予備選挙の興奮冷めやらぬまま帰途についた俺たち。
「コンビニ寄るから付き合って」
千里のお願いを聞き入れて、俺たちは駅そばのコンビニへ向かった。
そこで何を買うのか、聞かずとも俺は知っていた。



静かな俺の部屋……でも、まだみんなの歓声が聞こえるような気がする。
だけど、そろそろ気持ちを切り替えないとならない。
本選に向けて……そして……
千里……



あの後のコンビニで、チョコレートを買った幼馴染の寂しげな表情を思い返す。
買ったのは先週の時と同じ板チョコだ。
もうそろそろ、その半分を持って、千里は俺の部屋にやってくるだろう。



そして、もう半分は、千里の家の仏前にお供えされているはずだ。
亡くなった千里の弟の大輝くんの分……



神妙な顔をした千里が、そっと部屋に入って来た。
ゆっくりと近づいてきた千里に、俺はそっと手を差し出す。
「これ、お願い……」
渡されたのは、半分になった板チョコ。



銀紙を剥いて、ひと口頬張る。
そのまま躊躇することなく食べ続け、完食し、コロコロっと銀紙を丸めた。
「ん……よかった」
すうっと、千里の顔に笑みが浮かんだ。



そして千里は俺の隣に腰掛け、そっと俺の手を握る。
「今日は、すごくいいことがあったから……あたし、いいんだよね?」
「もちろんだ。誰にはばかることなく、千里には幸せになる権利があるんだから」



俺がそう言うと、千里は握っている手に力を込めた。
救いを求めるように。
そして、許しを求めるように。



俺が千里と出会う前に亡くなった弟、大輝くん。
二人はとても仲のいい姉弟だったらしい。
大好きなチョコを半分に分け合って食べるような……
だけど、大輝くんは千里を残して亡くなった。
千里の心に深い傷を残す形で。



以来千里は、月命日に大輝くんのお墓に赴き、必ずチョコレートをお供えするようになった。
それが先週の土曜日。
でも、今日のチョコはイレギュラー。



リミットを超える幸福感を味わうと発露する、千里のトラウマ。
永遠に幸せを味わうことができない大輝くんに対し、大きな罪悪感を抱くらしい。
だから、俺が大輝くんの代わりにチョコを食べて千里を許す。



いつか、千里が自分自身を許せる日が来るまで、俺はそばにいる。
それが、千里と交わした約束だから。
でも、その約束がある限り、その約束を守る限り、俺は……



それから数日が過ぎ、本選に向けた準備は着々と進んでいる。
いや、合同記者会見の想定問答集が、まだ全部頭に入っていなかったりする。
その問答集をまとめた資料を千里から受け取ろうとしたとき、突風が吹き、資料が千里の手を離れた。



飛び去ろうとする資料へ、反射的に手を伸ばす。
気づくと、中央分離帯から横断歩道へと戻っていた。
そして、目の前には左折してきた自動車が……



「裕樹いいいいいいいいぃっ」
千里の声が響く。



気が付くと俺は歩道に立ち尽くしていた。
自動車はギリギリのところで避けていた。
少しずつ湧いてくるくる恐怖心。
死にかけたという実感が湧いてくる。
「……千里?」
呆然と立ち尽くす千里と目が合った。



いや、千里は俺を見ていない。
千里が見ているのは、俺の向こうにいる……
「いやああああああっ!」
刹那、響き渡る千里の絶叫。



「いなくならないって言ったのに、どこにも行かないって言ったのに、嘘つきっ、裕樹の嘘つきっ」
俺の胸をふたつの拳で交互に叩く。
「いや、いなくならないで、お姉ちゃんをおいていかないで……」



俺は答える。
「大丈夫だから、『僕』、どこにもいかないから……」



家に帰り、ベッドに横になると、さっきの千里の姿が脳裏に浮かんだ。
大輝くんのトラウマがらみで、あれほど取り乱した千里の姿は見たことがない。
ただ、理由はわかる。
大輝くんが亡くなった原因、それは……交通事故。



しかも、千里は大輝君が事故に遭う瞬間を、目の当たりにしている。
その日、千里と大輝くんはケンカをした。
どっちが悪いともない子どものケンカ。
それで千里はちょっとした意地悪をする。



おやつにチョコを食べたいと言った大輝くんに対し、千里が反対した。
チョコは二人で半分こする決まりなので、どちらかが嫌がると別のお菓子になる。
結局、その日のおやつはチョコ以外のものになった。
大輝くんは、食べたかったチョコを口にせぬまま、帰らぬ人となった。
それ以来、千里はチョコが食べられなくなった。



いつからか大輝くんに代わり、俺がチョコの半分を食べるようになった。
食べれば、千里の笑顔を見ることができたから。



でも、些細なケンカをして、千里のチョコを拒絶したことがある。
そのとき、トラウマが発露して、千里は大泣きした。
いなくならないでと、泣きながら訴えてきた。
慌てて俺は謝り、一度は拒絶したチョコを食べた。
そして俺は約束した。
どこにも行かない……千里のそばにいるって。



だけど、今回は危うく、その約束を破りかけたな。
もし、明日も不安定なままだったら、きちんとケアしてあげないとな。
大輝くんの代わりに……



翌朝、目を覚ますと千里が目の前で寝ている。
まだ夢を見ているのか?



ええええええええっ!?
いったい何した?
いや、何もしていないはず。
慌てた俺の動きに反応し、千里がゆっくり目を開けた。
「あ、おはよ、裕樹」



「なんで俺のベッドに千里がいるんだ?」
そう聞く俺の問いかけに、さも当然のように千里が答える。
「決まってるじゃない、裕樹をずっと見張るためよ。見張っておかないと、裕樹はいなくなっちゃうじゃない」



昨日のことを言っているのか。
「だから、ずっと見張ることにしたの。二度といなくならないように」
そのままベッドから降りた千里はとんでもないことを言い出した。
「今日からあたし、こっちで暮らすからね」



「美冬ぅーー!おはよーーっ!」
駅の出入口前で待つみいちゃんに手を振る千里。
千里に気づいて、みいちゃんも手を振るが……
「え……?」
俺たちが、ある程度近づいたところで、カチーンと固まってしまった。



「どうして、千里とゆうくんが手を繋いでるの?」
みいちゃんが戸惑いながら聞いた。
そう、外に出てからずーっと、俺たちは手を繋いでいるのだ。
もちろん、千里は強いる側、俺は強いられる側だ。



「裕樹を自由にさせとくと、また車に轢かれかねないからね」



みいちゃんは、繋いだ手を見て、千里の顔を見て、俺の顔を見る。
そして、心底うれしそうにみいちゃんは笑った。



昨日決めた待ち合わせの場所に行くと、ショッケンメンバーが集まっていた。
みんなも俺と千里の様子を見てニヤニヤしている。



それよりも今はやることがある。
そう、立会演説だ。
ギリギリまで俺の手をつかんでいた千里が、しぶしぶと手を放し、聴衆に向け叫んだ。



のんちゃんの作った特設ステージに飛び出した俺は、集まった人たちに訴える。
なぜ、財務部や総務部の公認候補にのみ選挙資金が出るのかと。
不公平でないかと。



そういった優遇を受けておきながら『改革』を標榜する候補者がいるという現実を。
そんな候補を選んでも結局、真にこれまでと変わることはないと。
「でも、新しい高藤学園が見たい人がいるのなら、私を、大島裕樹を選んでください!」
スパンと、自分の胸を叩いた音が、辺りに響いた。
「うおおおおおおおっ!」
聴衆の熱い叫びが辺り一帯にとどろいた。



出だしは好調だった。
そして合同記者会見が始まった。



記者から、最重要政策は何かとの質問が出る。
これは想定していた質問だ。



「自由な校風を象徴する、多彩なクラブ活動の統廃合を検討する前に、先に正すべき場所があるんです!」
そう、この選挙はショッケンを守るために始めたことだ。



「長年かけて自治生徒会が作り上げてきたおかしな常識を、行政3部の外からの視点で精査し、正していきたい」
これが活動を通じて感じてきたこと。
それを自分の言葉で訴えた。



言い終えた直後、会場が大きく沸いた。
会長の指示通り、立場の違いを強調したが、うまくいったと言っていいだろう。



合同記者会見が終わり、講堂から出ると、千里が手を振りながら駆け寄ってきた。
そして当然のように手を繋ぐ。



ほどなく、他の部員も俺の周りに集まってくる。
どうやら俺の演説は好評だったようだ。



しかし、支持率調査では、まだ俺は他の二人に届いていない。
俺たちは対策を考えるべく、部室に戻った。



すると長机の上に、段ボールと簡単な書き置きが1枚置いてあった。
「タコスのおばちゃん、配達に来てたんだ」
千里が書き置きに目を通し、言った。



おばちゃんが持ってきたお菓子を配りながら、みんなで今後の方針について話し合う。
他の候補も言っていた、財源を確保する方法についてだ。
しかし、なかなかいいアイデアは出ない。
「まーまー、頭を使うときは、甘い物を摂るといいわよ」
葉月先生が机のお菓子を指差した。



げっそりした……



その時、千里が声を上げた。
「そっか、増やせないなら、減らせばいいんだ」
でも、それは東雲さんも言っていたことだ。
そのために俺たちショッケンは廃部の危機に立っているのだから。



「ウチはお菓子を仕入れる時、必ずタコスを使っているわよね」
千里がみんなの顔を見て言う。
そう、高藤学園のクラブは、予算のうち最低8割は、タコスかタコマとの取引で消化しなくてはいけない『8割規定』というものがある。



「そういえば、タコスやタコマで売ってる商品って、少し高いよね」
「そのへんのスーパーなんかと比べると、ずいぶん高いよ」
サルコンビが言った。



そうか、『8割規定』を廃止して、各部が自由に仕入れ先を選定できるようにすれば、経費が節減できるぞ。
「これなら新たな財源はいらないし、確実に実現できるわ」
なんだか興奮してきた。
みんなも顔を明るくさせて、色めき立っていた。



次の日、部室に会長が訪ねてきた。
そして、いつにもなくきつい口調で言う。
「『8割規定』を廃止するという公約を、即刻引き下げてください」と。



理由は言う必要ないという会長に対し、俺は言った。
「みんなでイチから考えた公約だ。それを理由もなしに取り下げるなんて、絶対にできない」



軽くため息を漏らし、部室の出入口に向かう会長。
そして、すれ違いざまに、切り捨てるような冷たい声でつぶやいた。
「あなたには失望しました」と。



家に帰ってからも、俺は会長のことを考えていた。
なぜ、あんなことを言ったのかと。
そんな俺を見て、千里が明るい口調で提案した。
「明日は、ぱーっとあそびましょ」と。



そして、土曜日。
俺たちは街に繰り出した。
「ふんふふんふふーん。らんららんららーん」
千里はずっと上機嫌だ。
しっかり手を繋いで、ときおり甘えるようにしなだれかかる。



そんな仲睦まじい俺たちに話しかけてきた人がいた。
「私を助けてください」と。
どうやらその人は近くの結婚式場のスタッフらしいのだが、模擬挙式のブライダルモデルが手配できなかったという。



俺は乗り気ではなかったんだが、千里がずいっと前に出た。
「やるっ!絶対やるっ!」
まあ、人助けになって、千里も喜ぶなら、やって損はないだろう。



そして模擬挙式は始まった。
純白のウエディングドレス姿の千里を見て、自然と言葉が出た。
「千里、よく、似合ってる。ホントに……」



なんだか、ふわふわしてきた。
ぼーっとして、とても幸せな気分。
まるで、本当に千里と式を挙げているような気持ち……



その時、急に昔のことを思い出した。
大好きだったウチの家政婦さんの結婚式に出席した時のこと。
「ごけっこん、おめでとーございます!」
小さかった俺と千里は、家政婦さんに一緒に花束を差し出した。



「今度は、ゆうちゃんと千里ちゃんの結婚式に呼んでね」
家政婦さんは花束を受け取りながら言った。



「ボクと……?」
「あたしの……?」
「ゆうちゃんは千里ちゃんが好き、千里ちゃんはゆうちゃんが好き……そうでしょ?」



「うん、僕、ちさとが、すきだよ」
「あたしも、ゆうきのこと、すき」
「ふふ……二人とも『恋』してるのね」



そうだった……
俺、このとき、千里に『恋』をしたんだ……
俺は大輝くんの代わりを始めたと思ってた。
でも、そうじゃなかった。
自分でそう思い込もうとしただけ。
千里のトラウマを知って、千里を守ろうと決めた。
そして、そのために『恋』を忘れようと……



今、はっきりわかった。
俺は、千里のことが好きだから……
千里に『恋』してるから……
でも、まだ言えない。
俺の『恋』は再スタートしたばかりだから。





【第5夜】へ続く



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