風薫る五月。

 

そんな気候のいいときに、

いや、そんな気候のいいときだからこそ、

母を、

サービス付高齢者住宅に入居させた。

 

この選択が正しかったか、

そうでなかったかの答えはない。

 

私と母は、

結婚当初の二年間以外

ずっと同じ屋根の下で暮らしてきた。

 

離れて暮らしてきょうで二日目。

母の気配が家中から感じられ、

生霊が存在していそうな、

そんな気がする。

 

どうして離れて暮らそうと思ったのか。

その理由はたくさんあるが、

綺麗ごとを並べても、仕方がない。

 

大きな理由はただ一つ。

 

私の中に限界が見えてしまったからだ。

 

認知症という病がどういうものなのか、

母は最後に教えてくれた。

 

心は、とっくにこの世に居ないも同然であるということ。

 

海外では、認知症を「ロンググッバイ」とも言うんだそう。

 

長い時間をかけて、

さよならを言っている病。

 

自分がどうして家から離れて暮らさせられているのか

いまいち合点がいかない母。

 

きょうも施設へ行くと、

「さぁ、帰りましょう。

 私はここには居なくていいんですって。」と、

荷物をまとめていた。

 

う~ん、これは長期戦になるかもしれない。

帰ってくるかもしれない。

 

それでも、

私はやってしまった。

 

今も下の階から母の声が聞こえる。

・・・気がする。

 

 

施設には品のいい老紳士がいた。

どうか彼に恋をしてくれないだろうか。

 

なんて考えてしまう愚娘である。

 

自分で決めたことなのに、

辛い気持ちと、妙な解放感が

私を包んでいる。