模擬結婚式のモデルをした帰り道、千里はいつも以上にご機嫌だった。



「またいつか、二人で食べたいな」
そう呟いた千里の視線が、駅そばにあるコンビニに向いていた。
この後、千里がどういう行動を取るかは、想像に難しくない。
「ちょっと、コンビニに寄っていい?」



家に帰った俺は千里に誘われるまま、ソファーに腰掛ける。
目と目が合う。
でも、久しぶりの息抜きを目いっぱい楽しんだ千里は、そこにはいなかった。
いるのは、背負った罪から逃れたい一心で、俺にすがろうとしている千里。
「これ、お願い」
差し出された、半分の板チョコ。



何度も繰り返された、千里の贖罪の儀式。
でも、これを続ける限り、俺の『恋』は成就しない。
「ごめん、チョコは、もう食えない」
まさか拒否されるとは微塵も思っていなかったのか、千里は固まった。
「ど、どうして?」
絞り出すような声で尋ねた千里。



その千里の目を真っすぐ見つめて、俺は告げる。
「千里のことが、大切だから」
チョコを食べ続ける限り、千里は本当の俺を見てくれないから。
俺はもう、大輝くんの替わりはしたくない。



ホントに大事なことを思い出したから。
「俺は千里に『恋』してる。俺、千里が好きだ」
瞳いっぱいに涙をため、千里は嬉し気に何度も頷いた。
そして、感極まり、俺の胸に飛び込もうとするが……



ぐっと千里の肩を押さえて、動きを制止した。
「どうして?」
「千里は俺だけを見ていない。俺と一緒に大輝くんも見ている」
証明して見せてほしい。
俺はチョコレートを手に取った。
とてもつらいだろうけど、これしか方法はない。



「これを食べてみせてほしい。このチョコは、もともと千里の分だから」
俺を頼らず、昔のように大輝くんと二人でチョコを分け合うことができれば、それは一つの証明になる。
なにも言えなくなり、千里はうつむいた。
そんな千里に、今度は俺がチョコを手渡す。
「これを食べて、俺を選んでほしい」



「でも、あたしが裕樹を選んだら、大輝はどうなるの?きっと、裕樹との『恋』に夢中になって、忘れていく……」
「なら、忘れなきゃいい。それなら俺も協力できる」
千里が大輝くんを偲ぶことに協力できることがあれば、俺はいくらでもする。
「これから俺たちは大輝くんも含め、3人になる。2.5人はもう耐えられない」



「ごめんね」
千里がつぶやく。
「なにが?」
「決めたの、裕樹と一緒に生きるって……でも、身体が動かないの……」
華奢な身体を小さく震わせ、涙声で言う千里。



そんな千里の頭をそっと撫でる。
「千里の気持ちはわかったよ。俺と『恋』をしたいんだね?」
「あたし、裕樹と『恋』がしたい。他の誰でもない本当の裕樹と」



「そっか……じゃあ、最初だけ手伝うよ」
そう言い、チョコを手に取る。
そして、パキパキと割り、小さなひとかけらを千里の唇に……



俺も、チョコの一端を咥える。
そして……
唇が重なった。



そして、ふたつの唇はそっと離れた。
「チョコ、食べられたよ……」
再び、どちらからともなく唇が近づく。
二度目のキスでふと思う。
千里とのキスは、チョコの味……



翌朝、目覚めた俺の目に飛び込んできたのは、愛しくてたまらない、俺の恋人の笑顔だった。
「千里、好きだよ」
「あたしも裕樹が大好きだよ」
潤んだ瞳で見つめあった後、俺たちは再び唇を重ねた……



「ただいまより、自治生徒会長選挙、候補者討論会を開催いたします」
司会の宣言により、討論会は始まった。



俺は二人の候補者に対し、質問を投げかけた。
「現政権の無駄を批判し、それを削減する公約を挙げておられますね」
それに対し、二人は頷く。
「私たちもなにかないと考えたのですが、ひとつわかりやすい削減対象がありました」
一呼吸置き、俺は言う。
「8割規定です」
二人の表情が変わった。



「明らかに特定団体の利権になっている8割規定の撤廃を、追加の公約としてあげさせていただきます」
俺は宣言に、聴衆がざわめく。
きっと、俺と二人の立場の違いが、深く刻まれたに違いない。
これでいい。
この調子でいけば、俺は勝てる!



討論会は俺の勝利で終わったと言ってもいいだろう。
それから数日、俺たちは日課となっている立会演説をこなしていた。
「はい、それじゃ撤収――っ!」
千里のかけ声とともに、俺たちはぞろぞろと部室へ向かう。



千里が鍵を開けて、扉を開く。
「ん?なんだか煙く――」
その時、激しく響き渡る爆裂音。



部室に静寂が戻り、みんな恐る恐る、あたりの確認を始める。
「爆竹?」
爆心地付近に散らばる紙くずのような残骸。
確かに爆竹の残骸のように見えるが……



「ん?これは……」
長机の上にあった紙切れに気づき、千里が手に取った。
そこにはこう書かれていた。
『これは警告だ。今すぐ選挙を放棄しろ。さもなくば身の安全は保障しない』
脅迫状……



いったい誰が?
その時、葉月先生が言った。
「犯人はタコスの連中よ。100%じゃないけど、十中八九ね」



そうか、8割規定が廃止されれば、一番ダメージを受けるのはタコスだ。
でも、タコスの人で、自由にこの部室に入れる人なんて……
いるぞ!
「タコスのおばちゃんっ!」
そうだ、おばちゃんには配達に使ってもらえるよう、合鍵を渡している。



「違うのですっ!」
おばちゃんのことが大好きなのんちゃんは、力いっぱい否定する。



おばちゃんが主犯だとは限らない。
しかし、おばちゃんの鍵が使われた可能性は高い……
「おばちゃんより偉い人に命令されて……とか?」
みいちゃんが言う。



「おばちゃんから話を聞きましょ」
みんなを見て、千里が言った。
その日の放課後、俺たちはおばちゃんを部室に呼んでいた。


「申し訳ない、ホントに申し訳ないよ」
絞り出すような声で、謝罪を繰り返すおばちゃん。



やっぱり、おばちゃんの持つ鍵が使われていたのか。
鍵を貸さないとクビだと、上司に強制されたらしい。



「そんなに自分を責めないで、おばちゃんが悪いわけじゃないわ」
千里は、おばちゃんにそう言った。



「違う……この人、悪い人」
いきなり森下さんが言った。



「おばちゃんは悪くないのです。のんちゃんが保証します!」
のんちゃんがムキになって擁護した。



とにかく、今はおばちゃんを責めているときじゃない。
しかし、困った。
タコマが犯人だという証拠はないんだ。
その時、おばちゃんが声を上げた。
「あたしが、上とかけあってみるよ」と。



そんなことをしたら、おばちゃんがクビになってしまうかもしれない。
でも、おばちゃんは「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」と言った。
今は、おばちゃんに任せるしかなさそうだ。



その帰り道、俺たちは不安でいっぱいだった。
いつタコマの連中に襲われるかわからないからだ。
なるべく一人にならないように、ペアになり帰宅した。
それに、のんちゃん特製のGPS発信機もみんなに配られている。
これがあれば、最悪どこかに連れ去られても、場所はわかるはずだ。
そんなことがなければいいんだけど。



次の日、部室におばちゃんがやって来た。
約束通り、おばちゃんは上の人に掛け合ってくれたようなんだが、そんなことは知らないととぼけられてしまったという。
確かに証拠はない。
だけど、限りなくクロに近い。
これ以上はどうしようもないのか?



何の対策も浮かばないまま、選挙戦最終日がやって来た。
今日ですべての運命が決まる。
昼休み、一同はショッケン部室に集結していた。
候補者である俺は、みんなより一足先に講堂へ向かわなくてはいけない。
「それじゃ、みんな、行ってくる」
俺はみんなに向かい、力いっぱいそう言った。



どうやら、千里も講堂まで一緒について来るようだ。
俺たちはみんなの声援を受けながら、部室を後にした。



講堂へ向かう途中、千里の携帯の着信音が鳴った。
タコスのおばちゃんからだった。
電話に出る千里。
「えっ?犯人が分かったっ?」
おばちゃんがそう言ったらしい。



「今すぐ行くから、待ってておばちゃん」
電話を切ると、千里は慌てたように言う。
「早く行かないと、犯人が逃げちゃうかもしれないって」



「だけど、千里がひとり行ったって……」
俺の呼び止めも聞かず、千里は離れていく。
追いかけたかったが、時間がない。
ただ、なんか嫌な予感がする。



俺はひとり、候補者の控室で、俺の最終演説が始まるのを待っていた。
演説の順番はくじ引きで最後に決まった。
しかし、千里をひとりで行かせるべきじゃなかった。
演説のことよりも、それが不安でたまらない。
その時、俺の携帯が震えた。
液晶に千里の名前が表示されているのを見て、慌てて出る。



「住吉千里を拉致した」
誰だかわからない声が携帯から聞こえてくる。



「解放してほしくば立候補を辞退せよ」
それだけ言うと電話は切れた。



明らかに普通の人の声じゃなかった。
人工音声というよりは、何か機械をかまして変換を掛けたような声……
不気味な声は「千里を拉致した」と言っていた。
考えろ!
最優先事項を考えろ!
それは、千里の身の安全を確保することだ。



しかし、その選択は、失うものも大きい。
きっと、みんなは許してくれる。
けど、千里は自分が許せなくなるだろう。
他に手があるのなら、避けたい選択だ。
しかし、やみくもに探しても、見つかる可能性なんてないに等しい。
あっ!GPS発信機!



たしか千里は、携帯に付けていたはず。
素早く携帯を操作して、のんちゃんに電話を掛ける。
「千里が拉致された!」
のんちゃんが出た瞬間、俺はそう叫んだ。
「千里のGPS発信機を追って、居場所を突き止めてほしい」
俺がそう言うと、のんちゃんは何やら機械を操作している。
「反応あったのです!ロックゲートふきんなのですっ!」



よりによってロックゲートとは……
学園の敷地の一番端……
徒歩でゆうに15分はかかる距離だ。
だけど……
行くしかない!
俺は控室を飛び出した。



俺は走った。
一刻も早く、千里の下に行かなけりゃ。
どうにか、とりあえずの目的地までついた。
でも、この辺りというだけで、千里が拉致されている詳細位置まではわからない。


と、その時、のんちゃんから連絡が入った。
詳細探索が可能になったらしい。



さっそく調べてもらうと、ロックゲートの東にある、タコスの物流倉庫に千里はいるようだ。
しかし、発信機の信号が動き出したらしい。
こっちの動きを知られたのか?
車で移動されたら厄介だぞ。



俺は倉庫に向かって走り出した。
そして、道を右に曲がったところで、意外な人物と鉢合わせになった。
タコスのおばちゃんだ。
よかった、おばちゃんは無事だったんだ。
あとは千里を見つけるだけだ。
おばちゃんに背を向け、一歩踏み出そうとしたその瞬間……
ドンッと横っ腹に強い衝撃を受け、そのまま地面に転がる。


俺は森下さんに突き飛ばされていた。
「前、見て」
森下さんはそう呟く。
俺をかばうように両手を広げている森下さんの前にいたのは……



電気シェーバーのようなものを持ったおばちゃんだった。
いや、でもあれは。
スタンガン!



「あの人は悪い人」
森下さんは以前も言ったその言葉を再び言う。
スタンガンを俺の背中に当てようとしていたらしい。



その時、森下さんがチラッと右側を見た。
俺もつられてそちらを見ると、男に抱えられた千里がいた。
目隠しをされて、後ろ手に縛られている。



そのまま、千里はワゴン車に連れ込まれた。
そしてエンジンがかかる。
おばちゃんもワゴン車に乗り込んだ。
このままじゃ千里がっ!
慌てて飛び出そうとした俺を、森下さんが引き留める。
「大丈夫」



そう言った森下さんの手には、ドライバー型の錐が握られていた。
その直後、千里を乗せたワゴン車は発進するが……
ほんの数メートル走ったところで、不安定によろめき、、ぐるんとスピンした。
見ると、右側の前輪と後輪の空気が完全に抜けていた。
「パンク?」



「森下さんがやったの?」
森下さんは答えない。
でも、きっとそうなんだろう。
ただ、今来て、そんな芸当はできないだろうから、ずいぶん前から仕込んでいたわけで……
「もしかして、ずっとおばちゃんを張ってた?」
「あの人は悪い人。絶対、なにかすると思った」
きっと、ひとりでなんとか千里を救出しようとしていたんだろう。



「なんで車がパンクしてるんだいっ?」
ヒステリックに叫びながら、おばちゃんがワゴン車から降りてきた……
千里を連れて!
「おっと、動くんじゃないよっ!」
おばちゃんは手にしていたカッターを、千里の喉元に突き付けた。



「おばちゃんっ!千里を離してくださいっ!」
「離してあげるさ。あんたの演説予定時刻が過ぎたらね」
どうやら、立候補辞退を迫るのをやめ、時間切れに持ち込む作戦に変えたようだ。



ジリジリと、時間が過ぎていく。
その時、俺たちの後ろに、のんちゃんたち3人が現れた。
のんちゃんは一歩前に出て、おばちゃんに言った。
「ちーちゃんを離してあげてほしいのです」



「はぁ、うっとおしい子だねぇ。みんなより小さいから、ちょっとかわいがってやっただけなのにさ」
「そうですか、目の前のおばちゃんは、のんちゃんの知らないおばちゃんなのですね」
とても残酷なやり取りだった。
あれだけ、おばちゃんは悪くないとかばったのんちゃん。
それが、こんな形で裏切られるなんて……



でも、のんちゃんは言った。
「のんちゃんの知らない人なら、思う存分こらしめることができるのです!」


次の瞬間。
「のんちゃんフラーーーシュっ!」
ものすごい光が辺りにあふれた。



そのスキに乗じ、俺はおばちゃんの下へ駆け寄る。
「千里っ!」
俺の声に反応して、おばちゃんのカッターがこちらに向かって振り下ろされる。
ダメだ、かわせないっ。



「にゃっ!」
覚悟したところで、森下さんがおばちゃんの手首をピンポイントで蹴り、カッターが遠くに飛んでいく。
直後、反動で千里がすっぽりと、俺の胸に納まった。
「4.6サンチガムガム砲っ!てぇーーーーっ!」
のんちゃんが叫ぶ。



のんちゃんの放った粘着弾がおばちゃんたちに貼りついた。



「千里、ちょっと待ってて」
目隠しを外し、手首のヒモも外す。
そして、思い切り、本当に思い切り千里を抱きしめた。



「結局は、あたしたちの勝ちだね。もう戻ったって演説の時間には間に合わないよ」
地面に貼りついたおばちゃんが不敵に笑う。



その時、サルコンビが自転車に乗って飛び込んできた。
「大島、乗ってっ!」



サルたちの後ろに乗る、俺と千里。
次の瞬間、サルたちはペダルをこぐ足に力を込めて走り出す。
「おりゃーーーーっ!」



ふたりの頑張りで、5分ほどで講堂にたどり着くことができた。
俺と千里は急いでステージに駆け上がる。
「みなさん、大変お待たせいたしました。大島裕樹です」
俺は声を張り上げる。



俺は思いのたけを生徒全員に向かって叫んだ。
8割規定のことを、そして競争入札制にすることなどを……
そして言う。
「もっといい学園に変えるため、みなさん、どうか力を貸してくださいっ!」



刹那、わき起こる大きな歓声と拍手。
それは、いつまでも鳴りやまなかった……



次の日、ショッケンの部室にはいつもの光景があった。
「すっかり、元通りだなぁ」
ショッケンの光景を見て、思わずつぶやいた。


「まあ、とりあえず来年の3月までは廃部にならないからねぇ」
俺のつぶやきに千里が答える。



しかし、今年度中になにか実績を作らないと、廃部は確実だろう。
そう、俺は選挙に落ちていた。
約100票差の僅差での落選だ。
だが、これでよかったのかもしれない。
俺に生徒会長だなんてガラじゃないからな。
実績を上げて、ショッケンを守る。
それがこれからの俺たちの戦いだ。



そして、その日の帰り、俺と千里は商店街のお菓子屋に寄った。
そこでチョコレートを1枚買ったのだった。



次の日、俺は千里と一緒に住吉家のお墓を訪れていた。
大輝くんと男の約束を交わすためだ。
これからは、別々になって千里を支えていこうって。



俺と大輝くん、そして千里の3人で、これから先を生きていくんだ。
確かに大輝くんの未来はない。
だけど俺たちの未来を大輝くんにわけてあげることはできるんじゃないか?



「楽しいことがあったら3人で分かち合うんだ」
そう言って俺はチョコレートの3分の1を割り、墓前に供えた。
「うれしいことがあっても、3人で分かち合う」
そう言いながら、3分の1を千里に渡す。



「そして、悲しいことがあっても、やっぱり3人で分かち合う」
残った3分の1のチョコを自分の唇に寄せた。


「これからは3人で分かち合おう。一生、ずっと!」
3人で分かち合ったチョコレート。
それは、甘くて、ほろ苦い……
恋の味だった……




 


 

チョコレート繋がりでバレンタインデーに書き始めた今回の記事も、いつの間にやらホワイトデーまでかかってしまいました。
長かったです。
撮影したスクリーンショットの枚数は10,700枚!
ファイルサイズはなんと2GBを超えていました。
どうやら今作は、1周目のプレイではメインヒロインの千里しか攻略できないようです。
千里編だけでも、この枚数ですから、他のキャラまで攻略していたら大変なことになっていました。
しかし、結構重要なポジションにいたタコスのおばちゃん。
せめて立ち絵くらいは用意してほしかったです。



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