父より8つ年下の母は、私達が大きくなり少し手が掛からなくなって色々なことに興味が出てきたのか
外出が多くなり、ある日突然、母がいなくなった。



父も何も知らず、その日から突然父との4人での暮らしが始まった。




父は長距離で帰れない日もあったので転職し、比較的長距離の少ない知人の運送会社に勤め、
仕事が終わると真っ直ぐ帰り、私達の夕食の支度をする毎日。




小学校3年の私と小学校1年の妹、幼稚園の妹の3人で掃除洗濯し夕食用のお米を炊くのが決まりでした。




今でも覚えていますが、幼稚園の妹がいつもベランダで「ママ~・ママ~」と毎日泣いていました。





父と食事に行った帰り、「このまま皆で死のうか」と言い出したり、夏休み妹達が外で遊んでいて、
家には父と私二人っきり・・・




私が夏休みの宿題をしているところを突然、紐で首を絞められました。




段々、息が苦しくなりゼェゼェと息の音が変わりましたが、
何故か私は「このまま父に殺されるなら仕方ないか」と思い抵抗しませんでした。

・・・続く
私の家族は両親と妹2人の5人家族でした。




父はトレーラーの運転手で帰ってこない日も多かったのですが家族仲良く暮らしていました。




ある時までは・・・





私もまだ小さかったのでボンヤリとしか覚えていないのですが、父が母に「今月は生活費が足りない」と言われ「会社で前借をした」と嘘をつき父は自分のヘソクリを母に渡していた記憶があります。




父は結構給料が良かったような記憶があり、それまで生活費が足らないと言った事はありませんでした。




今思えば、そこから父と母の関係が崩れていったように思います。





ある時、母が水商売のバイトを始めたらしく、帰りの遅い母を心配し
マンションの下まで見に行った父が目撃したのは、送ってくれたお客さんとのキスシーンだった。




その日父は母を怒鳴りつけ、その日から度々、暴力を振るうようになっていた。




・・・続く
私には19歳から20年近く仲良くしていた親友がいました。




本当はこの友達との事を色々書きたいのですが、思いでも多いのですが、どこから書けばいいのか、
どう書けばいいのか、文章がうまくまとまらず書くのにかなり時間がかかりそうなので、
また時間のあるときにゆっくり書きたいと思います。





なぜ「いました」と過去形なのか理由も・・・