ユートピア社会(全体幸福社会)が必ずしもユートピアとならない、つまりはディストピアに陥る皮肉を描いている作品としては、オーウェルの『1984』やハクスリーの『すばらしい新世界』なんかがあるんだと思います。両作ともに古典中の古典、バナナで滑って転ぶくらいの古典ですけど、笑顔の裏側の果てしない絶望を提示していて、現代を予見するようだ、とかいわれてます。
『ハーモニー』が描いているのは市民の皆福祉、皆健康が実現している社会で、病気のない世界。悩みのない世界、誠に結構なことだけれども、それがなぜだか幸せにはならない。
ありとあらゆる苦しみから解放されるとはどういうことか、本書の回答は言い得て妙で、それは宗教的な命題にも近いものを感じた。ある意味宗教がユートピアを求めるものであるからには、この『ハーモニー』的な悟りの境地が、人間の考える「ユートピアの臨界点」ってことになるのだろうか。
伊藤計劃は本書を、病魔と闘いながら執筆したと聞く。己の痛みの中で、登場人物の心理に立ち入れないほどの個人的困難を抱えて書かれた本書は、だからこそ突き放した感情描写やあり得べき未来の歪んだ実相を怜悧に、剥き出しの状態で見せられたんだと思います。
『虐殺器官』にせよ『ハーモニー』にせよ、そして『メタルギアソリッド』にせよ、どこかしら荒廃した寒々とした近未来、拡張現実の支配する情報飽和社会が中心となっている。『屍者の帝国』がどうなったのかはもうわからないのだけれども、そこから踏み出した作品になったとするならば、読んでみたかったなあと思うのです。
ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)/伊藤 計劃

