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閉店SALEがそんなに長いわけがない

タイトルとは無関係の極私的読書感想文

青森県のさらに北、本州の突端部に建設された核廃棄物の終末処理場。死の灰を貯蔵する基地建設は、長い年月をかけて、村を歴史ごと飲み込んでいった。

と書けばあたかもどこかの誰かが酷いことしているように感じるけれど、この死の灰はボクたちが日常生活で消費したものの成れの果てである。

豊かな暮らしが産み捨てた垢を、ボクたちは誰かに押し付けて生きているのだ。六ヶ所村の顛末を読むほどに、人間が生活をしていくことはどういうことか、と考える。

だが、それだからといって、原子力というエネルギーに頼らない生活が想像できるのかと聞かれれば、それは現時点ではノーだと思う。

原子力の代わりになるもので現在最も有力なのは火力発電だが、火力は膨大な熱を出す。地球温暖化を責めるなら、原子力は進めたほうが火力よりはマシという皮肉である。

今のままのライフスタイルを続けたいのなら、原子力にするか、新しいエネルギーを発明するか、いずれにしても選択をしなければならない。

なぜだか今回は妙にまじめになったが、ボクらにどれだけの覚悟ができるかで、涙を流す人たちを少しでも減らせるのではないかと思うのでした。

『六ヶ所村の記録 核燃料サイクル基地の素顔』講談社文庫/鎌田慧
働いても働いても貧しさから脱出できない、いわゆるワーキングプアとかいう言葉がやたらに使われだした昨年ごろ、急に売れだした古典作品が「蟹工船」でした。

遠くオホーツクの海に出て奴隷のような過酷な労働に従事する労働者の叛乱を題材にしたプロレタリア文学(って書いていて意味がよく分からんのですが)の代表作だとかで、読んだことがなくても名前は聞いたことあるなあ、という感じの本でした。

正直なところ流行に乗っかるカタチの宣伝をあまり好まないので、かえって「蟹工船」から遠ざかってしまっていたのですが、縁あって読んでみると、実に活き活きとした労働者小説でした。

こちらの作品も青空文庫で読むことができます。

『蟹工船』小林多喜二/青空文庫
太宰治が亡くなった日のことを「桜桃忌」というそうです。そして、その由来が「桜桃」なのだそうです。

太宰の晩年に書かれた作品なのですが、短編であり、小説かと言われるとどうもそうでないような気もします。

どちらかといえば、何気ない日々にふと思いついたことを書き留めた風な佇まいです。小説が産み出される前の文章、とでも表せるでしょうか。

それだけに、話は簡潔です。しかし、そのぶんすんなりと太宰が置かれている状況や心情が飲み込める感じがします。

文字通り身を削るようにして、身の回りを手当たり次第小説にした太宰。波乱も何もかも書き尽くしたあとのような、枯れた雰囲気を感じるのはボクだけでしょうか。

『桜桃』太宰治/青空文庫