3連休の最終日はいかがお過ごしですか?
わたしは,母と吉祥寺に買い物に行き,
3日前より買うと決めていたボディクリームを買い忘れ,
結局,インターネットで購入(ポチッとな
)するという![]()
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悲しい三連休の最終日となりました
ここ数日,急激に気温が下がり乾燥がひどく
保湿クリームを渇望しています![]()
今日は,前回の続きです
(以前の記事を,初めて掲載できる喜び
)
そもそも【好きなこと】とは何か?
大学時代に,must buyと指定された図書に
【心理学辞典】がありました
心理学を学ぶ上で,ありとあらゆる言葉の定義が
辞典には収納されているのですが,
この心理学辞典でもっても,
好きを説明する項目はありませんでした![]()
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ちなみにインターネットで好きを検索すると
心が惹きつける,魅力を感じると出てきます
あまりにも抽象的過ぎて
心が惹きつけられるとか,魅力を感じるとかを
適切に理解・表出するのは難しいです
そもそも,この好きという感覚は,
果たしてどのようにして,培われていくものなのでしょうか
18歳未満の方々に【すきってなぁに?】
と聞かれ,何人の人が迷わずに答えられるのでしょうか
誤解を恐れずに言うならば,わたしは
好きを含む,価値観は
幼少期に関わる言語化能力のある方々の影響を受けるのではないか
と思っています
幼少期にいつもと異なる身体感覚を感じた際に,
周囲の大人(言葉が達者な方々)が,
【悲しかったね】【楽しかったね】と身体感覚を言葉に置き換えてくれたり,
【おもちゃを壊されて,悲しかったね】【いつもより大人数で遊ぶ種類も多くて楽しかったね】
など,感情のきっかけや原因を言葉にされたりすると
「あー,この感覚は●×なのだー,△■だから◇◎と感じたのだな」
と認識できるようになります
対して,周囲の大人が
子どもの不適応行動(泣く・騒ぐなど)ばかりに注意が向き
泣かないの,怒らないの!
などと,状況に適さない行動を制止したり,
周囲の望む行動を助言するとどうなるかというと
多くは怒りとか不安とかを感じなくなると同時に
喜びや感動,いわゆる好きを感じるのも困難となります
はたまた,怒りを大げさに表現すると同時に
喜びや感動も,適切に認識されるないまま大げさに表現するようになります
すなわち,周囲が望む行動や役割を【肯定】し,【好き】と誤認するようになります
幼少期を振り返ってみて
あなたが好きと思っていることは,幼少期から好きなことでしたか
もしくは周囲があなたに望む行動や役割から
好きと誤認していましたか?
今日もわたしの哲学にお付き合いいただき
ありがとうございます
来週も,お付き合いいただけると嬉しいです

