(注意)今記事では事件の核心部分について書いています。

朦朧とした意識の中で、僕は次の一撃に備えようと、目を閉じて全身の筋肉を固く収縮させた。
しかし、その一撃はいつまで待っても来ない。



恐る恐る目を開けると、犯人の姿は消えていた。
代わりに向こうの方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。



側に駆け寄った橘さんは、僕の頭を抱え上げると、頬をバチンと叩いた。
その強烈な一撃で、僕はますます意識が遠のいた。



まだ犯人はその辺にいる……
僕は声を絞り出した。



意識が途切れ途切れになる。
僕はそのまま意識の闇へと引きずり込まれた。



再び意識が戻った時、僕は自分の部屋に寝かされていた。
ぼやけた視界に橘さんの姿が映る。



僕が気を失った後、橘さんは僕を引きずって寮まで戻ったのだと言う。
どうりで背中が痛むわけだ。



僕が襲われたという事は犯人が追いつめられている証拠だ。
罪もなく殺されてしまった藤崎さんのためにも捜査は続けなくてはいけない。
僕は決意を新たにした。



翌朝、僕たちは食堂に向かっていた。
その時、食堂へ続く渡り廊下の方から、突然長山さんが走り出てきた。
後ろを振り返りながら駆けて来る。



その後ろには、岸本さんが慌てた様子で続いていた。
「伊都子がどうしたって?」
その問いかけに、長山さんは「とにかく早く!」とだけ答えた。



石井さんに何かあったに違いない。
僕たちは二人を追って階段を駆け上がった。
たどり着いた先は三階の石井さんの部屋の前だった。



そこでは浅間さんがドアの前に立ち、荒々しくノックしたり、ドアノブをガチャガチャいわせたりしていた。



「誰か鍵を持ってきて!」
浅間さんがヒステリックに叫んだ。
マスターキーは一階の管理人室だ。



その呼びかけに橘さんが踵を返した。
ものすごいスピードで階段を駆け下りていく。



いったいこれはどういう状況なんだ。
僕のつぶやきが聞こえたのか、長山さんが僕に向かって言った。
「石井先輩が犯人だったの」



石井さんからメールが届いたという長山さんは、僕にそのメールを見せてくれた。
そこには自分が犯人であり、死んで罪を償うと書かれている。



その時、橘さんが鍵を持って駆け付けてきた。



浅間さんがひったくるようにして、鍵穴に差し込んだ。
ドアが開くと同時に僕らは部屋へ飛び込んだ。
「伊都子っ!」
悲痛な叫びと、そして嗚咽が部屋の中に響いた。



石井さんは首を吊っていた。
その浮いた足元には『0』と書かれた紙が置かれている。



そして机の上にはルーズリーフが一枚置かれていて、そこに小さい文字で自分が死神だと書かれていた。



警察が到着したため、僕らは部屋に戻ってきた。
「自殺なんかじゃないわ」
ふいに橘さんが呟いた。



そして橘さんは勢いよく立ち上がった。
「真犯人を見つけ出さなきゃ」
そう言って、橘さんは僕の手を強引に引っ張った。



その瞬間、僕はあることを思い出した。
あの時、石井さんは手を引かれて痛がっていたと。
もしかして右腕をケガしていたんじゃないだろうか。



もし利き腕をケガをしていたのなら、あの遺書は書けなかったはずだ。
それを確認するために、僕らは石井さんの部屋に向かった。
探し物はすぐに見つかった。
あの時、石井さんが書いていたノートだ。



ノートに書かれた文字はいびつに歪んでいた。
利き腕じゃない方の手で書いたのだと簡単に見て取れる。
あの遺書は石井さんが書いたものじゃない。
石井さんは真犯人の陰謀で殺されたことになる。
つまり、事件はまだ終わっていない。



僕らが石井さんの部屋から出ると、ちょうど長山さんが通りかかった。
長山さんにも話を聞いてみよう。
橘さんは何か気付いたことがないか尋ねた。



すると長山さんは淡々とした口調で言った。
岸本さんに石井さんの英語のノートについて聞かれたと。
ノートは石井さんから長山さんが借りていたものだという。



なんでそんなものを岸本さんが気にするのだろう。
僕らはもう一度、石井さんの部屋を調べることにした。



「英語のノートって言ってたよね」
英語のノートは昨年と一昨年の分も含めて、全部で五冊あった。
僕らは一冊ずつ調べていった。
しばらくして昨年の分のノートを見ていた橘さんが声を上げた。
「抜けてるわ」



キリスト教を紹介した長文がまるまる抜けているというのである。



気になった僕は英語のテキストを探した。
パラパラとページをめくって問題の個所を探す。
それはすぐに見つかった。
reform,sin,death,atonement,god,all,behavior……
無意識のうちに目につく単語が幾つか見つかった。



これはもしかしたら……
ノートを持って僕の部屋に帰った後、橘さんに思いついたことを説明した。
「神、死と復活、原罪、人の行い、そして償い……これらの言葉がカギだったんだ」



僕はノートの字を指さしながら、その一つ一つを声に出した。
「すべて、私が、行い、ました、死、神、です、自らの、罪を、ここに、償い、たいと思い、ます……」
そう、この訳文には、石井さんの遺書に書かれた言葉の全てが存在している。



遺書はトレーシングによって書かれていたのだ。



あとは密室の謎を解き明かすだけだ。
そう言いかけた時、突然、橘さんが部屋を飛び出した。
慌てて追いかけると、たどり着いたのは岸本さんの部屋の前だった。



橘さんがためらうことなくドアをノックする。
しかし部屋の中からの応えはない。
「チャンスよ!部屋を探して、ノートの一部を探しましょう」
橘さんは言った。



「管理人室に言って鍵を借りてきて」
有無を言わさぬ口調でどやされた僕は、しかたなく歩き出した。
「ありゃ、開いてた」
その声に振り替えると、橘さんがきょとんとした顔でドアを開けている。



その時、ある光景が僕の頭の中に蘇った。



そうだったのか。
あの時、石井さんの部屋には鍵なんて最初からかかってなかったんだ。



これで犯人も分かった。
状況から結論を導き出すと、犯人は浅間さんしかいない。



鍵がかかっていると叫び、一瞬たりともドアから離れることの無かった人物……そう、浅間さんだ。



僕らは浅間さんの部屋に急いだ。
そして出てきた浅間さんに僕は告げた。
「死神はあなたです」



一瞬間を置いた後、あきれたような表情で浅間さんが口を開いた。
「わからないわ。何を言っているの」
僕は言葉を続けた。



「石井さんの携帯で部員たちに遺書代わりのメールを送り、自分は部屋の前で待機する……」



「そして他の人が駆け付けた時、最初に着いたように見せかけドアノブを握り、鍵がかかっていると叫んだ」



「そして、ドアを開いて全員で中に入るまでノブを離さなかった。それは鍵がかかっていないことが、みんなにバレてしまうからです」



「いい加減にして頂戴」
悪びれる様子もなく、きっぱりと言い返してくる。
「伊都子は自分の犯した罪を償う為に自殺したのよ。遺書にもそう書いてあったわ」
浅間さんはそう言った。



僕らは石井さんの部屋を調べ、全てが分かっている。
「英語のノート」
僕はそれだけ言った。



「それがどうしたって言うのよ。抜けていたからってなんで……」
「抜けてた?」
僕はゆっくりと確かめるように聞き返した。



「僕はただ『英語のノート』と言っただけです。『抜けてた』なんて一言も口にしてませんよ」
浅間さんがハッとなる。
自分の犯したミスに気が付いたのだ。



「今の会話、しっかり録らせてもらいましたよ」
橘さんはMDプレイヤーを取り出しながら言った。



「石井さんは右手をケガしてました。だから、あんなに綺麗な字は書けなかったんです」
僕は続けて言う。



浅間さんが俯いたまま固まっている。
そして浅間さんはポツリと言った。
「先生と付き合っていたの」



しかし、合宿の時、先生は石井さんを襲った。
「それを聞いた時、どうしようもないくらい憎いって思ったの」
浅間さんはこぶしを強く握ったまま、全身を細かく震わせていた。



「それで山内先生を殺した」
僕が訊くと、浅間さんは無言でうなずく。
「そして、僕たちに部のことを漏らした藤崎さんをも殺した」
それを聞くと、浅間さんは長い溜息を吐いた。



「私は、先生よりも伊都子の方が許せなかった。先生に気に入られていたあの子が私はずっと嫌いだった」
浅間さんは遠くを見つめたままそう言った。



……浅間さんを乗せたパトカーが走り去っていく。
約一週間の長い事件は、こうして終わりを告げた。



すでに野次馬のざわめきは消えて、残されたのは僕たち二人だけになっていた。
「行きましょ、恵くん」
僕たちは広い砂利道を引き返し、寮に向かって歩き出した。



翌日、此花学園は約一週間遅れの始業式を迎えた。
僕は早めに起きて職員室に来ていた。
廊下に貼り出された新しいクラス名簿に、僕の名前がなかったのである。



そして僕は驚愕の事実を知ることになる。
「君の転入の件だが、各方面に問い合わせても誰も聞いてないと言うんだ」
その先生はそう言った。



「此花学園には隣町に姉妹校があってね、彼花学園と言うんだが……」



まさか……
……彼花学園では来るはずだった転入生が一行に来ないと大騒ぎになっているらしい。



固まったままの僕の隣から、橘さんの呆れたつぶやきが聞こえてきた。
「マジ……?」



転入する学校を間違えていたことを知ったあと、僕は荷物をまとめて寮を出た。
「恵くん!」
足を止めて振り返ると、橘さんがこっちの方へ駆けて来るところだった。



橘さんは僕を遮るように校門の方へ回り込む。
「キミ、この学校にずっといていいことになったから」
何でもない事のように、サラリと言った。



なんでも、橘さんの父親は文部大臣で、携帯に電話して色々と調整してもらったのだと言う。
温かい春の陽気のせいだろうか。
僕は軽い目眩を覚えた。



「う~ん、今日もいい天気ねぇ」
気持ちよさそうに伸びをしながら、橘さんが呟く。
つられて僕も空を仰いだ。
心地よい春風に吹かれて、桜の花びらが視界を白く染める。



残り二年間の高校生活……
そんなに悪くもなさそうじゃないか。
走り出した橘さんの後を追いかけながら、僕はそう思った。




 


 

今作はマルチエンディングで、全部で15のエンディングが存在します。
おそらく今回記事にしたエンディングがベストエンドかと思われます。
主役二人のキャラクターボイスは、石田彰さんと川澄綾子さんがあてています。
しかしそれ以外の声優は聞いたことの無い人ばかり。
それなりの演技でした。
プレイステーションで発売された今作は、その後プレイステーション2で三作品が発売されています。
今作をプレイして気に入ってしまったので、思わず三作品とも購入してしまいました。
いずれ記事に出来たらと思います。


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