台頭した有色人種のチャンピオン、希望の星、日本が満州を巡って衝突するのは時間の問題で、国際社会もやがて衝突は必須と見ていました。

ですから、よく学校で習うような領土拡張欲に目がくらんだ日本が無謀な戦いをアメリカに仕掛けたというのは誤りです。
ハワイを強奪、米西戦争を仕掛け、西へ西へと勢力を拡大したアメリカの太平洋西進の最大の狙いは中国大陸での権益の獲得でした。

セオドア.ルーズベルト第26代アメリカ大統領、その甥のフランクリン.ルーズベルト第32代アメリカ大統領が信奉した戦略理論は、米海軍大学の戦略研究家マハンが唱えた理論です。

マハンの著述を振り返ってみますと、『海の支配力の歴史に及ぼす影響』の中で「大海軍の建造がアメリカにとって重要だ。2番目に、世界各地に植民地を獲得する必要がある。3番目には、そのために海軍が世界各地に軍事基地を設けなければならない。それを踏まえてアメリカは世界貿易に雄飛すべきであり、その対象は中国市場に目を向けなければならない。」 

1900年、ベバレッジ上院議員も上院での演説でこう言っています。

「われわれは東洋におけるわれわれの機会を放棄しない。われわれは神によって世界の文明を託されたわが民族の使命を遂行するにあたって、われわれの役目を放棄しない。・・・今後、わが国最大の貿易はアジアと行われるに違いない。太平洋は、われわれの大洋である。・・・中国はわが国本来の消費者である。」

西洋社会には、「Manifest Destny(明白なる天意)」という言葉があります。ベバレッジ議員の
「神によって世界の文明を託されたわが民族の使命」がそれを意味しています。

それぞれの国が、世界文明を託されたと考えるのは自由です。地球という星に住む住人がそれぞれそう考えるのはよいことだと思います。

しかし、他の民族の犠牲の上に成り立つ正義は本当に神が望んだ正義だったのでしょうか?

もう少ししたら、日本について書きます。

比較のためにも、西洋の考え、方法にもう少しお付き合いくださると幸いです。

1800年の今日、伊能忠敬が蝦夷地(今の北海道)の測量に出発したんだって。

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう


千葉県の誇り、生涯現役の鏡、伊能忠敬。

忠敬が測量を始めたのは、54歳から。
そして、地図は、現代の地図とほとんど一緒の正確さだったといいます。

江戸時代末期に来航した、ペリーもすでにシーボルトに寄って持ち出されていた忠敬の地図を見て、ペリーが持っていたものとほとんど変わらず驚嘆したといいます。

そんな忠敬が北海道への測量に出発した今日、今、悲しみと苦しみの中にいる同じ日本じん、熊本の方々が未来を信じられる日になればいいなと思う朝でした。