本質シストwwwな私は本当に色々な事について考えたりするものだから一日は短い。
今日も結婚制度について考えていたのである(別なことも考えたけどね)。
クナド婚と言うのをご存知だろうか?
縄文時代の日本人の家族制度である。そもそも部族において共産主義的であった縄文人は婚姻についても今の我々には創造が出来ないような形態を有していた。と言ってもその残滓は現代にも残っているし、少し歴史を遡れば歴然としてくる。
クナド婚とは神の前において部族全員が結婚しちゃうと言う些か乱暴なものである。
部族が全員結婚相手(同性は除くww)のであるから父と娘とか兄妹、姉弟、と言う組み合わせもありだ。それ危ないやんけ、と言うのは現代的倫理観と人口によるものであり、そもそも列島内に人口が1万人とか10万人、単位の時代に部族間での家族制度が必須であるわけも、その技術的通路もありはしない。
クナド婚は部族内の人口の維持には必須だったと言うわけである。
実際的にその様子を想像すると、神前で何らかの式を行う年齢に達すると部族の大人家族の仲間入り。出産適齢期であれば相手は構わず産んどけや!なのか…
流石にそれだけでは人口は増えないのでやはり大陸から人が来ると競って子種を搾り取る…
男は辟易して村から脱出してまた違う村で同じ事を…ライオンだな。つまり、この頃の部族は必然的に女系優位だったであろう。爭いをしなかった縄文人、の理由は案外この婚姻制度?(ですらない)にあったのではなかろうか。
弥生時代に入ると大陸からの脱出組、負け組が列島内に入り始める。
女性も当然いたではあろうが、主流はやはり男性だったかもしれない。彼等も絞られた対象であっただろう。とにかく縄文時代の女性は肉食系だったのである。大陸や半島からの脱出、帰郷組が多くなり始めると少しずつ家族の在り方も変わっていく。
クナド婚では部族の中での地位は確立しがたいのである。縄文に取り込まれながらも弥生期に入るとクナド婚は妻問い婚に移行し始める。
相変わらず男はフラフラしながらも特定の妻の所に帰るわけだ。これが奈良時代~多分明治直前まで続いた。
男は一般庶民の階層では留守が良いのである。明治時代にも昭和においてすら存在した夜這い婚はこの残滓なのだ。勿論、それは庶民階層での現象であり、妻問い婚が貴族の間で存続したのは奈良時代~平安時代までである。一般共同体の基底にある婚姻制としての郡婚は明治時代まで続いたのだ(男ライオン)。
してみると、現代の日本人の男女が本能的に個別婚から遠ざかる理由の一因はそこにあるのかもしれない。日本は個別婚を(制度として)明治以後取り入れたわけだが、日本は日本であれば良いのであって、婚姻制度自体を見直す必要、ないのだろうかね?
決して浮気したいわけじゃありません 合掌