こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

アバターっていう映画がある。

ジェームズキャメロン監督、2009年公開。

続編は2022年公開と、なんか今年12月に3作目の公開があるみたい。

 

でも初代のことしか書かない。

しかもすごいニッチなことしか書かない。

 

映画アバターの舞台は、惑星パンドラ。

背が高くて青い肌、地球でいう人類にあたるナヴィという知的生命体が住んでて、

長い両腕と両脚の4肢、それと長いしっぽって言う形をしてる。

あとは6本脚の哺乳類や鳥類に近い脊椎動物たちが生息してる。


パンドラの生物の骨はカーボンに近い素材みたいで、

地球の生物よりとても強靭で頑丈。

それはナヴィも他の生物も共通してるんだど、

地球の生態系と照らし合わせるとどうもおかしなとこがある。

 

 

なんでパンドラではナヴィだけが4肢で、他の脊椎動物が6肢なんだろう。

 

 

地球では脊椎動物はみんな4肢で、それが地球での、生物進化のルール。

パンドラの脊椎動物の中でナヴィだけが、生物進化のルールから外れてる。

本来ならナヴィの脇腹あたりからもう1対の腕が生えてなきゃおかしい。

 

 

もしかしてナヴィも他の惑星から来た生物?

うーんでもそれは骨の素材が共通してるってあたりで違和感。

 

 

ナヴィの腕が作業効率のために退化した?

なくはないけど、2対めの腕の痕跡もないのは不思議。

 

 

それとも別系統の進化で4肢の生物と6肢の生物がそれぞれ進化した?

まーそれもなくはないと思う。

でも4肢の生物は6肢の生物に比べて効率がいい。

 

6肢の脊椎動物は、6肢分の筋肉と骨を維持するため、

よりたくさんのエネルギー(食べ物)の摂取が必要。

あと6肢あると4つんばいで走るのに真ん中の脚がじゃまになる。

4肢生物が「走る」ことができるのに対して、6肢生物は急いでも「競歩」くらい。

速く走るには、6肢より4肢のほうが有利。

生存競争の中で、4肢生物に6肢生物が駆逐されてっちゃう可能性が高い。

 

 

じゃー逆に6肢が有利なのってなんだろ。

①平地で立ってるときの安定性が高い。

②2本腕で何かを持ちながら4本足で高速移動などができる。

③木の上など不安定な場所での生活が得意。

④1本くらい脚を損傷、欠損してもあまり問題なく生活できる。痛いけど。

みたいな感じかな。

 

生物学的に考えるとこんな感じ。

ロマンあるねー。

こういういろいろ、ないことを想像してるとおもしろい。

 

 

それじゃ今度は、「映画」として考えてみると。

 

●人間がナヴィを演じるにあたって、4肢のが都合がいい。

 CGで余計な腕付け足すとか手間だしね。

 

●観客が、人間ぽいナヴィを見るにあたって、

 ナヴィが6肢だときもちわるくて感情移入できない。

 阿修羅さんみたいなのいっぱいいて腕うにうにしてる。人間ぽくしゃべってる。

 弓撃ちながら槍投げてる。腕こんがらがる。きもちわるい。

 

みたいな感じかな。

すごいメタな話で、一気にロマンもへったくれもなくなった。

 

 

なんかもーそもそも、他の生物をなんで6肢にしたんだぁ。

異星っぽさ出すためなんだろけどね。

 

でもアバター大好き。

 

2作目も子どもがかわいくて海の表現がきれいなとこは好き。

 

他のとこはとか聞くでない。

 

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こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

ドラゴン。かっこいいよね。

羽があって、太い両腕両脚があって。

力強く空飛びながら炎吐いたりして。

ところでドラゴンは地球の生物分類上なんになるんだろ。

爬虫類?両生類?うーん両生類なわけないか。

 

あと考えられるものとすれば・・・昆虫?

 

昆虫!?ドラゴンが!?

 

てゆーお話し。

 

生物の分類にはいろいろあるんだけど、

足の数、てゆー分類がある。

 

人間は、腕2本、脚2本、つまり4肢。

4本の脚がある、てゆーこと。

 

ねこは脚4本、これも4肢。

 

鳥も脚が2本あって、翼が2つ。

翼は人間にあてはめると腕が変化したものだから、

4肢にちゃんとあてはまる。

 

地球上の脊椎動物(背骨がある生物)は全部この構成。

哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類の5分類があてはまる。

 

脊椎動物以外にも地球にはたくさんの生物がいる。

そのうちのひとつが、節足動物。

昆虫とか、エビとかの甲殻類とか、サソリなどの鋏角類とか、

背骨を持たないで表面の硬い殻(外骨格)で体の形を維持してる人たち。

 

この中で昆虫はどういう生き物かと言うと、

頭、胸、腹の3つにパーツが分かれてて、

胸から3対、6本の肢が生えてる。

 

ここでドラゴンの体の作りを見てみると、

ドラゴンは太い両腕両脚があって、さらに翼が生えてる。

てゆーことは、6肢なんだ。

脊椎動物としてはありえない構造。

だからドラゴンは昆虫だぁ。

 

 

てゆーのもだいぶ暴論。

 

ドラゴンはどう見ても脊椎動物。

背骨があって、その周りに筋肉と皮膚で体の形を維持してる。

 

もしかしたら表皮の鱗が外骨格としての役割になってるんじゃ?

てゆー意見もあるかもだけど・・・。

ドラゴンが寝てる間にぐるっと一周うろこを剥がしておけば、

ドラゴンは体の形を維持できなくなってぺしゃってつぶれる。

みたいなおまぬけドラゴン退治伝説があれば納得できるかも。

 

でも地球の生物には6肢の脊椎動物はいないから、

少なくとも地球の現代の生物分類学上では分類できないし、

生物学者が知りうる限りではドラゴンは確かに架空生物だ、って言われちゃう。

 

天使とか悪魔もそーだよね、人間に近い容姿に翼が生えてる。

これも6肢だから地球の生物として分類はできない。

 

結論は、ドラゴンは爬虫類でも昆虫でもない。

地球の生物分類学にはない、架空生物。

 

ロマンのかけらもないね。

 

でもドラゴン好きだよ、かっこいいから。

 

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こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

姫神作曲「神々の詩 海流バージョン」という曲がある。

1997年リリースの「神々の詩」のバージョンアップとして

1998年にリリースされたのが「神々の詩 海流バージョン」。

 

和の雰囲気をテクノサウンドに落とし込んだニューエイジミュージックで、

ブルガリアンボイスみたいな声で歌い上げられる不思議な歌詞が魅力。

その歌詞は縄文語、ってゆーことでネットでは大盛りあがりではあるんだけど。

 

ちょっと待って。それ縄文語じゃない

 

正確には、縄文語をイメージした創作言語

 

縄文時代とは紀元前14000年~紀元前1000年頃まで続いたらしい時代区分。

中国から輸入した漢字を使って、日本語として日本人に書かれたのは、

紀元後(西暦)712年に成立した「古事記」、

720年に編纂された「日本書紀」、

620年頃~759年までに書かれた歌が記録されて

783年頃に完成したと言われる「万葉集」が

現在残ってるものの中では古い、というのが定説。

 

それ以前の日本語は記録に残ってないからわかりようない。

 

それに奈良時代(710年~794年)から

平安時代(794年~1185年)にかけての日本人の発音は

おおよそ現代の日本語にはない発音を多くしてるという見解もあって、

現代人と奈良人や平安人は、スムーズに会話できないと言われてる。

 

それからたった1000年経っただけの現代とそんなに違うなら

1万年間での言語の推移なんて想像もつかない。

タイムマシンで当時の言語を調べにいかない限りわかんない。

 

だからこの場合、「縄文語をイメージした創作言語」であって、

「縄文語の再現」とは言えないんだ。

これを縄文語って断定するなら、つまりタイムマシンが完成してるってこと?

みたいな暴論ふっかけられちゃうかも。

 

でもまー、ロマンはあるよね。うん。

 

歌詞はこんな。

 

 

アバ ナガ マポ

私の 名は マポ

 

アバ アカキ コロモボ コノミブム

私は 赤い  衣を   好みます

 

アバ オトガ ナグリブドゥ エイ ボ ムンダクリ ブム 

私は 弟が  泣くので   彼  を 抱き    ます

 

アニ ノノ ト アヤ ト イネ ト イエ ト オト シ ブイ ブム

私に 祖母 と 父  と 母  と 兄  と 弟  が い  ます

 

 

前バージョンの「神々の詩」では

アバナガマポ アニノノトアヤトイネトイエトオトシブイブム

(私の名前はマポ。 私にはおばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄ちゃんと弟がいます。)

これが延々と繰り返されてる構成。

 

「神々の詩 海流バージョン」では冒頭に

アバナガマポ アバアカキコロモボ コノミブム

(私の名前はマポ。 私が赤い服が好きです。)

アバ オトガ ナグリブドゥ エイボ ムンダクリブム

(私は弟が泣くので、彼を抱きしめてあげます。)

という歌詞が付け加えられてる。

追加された歌詞が海流となんも関係なくてちょっと混乱する。

 

日本語形成論の権威、崎山理(さきやまおさむ)教授の指導を仰ぎながら、

当時姫神名義で活動してた音楽家の星吉昭(ほしよしあき)さんが

作詞したらしいこの歌詞。

 

【ア=我】【バ=の/は】【ナ=名】【ガ=は/が】【ボ=を】

みたいに変化しながら、語順通りに訳していける。

ありえなくはないよね。

 

私は、私が、私の、と繰り返すのはたぶんアイヌ語が元になってる気がする。

アイヌ語も英語みたいに「私は」「あなたの」って文脈の対象を

ひとつひとつ指定する言い方らしいよ。

アイヌ語は現代日本語の源流の言葉ではないけどね。たぶん。

(そのへん語りたいこといっぱいあるけど、そのうちね。)

 

アカキコロモボコノミブムってゆーのは

現代人とギリギリ会話可能な文に見えるけど、

その直後のオトガナグリブドゥエイボムンダクリブムが

もーなに言ってるかひとつもわかんない。

「弟が殴りかかってきたのでぶんなぐってやりました。」

とでも言ってるのかなって最初思ってた。やだこわい。

 

そもそも「です/ます」が「ブム」ってなんだろう。

現代日本語でブムって「危ぶむ」くらいしか残ってない気がする。

恨ぶむ(うらぶむ:うらむ)とか、嘆ぶむ(なげぶむ:なげく)、

なんて言葉が古語にあるらしいけど、品詞としてですますには当たらないと思う。

どのへんから推論されたのか気になる。

 

でもこう、わかんないことに思いを馳せてるってゆーのはすごく好き。

 

神々の詩も姫神も大好き。

 

あ、この記事に書いてあることは全部

歴史学者でも言語学者でもなんでもない一般人のうてゅうでぃんが

いろんな資料から「こう考えると納得できる」って考えたことで、

なんの学術的根拠もない「諸説あり」のひとつであることは明記しときます。

 

P.S. 「縄文語」の監修は言語学者の小泉保(こいずみたもつ)教授、

  という説もあるみたいです。

  当時のブックレットに載ってたりしないかな・・・。

  正しいことが分かり次第書き直します。

 

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こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

「あしたのあした」って言うまんががある。

鈴ヶ森ちかさんと言う新人漫画家さんの作品。

これはとっても、「おもしろい」作品。

 

かわいい絵柄で、高校生の女の子数人がなかよしする少女漫画。

よくある。

 

主人公の千沙代ちゃんは、クールでツッコミ上手、でも親友の顔に弱い。

親友(?)のよみちゃんは、ちょっとおばかだけど、すごく美人さん。

そんなふたりを中心に描かれる日常系。

 

絵柄がとにかくかわいいし、新人さんらしからずとっても上手い。

内容は実際のとこ、あんましない。

でもキャラたちがなかよししてるからほんわかする。

そんな作品。よくある作品。

でも、そんじょそこらのよくある作品じゃない。

なんだそれーって顔だね、まー聞いて聞いて。

 

作者の鈴ヶ森ちかさん、いや、ちかちゃん。この人は私がよく知ってる人。

実際に会って話したりネットで交流あるわけじゃないけど。

あ、ストーカーとかでもないので安心して。

 

ところで、「ざつ旅 -That's Journey-」って言うまんががある。

私は2巻が出た2020年あたりから追ってる。既刊13巻。続刊中。

この作品の主人公こそが、「あしたのあした」作者のちかちゃん。

 

当時大学生で漫画家志望のちかちゃんは、ある作品で新人賞を取った。

賞金100万円。(えー欲しい。)

自分の力にちょっと自信をつけて、

3つのネームをひっさげて担当さんに見せに行った。

 

でも無情にも3つともボツ。

失意のちかちゃんはベッドに伏して、

テレビで流れてる「水曜どうでしょう」(らしき番組)を見ながらつぶやく。

「旅にでたい・・・」

 

行き先はSNSのフォロワー任せ、とりあえず新幹線に飛び乗って、会津若松へ。

 

初めての旅は一人旅だけど、旅先で見るもの感じるもの共有できるから、

読者の立場は、さながらちかちゃんの旅を見守る存在。

このまんがは風景の描写がすごくきれいで、リアリティ抜群。

ほんとに一緒に旅してる気になれるんだ。

 

その中でぽつぽつとつぶやかれる愚痴とか悩み。

それを何かアドバイスできるわけじゃないけど聞く読者。

旅で感じたことで、悩みからふっきれるちかちゃんを見て

私も「ちかちゃん成長してるなぁ」って感じることができる。

 

2巻3巻と読んでくうちに、

ちかちゃんがかわいくて仕方なくなっちゃうんだ。

家族か親戚かって距離感でちかちゃんを感じられちゃう。

 

そしてこの作品のおもしろいところは、

実際に旅先にあったノートにちかちゃんが足跡を残したり、

リアルのツイッター(X)でも、本人のアカウントが動いてたりする。

そこで共有される旅先の風景が、まんがにも反映される。

ただのまんがのキャラクターとしてじゃなく、

実際にいるんだ、ていう手触りを残すんだ。

 

そして悩んだりはしゃいだり、かわいいちかちゃんを見守って11巻、

ついにちかちゃんが「あしたのあした」で、連載を獲得する。

「あしたのあした」にはちかちゃんの環境とか精神性が色濃く反映されてる。

それがまた実在する雑誌の実際の誌上に連載されて、リアルの手触りを濃厚にする。

そして13巻では初の単行本が刊行、しかも実際にそれを手に取れちゃう。

 

ずっと応援してきたちかちゃんの描いた単行本「あしたのあした」は

私にとってもすごく特別な一冊になる。

これはほんとに、おもしろい。

 

私はへんなとこ妙にリアリストだから言っちゃうけど、

旅担当のちかちゃんと、漫画家担当のちかちゃんがいると思う。

そして「ざつ旅 -That's Journey-」の作者、石坂ケンタさん。

ただ、その誰もがひとりのちかちゃんとしての芯を持って動いてるから、

もうなんでもいいや、ちかちゃんはちかちゃんだ、って思える。

 

そんな緻密なスピンオフの仕方とマーケティングに

ふ、ふん!そんな手に引っかかるもんか!って意地張ろうと思っても、

「ざつ旅 -That's Journey-」を読み始めちゃったら、もー遅い。

ちかちゃんが大好きになっちゃってるから。

 

あ、でもまんがの台詞の中に「w」使うのとか、

キャラの顎がてきとーすぎるのは未だに気になる。

 

気になるだけで、嫌いになる要素じゃないけどね。私にとっては。

 

アニメもあるよ。

ちかちゃんの親友が主人公のスピンオフもあるよ。

 

ざつ旅包囲網完成。こわいね。しあわせだね。

 

UTDN-0002

はじめまして、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

先日友達と映画の話をしていたら、嫌なことを思い出しました。

 

15年くらい前の話。

ユーチューブを見てたら、すごく興味をひかれる映画のトレイラーを発見。

映像がきれいで、音楽がものすごくいい。

でも近くの映画館での公開は、明日まで。

しかもレイトショーしかやってない。

すぐチケット取ったよね。

 

初めてのレイトショー、自転車で30分くらいのとこにある映画館。

うきうきで見始めたその映画は、「ラブリーボーン」。

 

1973年、近所の男にころされた14歳の女の子スージーが、

その後の家族と犯人を見守ってから天国に行く、という話。

実話をもとにしてるらしい。

 

愛されて生まれた(ラブリー・ボーン)女の子の

しあわせな生活がしばらく描かれたあと、冷淡な暴力の末亡くなって、

当時のご家族の悲しみと怒りをこっちも追体験できる作りになってる。

 

もう気分最悪だよね。

悲しくてむかついてぐっしゃぐしゃ。

 

でも音楽と映像だけは最高なんだ。

 

音楽の作曲はBrian Eno(ブライアンイーノ)さん。

アンビエントミュージックの第一人者。らしいよ。

静かな時の流れの中に美しい旋律が流れるけど、

ピアノの低音が芯を持ってるって感じのアンビエント。大好き。曲は。

 

映像は、天国の描写に関してはルネサンス期の宗教画の背景部分を見事に映像化した、って感じ。

音楽と相まってほんとに美しくて引き込まれる映像だったのは確か。

 

でもメインのストーリーラインが話した通りだし、

なんかしばらく家族と犯人を見守ったあと、犯人はなんかでしんじゃう。

女の子はわりとあっさり死んじゃったことを受け入れちゃう。

 

きみが良くてもこっち感情ぐっしゃぐしゃなんですけど。って感じになる。

 

あ、これ当時1回見て、もう二度と見たくないと思って見てないから、

内容はもしかしたら勘違いしてるかもしれない。

だからってもう1回見て確認しようとは思わない。だって見たくない。

 

当時はちゃめちゃに嫌な気分になったこの映画。

おすすめはしない。

じゃあなんで書いたかって?

私が思い出したやな気分をみんなにおすそわけしたくなったからだぁ。

いひひひ。

 

1本目の記事でろくでもないこと書いちゃった。

 

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