昼過ぎ

 

病院へ行く用意していたら

 

義妹さんからLINEが。

 

 

(病院から呼び出しあり。子供たちと向かいます)

 

 

なに?

ユウに何かあったの?

 

 

 

聞きたくない。。

 

 

頭が混乱する

 

 

 

震えた。

指も体も。

うまく返信が打てない。。

 

(私も向かいます)

やっとそれを打つ。

 

車?電車?

車だ。渋滞してても自由がきく。

 

 

 

運転席に座り、深呼吸を繰り返し、ハンドルを握りしめる。

 

落ち着け。

落ち着け。

 

もう一呼吸してスタートボタンを押す

 

 

運転しながら涙が出る

 

体が震える

 

到着まで1時間半、

いろんな想像が交差する。

 

 

ユウは死ぬの?

 

いや、ユウは簡単には死なない。

復活劇、昨夜話したばかりだ。

このままユウが死ぬなんて、そんな事あるわけない

 

絶対それはない!

 

 

 

短いLINEの文面からは状況が分からない。

 

 

向かっている途中、イヤな知らせのLINEがきたらどうしようか怖くなる

 

でも到着まで何にも連絡はなかった

 

 

病院へやっと着き、小走りで病室へ向かう

どこへ行ったらいいのか分からないけど

とりあえず通い慣れた病室へ。

 

入口の、ネームプレート版を見る

ユウの名前がない

 

それでも病室の中を確認する

ユウがいたベッドは既にベッドメイキングされていた

 

 

心臓のバグバグが止まらない

 

急いでナースステーションへ。

 

そこに主治医がいた。

彼女は私にすぐ気付き、出てくる。

でも慌てた様子はない

 

「個室に移ったの。案内するから談話室でちょっと待ってて」

そう言って主治医は一旦ナースステーションへ戻る。

話し方も動作もゆっくり。

そして無表情。

 

私は一番聞きたいことが怖くて聞けない

(ユウは生きてるの?)

 

言われた通りに談話室に行く。

 

 

義妹、長男、次女が4人掛けテーブルに座っていた。

 

(病室じゃなくなぜここに?)

 

3人は無言で座っていた。

 

声をかける。

「あの・・」

 

こっちを同時に向いた3人は無表情。

 

読み取れない。どっち?

 

 

義妹さんが

 

「誰も間に合わなかった」と言った

 

 

 

そこでどんな感情で泣いたのかは思い出せない。

ただ、談話室だから、ほかの人もいるから声は出してはいけないという思いが頭をよぎるが嗚咽が殺せない。

 

 

主治医がきた

「説明してから案内したかったけど聞いたのね。もう少し落ち着いてからにする?」

 

「いや、すぐに会いたい」

 

 

案内された個室には長女とユウの弟さんがいた。

 

 

ベッドで

ユウが眠ってる

目をつぶってる

 

 

でも顔色がそうだった。

これは夫の時も見た顔色だ。

 

(あぁ、ユウ・・・・)

 

 

 

泣き崩れた

 

ユウを抱きしめる

手はまだ温もりが感じられる気がした

でも顔は冷たかった

 

皆が部屋から出て行った。二人きりにしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

あとで、ユウは心嚢液の処置の方が剥がれてダメだったと説明があった。

 

 

 

 

それから

病院で涙が枯れるほど泣いて、今は家で呆けてます。

 

奥様の方の親御さんと、ユウの親御さんが到着したので、一人でそっと抜けて帰ってきました。

 

もしかしたらお別れはこれが最後となるかもと思いキスもしてきました。

 

親御さん到着まで、ユウとほぼ二人きりで居れた。3時間ぐらい、いっぱい話せた。

時々、ユウのお兄さんと弟さんくるけど長く見てられないと、少し話して出ていく、の繰り返し。

でもそこで私の知らない子供の頃のユウの話しが聞けた。嬉しかった。

ユウは絶対人の悪口を言わない純粋無垢な子供だったと。今と全然変わらない。

私もユウから聞いた兄弟の話しをする。

ガンプラは骨壺に入れたいと弟さん。私は二人の初めての共同作業だからもらいたかったけど譲った。

ユウと私は将来、安曇野に住む予定だった。その話しを先日お兄さんに嬉しそうに話していた。

お兄さんが「安曇野に住ませたかった」と号泣。また私も号泣。

 

長女ちゃんも顔を出し、

「見て。パパいつもはめていたよ」ってユウの左手を見せる。

パパ、いつもウタさんの話しするときニタニタしてた。

定年したら長野に住むって言ってたよ。

これ骨壺に一緒に入れるからね。

 

「ありがとう」が泣いててうまく言えない。

 

 

 

 

 

私たちが恋人として過ごした3ヶ月。

なんのために存在したんだろ?

 

分からない。

 

 

 

今はとても冷静です。泣きすぎて頭が痛いだけで。

 

でも私は分かってます。経験があるので。

この後にくる恐ろしく長く苦しい日々を。

 

 

 

それでも月日が癒してくれることも。

 

 

 

『世界で一番愛してる』

 

嬉しい言葉をいっぱいくれたユウ。

 

 

この心の痛みが月日に癒された時、

ウソ偽りない愛の言葉や、ユウと過ごした愛の日々の記憶が

私を一生支えてくれると思う。

 

2人で会うようになってからは、過ごした時間は、たった4ヶ月だったけど

そのために彼は私に愛を惜しみなく注いでくれたのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、心から思うことは

闘病中の方々が

 

治してほしい。

治ってほしい!

 

頑張ってるんだから絶対明るい未来があってほしい

こんな苦しい思いをしているんだから治らないとイヤだ

 

どうか希望と未来を。

 

 

 

2019/10/22  ウタ

 

私はここでいろんな勇気や希望をもらいました

励まされました

本当にありがとうございました