占いは当たることもあるけれど、外れたりもしますね。

それは何故なのでしょう?

 

私が初めて行った対面占いはユタ(霊媒師)でした。

どのユタも私の性質を言い当てたり、そして一人のユタは私が知らなかった父方の兄の病気のことも言い当てたり、またあるユタは私が将来付き合う人の職業(そう多くはない)をズバリ当てた人もいました。所謂ホットリーディングでは分からない事も言い当てるのでその経験は本当に驚くことばかりでした。

 

 ユタは過去、現在、未来を見渡せる神様と交信をしてそのメッセージを私たちに伝えるのですね。

 

この世界には何故か知らないけれども霊的なものは存在していて、神様はいて死んだ後も魂はあってユタはその霊的なものと現実に生きている人間を繋ぐ交信役なのだなぁと、それらの経験から私はユタをそう捉えました。

 

それから私はユタだけではなくタロットカード占い師の所にも行きましたが過去や現在を当てる人は本当に多くいるのですが、未来を的確に当てる人というのはそんなに多くはなかったような気もします。

 

現在、配信でタロット占いをしている私の事も含めて未来予想、可能性はどれだけ見ることが出来るのだろう?と最近よく考えています。

 

私の占いを受けた人が占い通りになりましたとたまに報告を受けたりはしますが、他はどうなんだろう?追跡調査がしたいけれど身近な人は気を使うだろうし・・・、悩みます。

 

それにしても何故、未来予想は当たったり外れたりするのだろう?と。

 

二分の一の確率以外のことを当てるのはどういうことなのだろう?

 

何月ぐらいにどんな人と出会う運勢ですとか、引っ越予定はないのに来年は引っ越ししてしているとかが分かるのでしょうか?また外れてしまうのでしょうか?

 

スピリチュアルなことを信じているけれども、私にはまだまだスピリチュアルな知識が足りないのかもしれません。

そういう事を言うと頭で考えるのではなく、心で感じるのだ!という声が聞こえて来そうだけれども・・・一度気になったら気になるので仕方ないのです。

 

それから2年前のことですが私は占い配信を始める前に石井裕之氏の著書「なぜ占い師は信用されるのだろう?」をアマゾンで買いましたw

占い師や販売の人が使う心理テクニックを書いている本です。

 

私はユタではないし、占い配信をする前はsnsでちょこちょことオラクルカードを使って占いをしたぐらいなので、タロットを勉強したけれども自分の占いの腕?がどれぐらいかよく分からなかったのです。本当にこんな未熟者が人様のことを占って良いのだろうか?と悩んで悩んで買った本でした。

 

しかし、占い配信はリアルタイムで相手はハンドルネーム、生年月日も年齢も血液型も分からないのです。(私はその辺は今も聞きません)占い相談者はコメント欄に相談内容を書くだけで容姿も声も分からず、カードのみで占いをするので結局この本は私にはあまり役には立ちませんでした。

2年前の私は自信がなくて自信がなくて、配信で占いをすることがやっぱり怖かったのですね

 

タロット占いは全ての相談にカードで答えるものなので、占い師はそのカードを読むだけなのです。特に配信ではカードを相談者に見せながら占いをしています。

 

最初はただカードに「今日もう占い配信をするので宜しくお願いします」と伝え相談内容を聞かせてお願いしますと聞いてカードを切っていました。それから少しして四大エレメントと繋がるイメージと般若心経読んで占い、今は占い前に香を焚き場の浄化もして、その後に自分のハイヤーセルフと繋がるイメージと配信に来る相談者の全てのハイヤーセルフと繋がりそこから情報を貰いますとお願いしてから般若心経を読んでから占いをしています。その際に色んなヴィジョンが見えたりする時もあります。私も日々変化しています。

 

最近のスピリチュアル界隈では「2025年7月問題」「アセンション」「二元化」の話で持ち切りです。(主にYouTube動画のことです)私はここ最近からしかアセンションや二元化、スターシードなどの言葉を知ったので正直気持ちが焦ります。

ただ、スターシードのことを知った時にはちょっと嬉しく思いました。

私は発達障害を持っているので昔から生きづらかったからです。

しかし、たまにその事にも疑問に持ってしまいます。そう思うのは生きにくさからの逃げなのか?とか、そう思わずには救いがないからなのかとか。私がそう思う理由の一つとしてスピリチュアル界隈の人の大部分が生きにくさを感じている人だからでもあります。そこに良い悪いの判断はありません。

 

ユタは信じるのにその辺には疑問に持つのも何だかおかしいのかもしれないけれど、馴染みがない言葉、概念に対してはどうしても怖れを感じてしまいます。

 

スピリチュアル業界初心者あるあるなのかもしれないけれども、こんなことに疑問を持ちモヤモヤしながらも調べたり考えたりすることが好きなのでこれからも「何これ?どういうこと?」と思ったことを調べて行きたいし、占いで未来が当たったり外れたりする理由ももっと調べて行こうと思います。

 

それから、私は占い相談者には現実的なアドバイスもするようにしています。

状況に応じて病院、弁護士、女性センター、心理カウンセリングに行くようにも伝えています。

 

いつでもその根底には沖縄に伝わる言葉の通りに・・・

 

「ユタ半分、医者半分」(ユタもいいけれども、医者や専門家にも行きなさい)

こんにちは、タロット占い師の歌です。(いきなりこの出だし)

去年からライブ配信サイトふわっちとツイキャスで初心者ながらタロットカードを使って占いをさせて頂いています。

 

今回は霊感のお話ですよ~。きゃ~。私はたまに夢で見たことが当たったり、直観が当たったりするぐらいで霊感というものはほぼないと思っていました。

その私が思う霊感というものは「がっつり幽霊が見える事」だったので、対面占いで占い師の方に霊感が強いねと言われてもぜんぜんピンと来なくて、30歳過ぎても40歳過ぎても見えないし~とその時々の年齢で、今さら今まで見えなかったものが見えたりすることはないだろうと思っていました。

 

しかし、ライブ配信でタロット占いをしていると相談者の方が何かを言う前やカードを引く前から相手が言いたい事を私が言い当てていたり、相談者の方が言い当てて欲しくないこともカードが言い当てたりして、カードを通して色んな霊的なことが起きているのだなと理解て行きました。カードって凄いですね~。そして霊感とは幽霊をみることだけではないのですね。

 

それは皆に備わっていて、気になるあの人から電話がありそうだな?と思っていたら本当に電話が来たりするという事も霊感と云うそうですし、私たちは色んな所で日々霊感を使って人とコミュニケーションを取っているということになります。

 

そんな気づきも重なり、私の霊感への狭い固定観念は崩れていきました。

 

そしてある日、私はとうとう幽霊を見てしまったのです!ひぃ~。

バイトに向かう電車の中、つり革に手をかけて立っているとそれは突然現れました。

午前中ではありましたが、車内はそんなに混んでいなくて天気はよく窓から明るい陽射しが車内に差し込んでいました。

それなのに私と目の前の座席に座っている人の間に人がいました。明るい時間でご登場です!そこに人間が入り込める隙間はないのに、私の方を向いて俯いていました。その幽霊は中年の女性で髪は長くなかったです。

 

そして、私がえっ!!と驚いた瞬間その女性の幽霊はいなくなったのです。あまりにも一瞬のことで自分でも今の現象が何だったのか理解出来ずにいました。

相変わらず私と目の前の座席の人との距離は同じままです。

そこには人が立てる隙間はありません。なのに、そこに居たのです。さっきまで、確かに・・・。

 

それから電車で似たような事が数回起こりました。

そういう物を見た後はあまり騒がずなるべく気にせず流すようにしました。

友達にも話たりはしましたが、言及はせずにいました。

何故ならば気にし過ぎてまた見てしまうのが怖かったからです!(びびりなので)

「幽霊」という言葉さえも使わないようにしていました。(相当びびり)

 

スピリチュアル的な表現で「波長が合うと色んなものと繋がる」という言葉がありますが、その時の私はたまたまそういう世界と波長が合ってしまったのかもしれませんね。

さすがにそのような世界の方達とはお近づきになりたくないので、私はもうその世界は見ないと決意表明しました。

 

私はもう見ませんよ!だから見えないようにしてね!という気持ちで。(びびり)

 

皆さんも、いつかその世界と繋がる瞬間があるかもしれませんね。

午前中の明るい電車の中ではくれぐれも・・・・気を付けて下さいませ・・・。

 

私が長年飲んでいた抗不安剤を減薬から断薬した時期に、救いを求めるように購入した本があります。

 

それは「心配事の9割は起こらない」です。

この本の著者は枡野俊明さんという現役のお坊さんです。

 

最初にこの本のタイトルをどこかのサイトで見かけた時にとてもほっとした気分になったことを覚えています。その当時の私は抗不安剤を断薬しながらも、日々酷い離脱症状に苦しんでいたからです。私には何かお守りになるような物が必要でした。

そして、本書「心配ごとの9割は起こらない」をぽちりました。

 

本はしばらくして私の元にやって来ましたが、当時の私は細かい字を読むことにも疲れてしまうような状態だったので、机や枕元にこの本をお守りのようにして置いて不安になった時に眺めたり、離脱症状が酷い時は手に握りしめたり自分を安心させるためにそばに置いて眠りました。本当にタイトルの文字だけで効果があったのです。

今思えばそれだけ私は大変な状態だったのですね。

(いつでも家族に頼れる状態ではありましたが、頼れる部分とそうでない部分は分けていました。家族には今でもだいぶ頼っているので)

 

それからしばらくして本書を読むことが出来ました。その時のことを今でもよく覚えています。枡野住職が話す禅の言葉一つ一つが優しく私の心に響き渡り、時に厳しく私の背中を押してくれました。

 

その中でも「迷わず助けを求める」

 

手を差し伸べてくれる人が必ずどこかにいる

 

そして「門を開けば福寿多し」という禅語を使っているところがとても好きです。

 

その影響もあり私の占いライブ配信などでこの本を紹介したり、全国の無料相談所の情報をツイキャスのコミュニティーに載せたりして、枡野住職のようなことが私にも出来ればと思い発信しています。

 

病気や障害、様々の事情で思うように動けない、動き出せない人が今もどこかにいて、暗く長い夜を息を殺しながら過ごしているのだなと今でも過去の私を思い返すような気持ちで考えたりします。

 

どうか、そんな人達がささやかな言葉や本によって救われる瞬間が起こりますように、宗教や民族の垣根を超えて助け合うことが出来ますようにと願うばかりです。

 

本書の著者である枡野住職に心から感謝致します。

 

この本が必要な人の元へ届きますように。