きっと本気の恋をする



予定よりも早く授業の終わった俺は、みんなよりも一足先に部活へとやってきた。
まだ誰もいないであろう部室の扉を開ける。



いや、いた。
おかしな体勢の見知らぬ女の子と目が合った。



「どちら様?」
戸惑いながら声をかけるが返事はない。
ただただ、じっと俺を見つめている。



なんとなく気後れして、わずかに目をそらすが……
丸見えだ。



「キミはなにをしているの?」
もう一度声をかける。
「別に……」
女の子はつぶやくように一言だけ答えた。



「もしかして入部希望だったりする?」
俺がそう問いかけると、やや間があった後、女の子は首を縦に動かした。
ひっくり返っているので、微妙に肯定の動作なのか悩むが、そうだと仮定する。



しかし、ずっと下着が丸見えのポーズを取られ続けるのは困る。
このタイミングでほかの部員が入ってきたら、あらぬ誤解を受けてしまう。
「姿勢を直してください、お願いします」
女の子は、俺のお願いを聞き入れて、ゆっくり身体を起こした。



「ええと、確かロッカーの中に」
入部届を発見して、女の子のそばへ戻る。
「はい、これの必要事項に記入して……」



それを受け取った女の子は入部届にペンを走らせた。
そして「書いた」とだけ言った。



俺は女の子が書いた入部届に目を通す。
「森下未散、1年生」
小さな字でそう書かれていた。



1年生か、一つ下だな、と考えつつ、「なにか食べる?」と聞いた。
「食べる?」
森下さんは不思議そうに首を傾げた。
あれ?ウチの実態をわかってて入部を希望してるんじゃないのか?



「ウチは『食品研究部』なんてたいそうな名前がついているけど、実際の活動はお菓子を食べるだけだんだ」
そう説明した。



普通ならあり得ないんだけど、ここは自由な校風で知られる高藤学園だ。



「もう少ししたら他の部員も集まってくると思うんだけど、それまでは……」
つぶやきながら、俺はお菓子のストックスペースへと向かった。
駄菓子屋のようなそのスペースには、定番スナックと駄菓子、シーズンごとに発売される新製品のお菓子がずらりと並んでいる。



そこから適当に駄菓子をチョイスして、森下さんの前に戻った。
「『やおい棒』だけど知らない?割とメジャーな駄菓子だと思うけど」
それを差し出すと、少しの間があって、森下さんが受け取った。
ちらっと俺の顔を見た後、おもむろにパクつく。



「おいしい」
どうやら口に合ったらしいが、やっぱり顔色はなにひとつ変わらない。



と、その時。
「おはよーっ!」
部員の二人が入ってきた。
俺は二人に森下さんのことを紹介する。



「ようこそ、食品研究部へ!」
部長の住吉千里が、森下さんに声をかけた。



そして、みいちゃんこと木場美冬も同じように自己紹介する。



そして千里は俺の方を指差し言った。
「こいつは大島裕樹。あたしの所有物よっ!」



「所有物?」
森下さんは不思議そうに俺を見つめた。
「違う、違うっ。千歳と俺はただの幼馴染。所有された覚えもなければ事実もないっ!」
慌てて否定する。



まったく、千里はいつもこうだ。
俺があきれていると再び部室の扉が開いた。
副部長をしている1年生の夢島朧だ。
みんなからはユメと呼ばれている。



さっき森下さんが食べた『やおい棒』を作っているのがユメの実家である。



「はよーっ!」
けたたましく二人組が部室に飛び込んできた。



森下さんに気が付いた二人も自己紹介した。
こっちは猿江愛、2年生。



そしてもう一人は門前仲綺衣。愛の幼馴染だ。



「サルコンビと呼ばれているんだ」
俺が森下さんに説明すると「サルちゃうわっ!ウッキーーーーっ!!」と鳴いた。



「グッドモーニングエブリバデーなのですーっ!」
また一人、入ってきた。



彼女は前部長の3年生、枝川希美。
みんなからは『のんちゃん先輩』と呼ばれている。



その時、一人の教師が姿を現す。



顧問の東雲葉月先生だ。


これで全員がそろった。
ここにいるのが食品研究部『ショッケン』のフルメンバーだ。



普段なら集まり次第、適当にお菓子を食べるところなんだが、今日はやることがある。
それは『やおい棒』の試食モニターだ。



ショッケンでは試作品の試食モニターをしている。
そのおかげで『やおい棒』は食べ放題だ。



数少ない、というかたった一つのまともな活動である試食をしているうちに、窓から夕陽が差し込む時間になっていた。
「そろそろアガリにしよっかー」
千里のその声を合図に、部室の戸締りを確認した後、俺たちはそれぞれ帰路につく。



「ただいまー」
誰もいないとわかっていても、不思議と帰宅の挨拶は口から出るもんだ。
するするとネクタイを外しながら、テーブルの向こうにある、父さんの写真へ視線が移る。
親父というよりは、俺の兄貴と言った方がしっくりくるような、若い姿の父さん。



父さんの時間は、そこで止まってしまった。
以来、母さんと俺のふたり暮らし。
母さんとふたり……それが俺にとっての当たり前だった。
それでも最近は、母さんは地方の仕事が忙しく、一緒に過ごす時間はかなり減ったけど。



こんなに放任主義で大丈夫なのかね?
そんな風に心配してしまうが、やはり隣の存在が大きいのだろう。
千里のみならず、住吉家とは家族ぐるみの付き合いだ。
小さい頃から、母さん不在の時は千里のおばさんが、よく俺の面倒を見てくれた。
最近はできるだけ迷惑を掛けないようにしているが。



俺が着替えを終えて自室にいると、開いたサッシの向こうから千里が顔を出した。
「いいかげん、バルコニーから出入りするのはやめようぜ」
俺がそう言うも、「いいじゃない、こっちの方が近いんだから」と言い放つ。



そして俺が飲んでいたスポーツドリンクに目をつけると、それをかすめ取り、ぐいっとペットボトルをあおる。



俺は満足げな笑みを浮かべる千里から、ペットボトルを取り返す。
「ちょっとは意識しろよ」
そう言うと「裕樹と間接キスしちゃった……恥ずかしっ……って、やればいいんですね、わかります」
と、ちっとも恥ずかしくもなさそうに言った。



これでもお年頃の健全な男だ。
恋のひとつやふたつに憧れてなにが悪い。
しかし千里は「あんたが理想に思うような女はこの世にいないだろうけど」なんて言いやがった。



理想のタイプというより、恋には『ときめき』が必要だと思うんだ。
「ときめき、ねえ」
千里はあきれたように言う。
「ま、千里には縁遠い話だけどな……んおっ?」



瞬間、額がぶつかるくらい近くに身を乗り出してきた。
「わたしには、ときめくことができないってことぉ?」
千里はぐるんと俺の背後に回り、「えいっ!」としがみついてくる。



「どーお?ときめくでしょ」
千里はぐりぐりと胸を押し付けてくる。
俺は力づくで千里を引きはがした。



そんな俺の顔を覗くように見て、千里はニヤッと笑う。
「あたしに、ときめいたでしょ」と。



答えに詰まった俺の姿を見て満足したのか、千里はそう言って笑顔を見せた。
含みのない、幼馴染の素の笑顔に、俺は不覚にもときめいた。
長年一緒にいても、この不意に見せるとびきりの笑顔には弱かった。



だけど、そこから恋には発展しない。
それが幼馴染というヤツだ。



翌朝、俺たちが教室に入ると、クラスメイトの有明美絵瑠がやって来た。
そして、少しまじめな顔を作り、口を開く。
「東雲皐月のマニフェストの話、聞いた?」と。



東雲皐月は次期会長選に立候補するらしい現時点での最有力候補だ。
有明が聞いてきた噂によると、部活動の実績により、予算を配分すると言っているらしい。
お菓子を食べているだけのショッケンは実績というものがない。
確実に予算を削られてしまうだろう。



しかし、まだ噂に過ぎない。
気にしすぎることはない。



そしてあっという間に時間は流れ、放課後がやって来た。
俺たちは校舎から出て、橋の向こうに見える部室棟を目指して歩き出す。
これだけ大きな学園になると、移動だけでも大変だ。



と、校舎の脇に止まっている数台のバスが目に入った。
ずらっと並んだ生徒が、先頭のバスに次々と乗り込んでいく。
それを見た男子生徒が「ケートクが詰まってる。すっげえ臭そう」と言った。
隣の男子生徒も「金がないんだったら、おとなしく公立に通えばいいのに」とバカにしたような口調で続けた。



バスに乗り込んでいる生徒たちは、入学金と授業料を免除される代わりに、一定の労働義務を負っている『経済特待生』、ケートクだ。
確かに一般生徒と区別される存在だけど、ひどいことを言われる謂れはないはずだ。
しかし、ケートクを蔑む一般生徒が少なからずいることも事実だった。



「きゃあっ?!」
「げふっ!!」
その時、不意に背中からどつかれた。
「ご、ごめんなさいっ!」
ぶつかってきたと思われる相手が、ぐいっと頭を下げた。



「ごめんなさい、あたし急いでて、ごめんなさい、ごめんなさい」
いや、そんなに謝らなくても。
「それより、遅刻しそうなんじゃなかったっけ?」
俺がそう言うと、「すみません、すみません、ホントにすみません」と3回深くお辞儀して駆け出す。
その先にあるのは、ケートクの送迎バスだった。



ん?
足下に落ちている何かに気づいた。
身体をかがめ、それを拾い上げる。
キーホルダー?
ふたつのカギが留められているキーホルダーだった。
さっきの娘のかな?



だったら追いかけないと、と思ったが。
そのバスのエンジンが始動し、ブルルンと車体が揺れた。
遅かったか―。
それにしても、可愛い娘だったな。



新たな出逢いの予感がした。


【第2夜】へ続く


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