夕方,全ての心理面接を終え,事務室(学校で言う職員室)に戻り

書類仕事をしていると,他部門の心理職の若手が

上司に,明日の午後の有給休暇申請をしている声が聴こえました

 

楽しいことのための有給休暇申請に違いない真顔

と,本能的に確信したわたしは,その若手に聞きました

 

あなたに答える義務はないのだけれど,明日の午後は何をするの昇天と

 

そうしたところ,彼は

え!嬉しいことなので,むしろ聞いてくださいデレデレデレデレデレデレ

(坂系の)ライブに行くんです飛び出すハート飛び出すハート飛び出すハート

と,嬉々として教えてくださいました

 

彼の反応を見て,すごーく幸せな気分になったわたしですが

わたしが,今の彼の年齢の頃,どうだったかというと

自己の使命を追求するあまり,

収入のほとんどを研修費や必要最低限の生活費に使っていました

 

すなわち,20代前半のわたしは,友人達との交遊費をはじめとする仕事に関係のない支出を,出し渋り

非常に付き合いの悪い人間に成り下がっていました


正直,今も,当時もう少し仕事に関係のない時間や空間を大事にできていたら,

わたしの人生の幅は広がっていたかもしれない…と思うことはあります

 

お金や時間の使い方ほど,それぞれの価値観が投影されるものはないのかもしれません



 

わたしは,物心がついた頃から

【体験・経験】にお金を使うことに罪悪感を抱くようになりました

恐らく【目に見えないもの・収入にすぐに結びつかないものにお金を使うのは無意味】

という観念が,身に染みついていたのだと思います

それらは言わずもがな,わたしの愛すべき両親の人生哲学でした


両親の人生哲学があったからこそ,今のわたしがあるわけですが

今思うと,【ひたすら今を楽しむ】【収入に結びつくかは意識しない】という感覚があったら

さらに,人生,面白かったのではないかと思う今日この頃です

 

今,この瞬間,パソコンで文字を打ちながら,わたしが気づいたことがあります


それは,

目に見えないものに価値を見出す

ことこそが,今自分の人生の課題なのだと真顔