私個人にとっては全く興味が無いジャンルの話で申し訳無いのですが、
TV番組のジャンルの一つに「 御笑い番組 」とかいう下らない番組が御座いますよね。
今回書く記事は、実はこの「 御笑い 」とは関係が無かったりするのですが、
本題に入る前にこの「 御笑い 」という物に関して少し書いておこうと思います。
取り敢えず国内限定で、日本の御笑い芸人に関して私の率直な意見を言わせてもらうと、
この業界は素人しか居ないのか? と感じております。
ただし、これは主に漫才に関しての感想で、落語等はまた別の話かなと思います。
本当の事を言うと、
私はTVを全く見ない人なので、実際には芸能人の名前も顔も知らないのですが、
ある事情によりTVタレントの記事や動画等をチェックする機会が増えているのですよ。
その事情というのが何なのか、という話はいずれ書く事になると思うのですが、
今回の記事には余り関係が無いので書きません。
で、記事や動画等をチェックした上で申し上げますが、
彼ら「 御笑い芸人 」に対しては、業界総出で一から出直してこいよと言いたい。
あれのどこがプロだよ、と思う。
完全に素人の集団じゃないですか。
まずTV局というのは、
国民の税金を注ぎ込んだインフラを営利目的の企業が独占する形で運営されている組織であり、
その企業運営の最もコアな部分に予算を当てずに済むからこそ彼らは贅沢な暮らしが出来ている。
そしてその税金投入の御蔭で浮いた潤沢な予算が有るからこそ、
TVに出ている芸能人は高額なギャラを受け取る事が出来る、というのが実態です。
だったら、実質国民の税金で生活させてもらってる芸人達はもっと真剣に勉強してこいよ、
と私は言いたい。
まず、御笑いでは絶対にやってはいけない事が3つ有るという事を知っておいてほしい。
1・下ネタ
2・悪口
3・暴力
この3つです。
まず1番の「 下ネタ 」に関してですが、
御笑い芸人は相手が下ネタOKかどうかを確認する前に勝手に下ネタを使ってしまいますが、
これは酒を飲めない人に向かって酒を飲めと言ってるようなもので、御法度中の御法度なんです。
この事は、主に相手が女性の場合の話ですけど、
本当は相手が同じ男性であっても駄目ですよ。
下ネタっていうのは文字通り相手よりも自分が「 下 」に下りる事を意味します。
文字的には「 下品 」の「 下 」でも有りますから、つまり「 下策 」という事です。
相手に対して下ネタを使うという事は、
お前も俺と同じ場所に下りてこい、と強要するに等しい行為ですので、
芸人も客も全員が下へ下へと落ちていってしまう。
プロを自称する芸人が、
御客様を道連れにして下の舞台に落ちていく行為が果たして正しい事なのか、と聞きたい。
だから上を目指すべきプロならば、
「 上策 」である「 上品さ 」を武器にしなければいけません。
少し考えれば分かる事だと思うのですが、
男性に下ネタを言われた女性にしてみれば、
仕方なく付き合って笑ってしまうと「 下ネタOKの女 」と受け取られかねないので
迂闊に反応出来ないじゃないですか?
だからって無視するのも感じが悪いから、
一瞬だけ軽く笑った後、直ぐに暗い表情になって下を向いたりする女性が多い訳で。
仮に下ネタを言われた事で相手の女性がうつむいてしまったら、
その後で男性が何か面白い事を言ったとしても、
相手は既に「 笑いを受け入れる精神状態 」を男性から奪われたまま話を聞いている状態の為、
笑いの連鎖が絶ち切られてる訳だから もう笑ってくれなくなりますよ。
上の話は学校や会社に於ける男女の会話を念頭に置いて書いておりますが、
TVの御笑いだって基本は全く一緒ですよ。
TVの場合だと女性客が一人じゃないから下ネタでも笑ってくれる条件が整ってはいますけど、
それは単に「1対1」の時はNGだった事が「1対 多 」の時はごまかせているだけの話です。
こういうのって柔道の崩しと一緒で、
誰かに笑ってもらう為には、
相手の心の中に「 笑いを受け入れる体勢 」を先に作ってもらわなきゃいけないんです。
まず笑わせる側の人間が人として信用されなければ、
相手はこちらの話をリラックスして聞く体勢を作る事が出来ないんですよ。
いきなり女性に対して下ネタを言ってくる非常識な男なら、
いきなり女性の胸に触ってくる可能性だって有る訳でしょ?
だから例えば下ネタじゃなくても、
仮にもし女性タレントの頭を平気で叩くような男の芸人がいた場合、
それこそ そいつは客の前でも平気で女性の胸に触ってくる危険性だって有る訳で。
相手の女性にしたら、
「 何時この男に体を触られるか心配で、警戒しながらトークを続ける必要が有る 」となる訳で、
当然ですが、女性側の笑う為の「 受け入れ体勢 」は完全に壊れていると考えるべき。
この場合、女性は男性のあらゆる行動を警戒する必要が有りますから、
精神状態としては、男性の面白い話に気持を持っていけなくなるんですよ。
自分の体をガードする事に気持が集中しているからです。
つまり、相手がリラックスする事で初めて笑う事に専念出来るようになるのです。
もちろん、立場的に下の人間は無理をしてでも笑わないといけない事が多いのですが、
たとえ顔では笑っていても、もはや本心からの笑いは望めないものと思え、と。
ヤクザで例えると分かりやすいと思いますが、
ヤクザの話を笑顔で聞く人間が殆どいないのって、リラックス出来ないのが理由ですよね。
何時殴られるか分からずに緊張して話を聞いているので、表情から一つ、笑顔が消える。
本当は良く聞いたら面白い事も言ってるかも知れないのにね。
それから2番の「 悪口 」に関してですが、
抵抗できない立場の相手を一方的に叩くのが駄目という意味です。
主に立場が上の人間が、弱い立場の人を名指しで笑い種にするケースですね。
後輩の名前を出してプライバシーを勝手に持ち出して馬鹿にしたりとかな。
TV番組の中にしろ、会社の中にしろ、
それをやってしまうと名前を出された後輩が、
二度とお前のジョークに対して本心からは笑ってくれなくなりますよ?
その後輩の「 受け入れ体勢 」をお前が自分で壊しちゃってる訳ですからね。
その後輩にしたら「 こいつの話は駄目だわ 」と評価が決定的になってしまう。
だって、もしも自分が誰かの笑い物にされたとしたら、
貴方はそいつの顔を見ただけでもムカつくようになるとは思いませんか?
で、ムカつく人間のジョークって、聞いててもムカつくだけで笑えないでしょ?
だからそれと一緒ですよ。
それから後輩本人だけじゃなくて、悪口を聞かされた御客様にしたって、
「 ここで笑ってしまうと人間性を疑われるぞ 」と感じて笑いにくくなりますので、
やはり笑う為の「 受け入れ体勢 」が壊れてしまう。
だが中には他人様の悪口でも笑う種類の人間もいるので、
そいつらの笑い声が入って「 受けた 」という勘違いが発生する。
しかし実際の客席、そしてTVの前には、
「 受け入れ体勢 」を閉ざしてしまった客の顔が並んでいるはずです。
それに気づけるか気づけないかがプロと素人の差になるでしょう。
もちろん、まともな人間がまともな理由で誰かをネタにするなら構わないですよ?
誰も傷つけない優しいブラックジョークを言える自信が有るなら言ってみるのも悪くない。
自分で自分の事をまともだと思える自信が有る人ならばどうぞ、という事。
ですからね、仮に、仮にですけど、
もしも日本の番組の中で「 個人の名前 」ではなくて「 日本 」という国の悪口を言ったとしたら、
その時はまともな日本人全員の「 受け入れ体勢 」が壊れる可能性が有るかも知れませんね。
まあ、これは単なる例えばの話ですけど。
最後に3番の「 暴力 」に関してですが、
TVを見ている馬鹿な子供が真似をするから止めるべきです。
TVの電波を使わせてもらう以上は全ての言動に責任を感じながら活動して頂きたい。
そもそもプロなら言葉で斬れよ。
いちいち頭を叩くんじゃない。
相手の頭を叩かなければ突っ込みが出来ないというなら、
仮に会社の営業の仕事で御客様が惚けた時にお前はどうやって突っ込むつもりだ?
御客様の頭はTVみたいに叩けないぞ?
そもそもTVの「 突っ込み 」にしても、
相手の頭を叩く事が笑わせる為の前提条件だとしたら、
一般社会の中では頭を叩けないから素人相手には何も出来ません、という情けない事になる。
これは非常に大事な事なので書いておこうと思うのですが、
御笑いに限らず、この日本では何があろうと他人様と体を接触させるべきではない。
日本には白人みたいなスキンシップ文化なんて無いんですよ。
日本は白人文化と大きく違い、基本的には「 非接触 」が原則の文化です。
地域によっては違う文化もあるでしょうけど、日本全体だと非接触が原則です。
日本は「 静の民族 」ですから必然的に「 非接触 」文化になりやすく、
白人は「 動の民族 」ですから必然的に「 接触 」文化になりやすい。
ですから日本の御笑いも、国民に共感を呼ぶのは必然的に非接触が原則という事です。
ただし、落語の場合はソロプレーですので非接触文化が自然と身に付くと考えられますが、
漫才はCOOPになるので日本の御笑い文化から外れた方向に行きやすい。
徒でさえ落語は礼儀正しく座って行うのに対し、
漫才は二人とも立って行いますからね。
この辺も「 静 」と「 動 」に分かれるポイントになると考えられます。
これはアドバイス、という訳でもないですけど、
例えば私は自分がオンラインゲームをやる時に、
まず最初はソロのモードからスタートして、最後にチーム戦に行くようにしています。
漫才がやりたい方も同じようにしてみたらどうです?
最終的に漫才をやりたい芸人も、まず最初は一人からのスタートにする。
別に落語じゃなくても何でも良いので。
・・・と、以上の1番から3番が禁忌の三点という事になりますね。
で、以上の3点を守らずに仕事を続けていくと、いずれ脳が退化して使い物にならなくなるぞ。
年を取って面白い事が言えなくなった芸人は上の3つに思い当たる事が有るはずだ。
プロだったら楽な道を行くんじゃない。
ちなみに、上に書いた事は全て、私が営業の仕事をしていた時に独学で調べた研究結果です。
同じ営業に人を笑わせるのが凄く上手い同僚が一人おりまして、
最初は彼の持っている技術を研究しようと思っていたのですが、でもそれは止めまして、
笑わせる側の人間じゃなくて、笑ってほしい側の御客様を観察する事にしたのですよ。
で、この人達はどういう条件が揃った時に笑顔を見せてくれるのだろうか、
という所に着目して観察してたら色々な事が見えてきましてね。
だから御笑いに師匠なんてものはいらないんですよ。
技術が全ての仕事じゃありませんからね。
まず最初に配慮の気持が有って、その先に技術が求められるのが本物の御笑いです。
御客様に笑ってもらう為の心の準備をしてもらい、
そこから先が技術の勝負になる。
ああ そうだ。
ついでにもう一つ書いておきましょう。
例えば、口を大きく開けたり、舌を出したりなどの馬鹿面をした漫才師2人が、
両手両足を「 びよ~ん!」と伸ばして馬鹿丸出しのポーズで撮影に応じてる姿を良く見るが、
あの手のポーズというのは本当に痛々しくて、物凄い素人臭を感じさせるので止めた方が良い。
見るたびに思う。
これはキツイと。
カメラを向けられるたび、あの手の表情やポーズを作ってしまう人達は、
自分に自信を持てない心の弱い人間ですよ。
彼らは人間社会の中でもっと生きた感性を磨く必要が有る。
そして彼ら芸人達は、もっと客との間に有る温度差に気づくべきです。
この温度差を埋める事が出来た時、初めて客との間に「 共感 」が生まれるのですから。
で、実はここからが記事の本題なのですが、
この「 御笑い 」というジャンル、一度聞いて既に内容を知っている出し物に関しては、
内容を知ってしまった以上、当然と言えば当然ですが、もう次の二度目には笑えないですよね?
正直、私は一度目すら笑えませんけどね。
あんな素人連中のおしゃべりを聞いて笑える人間がいるという事にこっちが驚かされますよ。
後は、手品なんかも同じですよね?
そりゃあ最初の一回目は驚きますけど、2回目からは内容を知っているので驚けなくなる。
そして、この点はホラー物も同じ事でして、
一度目は怖くても、二度目は全く怖くなくなってしまう。
ジャンルを問わず、
内容を知ってしまった後というのは、どうしても「 そんな物 」なのです。
それで考えたのですが、
ホラー物をDVD化する時などに、DVDに対して特別な仕掛けを作っておいてはどうでしょう?
例えば、あるホラー物のDVDを初めてユーザーが視聴した時に、
DVDプレーヤーのハード側で「 ユーザーが視聴した事 」を自動できちんと記録しておく。
ユーザーがそのDVDをもう一度見た時に、
「 この人がこの作品を見るのは初めてでは無い 」という事を、
(ユーザー側では無くて)ハード側が把握出来るようにです。
そして、そのユーザーが二度目に見た時だけに初めて再生されるシーンを、
二度目の視聴時に密かに挿入する事で、改めて驚かせてあげる。
もちろん一度目の視聴時には、そのシーンを再生しないという事ですよ。
( ※ 当然ですが「 他人からDVDを借りてきた 」などといったケースは想定しておりません。)
また、技術的に可能で有るならば、
二度目に初めて見るシーンに驚いたユーザーが、
「 え? 今の何? 」と慌てて巻き戻しても、もうそこだけ見れなくなっている、とかでも面白い。
ただし普通のDVDプレーヤーには、恐らくこれを可能にする為の機能は付いていないと思います。
ゲーム用のディスクでムービーシーンだけの映像作品を作る、
とかでしたら可能かも知れませんけど。
ですから、普通の映像用DVDのディスクで作品を出すよりも、
ゲーム機のディスクを使って映像作品を販売する方が良いのかも知れませんね。
ゲーム用のディスクならば、
「 夜中に見た時だけ再生されるシーン 」なんかも設定する事が可能でしょうし。
ああそうだ。
ゲーム用のディスクでしたら、こういう仕掛けも作れるんじゃないですか?
表向きは純粋な映像作品として販売しておいて、
実は「 一時停止 」とか「 早送り 」とかの操作をどのシーンで行ったかにより、
ゲームのように話の内容が「 分岐 」していく、みたいなイメージでしょうか。
例えば、ホラーが苦手な人がDVDを見ていて、
凄く怖いシーンとかに差しかかった時に、その怖いシーンを飛ばして見たりすると、
ユーザーに知られないように密かに話が分岐していく、とか。
やろうと思えば、純粋な映像作品であるにも拘らず、
AVGのように「 真のエンディング 」が存在する、とかも出来そうですよね。
※ 上に書いた「 真のエンディング 」というワードで思い出したのですが、
AVGって基本的に「 真のエンディング x1」と「 バッドエンド x 複数 」が多いと思うのです。
私のイメージでは、という話ですけどね。
ですが何故、真のエンディングは何時も一つなのでしょうか。
人によって価値観は違うはずですし、真のエンディングが複数有っても良いと思うのですよね。
もちろん「 真のエンディング = ハッピーエンド 」という前提ならばの話ですけど。