自分では得意だと思い込んでいたことが、実はそうではなかった
もしその認識のズレによって不適応に陥っているのだとしたら、
離れるという選択は逃げではなく、軌道修正なのかもしれません
最近、少しずつそのように考えられるようになってきました
わたしの得意だと思い込み、実際は苦手だったことの一つは、自分志向で選択することです
これまでの選択の多くは、長期的な意図よりも、そのときの快・不快に左右されてきました
快を選ぶのならまだしも、不快を「べき思考」によって選んできたことも少なくありません
振り返ると、一貫した軸があったとは言い難いように思います
ただ、以前と比べて変化もあります
「不快だけれど評価されそう」という選択肢に、無意識に引き寄せられることは減りました
消耗すると分かっている場に、自動的に身を置く頻度は確実に下がっています
これは小さいながらも、成長の一つなのかもしれません
先週と今週、二週続けて誰とも会わない週末を過ごしたことで
刺激が減り、思考が自然と整理されたように思います
自分の行動パターンや判断の癖が、少し客観的に見えてきました
とはいえ、その一方で、数年ぶりにマクドナルドを二週連続で食べるという、長期的には自分志向とは言えない行動もとっています
理屈と行動が必ずしも一致していないところが、いかにも自分らしいところです
さらに今は、再来週の他者志向予定をダブルブッキングしているかもしれないという懸念が頭から離れません
職場に行かなければ確認できないため、その不確実な状態に落ち着かなさを感じています
これもまた、目的を十分に意識しないまま選択を重ねてきた結果なのだろうと思います
だからこそ今年は、選択する前にほんの少し立ち止まりたいと考えています
「これは何のための選択なのか」と、一度だけ問いを挟む
完璧な自分志向を持てなくても構いません
反応ではなく、意識した選択を、少しずつ増やしていけたらと思っています
* 初詣で引いたおみくじ

