「死神かあ……」
橘さんがまたつぶやく。
藤崎さんのことを思い出しているのだろう。



僕は並んで歩きながら、その横顔に藤崎さんを抱いていた時の優しい表情を重ねていた。



「……?」
自分の部屋まで戻って来た時、僕はドアの下に小さい紙が挟まれているのを見つけた。
僕はドアの前にしゃがみ込んで、二つ折りになったメモ用紙程度の紙を取り上げる。



どくん、と心臓が鳴った。
……死神だ。
僕の中で、その言葉が浮かんで消えた。



僕たちは部屋に入って今後のことについて話し合っていた。
あの後、いったん自分の部屋に戻った橘さんは、『3』と書かれた紙をヒラヒラさせながら戻ってきた。
どうやら、橘さんの部屋のドアにも同じものが挟まれていたらしい。



「これは犯人からの脅迫よ」
橘さんは続けて言った。
「そして同時に犯人を絞り込む決め手でもあるわ」



そう、僕たちの捜査が犯人に迫ってきたため、犯人は脅しをかけてきたんだ。
つまり犯人は水泳部の中にいる。



橘さんは明日も捜査を続行することを僕に約束させて自室に帰っていった。
今日の所はここまでにしておこう。
明日も橘さんにこき使われるはずだから……
そして僕は深い眠りに落ちていこうとしていた。



突然、激しいノックとともに、悲鳴に近い橘さんの声が響いた。
「双葉ちゃんが、双葉ちゃんが……」
激しくうろたえた橘さんの様子から、藤崎さんの身に何が起こったのかを悟った。



プールの水面に藤崎さんの体が浮いている。
まばたきすることの無い虚ろな視線は、すでに藤崎さんが息絶えていることを表していた。



遺体のそばに一枚の紙が浮かんでいる。
『0』
とても小さいはずのそれが、はっきりと目に飛び込んでくる。



つい昨日、「助けて」と言ってきた藤崎さんの泣きじゃくる顔が、声が、僕の脳裏に鮮明に浮かんでくる。
このままで済ませてたまるか。



その時、プールサイドに水泳部員たちが揃って駆け付けてきた。
がくりと石井さんが膝をつき、その長い髪が揺れた。



周りがにわかにあわただしい雰囲気に包まれた。
ようやく警察が到着したらしい。
「恵くん、行きましょ」
そう言って橘さんは、出ていくよう指示された生徒の流れに混じった。



そして、寮の部屋に戻った時、僕と橘さんはそれぞれのドアの下に挟まれた『2』の紙を見つけた……。



「おはよ」
翌朝、ドアを開けて橘さんが入ってきた。
昨日の一件でかなりショックを受けているのだろう。
いつもの元気はない。



僕たちは捜査会議を始めた。
藤崎さんが殺されたのは、彼女が僕たちに部の事情を話したからだ。



そして藤崎さんの言っていた「ある事件」ということが大きく関わっていると思う。
そこに今回の事件の鍵があるはずだ。



しかし問題はそれをどうやって聞き出すというところだ。
素直に話してくれるとは考えられない。



この手の情報を聞き出すには、個別に攻めた方がいいだろう。
僕たちは水泳部部長の浅間さんに話を聞く事にした。
「あなたたちには関係ないでしょう!」
しかし浅間さんはヒステリックにそう叫んだ。



「僕たちは藤崎さんから助けてって頼まれていたんです」
僕は言った。
「双葉ちゃんは助けられなかったけど、その遺志は果たしたいの」
橘さんも言う。



浅間さんはしばらく考えた後、「入って」と僕たちを部屋の中へと促した。
部屋の中に入った浅間さんは、うつむきながら言った。
「合宿が終わってから伊都子の様子がおかしかった」と。



心配した浅間さんは問い詰めたのだという。
すると石井さんは泣きながら打ち明けたらしい。
合宿の最中、先生に乱暴されたと。



ショックだった。
しかし同じ女の子である橘さんは、ずっと大きなショックと、そして怒りを感じたんだろう。
それからほどなく浅間さんの部屋を後にした。
「やっぱり石井さんのところに行かなくちゃダメだよね」
考え抜いたであろう橘さんはつぶやいた。



石井さんの傷に触れるのは僕だってつらい。
けれど藤崎さんのためにも事件をこのままにしておいちゃいけない。
僕は、そう自分に言い聞かせた。



石井さんは図書室にいた。
周りには誰もいない。
「話を聞きたいんですけど……」
橘さんはつらそうに、いつになく控えた声で言った。



「……あの……」
しかし、それから黙り込んでしまう。
僕はふと机の方に目をやった。
そこには辞書やバインダーノートが置かれている。
「勉強していれば気もまぎれますし……」
僕の視線に気が付いた石井さんがささやくように言った。



事件のことを石井さんに切り出さなければならない。
「浅間さんから聞いたんだけど……」
橘さんがそう言うと、石井さんの表情がはっとなった。



まだ本当のところは何も言っていないけど、空気で察したんだろう。
そしてつらそうに目を伏せた。
その時、ふいに入り口の扉が開いた。
入ってきた岸本さんが、きっ、と険しい表情になる。



「行きましょ、伊都子」
そう言うと岸本さんは強引に石井さんの手を取った。
「痛っ……」
石井さんが大げさに叫んで顔をしかめた。



岸本さんが、ぱっと手を離す。
そして今度はそっと握りなおした。
「さ、行きましょ」
そう言って入り口の方へ引っ張る。
僕たちに向かって申し訳なさそうにしながら、石井さんは手を引かれるまま外に出ていった。



もう、校舎が閉まる時間だった。
僕たちは何も言わず寮へと向かった。
部屋の前まで戻って来た時、僕は思わず立ち止まった。
ドアの下に挟まれた二つ折りの紙。
それが何であるかはいやでもわかる。



「恵くんっ!」
振り向くと、向こうから橘さんがすごい勢いで廊下を駆けてくるところだった。
紙が届いたのだろう。
犯人は二人殺している……。



犯人は僕たちに『1』の紙を送ってきた。
ということはつまり、殺す気でいるはずだ。
その前に犯人を見つけるしかない。



犯人は常に襲うタイミングを狙っているはずだ。
となると、これからは離れない方がいいかもしれない。
僕は橘さんが一人でいることが心配だった。



そう言うと橘さんは僕を見つめた。
その表情はどことなく優しく、そして温かかった。
だけど突然、橘さんはハッとしたように言った。
「寝るときも一緒にってこと?」



僕は、ただ単に二人が離れ離れになるのが危険だと思っただけで、そこまでは深く考えてはいなかった。
橘さんは赤くなり、そしてつぶやくように言った。
「ま、まあ、部屋の鍵をかけて寝れば一人でも大丈夫よ……」



お互いに気まずくなってしまった僕たちは、ぎこちない挨拶を交わして、それぞれの部屋に戻った。



……そして夜半過ぎ、校舎から寮に続く道を僕は一人で歩いていた。
あの後、ここ連日の疲れからか、僕はすぐに眠り込んでしまった。
尿意をもよおして目覚めたのは、午前2時を過ぎたころだったと思う。



用を足すためにトイレに向かったものの、寮にただ一つしかない男子トイレは『故障中につき使用不可』の張り紙で締め切られていた。
どうしようもなくなった僕は学校の校庭にある屋外トイレへ向かった。
その帰り道だ。



突然、後頭部に鈍い衝撃が走った。
一瞬、気が遠くなった感じがして、僕はぐらりとよろめいた。
両ひざが地面についたのが感触でわかる。



視界がグニャリとゆがみ、後頭部がズキズキと痛む。
誰かに殴られた……!
その時、とっさに思いついて、僕は体をひねって自分から横へ転がった。



頭を何かがかすめ、一瞬前まで僕がいた所に何か重い物が打ち付けられた。
ここでなんとかしないと今度は橘さんが……
僕は無意識に手を伸ばし、地面に打ち付けられたままの鈍器を掴んだ。



ひんやりとした感触……鉄パイプだ。
僕は握った手に力をこめた。
これを離すと全てが終わりだ。



その時、いきなり脇腹を蹴り上げられた。
その衝撃で僕は思わず手を離してしまった。
しまった……!



相手がゆっくりと鉄パイプを振り上げる。
月明かりが凶器を照らしていた……。




【第3夜】へ続く


★KONOHANA:TrueReport プレイ日記一覧

 

【今回紹介したソフト】

 

 

 

★レトロゲームプレイ日記一覧 ~PS1~ >>