「世界漂流」は作家・五木寛之が1995年に世に出した短編エッセイ集。

この中の「イスタンブール小景」についてのお話です。

 

 

 五木寛之は初めて訪れたイスタンブールに、飛行機の遅れで夜中の12時近くに到着しましたが、空港からタクシーで着いたのは ”コンクリート打ちっ放しの近代的ビル” 、エタップ・イスタンブールホテルでした。(実際の発音はイータップ)

 

 

 

 隣接しているのは、かつて、アガサクリスティが“オリエント急行”などミステリーの構想を練ったという、有名なペラ・パレスホテルです。五木は自分の宿がペラ・パレスではなかったことにまず失望します。

 

Pera Palace Hotel

 

 しかし、(味気のないビルの)エタップホテルの部屋に入ってカーテンを開けると、眼下にその古き良き英国風のペラ・ハウスの建物が目に入ります。

 五木は語ります。もし瀟洒なペラ・ハウスに宿泊していたら、目の前に見えるのは平凡なこのエタップホテルだっただろう、とね。

 なんといっても金角湾(ゴールデンホーン)を隔ててあのアヤ・ソフィア寺院が正面に出現したのです。

 

 

< ここからはしばらくエッセイの名手、五木寛之の名調子を引用します >

時は夜半。

季節は九月。

 右手に銀色に輝く海が見える。海峡だ。銀色に輝いているのは、空にかかった鏡のような月のせいだ。その海面がボスホラス海峡だと気づいて、思わずエセーニンの詩の一節を叫んでしまった。

  “きみは、ボスホラスの海を見たか”

 (中略)

 その対岸に黒く低くうずくまるのは、アジアだ。

地上から投射される照明の中にくっきり浮かびあがっている緑色の屋根の建物、あれはトプカプ宮殿に違いない。

 さらに右手にそびえているイスラム風モスクとミナレットのシルエットは、アヤ・ソフィア寺院だろうか。

死せる都の蒼白な姿態が、これほど美しいとは異常だ。金角湾に映る街灯の列は、ちょうどペチコートをはいた女性たちの姿のように水面に円い光の傘を並べている。ヨーロッパとアジアをボスホラス海峡が結んで、しかも空には鋼鉄のような青く光る月が冴えている。

 <引用終わり>

 

 五木寛之はこの情景を、エタップ・イスタンブールホテルの十四階から見たのです。この階の高さ、この角度こそがこの驚くべき景観を見るのにベストであった幸運を喜びました。(低層のペラ・パレスでは低すぎるからです)

 

そして、これから旅をする読者には、ぜひ、自分の泊まったエタップ・イスタンブールホテルの1411号室を予約すべきだ、と綴っています。

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 実は、私、utageno-atoは、このエッセイを読み、どうしても五木の感動を共有したくて、2000年(だったと思う)にイスタンブールに行ってきたのです!

 

もちろん、事前にエタップ・イスタンブールホテルを予約し、チェックインの際、1411号室を希望しました。あいにくその部屋は空いていなかったので、確か二つ隣の1413号室になったと記憶しています。

 

 そして、深夜の12時に部屋の窓のカーテンをサッと開けると・・・

 ・・・なんということでしょう!

 

 銀色の海を隔てた対岸に、濃紺の星空を背景にしてアヤ・ソフィア寺院が圧倒的な迫力で目に飛び込んできたのです。

 

 

Ayasofya

 

 おーっ!

月は? ・・・いました!

 

鋭い刀で一閃したような妖しい半月が、モスクの尖塔の上に、お約束通り登場しているではありませんか!

 

 そうか!五木先生、この時間、この角度なんですね!

 

 ・・・息を吞む絶景とはこのことです。

 

 それから2時間以上、私は部屋の窓から見えるこの幻想的な夜景に魅了されていました。

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(続く)

⇒ イスタンブール | utageno-atoのブログ (ameblo.jp)