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人生を変える英語学習 教育×英語×お仕事

子育て中のやり直し英語でTOEIC講師、実務翻訳者という自分の夢を叶えながら子供たちの英語教育リテラシー向上も果たしました。
「勉強しなさい」と言わない子育てで、長男は東大合格、長女が国立大医学部に合格しました。
教育コーチングを通して学習の自立をサポート

日本を見直そう♪シリーズも途中ですが、本日このような報道がありましたので、こちらについて触れたいと思います。

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6206095

 

記事には

訴えによると、館中に14年4月に入学した生徒は、同学年の男子生徒から仲間外れや悪口、からかいなどのいじめを繰り返し受けて自殺した。

 遺族側は市教委の第三者委員会の報告書を基に「いじめは入学直後に始まった。部活を休んだことを『仮病』『サボり』と言われたり、級友らとプールに行き置き去りにされたりした」などと主張。市の責任については、教員が加害行為を把握しながら適切な指導をしなかったとしている。

とあります。

 

この事件の経緯を掲載した記事は下記にあります。

この事件は以前にも、いじめ自殺の事実を加害生徒以外には告げず、「転校した」と担任が他の生徒に報告した事件としてご紹介したことがあります。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201508/20150829_13010.html

 

どうやら、市教委がいじめ自殺について発表した後、学校周辺で取材する報道関係者らに対しては、同校の教諭らが「うちの学校だという証拠があるのか」と否定を装ったようです。
 校長は「市教委に聞いてほしい」の一点張り。28日夜の河北新報社の取材には「駄目、駄目。警察呼びますよ」と拒否したとか。

 

また、提訴の前に遺族は、「調停」によって何があったのかを明らかにしたかったようですが、加害者側が「いじめはなかった」として調停を拒んだとあります。

 

本当に、いじめがなかったならば、被害生徒が自殺した時点で、どうして他の生徒には「転校した」と説明し、一部の生徒には自殺の事実を告げていたのか、謎がのこります。

 

また、第三者調査委員会の調査の内容とも矛盾します。

 
ある生徒は「先生たちの対応が怖い」とつぶやいたと言います。
男子生徒は「いじめが収まらない」と自殺の直前に言い残していた。12歳の少年が絞り出した叫び声が、実体を持って受け止められずにいるこの事件ですが、実は日本中で似たようなことが起きているのです。

 

ただ、いじめ自殺事件、や自殺に至らなくても、行政を相手取った訴訟、加害者を提訴した事例では、残念ながら、「勝訴事例が少ない」の実情です。

 

勝訴事例としては、

1886年2月 東京都中野区区立富士見中学校
中学2年男子生徒が、いじめを苦に自殺。
調査の結果、「葬式ごっこ」などが行われていたことが判明し、
しかも教師4人もそのいじめに加担していたことが発覚した事件。
保護者は、学校設置者、加害生徒2名の保護者を相手に
総額2,200万円の損害賠償を請求。
1991年、東京地裁は、学校の安全義務違反に基づく慰謝料300万円と、
弁護士費用100万円の支払いを命じています。
さらに1994年には、高裁より、中野区および加害同級生2人に対して1,150万円
(慰謝料1,000万円、弁護士費用150万円)の支払いが命じられました。


1994年7月 神奈川県津久井町町立中野中学校
中学2年男子生徒が、いじめを苦に自殺。
両親は、学校設置者に対しては“注意義務違反”および“報告義務違反”を理由に
8,000万円の損害賠償を請求。
加害生徒10人に対しては、共同不法行為責任で
各100万円の損害賠償を請求しました。
2000年には横浜地裁で勝訴。
県・町に対して3,947万円、
加害生徒9名に対しては軽200万円の支払いを命令しています。
さらに、2002年には東京高裁で勝訴。
県と町に対しては2,160万円、
加害生徒9名に対しては120万円を連帯して支払うよう命令しています。

 

の2点が主な事例で、その他多数はほとんど敗訴をしています。

自殺といじめの因果関係の立証が困難であるというのがその理由です。

いじめのの事実があったことまでは認めるのですが、自殺との因果関係については「自殺は複合的な理由」とされることが多いのです。

 

2013年のいじめ防止対策推進法が施行されてからの、いじめ自殺事件提訴、今後をしっかりと見守っていきたいと思います。

 

 

 

1945年、玉音放送があり、日本は条件付降伏をしました〈無条件降伏ではありません、念のため〉。

 

そして9月、マッカーサーが日本に降り立ち、GHQの統治下に置かれます。

 

アメリカの日本統治には、大きな二つの目的がありました。

一つ目は原爆投下による大量虐殺の帳消しです。無辜の民を一瞬にして13万人も焼き殺し、後遺症によって亡くなった方を含めると、じつに約30万人の方が亡くなりました。ヒトラーのドイツによるアウシュビッツホロコーストに匹敵する大虐殺です。

 

いずれこの原爆投下による大量逆さ鵜が大きな人道問題として追及されることをアメリカは恐れ、綿密に日本統治計画を練ったのです。

 

二つ目は、日本的なるもの、日本という国家、日本人の精神の徹底的な破壊です。唯一白人には向かった有色人種である日本人が二度と立ち向かえないようにすることが必要だったのです。

 

日本とドイツが敗戦した日のニューヨークタイムズが掲げた社説をご紹介します。

 

「我々は勝利した。ドイツ人は優れた民族であって、ナチスという虚妄のとりこになったために戦争を起こし、世界中を荒らしたが、とにもかくにも戦争は終結した。もし、ドイツ人がナチスを排除するようならば、我々は本来の友人に戻り、彼らにも思い切って再建の手をさしのべその復興を援助しよう。」

 

それに対して、日本が降伏した翌日の社説です。

 

「この怪物は倒れはしたが、決して命を失っておらず、いまだ非常に危険な存在だ。よってこの怪物の牙と骨を徹底的に抜き去り、解体しなければならない。この作業は戦争に勝つよりも難しいかもしれないが、我々はアメリカのために、世界のために永久にでもこの作業を続けなければならない。」

クジラともナマズともつかない醜悪な怪物が倒れて、大きく口を開けており、その中で二人のアメリカ兵が大きなやっとこで牙を抜こうとしている絵とともに。

 

これは、ニューヨークタイムズの独断的な論調ではありませんでした。実は、日本の解体は、はるか数十年前にアメリカ政府によって決められた方針でした。セオドア・ルーズベルトの「オレンジ計画」を受け継いだ、甥のフランクリン・ルーズベルトの次の言動からも明らかです。

 

ニューヨーク州ハイドパークの大統領私邸で、イギリスロナルド・キャンベル大使はルーズベルトから「劣等アジア人種の品種改良計画」という提案を受けた、と本国にあてた書簡に書きのこしています。

 

「インド系、あるいはユーラシア系とアジア人種を、さらいは、ヨーロッパ人とアジア人種を交配させ、それによって立派な文明をこの地に生み出していく」という計画で、ルーズベルトはその後に「ただし、日本人は除外し、もとの島に隔離して衰えさせる」と続けたということです。

ご存知のように、日本は敗れました。

 

しかし、一方で大東亜戦争は、世界の歴史の長いスパンで見れば、500年に及んだ西欧列強の有色人種支配からの解放戦だったのです。

 

日本軍によってシンガポールが陥落したとき、当時、ロンドンに亡命していたフランスのドゴール将軍(後の大統領)は、その報に接し、日記にこうつづっています。

「シンガポールの陥落は、白人の植民地主義の長い歴史の終焉を意味する」

 

このドゴールの予言は的中、終戦後、アジアでは続々と独立国が誕生しました。

 

フィリピン、インド、パキスタン、ビルマ、セイロン〈スリランカ〉、マレーシア、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア・・・。この民族自決運動はやがてアフリカいも飛び火し、アフリカ大陸でも次々と独立国が生まれました。これにより、5世紀にわたらう白人の有色人種植民地支配はほぼ、幕を閉じたのです。

 

「我々アジア、アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して幾度となく独立戦争を試みたが全部失敗した。インドネシアの場合は、350年間も。それなのに、日本軍がアメリカ、イギリス、オランダ、フランスを我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信を持ち、独立は近いと思った。一度持った自身は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、これからの独立戦争は自力で遂行しなければいけないと思った。しかし、独力でやれば50年はかかると思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。

 

そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった。そして、実は、我々の力でやりたかった。それなのに、日本だけに担当させ、少ししかお手伝いできず、誠に申し訳なかった。」

 

これは、1957年5月、来日したインドネシアのブン・トモ情報宣伝相が、日本人の要人に述べた謝意です。

 

人種、民族は平等という文字を国際連盟規約に盛り込むという日本の提案が葬り去られてから29年後の1948年ー国際連合総会で「世界人権宣言」が採択されました。

 

日本の悲願は、戦争の敗北と2百数十万人を超える同胞の命と引き換えに達成されたのです。

「リメンバーパールハーバー」「リメンバーアラモ」「リメンバーメーン号」について、触れてきました。

 

また、大東亜戦争は日露戦争に勝利した日本に対し、脅威を感じたアメリカは、オレンジ計画を練り、日本移民を排斥し、満鉄包囲網を敷き、日本を挑発し続けました。

 

これについて、アメリカを責めることはできるでしょうか?

 

私は、否だと思います。

 

アメリカは、自国の国益に沿って、用意周到に戦略を練ったにすぎないと思います。

(その根底に白人優位、また、優勝劣敗の価値観があったことは否定しませんが。)

 

これが国際社会の現実です。

 

国際社会では、永遠の敵も永遠の友もいません。

 

かつて、イギリスのチャーチル首相は

「あなたにとって仮想敵国はどこですか?」と尋ねられて、「イギリス以外の国、全部だ」と答えました。続いて「同盟国、アメリカもそうか?」という問いに対して、即座に「あたり前じゃないか」と言い放ちました。

 

繰り返しになりますが、これが国際社会の現実です。

 

その中で、お互いの国益を尊重しながら、なるべく平和的に物事を解決していこうというものなのです。決して、自国の国益を損なうことが善ではないのです。

 

例えば、地球上のすべての国が、「戦争放棄、戦力不保持」を国是としているならば、我が国もそれで安全かもしれません。

 

しかし、現実は、昨日もそうでありましたが、核ミサイルを開発し、日本に向けて発射してくるような国があります。

 

日本の領土である尖閣諸島周辺に、莫大な資源があることに気づいた途端、そこは「我国の領土だ」と主張し始める国もあります。現実に、その国の戦略でいくと、日本は自治領になるという地図ができあがっているようです。

 

歴史を学ぶ意義は、今後の教訓のためだと思います。

 

大東亜戦争、第二次世界大戦をきちんと学んで(戦後のアメリカのおしつけ歴史観ではなくて)、今後の日本、子供たちの未来を守るためには、母として何をなすべきなのかしっかりと考えていきたいと思います。

「リメンバー・アラモ」の合言葉で、メキシコ領を半分にもある膨大な領土を手中に収めた様子に触れました。

 

同様のことが、19世紀末にも行われています。

 

スペインを相手に侵略を企てるのです。スペイン領キューバで起こった独立運動に乗じてハバナ港を相手に派遣した戦艦「メーン号」が何者かによって爆発され、260人の犠牲者が出ました。この爆破事件をスペインの陰謀と断じたアメリカは「リメンバー・メーン号」の合言葉でアメリカは、「リメンバー・メーン号」の合言葉で、アメリカ国民の敵愾心を煽り、1898年、宣戦布告して米西戦争に突入して、快勝します。

 

キューバ、フィリピン、グアム、プエルトリコを奪いました。

 

このときのメーン号の爆破も、アメリカが真の犯人はわかっていません。

 

そして、リメンバーパールハーバー。

 

12月1日に、ルーズベルトは各地の軍司令部に戦争準備の指令を出していますが、ハワイの軍司令部だけは除かれました。そして、肝心な二隻の空母と新鋭艦19隻はあらかじめ外洋に移動させ、老朽艦16隻だけが港に残っていたのです。

 

日本の急襲によって死亡したアメリカ兵の数、約2400人。おびただしい血が流され、アメリカの国民世論は一気に参戦に傾いていったのです。

 

この辺りを日本人もしっかりと勉強して、後世に伝えるべきだと思います。