俺と千里とみいちゃんは、いつも通り代わり映えしない通学路を、他愛もないことを話しながら学校へと向かっていた。
すると遠くに人だかりが見える。



そこへ行ってみると、得体の知れないマスクマンがなにかを配っている。
なんだアレは?



「なにって、次期生徒会長選に出馬する、自治生徒会の総務部長でしょ」
千里が言った。



なにを配っているんだろう?
人混みをかき分け、辰巳が差し出したものを受け取る。
それは辰巳が印刷されたカードだった。



「これってプリベイドカードですよね?」
みいちゃんがカードを見ながら言う。



選挙で投票してほしいから金券を配ってるんじゃないのか。



しかし、辰巳は言った。
「一切そのようなことを口にはしていません」と。
『投票してください』とか『立候補します』とか、選挙にまつわる言葉を口にしなければ問題にならないということだろうか?
ただ、すごく浅ましい行為に思えた。



キンコン、カンコーン……
終業のチャイムが鳴り、休み時間になった。
なにか用事があるのか、スタスタと千里がこちらへ向かってくる。
「あんた昨日、キーホルダーを拾ってなかったっけ?」



すっかり忘れていた!
キーホルダーには家の鍵らしきものがついている。
きっと困っているだろう。
しかし、どこの誰だかわからない。



そうか、治安部の遺失物センターがあったな。
俺たちは遺失物センターに向かった。



遺失物センターの前まで来ると、一人の女の子がセンターから出てくるところだった。
あっ。
俺が彼女に気づいた後、彼女もまた俺に気づいた。



「昨日はぶつかってごめんなさい」
彼女はまた謝る。
「それより、これ」
彼女の前にキーホルダーをかざす。



「よかったぁ」
彼女は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
俺からキーホルダーを受け取った彼女は、深々とお辞儀した。



「わたし、1年生の青海衣更といいます」
彼女はそう名乗った。
俺たちも自己紹介する。



「今日はホントにありがとうございました」
最後にもう一度お辞儀して、青海さんは俺たちから離れていく。
とても可愛い笑顔に、昨日と同じようなトキメキを感じた。



その日の放課後、俺と千歳はいつもの商店街へと来ていた。
値下げされた野菜を買うためだ。
人出のピークは過ぎたが、まだまだ商店街は賑わっている。



それから日が落ちるまで商店街に何件もある八百屋さんを一巡し、だいたい欲しいものは買いそろえた。



そろそろ帰るか。
俺たちが来た道を戻っていると、ファストフード店の裏口から、ゴミを運ぶ店員が出てきた。
なんだか、見覚えがあるような……



あれ?青海さん?
「あっ……」
こちらの顔を見てカチーンと固まった。
表情は凍ってるけど、完全完璧に青海さんだ。



「青海さんはここで働いてるの?」
「え、いえ……その……」
なにか歯切れが悪い。



それを見て千里が俺の耳元でささやく。
「ウチの学校、バイト禁止よ」と。



「でも、青海さんはケートクだから、ここで働いているんじゃ」
俺がそう言うと、千里がまたささやく。
「1年生のケートクは、みんな工場で仕事でしょ!」



青海さんは笑顔だったが……引きつっていた。
「お願いしますっ!どうか見なかったことにしてくださいっ!」
青海さんは深々と頭を下げた。



詳しいことはわからないけど、並々ならぬ事情がありそうだってのはわかる。
「俺も千里も、絶対誰にも言わないから」
俺はそう言った。
「あ、ありがとうございますっ!」
印象的な笑顔を残して、青海さんはバイトに戻った。



「ああいう頑張ってる娘は、応援したくなるわねー」
千里はにこやかにそう言った。



次の日の放課後、部室へ入った俺を待っていたのは、どこかで見たようなチョコレート菓子の箱だった。
いつもお菓子を買っている高藤学園購買部ストア『タコストア』のおばちゃんからの差し入れだ。



類似品でも味は似たようなもんだろうと、みんなで食べ始める。
しかし、千里は手を出さない。
千里はチョコを食べることができないんだ。



その時、部室の扉がノックされた。
入ってきたのは次期生徒会長選に出馬する予定の東雲皐月さんだった。



そのためのマニフェストを作成するために、すべての部活動を調査しているのだという。



まずいな。
ショッケンには活動実績といったものは存在しない。
なにしろ、お菓子を食べているくらいのことしかやっていないのだから。
さすがの千里も言葉を詰まらせた。



千里は東雲さんをにらむように見据えているが、言葉が出てこない。
「わかりました、もう結構です」
そう言うと東雲さんは部室の扉を開けて出ていった。



部活も終わり、千里と一緒にいつもの道を歩いている。
千里はうつむき加減のまま、黙々と下校の道を進む。
千里がこうなっている理由を俺は知っている。
決して東雲さんとのやり取りのせいではない。
「買い物、付き合って」
千里は唐突にそう言った。



夕方の商店街はいつものとおり、大賑わいだ。
だけど、周りが賑やかなだけ、静かな千里が逆に目立ってしまう。
なにかを思いつめたような表情を浮かべ、人混みをかき分けていく千里。
そして一軒の店の前で立ち止まる。
俺を外に残し、千里は店の中に入っていく。



そこは、チェーン展開しているお菓子の安売り店だ。
お菓子はいつも部活で食べるから、俺はこの店で買い物する機会はまずないんだけど、千里は定期的に利用している。
「おまたせ」
店から戻って来た千里の手には、1枚のチョコレートがあった。
ごく普通の、なんの変哲もない板チョコ。
それが定期的に千里が買うお菓子だった。



「それじゃ、帰ろうか」
俺の言葉に小さく頷いた千里が、すっと俺の手を握った。
なにも言わずに握り返す。
「明日の夜、裕樹の部屋に行っていいよね?」
「うん、待ってるから」
千里は握っている手にきゅっと力を込めた……



次の日の夜、ベッドに寝転がりながら漫画を眺める。
しかし、なにも頭に入ってこない。
ちらっと、サッシの向こうを意識する。
カーテンの隙間からわずかに覗ける夜のバルコニーに、人影が見えた。



ほどなくして、サッシがゆっくり開いていく。
普段の乱入劇とは違い、かなりおとなしい。
千里の表情も、どこか暗い。
だけど、そんな状態の千里が入ってくることは、わかっていた。



「これ……」
銀紙に包まれたなにかを差し出した。
それは、ぴったり半分の板チョコ……



「……食べて……」
小さく頷いて、俺は千里からチョコレートを受け取った。
そのまま銀紙をぴらっと剥いて、おもむろに頬張る。
ごく普通のチョコレートの味が口に広がる。



躊躇せず、パクパクとチョコを頬張り続ける。
そんな俺を、千里はまっすぐ見つめている。
最後のひとかけらを咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。
「おいしかったよ」
「そ、よかった」
表情のなかった千里の顔に、すーっと笑みが浮かんでいく。



これで、すべてのプロセスが終了し、月に一度ある儀式のようなモノが終わった……



次の日の放課後、部室にはいつものメンバーが集まっていた。
「なんか、いつも通りだなぁ」
ショッケンの光景を見て、思わずつぶやいた。
明日も明後日もその先も、ずっとこんな感じなんだろうか?
ふと、東雲さんの顔が浮かぶ。
そこはかとない不安感が胸をよぎる。



と、そのとき。
「大変よーっ!」
勢いよく、クラスメートの有明とガレージが部室に入って来た。



東雲さんのマニフェストが発表されたのだという。



慌ててそのマニフェストを確認した。
『標榜する活動内容と実態がかけ離れている部が少なくない』
『実績もなく、予算の使途も不透明で、私的流用が公然と行われている』
『全クラブの活動内容と実績を精査し、予算の付け替え、クラブの統廃合を行う』
だいたい、想定していた文言が並んでいる。
ただ、ひとつだけを除いて……



統廃合?
「統廃合対象クラブのリストを見てっ!」
有明が言った。
そして、リストのトップにあったのは……



『食品研究部 廃部』



時間が止まったかのように、空気が固まる。
静まり返った部室で、みな微動だにしない。
「みんなの集まる場所がなくなってしまう……」
みいちゃんがつぶやいた。



なにがダメだったんだろう。
実績がなかったからか?
でもいまさら実績を作ることなどできない。
どうすれば廃部を回避できるのか、まったく見当がつかない。



その時、葉月先生が手を上げた。
「はーい、ひとつ質問」



「ショッケンが廃部になるって、いつ決まったの?」
確かに東雲さんのマニフェストに載っただけだ。
しかし、東雲さんは現時点でダントツの支持率。
決まったも同然だ。



「他に有力な候補者はいないの?」
葉月先生がまた聞く。



「総務部のあれかぁ……」
千里は露骨にイヤな顔をした。
辰巳茂平治か。
ルールに抵触していなければ、なにをやってもいいというあの人の姿勢が、好きじゃないんだろう。



「だったら、ウチの誰かが立候補してみる?」
唐突に葉月先生が言った。



「それだ!!」
会心の声をあげ、千里は俺をびしっと指差す。
「裕樹!あんたが立候補しなさいっ!」



は?


【第3夜】へ続く


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