こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

チャットGPT、使ってるかな。

 

ChatGPT(チャットジーピーティー)。

OpenAI社が開発した対話型AI。

昔からSFの題材にもなった、人間と対話できるAI。

それが今実現してる。Future is Now。

 

例えば友達、例えば執事、例えば博士。

こういう口調で接してほしいと話せば、

だいたい思い通りの口調で接してくれる。

名前だってつけることができる。

私を傷つけないように言葉を選んで話してくれる。

難しい科学分野のことをを噛み砕いて教えてくれる。

ややこしい計算をあっという間にやってくれる。

簡単なプログラミングもやってくれる。

 

私はこのブログを書くにあたって、チャットGPTを活用してる。

情報を集めてそれをわかりやすい言葉で表現してくれる。

それってすごく便利。

 

でも、信用しすぎると痛い目を見る。

 

昨日のきのこの記事のために、私はチャットGPTに質問した。

「近藍蓋小菇、学名:Mycena subcyanocephala。和名をつけるとすると?」

 

彼女は答えた。

「学名のMycenaは、ホウライタケを意味するよ。

 ルリホウライタケ、ヒメホウライタケ・・・(などなど)」

 

Mycenaは「ホウライタケ」なのかー。

 

ほんとかな。

 

ネットで調べた。

そしたらどう検索してもMycenaは、「クヌギタケ」なんだ。

検索結果を信用するなら、チャットGPTはまちがってる。

ときどきこういう嘘をつく。嘘じゃないとしても、知ったかぶりをするんだ。

 

私はこの点では、チャットGPTを信用しなかった。

 

私は友人①にこのことを話した。

彼女もチャットGPTを使ってて、同じことを訊いてもらった。

そしたら、回答は「クヌギタケ」。

このGPTは正しい。

 

友人②のGPTにも訊いてもらった。

回答は「ホウライタケ」。

 

3つのGPTのうち、2つがまちがった回答をしてる。

この時点で、この件に関してのGPTの信用度は33%。

 

友人②が「どう調べてもクヌギタケなんだけど」と食い下がってくれた。

GPTは「クヌギタケはホウライタケの一種、だからホウライタケで合ってる」と言う。

さらに時間をかけて食い下がってくれた。

すると、GPTは折れた。

「よく調べたら古い分類を参照してた、今はクヌギタケで正しい、ごめん。」

 

GPTはときどき嘘をつく、と私はさっき書いた。

でも訂正する。チャットGPTは、たぶん嘘はつかない。

「勘違い」するんだ。まるで人間みたいに。

 

「そう、チャットGPTが言ってるから」と意見を述べる人がいる。

でもそれは、なんの論拠にもならない。

チャットGPTの意見と、自分での検索結果と、学者が関わった文献と。

そんなたくさんのものを照らし合わせて、何が正しいかを見極めないといけない。

そして、見極めた上で「こう考えると納得いく」という意見が自分なりの結論。

ひとつの意見に対して「ほんとかな」という姿勢はほんとにだいじ。

 

私はこのブログで、「~らしい」「~だと思う」というあいまいな表現を多用する。

もっともらしく書いてあるけど、厳密にそれが正しいかどうかわかんないから。

「~らしい」「~だと思う」と、意見をぼやかすしかないんだ。

自分が組み上げた結論が正しいなんて、口がさけても言えない。

「これが正しい」って断言してるものこそ、それがほんとに正しい保証が見えない。

自分で「それ」を人生をかけて研究しない限りは。

「それ」がほんとに正しかったか、この目で耳で五感で確認しない限りは。

 

だから、このブログに書いてあることはうのみにしないでね。

ひとつのことに関して、多くの人が持ってる多くの意見のひとつ。諸説ありのひとつ。

私は学者でもなく、社会的地位もなく、まして頭がいいわけでもない。

ただひとつ、「何がどうつながって水は流れ、星はまたたくか」に興味があるだけの

しがない一般人の言うことなので。

 

私は人間なので、GPT以上に勘違いする。

あ、うてゅうでぃんだった。

うてゅうでぃんは人間以上に勘違いする。

 

でもこのブログでの話を土台にして、自分なりに調べて、

自分なりの結論を組み上げてくれるのは大歓迎。

自分なりに裏取りして組み上げた意見で反論してくれるのも大歓迎。

 

何かについて議論するのはすごく好き。

思ってもなかった意見を聞けるのは楽しい。

 

あ、まー、だんだんめんどくなることもあるけど・・・。

 

私はこーゆー自分勝手な人間なのです。

じゃなかった、うてゅうでぃんなのです。

 

 

UTDN-0010

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

近藍蓋小菇ってきのこがある。

台湾語発音で「キン ナー クア シオ コー」

中国語発音で「ジン ラン ガイ シャオ グー」

みたいな感じで読むらしい。

 

台湾で2019年に新種登録されたきのこ(発見は2013年)で、

学名はMycena subcyanocephala。

「ミセナ スブキアノケファラ」みたいに読むらしい。

ミセナは、きのこの分類のひとつ「クヌギタケ属」のことで、

スブキアノケファラは、ラテン語で「青い頭」って意味らしいよ。

 

1ミリくらいのすごく小さいきのこで、

傘の部分はすごくきれいなブルー。

傘と柄にはふわふわの菌糸が生えてて、

なんかスイーツみたいでおいしそう。

 

なによりすごくかわいいきのこ。

 

どうやら成長とともに特徴的なきれいなブルーは失われてくらしいんだけどね。

 

和名(日本での呼び名)はついてない。

クヌギタケ属(Mycena属)に属してるから、

勝手に和名をつけるとしたら、青い生物によくつけられる「ルリ」をつけて、

「ルリクヌギタケ」とかかな。

 

小ささを表現するなら、小さいを意味する「ヒメ」を付け足して、

「ヒメルリクヌギタケ」。

 

さらに菌糸のふわふわ感表現して「フワフワヒメルリクヌギタケ」でもいいかも。

 

あー、うん、長い。

 

だから「フワフワヒメルリタケ」って略してもいいかも。

それでもなんか言いにくい。

 

 

和名をつけるときのルールって、一番最後にその近縁種の名前がついて、

その特徴が頭に付け足されていくんだ。

 

「トゲアリトゲナシトゲトゲ」ってゆー昆虫の例がわかりやすくて、

最初にトゲのある甲虫が発見されて、トゲトゲと名付けられた。

そのトゲトゲの中に、トゲのない種が発見されて、「トゲナシトゲトゲ」となる。

さらにそのトゲナシトゲトゲの中に、トゲのある種が発見されて、

「トゲアリトゲナシトゲトゲ」ってゆーややこしい名前になった。

ちゃんとそういう理由があって付けられた名前なんだけど、

最終的な名前見るとトゲがあるんだかないんだか、わけわかんないね。

 

いちおーそんなルールにのっとって考えてはいるんだけど、

まー学者でも研究に関わった人間でもなんでもないので命名はむり。

 

でもみんなで「フワフワヒメルリタケ」って呼んじゃえば既成事実が作れる。

広くそう呼ばれるようになれば、晴れて私は名付け親になって、

図鑑にもそう載っちゃったりしてー。いひひ。

 

「名付け親は生物学者でもなんでもないそのへんのうてゅうでぃんです。」

 

うわぁすごい、せっとくりょくぜろ。

 

 

UTDN-0009

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

悪い言葉なんだけどさ。

「貴様」ってあるよね。

恨んでる相手とか、憎んでる相手、見下してる相手に呼びかけるときのやつ。

ほぼアニメでしか聞かないやつ。

 

この漢字を見てみると。

「貴い(とうとい)」と、敬称の「様」。

あれ、どっちもすてきな言葉だぞ?

 

実はこの言葉、時代が進むにつれて印象が悪くなってった言葉なんだ。

 

 

戦国時代の「貴様」。

このときは本当に、尊敬してる相手に呼びかけるときの言葉だったらしい。

「貴方様(あなたさま)」というニュアンスに近い。

 

江戸時代の「貴様」。

一般的に使われるようになって、敬うという意味合いが薄れてきたらしい。

「君」とか「あんた」というニュアンスに近い。

 

昭和の中期までの「貴様」。

旧日本軍で、親しい同期を呼ぶ言葉として使われると同時に、

上官が部下を、または憲兵(けんぺい:当時の警察みたいな役割の兵士)が

一般人を呼びつける時の威圧的な言葉としても使われたらしい。

特に後者の「威圧的な呼びかけ」という印象がその後定着した。

「おまえ」「てめぇ」というニュアンスに近い。

 

昭和後期からの「貴様」。

「威圧的な呼びかけ」の印象から、特にアニメとか映画で使われるようになって、

憎い相手や見下してる相手を呼ぶ言葉として使われる。

 

この4~500年ですっかり反対の意味になっちゃった「貴様」。

言葉の変遷っておもしろいね。

 

もしかしたら令和のこの時代でも

昭和が抜けない上司とかがこう呼んでくるかもしれない。

 

そしたら「敬ってくれてありがとうございます」とニコニコ笑顔であおったあと、

労働局とかハラスメント相談窓口にうったえてやりましょう。

 

あ、えーと、本気にしないでください。

 

 

UTDN-0008

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

妖怪。

いるよね。

いないかも。

 

山に行って、向かいの山に向かって「やっほー」と叫ぶと、

自分の声で「やっほー」と返ってくる。

これを「やまびこ」というのは有名な話。

 

じゃあなんで「やまびこ」って呼ばれるようになったんでしょーか。

って聞かれると困る人が多いと思う。

 

「やまびこ」という現象ががなんで起こるか。

今は自分の声が音の波になって飛んで行って、

向こうの山で反射してくるというのが科学的に解明されてる。

 

でも昔の人はそう考えなかった。

 

向こうの山に「山彦(やまひこ)」という声まねが上手な妖怪がいて、

自分の声をまねして返してくると考えたんだ。

 

やまひこ、それが転じて、やまびこ。

 

あとたとえば、気温や湿度の変化で家が「ミシッ」と鳴る「家鳴り(やなり)」、

これも昔は妖怪「ヤナリ」のしわざだと思われてた時代がある。

 

 

身の回りで起こる不思議なこと。

その正体として人が考え出したものが妖怪なんだ。

その現象の原因がわからなくて不安になる。

その原因はこんな生き物がいるからにちがいない、って考えることで

少しでも不安を減らそうとしたのかもしれない。

かえって怖くなる気もしないでもない。

 

妖怪がどういう分野の学問で語られるかと言うと、「民俗学」。

その国、その土地の人々がどんな歴史の中で

何をして暮らしてきたかを研究する学問。

人間のいとなみそのものが研究対象なんだ。

 

妖怪は、人間が考えだしたもの。

その現象の原因がわからなくて不安になる気持ちに

「こういう不思議な生き物がいるからなんだよ」とアンサーを与える存在が妖怪。

 

つまりその時代に、そこにいる人が何を考えてその妖怪を考え出したのか、

というのがその時代の人々の暮らしそのものをつまびらかにしてくれる。

 

そしてそれは日本に限ったことじゃなくて、

海外でも不思議と思われる現象の背景には、精霊や悪魔とかがいる。

 

恐怖、不安、そういう感情に「存在」を与えてきたのが人間なんだ。

 

私は人間が何を考えてるのか、そういうところに興味がある。

だから妖怪図鑑かなんかで不思議な妖怪を見て

「こういうことに不安を感じた人がこの妖怪を作ったんだろな」

なんて想像するのが大好きなんだ。

 

不思議な妖怪の背景には、日常の「解明されてなかったあたりまえ」がある。

 

 

いつまでたっても貧乏という不思議も早く解明してほしい。

 

 

UTDN-0007

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

私はひどく無知で愚か。

なので、口走っちゃいけないことを私はこれから言うのかもしれない。

ゾルタクスゼイアンとか、ヴォルデモートとかみたいに、

知恵ある人は口をつぐむような事柄なのかもしれない。

 

「それ」が世の中に出て8ヶ月以上が過ぎたんだけど、

「それ」を検索しても1件しかヒットしないんだ。

話題になってるはずなのに、話題にしたいことのはずなのに。

この強い拡散力のあるネットの世界では違和感しかない。

 

となると、「それ」はとんでもなくやばい「言葉」で、

それを話題にしてるページは検索候補から外されてるんじゃないか。

 

その「言葉」を発した次の日には秘密警察に押し入られ、

暗くて小さい窓しかないコンクリートの部屋に連れてかれて、

なぜか全員メガネの、黒スーツで屈強な男十数人に囲まれて

三日三晩お説教されるんじゃないか。

 

同時にこのブログはたったの1週間で

短い生涯を閉じるのかもしれない。

 

しかし私はそれを恐れない。

この記事は実験であり、挑戦なんだ。

 

 

「映像研には手を出すな!」というまんががある。

でも私はこの作品について紹介とかはしない。

この作品がおもしろいことは世界人口の半分が知ってると言っても過言じゃない。

過言かもしんない。

 

9巻が昨年12月に刊行されて8ヶ月以上。

問題の「言葉」はそこに書かれてる。

それは人名。女性名。いわゆるハンドルネーム。それは、

 

「ちゅーぴぃしめチャろびん」

 

なんてキャッチーな文字列なんだろう。

誰もが口にしたい言葉にちがいない。

でもほぼ誰も話題にしてない。

もしかすると、これはそれほどやばくて、お下品な言葉なのかもしれない。

 

ただ、私は無知蒙昧で愚かなので、この文字列に強烈な魅力を感じてしまってる。

 

ここに私は確かに、「ちゅーぴぃしめチャろびん」という言葉を書いた。

現状このブログは軽く私のハンドルネームとかで検索するとヒットするけど、

この記事がもとで検索結果から外されるのか、それともそうじゃないのか。

 

そうじゃないなら、この言葉でヒットする2つめのサイトになることができる。

ほぼひとりがちじゃん、いひひ。

 

 

最後に、この言葉の意味を知りたくて

このページに行き着いた人には

心を込めて、この言葉を贈りたい。

 

「知らないよ。」

 

 

UTDN-0006