約20年以上にわたって
【聞く・聴く】とはどういうことなのだろう
と,考え続けていました
今もなお,その答えは出ていません![]()
心理士になって2年目の頃,
とある犯罪被害者の方の話をうかがう機会に恵まれました
その頃のわたしは未熟で,
人は,自分の感情や気持ちや考えを言葉にできる
と思い込んでいました
そのため,目の前の人が語る言葉を丁寧に聞く,
もとい!【丁寧に聞かねばならない】という価値観で
目の前の人の言葉を聞いていました
当然の如く,未熟なわたしを前にしたその方からは,
事実が淡々と語られるのみでした
あの時の無力感・不全感は,今も昨日のことのように覚えています
そして今,こうやって書きながら,改めて思ったことがあります
相手の方は,
わたし以上に強い無力感や不全感を感じておられたに違いない
ということです
聴く能力が低い人,すなわち,
話し手にとって理解してもらうのが困難と予想される聞き手に
話すことは,勇気がいります
なぜなら,再び傷つく可能性が高いからです
そうしたところ,臨床経験を積み重ねていくなかで,
相手の話を,自己の価値感に惑わされずに聴くことの尊さを
体感するようになりました
聞き手が自己の価値観に影響されることなく
話し手の話を聴けるようになると,
話し手自身,気づかなかった,
もとい!忘れていた自分の肯定的意図が語られる瞬間に出会います
その瞬間は,話し手も聞き手も
【え!そうだったのーーーーー![]()
![]()
】
と目を見合わせて驚くという,不思議な瞬間でもあります
今日は,そんなことを,多くの患者さんと確認できた日でした
話し手の方の意識は,忘れかけていた,
でも無意識,
すなわち痛みを感じ続ける身体は忘れてほしくない!!と訴え続けていた
そんなことに出会う日でした
話し手自身が気づいていない【肯定的意図】を
自己の価値観に捕らわれることなく探求するこそが
今のわたしに与えられた責務のように感じています(=やりがい)

