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けいじとの久しぶりの再開の日。




私の知っている飲み屋に行き、その後2件ほど飲みに行き朝まで騒いだ。




今の現状や昔の事、話は尽きなかった。




今まで誰よりも一緒にいる時間が長かったせいか、お互い相手の事を知り尽くしているので、どれだけ一緒に居ても苦痛には感じなかった。




むしろ落ち着く気がした。




今までは私にとってけいじは上司であり、仕事を教えてもらった師匠みたいなものだったが、これからは親友、いや兄弟みたいにお互い感じていた。




それからも頻繁に飲みに行くようになり、昔より良い関係になっていった。




その後、私はお好み焼き屋に3年半勤め、ある時知り合いにお好み焼き屋の店舗を貸すから自分でやってみないか?と誘われた。




まだ借金も残っていたし、リース代が少し高いような気がしたので悩んだが、早く自分で独立したいと言う気持ちもあり、その時は焦ってしまった。




結局、半年ほど自分でやったのだがお金が回らなくなり、精神的にしんどくなりお店は閉めてしまいました。




借金は大きく膨らみ、仕事を探しているとき、けいじの知り合いのスナックでチーフとして1年ほど手伝ってくれないか?と誘われ、とりあえず働く事にした。




スナックで働き出して半年以上経った頃、その店で知り合った男性のお客さんがネット販売の会社を経営していて色々話を聞いているうちに、アルバイトする事になった。




その頃、けいじも飲食店を辞め、再び水商売に戻り小さい店だがバーを任されていた。




私は夜スナックで働き、週に3日は昼のアルバイト、アルバイトのない前日の夜はけいじの店を無償で手伝っていた。




スナックに働き出して1年が経った頃、私は店を辞め、昼間のネット販売の会社に就職した。




そこで初めてパソコンを触ったのだが、昔から機械を触るのが好きだった私は色々な事を覚えた。




そして、水商売の時に培った全体を把握する能力を買われドンドン出世していった。




その後、けいじの店を手伝えなくなったのだがお客さんとして飲みに行くようになっていた。



が、またもオーナーの意向でけいじは店を締める事となった。




それからのけいじは水商売に戻る事はなかった。




当時36歳だったけいじは、子供も3人いることもあり、知人の紹介でサラリーマンをする事になった。




それからの2人は、また頻繁に会うことは出来なかった。




そしてしばらく経った頃、早朝にメールが入った。




けいじからだった・・・



・・・続く
けいじと一緒に働きだして4年が過ぎた頃、1つの空き店穂があるので店を自分でやってみないかと誘いがあった。




水商売をしていれば、誰もが自分の店を持つのが夢でもある。




だが、自分がトップで店を任されているのに無責任に辞める訳にも行かない。




そこでけいじがオーナーで私が店長として店の運営を任された。




小さい店だったが、スタッフを2人引き連れてすぐに店をオープンさせた。




大きい店から小さい店に変わったので店は大繁盛。




自分のお客さん以外にも、それまで働いていた店からお客さんが来るので毎日遅くまで大忙しだった。




給料も大幅にアップし、私としては大満足だった。




そして、独立を真剣に考えたけいじは、新たに居酒屋とバーのオープンを考えていたが、私はいきなり2店舗と言うのは少し反対だったのだが、一緒に働いているスタッフを置いては行けなかったのだろう・・・



私の店がもう少し安定してお金の余裕が出来てからの方が良いと助言はしたのだが、一旦やると言い出したら誰が何を言っても聞かないのも分かっていた・・・




そして、全員で店を辞め2店舗がオープンした。




オープンして2,3日は好調だったが、新規の客があまり増えない・・・




そして、数ヵ月後には運営費が回らなくなり、私の店の売り上げを回すようになり、私の給料も少し待ってくれと言われた・・・




私の店の売り上げは相変わらず好調だったが、後の2店舗がボロボロだった。




ついに私の給料も払えなくなり、スタッフもドンドン辞めていった。




結局2店舗は閉める事になったのだが、私の店は又貸しのため名義が違うから居酒屋の店舗に移転しないかと相談された。




私は、「今、売り上げが好調なのにココで移転してしまうと、客が減り3店舗すべてなくなる可能性もあるよ!」と助言したのだが、「他人の名義で店を営業してて、もし何かあった時大変だから」と言われもうそれ以上何も言えなかった。




そして私が任されていた店も移転し、今まではカウンターとボックス席が3つあった店がカウンターのみの店に変わった。




もちろん以前の店よりも綺麗にはなったが店の場所や雰囲気が変わると来にくくなるお客さんもいる事は解っていた。




そして結局1店舗、スタッフ3人だけが残り店もドンドン暇になりました。




ほとんど給料も貰えず、けいじも色々新しい事を考えるのですが上手くいかない・・・




そして3年後、結局店を閉めることになりました。




それまでいつも一緒だった、けいじやスタッフともバラバラになり、その後私は他の飲み屋で働く事になりました。





けいじも大きなチェーン展開している飲食店に勤め店長にまで上り頑張っていました。




長い間、給料を貰えなかった事もあり私の借金も増え、30歳になるまで水商売で頑張りましたが、結局カラダの調子が悪くなったことをキッカケに私は水商売を辞めてしまいました。




そして、私は小さくても良いので自分で店をしようと思いお好み焼きやに勤める事にしました。




流行っている店に1年でも勤めて味を盗んで自分で独立する計画でしたが、そんなに甘いものではなく、実際に働いてみると奥が深いなぁと実感しました。




そして、私もけいじも生活が安定してきた頃、久しぶりに再開する事になりました。




たまに連絡は取り合っていたのですが、お互いに新しい環境での生活が始まっていたので、それまではあまり会う時間がありませんでした。




そして、けいじと再開・・・




・・・続く