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着 想 ノート

管理者 / 残月


パズルゲーム自体がそうですが、
特に「 落ち物 」系はプレーした事の無いジャンルなので余り知識は有りませんが・・・。

落ち物パズルとかって、
同じ種類のブロックを3つ並べると消せる、みたいなルールが主流なんですよね?

確かにその方が直感的には分かりやすいのでしょうが、
もう少しだけ頭を使った方が良いかなという気も致します。


例えば同じ種類のブロックではなく、
「 カレー粉 」と「 肉 」と「 ニンジン 」とかの素材ブロックを並べると、
3つが合体して「 カレーの具 」という中間素材に変化する。

そうしたら今度は先程作った「 カレーの具 」を、
「 ライス 」と「 らっきょう 」のブロックと3つ並べて合体させて、
最終ブロックの「 カレーライス 」に変化させる。

これで初めてブロックが消滅する。
それまでは並べても合体するだけで消えないようにして。

要するに違うブロックを揃えて合体させていくパズルゲームです。
(逆に「 食い合わせ 」を揃えてしまうとダメージを受ける、とか。)


素材ブロックとかじゃなくて、トランプのカードでも良いですよね。
画面内に敷き詰められたトランプのカードをどんどん移動させて、
ポーカーの役を揃えて消していく、とかのルールで。

要は同じブロックを並べるばかりじゃなくて、
違うブロックを並べるパズルでも良いのではないか、と。



他にも、上に書いたやつの応用も書いておきましょうか。

こっちのは同じ絵柄を3枚並べると消せる、という点では通常ルール通りですが、
少しだけ変化球にしてみます。

まず、画面上に沢山のキャラクター達の顔が描かれたパネルが並んでおりますが、
別に「 同じ人物の顔パネルを並べると消せる 」というルールではありません。

顔パネルの人物達はそれぞれ喜怒哀楽の表情を持っており、
同じ表情のパネルを並べる事で消せるルールとなっております。

ただし、この顔の描かれたパネルは条件によって表情が変化致します。

各キャラクターごとに人間関係が設定されていて、
仲良しの子が隣に来ればパネルの表情が笑顔になりますが、
仲の悪い子が隣に来ると怒った顔になってしまう。

また、互いに仲良し同士なら二人揃って笑顔になりますが、
片方が嫌っていた場合は一人だけ笑顔になって、もう片方は怒った顔になる。


で、ゲームのルールをどうするかまでは余り考えていませんけど、
例えば笑顔なら3枚でも消せるけど、怒った顔のままだと5枚並べないと消せない、
としても良い。

色々試してみて、一番面白くなりそうな仕様にすれば宜しいのではないでしょうか。

人権派弁護士、という言葉を聞いた事の有る方も多い事と思います。

特に定義が有る訳ではない、と聞いたので、
取り敢えず私個人の認識を書かせて頂きますが、
「 凶悪犯を無罪扱いにする事を無上の喜びとしている狂気の集団 」と言った所でしょうか。


犯罪者、と言いましても大きく2タイプ有りまして、
1つは「 貧しさに耐えきれず悪い事だと分かっていながら法を犯してしまったケース 」と、
もう1つは「 自分個人の欲の為だけに他人の人生をズタズタにするタイプ 」です。

まずこの2つの犯罪者は明確に分けて考えなければいけません。

前者の例はルールに反してはいるものの充分に同情の余地が有る。
後者の例はルールに反し、そしてモラルにも反している。

前者は更生が可能であり、後者は更生が不可能、もしくは更生不用の本物の犯罪者です。
もっと言うなら、前者は犯罪者だけど悪人では無くて、後者は悪の犯罪者。

前者は悪人じゃないからこそ更生が可能なのであり、
後者はそもそも悪人な訳だから更生が不可能なのである、という事。


例えば こういう文句が書かれたポスターとかを時々見掛けますよね?
  ↓
「 犯罪者にも更生のチャンスを!」
「 前科者にも優しい社会を作る!」

この手の台詞を口にする連中に私が言いたいのは、
上記のように犯罪者には2タイプ以上が存在する為、
犯罪者とか前科者とか一括にして発言するなという事。

更生のチャンスを与えても良い犯罪者と、
絶対にチャンスを与えてはいけない犯罪者の2タイプがいるんですよ。
後者は更生のチャンスを利用して外へ出て、再犯のチャンスにしてしまう連中なんです。


私は「 更生を!」と叫ぶこいつらに聞きたい事が有る。

彼らは犯罪者に更生のチャンスを与えろ、と言いますが、
それってつまり被害者にはケアのチャンスを与えるなって事ですよね?

例えば性犯罪者にレイプされた女性にしたら、
犯人が生きている間はどう考えても生きた心地がしないに決まっている。

何時また襲われるか、何時秘密をばらされるか分からないという恐怖が一生の間続くのですよ。
しかも今の時代だとレイプした事を犯人にネットで拡散される危険も伴う。
そうなると被害者は自殺をするしかない訳で。

たとえ生活費に困っておらず、事件後に怪我などをしていなくても、
それでも自殺しなくてはいけなくなる。

人間が生きていく為には「 金 」や「 健康 」とか、「 水 」とか「 食料 」とか以外にも、
「 精神の安定 」という必須条件が有るのです。
人は肉体の安定だけでは生きてはいけない弱い存在だから。

だから性犯罪の被害者が事件の後も生き続けられるようにする為には、
その性犯罪に関わった犯人を全て死刑にするしかないのですよ。

つまりね、性犯罪の加害者というものは全員死刑にしなければいけないって事です。
そうでなければ被害者は一生の間「 自殺という選択肢 」と付き合い続けなくてはいけなくなる。

すなわち「 性犯罪被害者の心のケア = 加害者の死刑 」なんです。

なのに国がそれをやらないという事は、
被害者に対して「 女よ、お前は死ね 」と言っているのに等しいのです。


事件の内容にもよりますが、
基本的に何か事件が発生した場合は加害者と被害者の両方が存在するのが普通です。

そして性犯罪やイジメのような事件の時は、
国は加害者の命か被害者の命のどちらかを選ばなければいけないはずです。

だけど事件の被害者が犯人の死刑を望んでいる時に、
それを邪魔するのが冒頭に書いた人権派弁護士の存在です。


人権派弁護士の最大の特徴は、
凶悪な犯罪者を徹底的に守ろうとする事・・・では有りません。
それは彼らの一面でしかない。

彼ら人権派弁護士の本当に異常な所は「 傷付いた被害者を心の底から強く憎んでいる所 」です。

何か事件が起きた時に加害者と被害者がいたとしたら、
普通はまず傷付いた被害者に向かって駆け寄るものじゃないですか。

それなのに人権派弁護士は真っ先に加害者に向かって駆け寄り優しく抱き締めて、
傷付いて倒れている被害者を憎しみの目で睨んで足蹴にする。


これがどれ程に異常な事かと言いますと、
例えるならば、通り魔事件が発生した時に、
本来ならば「 加害者には警察が駆け寄り、刺された被害者には救急車が駆け寄る 」ものですよね。

ですが彼らのしている事って、
「 加害者には救急車が駆け寄り、刺された被害者には警察が駆け寄る 」という異常な行動です。


単に人権を尊重しての行動、という事でしたら、
加害者も被害者も両方愛するはずじゃないですか?

でも彼らの本当に恐ろしい所は、
愛しているのは加害者だけで、被害者の人権を全く尊重しない所です。

両者の人権を尊重する姿勢を見せるのでしたら、
その時は未だ彼らの「 加害者の人権も大事だ 」という口実も成立したかも知れませんね。

要するに上記の例で言うならば、
「 加害者と被害者の双方に対して救急車が駆け寄る 」という事なら理解は出来るという事ですよ。

理解は出来ると言っても別にそれで納得出来る訳では有りませんけど、
少なくとも彼らの口実がゼロでは無くなるという意味です。

しかし彼らは前述の通り、明らかに被害者の事「 だけ 」を強く憎んでいる。
そうなると彼らの言う「 人権うんぬん 」は全部嘘だという事になってしまう。


だから昔考えた事が有るんですよね。
何でこいつらは被害者の事をここまで憎んでいるのだろうって。
でも理由が何も思い付かなかった。

だけど保守になってから改めて考えてみると、
もしかして人権派弁護士が凶悪犯を庇う理由って、
犯人が通名の在日朝鮮人(&帰化人)だったからなんじゃないかな、と。

それでしたら被害者は日本人ですから、彼らが憎む理由も分かるじゃないですか。

仮に捕まったのが日本人の犯罪者であっても、
犯人側に有利な判例を作っておく事で、今後在日が捕まった時に有利にする事が出来る。
だから凶悪で有れば有るほど人権派弁護士は必死で庇おうとする訳で。


そうそう、こんな事を考えた事が有ります。

仮に日本人が武器持って朝鮮学校に乗り込んで生徒達を大量殺戮した場合、
果たして人権派弁護士達は今までのように日本人の犯人を庇おうとするでしょうか?

もし庇わないのなら・・・上記の自説はビンゴかな、と。


ああ、そうだ。
実はもう一つ考えられる理由が有りますね。

例えば9才の少女を強姦殺人した犯人を弁護士が守ろうとしたと致しましょう。

この手の情状酌量の余地が一切無いような事件であっても犯人の方を優先する弁護士って、
そもそも犯人のした事に対して「 怒りを感じていない 」のではありませんか?

だって「 女性が一方的に男達の餌食になる事件 」を見ても怒りが湧かない男って、
ぶっちゃけ「 女性差別主義者 」の可能性が高くないですか?

普通は誰だって、まず先に被害者に対して感情移入するのが当然じゃないですか。
なのにこいつらは何時も加害者の方にばかり感情移入してる。

普通の人間でしたら、
被害者に対しては喜怒哀楽の「 哀 」の感情が湧き、
加害者に対しては喜怒哀楽の「 怒 」の感情が湧くはずなんですよ。

だからそもそも「 女性が被害に遭う事に怒りの感情が湧かないタイプの男 」と考えられる。

こっちの推測の場合ですと、
犯人が日本人か在日かどうかはまた別の話になりますけどね。


所で、一つ提案が有ります。

この国の国民の民意は「 死刑制度の維持 」だと既に判明しておりますが、
その民意を無視、愚弄するかのように、
凶悪犯の死刑が確定しても、被害者から犯人を庇っていた人権派弁護士は何時も野放しですよね?

最終的に死刑が確定する程の罪を犯した凶悪犯を庇い続け、
傷付いてボロボロの被害者が「 犯人を死刑にしてほしい 」と望む声を握り潰す人権派弁護士達。
それはつまり凶悪な死刑囚と価値観を共有している、と言っても過言じゃないですよね。

なら死刑確定までの長期に渡り被害者を苦しめていた罰として、
死刑囚の共犯者として人権派弁護士も同じく死刑に出来るように法律を正しく改善して頂きたい。

もちろん死刑囚が犯罪を犯した時点では彼らは未だ共犯者では有りませんが、
弁護を引き受けた時点からは犯罪者を匿った共犯者と呼んでも可笑しくないはずです。

本来ならば被害者のケアに当てるべき大事な時間を、
裁判の為だけに何年も何年も消費させ、
被害者の人生を、心を、これ以上ない程に傷つけ苦しめ続けた彼らの罪は、重い。

そろそろ はっきりさせるべきでしょう。
悪党を庇った奴は、悪党と一緒に首をはねられなければならないと言う事を。



※ 今回の件とは少し話が違いますけど、
  ネットで良く見掛ける書き込みで気になっていたものが有るので触れておきます。

  例えば、人権派弁護士達が凶悪犯の事を庇っているという記事が出た時や、
  過去に日本を騒がせた「 少年A 」が既に出所して結婚し子供もいるという記事が出た時などに、
  ネットでは必ずこの手の書き込みが飛び交います。

  まず人権派弁護士に対しては、
  ↓
 「 果たしてお前の家族が殺されても同じ事が言えるのか !?」

  それと「 少年A 」に対しては、
  ↓
 「 殺された遺族の方々は今でも苦しみ続けているというのに、
   なぜ加害者のこいつが結婚して子供まで作って幸せに暮らせるんだ!
   こいつの妻や子供も同じ目に合わせてやれよ!」

  このような書き込みを私は必ず見掛けます。

  ええ、御気持は良く分かるんですよ。
  しかし犯罪者達に騙されてはいけません。

  これらの言葉は犯人側にしたら「 良し! その言葉を待ってたぜ!」となるはずです。

  確かに人権派弁護士の中には家族を殺された途端に意見を翻すクズ野郎もおりますが、
  基本的には弁護士にしろ、元少年Aにしろ、大事なのは自分の命一つだけであって、
  家族の命なんざゴミ以下というのが悪党の本心なんですよ。

  仮にもしも人権派弁護士が自分の家族を殺された時は、悲しみにくれるフリをして、
 「 亡くなった妻は犯人の死など望んでおりません! だから妻の為にも私は自分の信念を貫く!」
  と、死者を盾にしてダシに使う事でしょう。

  弱者の死を盾にしてこそ左翼の真骨頂というものです。

  同じく、元少年Aが家族を殺されたとしても、そいつにとっては正に計算通りの展開ですよ。
  だって自分が直接狙われなくする為のカムフラージュ目的で妻と子供を作ったんだから。

  元少年Aが結婚して子供までいると分かれば社会は手が出せませんからね。
  要するに妻と子供の存在は社会を脅す為の人質です。

 「 何の罪も無い女子供を苦しめたくなかったら俺に手を出すんじゃねえぞ?」・・・と。

  ですから仮に、
  本当に家族が拷問されて殺されたとしても、 ( = 少年Aが被害者に対してしたように。)
  本人はラッキーとしか思いませんよ。

  もちろん悲しみ苦しんでいるフリは致しますよ?
  ですが内心は逆ですからね。

 「 良し! こうやって悲しんだフリさえしときゃ俺には直接は手を出さない!
   世間の馬鹿どもは俺自身が傷つくよりも、
   こうして家族が傷つく方が俺に対して一番ダメージが有ると思い込んでやがる!」

  これこそが狙いですからね。
  皆様、絶対に騙されてはいけませんよ。



※ これはもし仮に死刑制度が廃止された場合の話ですが、
  その時は、国民みんなで殺人を犯せば宜しいと思いますね。

  要するに警察も裁判官も犯人を裁いてくれない訳でしょ?
  それならそれで別に良いですよ。
  死刑が無いなら殺人を犯すまでの話ですから。

  死刑制度に反対派って、加害者の人権ばかり守ろうとしてる訳だから、
  逆に言えば、犯罪者による殺人事件には賛成してるんですよね。

  彼らは国家による合法の殺人だけ廃止させたいのであって、
  別に犯罪を犯すな、と言っている訳じゃないんです。

  だからそういう意味では、死刑制度は有っても無くても私はどっちでも良いかな、と思う。
  死刑制度が無くても人さえ殺せれば国民が困る事は無い訳ですから。
  現にEUもガンガン人を殺してるしね。
 
  死刑制度の廃止に賛成してる連中が言うじゃないですか。
 「 死んだ人は生き返らない! だが殺人犯は生きてる! まず今生きてる人の人権を守れ!」って。

  ええ、そうです、死んだ人はもう生き返らないのですよ。
  ですから、これ以上殺されないよう殺人犯を処分してガスの元栓を締めましょうって事。

  もうこれ以上、生き返らない人を増やさない為に。



※ どんどん記事が長くなってきましたが、もう少し話を続けます。

  死刑制度に反対する左翼の連中が口にする「 反対する理由 」は色々と有るのですが、
  その中でも死刑制度賛成派が言い返しづらい口実は何かと言うと、実は一つしか有りません。

  それは「 もしも冤罪だったら取り返しがつかない 」というものです。

  私がなぜ「 口実 」と書いたかと言うと、
  こいつらの本心が「 反対する理由 」とは別の所に有るからです。

  こいつらは本気で「 冤罪だったらどうする気だ?」と心配している訳じゃない。

  日本という国から死刑制度を奪う事自体が彼らの本当の目的です。
  自衛隊に対して日本国憲法第9条を押し付けて身動きが取れないようにしたのと同じく、
  それと同質のものを日本国民にも押し付けたいのでしょう。

  ぜひ嘘発見器の前でも、
 「 死刑制度に反対する理由は冤罪が心配だからである 」と言えるのかテストしてやりたいね。

  連中は「 冤罪だと取り返しがつかないから無期懲役だけにしろ 」と言いますが、
  はっきり言って、冤罪という言葉が絶対の口実になると思ったら大間違いだよ。


  なら私も言わせてもらうが、

  1・死刑制度を廃止にし、無期懲役だけにしてしまった所為で、
    本来ならば死刑になっていたはずの凶悪犯が刑務所から脱走してしまい、
    再び沢山の民間人に犠牲者を出した場合の責任は誰がとってくれるのか?


  2・「 囚人の為の一生の生活費 + 更生プログラムに掛かる費用 × 囚人数 = 巨額の税金 」

    迅速に死刑を執行し、更生プログラムに注ぎ込まれる莫大な税金さえカット出来れば、
    今すぐに生活保護を必要としている沢山の国民の命を助けられる可能性が有る訳だが、
    そっちは見て見ぬふりか?


  3・日本だとイメージしにくいでしょうが、
    海外だと実際に有り得るなと思う事が有りまして。

    例えば刑務所そのものが著しく腐敗してしまい、
    刑務官と犯罪組織、または囚人個人がグルになっていた場合はどうなるか?

    毎日毎日、刑務官が凶悪な犯罪者をこっそりと町に解き放し、
    そいつらが人を殺してから刑務所に帰る、を繰り返したらどうなるのか?

    仮に現行犯で捕える事が出来ても絶対に死刑に出来ない事が決まっている上、
    刑務所もグルですから次の日にはまた町に出て人を殺しますよ。


  こういうのって全部、死刑囚を死刑にしておけば絶対に防げる犠牲なんです。
  ( ※ 2番と3番は間接的な影響だが。)

  だからもし連中が「 もしも冤罪だったとしたら? 」を絶対の口実に出来ると考えているなら、
  逆に生かしておいた囚人が脱走してまた人が殺されたらどうするのか?
  というのも「 死刑制度賛成 」の絶対の口実になりますよね。

  要するに「 もしも冤罪じゃなかったら? 」という事です。
  犯人が再犯を犯した場合、お前らは責任とれんのか? と。

  もしも冤罪じゃなかったら?
  そしてもしも犯人が再犯のチャンスを狙っていたとしたら?
  それこそ取り返しがつかないだろうが。


  それからさ、
  左翼は何時も「 日本はアジアの国々に謝罪と賠償を!」と言うだろ?

  で、日本人が「 それは捏造の歴史だ! 証拠も有る!」と言っても、
  話を妨害して全く聞こうとしないよな?

  でもさ、もしも日本が冤罪だったら取り返しがつかないとは思わないか?

TVドラマや映画などで、
「 国家権力(=警察など)の闇を暴く壮大なドラマ 」とかを売りにしたがる作品が多いと感じます。
だけどその手の設定を目にするたびに、私は「 下らねえな 」と何時も思うんです。

製作スタッフにしたら攻めてる設定のつもりでしょうが、そんなのは全部嘘。

だって「 国家権力の闇を暴く 」という設定にしていても、
実際には製作スタッフは国家権力と全く「 戦ってない 」でしょ?

政府がTV局に対して異議の一つも唱えようものなら、
あいつらは情報インフラを総動員して国家を恫喝するじゃないですか。
そんな連中が「 国家の闇を暴く 」とか本当に笑わせんなと思う。
むしろ お前らが闇だと。

もし仮にドラマの舞台が中国でしたら「 国家の闇を暴く 」という表現は正しいでしょうが、
日本は民主主義国家なので「 マスメディアの闇を暴く 」の方が「 戦ってるな 」と思うんですよ。

こんな安全な国の中で偉そうに「 国家の闇を暴く 」を売りにされましても、
作ってる側には何も身の危険がない訳じゃないですか。

どれだけ国家を叩いても身の安全が保証された国の中で政府や警察を攻撃したって、
「 このドラマ作ってる人達カッコいい!」なんて国民は誰も思わないって。


まあ国や時代によって「 国家の敵 」も「 国民の敵 」も変わってきますから、
常にマスコミが国民の敵という事でもないのでしょうが、
今現在の日本に関して言うならマスコミは確実に日本国民の敵な訳です。

ですから今からドラマを作るのでしたら、
警察じゃなくてマスコミを敵に設定しないと「 戦ってる 」という事にはならないでしょうね。


そもそも「 国家 」というものは、私達国民にとっては敵になりえない存在のはずです。
国家は人間そのものじゃなくて国という単なる器(入れ物)なので国民を襲ったりはしない。

国家とは、政体と国民を持った土地の事じゃないですか。
という事は、国家じゃなくて「 政府 」なんですよ、国民の敵になるのは。
「 国家の中の政府 」なので有って、「 国家 = 政府 」では有りませんのでね。

辞書で引けば意味としては被る部分も出てくるでしょうが、
国家とは本来は「 日本国 」の事を指すのですからね。
私達国民にとって「 日本 」が敵の訳がない。
(※国民が日本の敵になるケースは有り得ますけどね。)

ですから、もし書くのでしたら「 国家の闇 」じゃなくて「 政府の闇 」という表現が正解のはず。
まあ、ついつい忘れて私も「 国家の闇 」と書きそうになりますが。

私自身はプレーした事が無いのですが、
昔は子供の勉強用のゲームという物が一つのジャンルとして存在していた記憶が有ります。

余り良くは覚えていないのですけど、
キャラを操作してマップ上に落ちている数字を拾い集めていく算数ゲーム?
みたいなのが有ったように思いましたね。

ちなみに私の言っているのって、いわゆる「 脳のトレーニング 」とかの事じゃないですよ。
もっと大昔の話をしておりますから。


ですが、あの手のゲームが本当に子供の勉強として有効だったのかと言うと、
少し疑問に思うのですよね。

あそこまで「 あからさま 」に勉強で有る事を前面的に押し出してしまうと、
子供にしたら白けてしまうのではないかと思います。

ゲームとしても半端だったし、勉強としても半端だったし、
果たして成果は有ったのかな? と。

それで思ったのですが、
どうせやるなら本格的なコマンド選択型RPGの中に勉強要素を組み込んだ方が良いのかな、と。


例えばRPGをプレーする時にテンキーを使用してみる。

仮に「 HP 75 」の時に「 ダメージ 25 」を受けたとしましょう。
そうすると「 残りHP 50 」になりますね。

でしたら「 ダメージ 25 を受けた!」と表示されてから3秒以内に、
テンキーで「 50 」と入力するようにするのです。


・1秒以内に正解すると、ダメージを 7 / 10 に出来る。
・2秒以内に正解すると、ダメージを 8 / 10 に出来る。
・3秒以内に正解すると、ダメージを 9 / 10 に出来る。
・3秒以内に入力出来ないと、ダメージを 10 / 10 に・・・つまりボーナスは無しになる。
 (※つまり失敗してもペナルティーは無い。)

あくまでも本当にちゃんとした「 ゲーム 」に、
オマケではなくボーナス要素として組み込むようにする。
あからさまな勉強目的だとやる気にならないと思いますから。

また、これでしたらゲームとして考えても、
コマンド選択型RPGの戦闘のマンネリ感も減らせると思います。


本当はコマンド選択型RPGには一切のリアルタイム要素を入れたくはないのですが、
このくらいならぎりぎりコマンド選択型RPGの感覚を壊さずに済むかな、と。



[ 学習ソフト / パズル]

それと、こっちはパズルゲームですけど。
  ↓

私は余りパズルゲームをやらないのでジャンル名に詳しくないのですが、
画面の中に沢山のブロックが敷き詰められてて、 (※落ち物パズルではなく。)
4つのブロックをまとめて回転させて、同じ色のブロックを一列に3つ並べると消せる、
みたいなルールのパズルゲームが良く有りますよね。
(もしかしたら少し認識が間違ってるかも知れませんけど。)

平面に展開したルービックキューブを回転させて揃える、という感じでしょうかね。


ああいうのって、同じ色のブロックを揃えるタイプのゲームしか出ていないのでしょうか?
揃える物は数字とかじゃ駄目ですかね。

画面中に「1~9 」の数字が敷き詰められていて、
2・3・6、みたいに並べると「 2 x 3 = 6 」として成立して、この3つのブロックは消滅。

やろうと思えば3つ以上のブロックでも消せるようにして、
1・2・4・3、の場合は「12 ÷ 4 = 3 」として受け付けるようにする。

本当に計算に強い人なら連鎖も出来るんじゃないでしょうか。

昔と今とでは「 意味が変化してしまった言葉 」の例は沢山有ると思います。
その中でも完全に意味が別の物になってしまったのが「 貴様 (きさま) 」ではないでしょうか。

本来でしたら尊敬語として使われていたものですが、
どんどん悪い印象を与える言葉に変化していき、今では単に相手を罵る言葉になってしまった。

字を見たら分かると思いますが、これって本当は「 あなた様 」なんですよね。

例えば「 御社(おんしゃ) 」の事は「 貴社(きしゃ) 」とも言いますし、
本来なら「 貴様 」もそれと全く同じな訳です。

( ※ 現在だと御社と貴社とを使い分けておりますけど、
  辞書では同じ意味となっておりますし、元々はどちらを使っても問題は無かったはずですね。
  単に便宜上から「 会話で使用する場合は御社 」で「 文中で使用する場合は貴社 」と、
  何時の間にか使い分けるように変化していたように思います。
  ですから若い方が知らずに使っていても責めるべきじゃないですね。)


このように一度変化してしまった言葉を元に戻す事は難しいと思います。
人間は時の流れには易々と逆らえないものなのです。

ですが本来の貴様という言葉をこのまま捨てるのは どうにも惜しいので、
今回はこんな提案をしてみたいと思います。
  ↓

「 貴様 (=漢字表記) 」
「 キサマ (=カタカナ表記) 」


どちらか片方を消す事をせずに、両方とも活かす方向で考えるのです。
つまり使い分けるという事。

まず漢字表記の方は本来の「 あなた様 」として使用する。
こちらのアクセントは「 き 」の部分を強く発音します。

そしてカタカナ表記の方は「 キサマーっ!」みたく相手に激昂する時に使用する。
つまり現代で使われている通りの使い方。
こちらのアクセントは「 さま 」の部分を強く発音します。

発音だけでなく、言葉の前後からも「 貴様 」か「 キサマ 」か、
その辺は相手にちゃんと伝わると思いますので大丈夫でしょう。



最後に、言葉に関する記事という事でもう一つ書いておきましょう。

日本人の名前を外国に持っていくと、
「 苗字 → 名前 」が「 名前 → 苗字 」と順番が入れ替わるじゃないですか?
何故かと言うと、向こうでは名前の順番が日本と逆なので、向こうに合わせる為ですね。
( ※ もちろん同じ外国でも国によって違いますけどね。)

だけど日本人の名前はリズム的に、入れ換える前提では作られていない。
だから可笑しな印象になってしまう。

ですから外国のルールに従って名前を入れ換えるのではなく、
順番そのものは各国のルール(※日本人なら日本のルール)に準拠するようにして、
その上で苗字の上辺りに「 こっちが苗字 」というのを意味する記号を付けたらどうかなと。

苗字を意味する専用の記号を新しく作るなどしてね。

要するに、名前そのものは外国に行っても入れ換えず、
どちらが苗字か分かるように記号を付けてやる、と。



※ 他にも意味の変化した言葉は幾らでも有るでしょうけど、
  こんな風に使い分けが出来そうな物は使い分けていけば宜しいのではないでしょうか?

  AVGとかRPGなんかのゲームジャンルの略称表記などもそうですよね。
  シナリオが推理物なのにアドベンチャー(=冒険)って何だよ、みたいな。

  ですから、
  こういうのは「 アドベンチャーゲーム 」とか「 ロールプレーイングゲーム 」の略称ではなく、
  AVGはAVGという「 システム 」を意味する言葉として使うべきかなと。

  つまり「 アドベンチャーゲーム 」の略称としてでなく、
 「 AVGというシステムの名前 」にしてしまう。

  もうここまで来たらその方が分かりやすいと思うのですよ。



※ もう少し書かせて下さい。

  例えば「 今日は(こんにちは) 」という挨拶の言葉ですが、基本的には昼間の挨拶ですよね。
  これ以外だと、朝でしたら「 お早う 」で、夜間でしたら「 今晩は 」を使う。

  で、もしかしたら私が知らないだけなのかも知れませんが、
  一日中使える挨拶の言葉というのは有るのでしょうか?

  この3つ以外を使う人には会った事がないように思います。
  もし有るのだとしても余り知られていないのではないでしょうか?

  昔の日本には有った可能性も有りますけど、
  現代の日本社会だとこの3つしか使われていないかな、と思う。

  歴史の長い国なのにこういう所は頂けません。


  これと似た例としては「 御苦労様 」も有りますよね。

  現代の日本で使われている言葉のマナーとしては、
  目上から目下へのねぎらいの言葉とされています。
  ですから目下から目上に対しては「 御苦労様 」を使うな、と言われている。

  そこで使われるのが「 御疲れ様」だと思うのですが、
  確かに目上に使っても良いとされているものの、
  普通は「 職場で先に帰る人 」に対して使うイメージが強いじゃないですか。

  となると、仕事中にすれ違ったクライアントに対して使った場合、
  先方から違和感を持たれる可能性も有るんですよね。


  ですから「 一日中使える挨拶 」と、
  目上にも使える「 御苦労様 」を新しく国が用意してほしいなと。
  ( ※ あるいは「 目上に対して使用しても良いものとする 」と国が企業等に指導する。)


  ついでに書いてしまうと「 頑張って下さい 」なんかもそうですよね。

  部下が好意から言ってくれた言葉なのに、
  偉そうに「 それを目上に使うとは とんでもない若造だ!」と因縁をつけるジジイが多い。

  この手の奴って器が小さいと思いません?
  まともな大人なら、普通に「 おう、ありがとよ。」で良いだろうが、と思うんですよ。

  上に書いた「 御苦労様です 」なんかもそうなのですが、
  私自身は目下からこれらの言葉を使われても「 失礼な奴だ 」などとは全く思いません。
  失礼だと思う方が頭が可笑しいとすら思う。

  若者が好意で言ってきてるのは見れば分かる事なんだから、
  そこは気持良く返事しとけよ、と。

  第三者として老人と若者のやり取りを見ていた時に、何が一番問題に感じるかと言うと、
  悪意の無い言葉の間違いなどではなくて、間違いなく「 和を乱す人物 」の方ですよ。



※ 今回の記事とは少し趣旨がずれるかも知れませんが、
  新しい言葉を作ってほしい、という意味では同じなので これも書いておきます。

  ( 記事がどんどん長くなるな。
  目覚し時計を止めた後に「 後5分だけ・・・ 」とか言ってるのと同じですよね。)


  ワサビって有るじゃないですか。
  皆様はワサビって「 辛い(からい) 」と思います?

  カラシとかは分かるんですよ。
  あれは確かに辛いですから。

  でもワサビって本当に辛いんですかね?
  表現として「 強い刺激が有る 」という言い方ならば しっくり来るのですが、
  カラシと全く同じ「 辛い 」という表現を使う事に違和感を感じるのは自分だけですかね?

  せめてワサビだけ別枠で「 ワサビがらい 」みたいな言い方は出来ないものでしょうか。

掛時計の電池を交換する時や、
掛時計の時刻合わせをする時などに、
どうしても一度、壁から時計を下ろすじゃないですか。

で、基本的に掛時計は遠くからでも見やすいように普通は高い位置に設置しますから、
何か作業をするたびキャタツかイスを持ってこないといけない訳です。

そんなに頻繁に有る事ではないので構わないといえば構わないのですが、
独り暮らしの老人なんかは高い場所での作業はやはり危ないかなと思います。


ですから、このような感じに・・・。
  ↓
1・電池式ではなく、電源ケーブル式にしてコンセントに差し込む形にする。

2・電池式では有るが、時計本体に電池を入れるのではなく、
  時計本体からケーブルを垂らして電池ボックスを低い位置に設置出来るようにする。

そして上記の1と2のどちらの仕様であっても、
キャタツ無しで時刻合わせが出来るように、リモコンで時刻合わせを出来るようにする。
つまり床に居たまま全部リモコンで操作可能にする。

登山で岩壁をよじのぼるロッククライミング。
私はやった事が無いし知識も全く有りませんけど、何となく思い付いた事を書いてみます。


ルームランナーって有るじゃないですか。
使った事はないので詳しくは知りませんけども。

確か・・・部屋の中にいながら軽いマラソンが出来る、みたいな商品だったと思います。

で、あれのロッククライミング版を出せませんかね。
要するに垂直方向のルームランナーです。

2mくらいの高さ(もう少し必要?)にして、
1つ上のくぼみに掴まると自動的に50cmくらいスクロールして下に戻してくれると。

ゆっくりと自動でスクロールしつづけるモードなんかも付けると良いですね。


多少は高さが有った方が良いと思いますけど、
2m以上にすると落ちた時に危ないかも知れませんからね。

誰もいない部屋で頭を打ち付けてしまって死後の世界へ出発、みたいな。

私は前に書いた記事に、
「 格闘技の総合化が進んだ事で格闘技がつまらなくなってしまった 」と書きました。

要するに、仮に柔道家とボクサーを同じリングに上げて試合をさせても、
最初の内は両者共、自分が所属している格闘技の動きを見せる為に見ている側も面白いが、
最終的にはどの格闘家も個性を殺して単なる総合格闘家に成り果ててしまう。

つまり全員が全員、夢の無い進化を遂げて「 同じ物 」になってしまうと。

総合格闘技に夢が有るのは入ったばかりの入口の所だけで、
出口には何の夢も無かったな、と。

自分の正直な気持を書いてしまうと、
総合格闘技は世界で一番退屈な競技だと私は疑ってる。

本当は選手の意識しだいで変えられるのだと信じたい気持も有る事は有るんですけどね。


それでですね、今回は何を書きたいのかと言いますと。

コンピューターゲームに「 格ゲー(=対戦格闘ゲーム) 」って有るじゃないですか。
私自身は全くプレーしないジャンルなんですけど、実はあれの良い所を一つ見つけたんですよ。

例えば、ある格ゲーにボクサーと力士が参戦していたとしましょうか。
で、この格ゲーが仮にゲームセンターで10年間に渡り稼働していたとします。

これが本物の総合格闘技のリングだった場合、
その10年の年月の間に全ての格闘家の個性が死んで単なる総合格闘家になってしまうはずです。

しかしゲームは違う。
ボクサーのキャラは10年経ってもボクサーの動きを維持しているんです。
同じく力士なら10年間、やはり力士のままで居続ける。

彼らゲームのキャラは、一番最初に与えられた技だけを使い続けて命を全うする。


それで考えたのですが、
総合格闘技みたいな「 違うルールの競技者が統一ルールのリングに上がって戦う 」のではなく、
同じリングに上がって「 ルール 対 ルール 」で戦う、というのはどうかなと。

仮にボクサーと柔道家が戦う場合ですと、
ボクサーはボクシングで認められている攻撃は全て使う事が許されて、
柔道家は柔道で認められている攻撃は全て使う事が許される。

しかし逆に、
ボクサーはボクシング以外の攻撃は一切認められず、
柔道家は柔道以外の攻撃は一切認められなくする。

つまり柔道家がボクサーに対してパンチを使う事は反則となる。
それ所か、柔道家はパンチに対して顔ガードの構えを取る事も反則となる。
柔道の試合に顔ガードなんて有りませんからね。
(※これでしたら打撃系の格闘技でも組み技系の格闘技に対して攻めやすいかなと。)

だからボクサーがキックボクサーと試合をする時は、
ローキックをガードする事自体が反則となってしまいます。
ボクサーはボクシングで相手を倒すしかない訳です。


ボクサーと柔道家の話に戻しますが、
もちろんボクサーはグローブ着用で、柔道家は柔道着を着用 & グローブ無し、と致します。

ルールもそうですけど、着用する物も何時も使用している物をそのまま使うのです。


一応書いておきますが、
上に書いたルールはいわゆる「 異種格闘技戦 」とは全く違うものですよ。

あれだと、仮にボクサーと柔道家が戦う場合、
「 柔道家は寝技30秒までなら許可する 」みたいな、
互いが制限を付けた上での統一ルールになってしまうので。

つまり異種格闘技戦は、互いが自分自身の担当競技のルールに制限を付けて戦う競技なんです。
ですから今回書いた物は総合格闘技とも異種格闘技戦とも違う物ですよ。

上にも書きましたが今回書いているルールは、
「 ボクサーはボクシングで使用できる攻撃は制限無しに全て許される 」というルールです。
互いに制限そのものが存在しないルールだという事。

逆に言うと、ボクサーはボクシングで出来ない事は一切やってはいけないルールでも有る。


ああ、書き忘れる所でした。

互いが互いのルールで戦う訳ですから、
ボクサーは倒れた相手には攻撃出来ないし、
柔道家は倒してから寝技に持ち込めるという事ですよ。

ですがボクサーは寝技を練習しなくてもダウンさせるだけで勝ちになる。
ボクシングのルールで戦えるというのはそういう事なんです。


・・・で、このルールだったら格闘技の個性が死なずに済むのではないでしょうか?



※ ただし、相撲だけは少しルールに手を入れる必要が有りそうです。

  打撃も組み技も使える上に、
  相手を転がすだけで10カウントも無しに即勝利になってしまいますからね。



※ 何か、海外というか、アメリカの総合格闘技を崇めてる日本人が多い気がするので、
  少しだけ書いておこうかなと思います。

  向こうは向こうで自分達の興行を認めさせるのは大変な苦労が有ったとは思うのですが、
  それにしても何故オクタゴン(八角形)にしてしまったのかなと。
  四角形にすべきだったと思うのですよ。

  だって現実の社会を構成している形って、四角じゃないですか。
  部屋の中だって四角だし、ビルだって四角だし、街角だって四角でしょう?

  格闘技を通して人の強さ弱さを決めるのでしたら、
  現実に則した形を採用するのが筋だと思うのです。

  アメリカの総合格闘技が今でもオクタゴンなのかは見てないので分かりませんが、
  何を理由にオクタゴンを採用したのか不思議で仕方が無いんですよね。

  考えられる事と言ったら、
  この方が現実的だから、とかじゃなくて、TV向けとか興行向けだったから、としか思えない。

  確かにレスリングや相撲は円形ですので もしかしたら参考にしている可能性は有りますが、
  柔道や剣道は四角ですからね。

  日本の場合は「 道 」が付くのは四角が基本でしょうね。
  畳との相性も良いだろうし。

  と言うか、相撲は国技候補の一つですが「 道 」が付かないよな。
  神道に含まれる、という判断で省いてしまったのかね。

中国はしきりに「 日本に侵略された 」と世界中で日本を貶める発言を繰り返していますよね。
ですがその反面、彼らは日本を内部侵略しようと躍起(やっき)になっている。

口では「 中国は日本に侵略された 」と言いながら、体では日本を侵略に来ている中国。

この裏表を使い分けた中国の戦略は大局的に見て成功しているように見えますが、
実はもっと大局的に見た場合は失敗しているな、と私は思う。


あの国は太古の昔から「 陸地 」にしか興味が無い国でした。
要するに中国人って、根っからの大陸型の民族だったんです。
水陸両用の戦闘民族である日本人とは違ってね。

陸にしか興味が無い、というのに加えて、
昔は海を越えて他国を侵略する事が今の時代ほど簡単な事じゃなかったという事情も有る。

そんな陸地専門の中国人ですが、
今頃になって「 東シナ海も南シナ海も昔から中国の物だった!」みたいに言い出しましたけど、
実際の彼らの歴史には「 海の向こう 」という発想すら無かったんですよ。

大昔は日本とか台湾とかの島国を侵略しても、
大陸国家には大したメリットなんて無かったものですから。

自分達自身で海の向こうまで管理する苦労を背負い込むくらいなら、
侵略をせずに属国の形で済ませておくのも手ですしね。

特に日本の場合、仮に日本の侵略に成功したとしても、
日本より先には土地が全く存在しない訳だから侵略する意味が無さすぎる。
昔の人にとっては世界の果てに等しいですからね。

だけど海に豊富な資源が有ると分かった途端、
そうやって「 陸だけじゃなくて、歴史的には海も中国の物だったのだ 」と嘘をつくのが中国です。


で、少し前にニュースで出ていましたが、中国がアメリカに向かって、
「 この広い太平洋をアメリカと中国で半分に分けよう!」と持ち掛けたそうですね。

・・・何か気付きませんか?
何時もの中国だったら「 半分に分けよう 」なんて言わなかったはずですよ。
必ず「 歴史的に中国の物だった 」と言うはずなんです。

それなのに今回は「 この太平洋は昔から中国の物だった 」とは言わなかったんですよね。

何故、中国は「 半分くれ 」と言ってしまったんでしょう?
何時もみたいに「 歴史的には中国の物だった 」と嘘を言えば良かったのに、
どうして彼らは言えなかったのでしょうか。

それはアメリカが怖かったからでしょうか?
いいえ、そこには全く違う理由が有るのです。

それは中国が過去に一度も日本を倒した歴史が無いからなんですよ。


考えてもみて下さい。
もしこの位置に日本列島が存在していなかったら、
中国はいきなり広い海を挟んでアメリカと隣国になる所でした。

ですがその場合、アメリカが怖いか怖くないかは別にして、
中国は「 太平洋は元から我々の物だった 」とはっきり言っていた事でしょう。
確実に言ったと思います。

だけど現実の世界では目の前に日本列島が立ち塞がっている。
私達の日本が。

大陸国家の中国は確かに大国ではあったけど、太平洋という大海を歴史的に知らない国なのです。
彼らの知っている海は小さな小さな日本海であって、大きな大きな太平洋ではない。

これはつまり、中国は日本に一度も戦争で勝った事が無い、という事実を示している。
日本列島の逆サイドに有る海に進出した歴史が中国には無い、という事なんです。


最近になって、朝鮮人が日本海を「 歴史的に我々の者だった 」と騒いでいますけど、
日本海はただの小さな海ではありません。

この小さな海は、日本という無名だった小さな国が、
中国とロシアという大国の野望を命懸けで食い止めてきた特別な海なのです。

小さな半島の中で震えているだけだった朝鮮人が、歴史を語る事など決して許されない特別な海。
人類史にこの日本という国が確かに存在した事を証明する、特別な、特別な海。
それが私達日本人の海、日本海。


ですから、
どれほどに歴史の資料を捏造しようと、
どれほどに古びた地図を加工しようと、
日本と戦争をして勝ったという歴史が無い以上、
彼らが嘘をつける範囲は日本列島の西側までなんです。

太平洋への入口に、
この日本という強国が存在している所為で、彼らの嘘が太平洋を越えられない。

日本の西側に有る全ての国が、
日本の位置までしか歴史を捏造出来ない。

中国だけじゃない、上に書いた通りロシアも同じですよ。

たとえ千島を強盗しようが「 強盗は出来ても捏造は出来ない 」という事。
ロシアも日本に対しては敗戦国の一つに過ぎないのです。
敗戦の歴史が有る限り、日本を越えて太平洋に飛び出す事は誰にも出来ないのです。


これって面白いですよね。
世界で一番、捏造のプロパガンダに苦しんでいるはずの私達の日本が、
捏造国家共の夢を海の入口に蓋(ふた)をして塞いでいるのですからね。

大昔のモンゴルからして日本に敗戦している以上、
過去全ての歴史を辿っても捏造の仕様がない。

日本列島の東に有る太平洋を「 元々は俺達が管理していた!」と嘘をつく為には、
過去に日本と戦争をやって日本侵略に成功した歴史を持っていなければいけない。
だけどこの世界には「 日本の西側から来て日本に勝った事の有る国 」なんて一つも無い。

日本に勝った事が有る国なんて、 (※汚い手だけど。)
最初から太平洋の向こう側にいたアメリカだけなんです。


広い太平洋に出たけりゃ日本に戦争で勝って自力で飛び出すしかない訳ですが、
しかし中国が選んだ道は「 日本に戦争で負けた事 」を強調するプロパガンダでした。

中国は現在、日本に侵略された、というプロパガンダを行っている。
被害者ビジネスで内部侵略を容易にする為に。

ですが逆にもし、
「 我々は過去に日本の侵略に成功した歴史を持っている 」というプロパガンダを行っていたなら、
今頃中国はアメリカに向かって一番言いたかった台詞を言えたはずなんです。

「 太平洋は歴史的に我々中国の物だった 」と。


結局、実力で正面から日本に勝てない為に、中国は内部侵略という戦略を選択しました。
ですがもし日本に対し外部侵略の道を選択していたら、
その時はたとえ嘘でも「 太平洋は全部中国の物だった 」と言えたのです。

彼らは国家が一度しか選べない選択肢で「 被害者の役 」という戦略を選択してしまった。
その所為で嘘すらもつく事が出来ないのですよ。

中国が得意な「 誰が見たって嘘に決まってる馬鹿げた大嘘 」すらも口に出す事が出来ないんです。

世界中にバレていたって構わない。
嘘を口実に他国を侵略していく何時もの手口が使えない。
それは安易に被害者の戦略を選んだ自分達の責任ですよ。


日本よりも弱いから悪いんだぞ、中国人。



※ 今回は日本への内部侵略に失敗した中国ですけど、仮にもし成功していた場合、
  既に世界に向けて広めたプロパガンダを、こっそりと修正していたと思いますよ。

  何故かと言うと、
  今世界に向けて自分達が広めているプロパガンダは、
  中国人自身にとって凄く恥ずかしい内容だからです。

  だって「 日本にイジメられました 」と言ってるようなものですからね。
  自称大国なのに、それだと都合が悪いじゃないですか。

  そもそも南京大虐殺の嘘にしろ、
  「 日本の軍人が殺戮劇を繰り広げている間、中国の軍隊は何をしていたのか? 」となる。

  だから、ちゃんと南京プロパガンダが効を奏して日本の侵略に成功した後で、
  中国は一度広めたプロパガンダの内容をこそこそと弄ってくるはずですよ。

  例えば「 中国が日本に勝つ寸前で、女子供を人質に取られてしまって・・・」とかね。
  更に「 人質を取られたので、言われた通りに武装解除したら、卑怯な日本は・・・」とかね。

  とは言え、その修正作業を見る機会はもう来ないんですけどね。
  だってほら、彼らは日本に負けてしまったから。



※ ロシアの名前も出したので書いてしまいますけど、
  ロシアと中国の二国は、何というか人種の癖みたいな所がどこか似ているように思うのですが、
  国家として見た場合、実は結構違う点も多いのですよね。

  例えば、同じ世界の「 ど真ん中 」に有る共産主義国家なんだけど、
  ロシアは首都のモスクワを西に置き、中国は首都の北京を東に置いているのが面白いですよね。

  後は、日本に対する(歴史的な)執着心みたいな物がロシアには無い。

  ロシアという土地そのものは大昔からずっと日本の目の前に置いて有った訳ですが、
  不思議と彼らロシア人と絡む機会が無かった。

  まあロシアという土地自体は目の前に有りますが、
  首都が日本の遥か西に有るから日本に関心が向かなかったのかも知れません。

  まあ領土を取られていなければ、今でも日本はロシアに全く関心が無かったと思うので、
  日本もこの点では同じですけど。

  日本とロシアは大昔からの隣国の一つだった割には、
  本当に赤の他人みたいな所が有るのが不思議なくらいで、 ( 実際、赤ですけど。)
  普通に考えたら一番最初に接触する白人種のはずだったんですけどね。


  そう言えば、同じ共産国家なのに中国と韓国も結構違うかも知れないな。

  どちらも日本に対して激しい執着心を持ってますけど、
  中国の場合は「 何としても勝ちたい、敵の中の敵 」という感じなのに対し、
  韓国の方は「 好きなのに振り向かせる事が出来ないから悪口を言い触らしてやる 」みたいな。

  それはそうと、ロシアはもう朝鮮半島を侵略する気は無いのでしょうかね。
  今度ばかりは日本も応援するんだけどな。

以前にも書いた事が有りますが、私は古いタイプのコマンド選択型AVGが好きでした。
ですから正統派のコマンド選択型AVG以外は私の好みから外れてしまうのですが、
あえて今回は自分の好みとは全てが逆のAVGを考えてみたので書いてみたいと思います。


まずコマンド選択型AVGというのは、
プレーヤーが選択肢を選んで何らかの行動を起こす事により初めてイベントが発生致します。
つまりプレーヤー自身が世界に対して変化を与える事でゲームが進行していくシステム、
と言う見方が出来るでしょう。

その為プレーヤーがゲームに行き詰まると、ゲーム世界全体が止まってしまう事になる。

もう少し具体的に書きますと、
昔のAVGというのは、プレーヤーがゲーム世界(非リアルタイムの静止画)の各地を調査して回り、
物語が進行する為の条件を探しだし、その条件を満たす事により、初めて物語が先へ進む。

「 条件成立 → 物語が1段階進行 → 条件成立 → 物語が1段階進行 」

・・・という作業を繰り返すのがゲーム進行の基本となっている、という事ですね。


ですからプレーヤーが次のゲーム進行条件を満たすまで、
ゲームの中の世界は「 一時停止 」の状態になるのです。

基本的にAVGの中の世界は常に停止しているのが普通の状態なんです。
公園なら公園、学校なら学校、どこに行っても時間はずっと止まったまま。
その停止した世界の中で動ける人間はプレーヤー只1人だけで有り、
停止した世界を少しずつ動かしてゲームを進めていくのがコマンド選択型AVG、という事。


で、このシステムを裏返しにしてみたらどうなるかな、というのが今回のアイディアです。

プレーヤーが動く事でその結果として世界が少しずつ動いていく、というのを逆にして、
プレーヤーの時間が止まっていても世界の方が勝手に動き続けていく形にしてしまう。
要するに、プレーヤーが動かなくてもゲーム世界の時間が常に流れ続けるシステムにする。
(※AVG以外でしたらそれが当たり前なんですけどね。)

ですから、例えば町等のマップ上でプレーヤーキャラをリアルタイムで動かす事になる訳ですが、
しかしリアルタイムですからプレーヤーが操作していない間もNPC達は自由に行動してしまうと。


ほら、RTSというジャンルが有りますでしょう?
私自身は未だプレーした事が無いので詳しくは分からないジャンルなのですが、
いわゆるリアルタイムSLGという感じの奴ですが。

まあプレーした事が一度もない訳だから、
「 私のイメージする所のRTS 」という表現が正しいのでしょうけど。

で、そのRTSの要領でゲームを進行させるAVG、というのが今回の私のイメージになります。
要はRTSの操作でAVGをプレーしてみよう、という事ですね。


まずRTSなので俯瞰視点のマップを表示します。
プレーヤーが場所を移動したい時は目的地をクリックする事で自動的に移動を開始します。

プレーヤーが移動を開始するにしろ、何も行動しないにしろ、
マップ中のNPC達は常に自動で行動し続けます。

・・・まあリアルタイムでなくても良いかも知れませんけどね。

操作はRTSだけど、時間進行は1ターンごとに停止するターン制にしてしまっても良いですよ。
そこはどちらでも構わないと思います。


ちなみにゲーム内に登場する全てのNPCが最初からマップ上に全員分表示されている訳ではなく、
プレーヤーがシナリオを進めてゲーム中に関係を持った人物から順に表示されていく形です。


実際にAVGがリアルタイムになると、どういう感じのプレーになるかを書いてみますが・・・。

例えばプレーヤーの現在地が役所だったとして、
そこから次の移動先を決める為にマップ全体を眺めていると、
町の南東に有る公園の奥で、親友のA子と色男のB男が何やら密会しているのが見えたとします。

2人が何を話しているのか気になるから、じゃあ急いで公園の方に行ってみるかと思ったら、
マップの北側に有る学校の裏手で火の手が上がっているのに気付いてしまいました。

ではプレーヤーは次のターン(※ターン制にするなら)でどこへ向かえば良いのか?
という感じに移動先を選択していくシステムという事ですね。

この場合ですと「 火事を見に行けば公園には間に合わない 」という可能性が出てくるので、
コマンド総当たりというAVGの弱点はきちんと潰せるかと思います。


・・・もしかしたら、RTSみたいなマップ表示型でやるよりも、
いっその事、コマンド選択型AVGの画面でこれをやる方が良いかも知れませんね。

見た目は普通のコマンド選択型のAVGなのに、
プレーヤーが部屋の中に居る間にも世界はリアルタイムに動き続けるようにして。



※ 古いAVGしかプレーした事が無い為に今のAVGのシステムが丸で分からないのですが、
  ネットで調べた限り、最初から最後までコマンド表示自体が一切存在せず、
  単にAボタンで文章を送り続けるだけの「 本 」に近い物が主流を占めているように思われます。

  基本的には文章をAボタンで送って読み続けるだけで、
  途中で数回だけ選択肢が出てくる程度のゲーム性のようですね。

  ・・・これって、どうやってゲームとして成立させているのでしょうか?

  昔のAVGのようにプレーヤーが能動的に調査して物語を動かしていくのと違い、
  受動的に読み続けている内に勝手にエンディングに辿り着くって事ですからね。
  どうも調べた限りはゲームというよりデジタル書籍に近いようです。

  普通ですとゲームが下手な人はエンディングまで辿り着けないものですが、
  これは誰もが最後のページまでめくる事が出来る訳だから、やはり本の一種ですよね。
  (※それでもゲーム機でプレーする以上はゲームに含むと考えておりますけどね。)


  古いコマンド選択型AVGにしろ、今風のデジタル書籍型AVGにしろ、
  同じように文章を読み進めていくジャンルと言えますが、
  後者の方に関しては、実は今回書いたRTSタイプのAVGに近い物を感じます。
  プレーヤーが何もしなくても世界の方から勝手に動いてくれる訳だから。