1.31  きみはyouだね勿来の関はぼくたちに「来るな」とゆうがぼくは ai かな | 短歌&野球

短歌&野球

ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

いわき、に行ってきました。


ちょっと新年早々、ハードな仕事が続いたので、ぼくも妻もね、からだが悲鳴をあげていたからね。


妻は元旦からほとんど休みをとれないでいた。若い介護スタッフがインフルエンザでばたばたと down したからだった。「ほんと、今の子は体力ないよ、こんなばばあを酷使させるんだから」と嘆いている。


まあまあ、そう怒るな。怒ってもしかたないよ。政府が何もしてくれない、でも、認知症のお年よりは増える。対応しなくてはならない。対応しようとしてるのは、麻生でなくてきみなのよ。


くるま.むなしいね。あ、道、間違えた。外環から常磐道への進路を通り過ぎてしまったよ。ごめん。ぼくも相当疲れてるのかもな。三郷から常磐道に入りなおすのに15分ほど費やした。


くるま.ごめんね。逆方向に走ってるみたいだ。常磐道から北関東自動車道で「ひたちなか」で降りてルート245を東海村方面へ走ってるつもりが逆方向だった。気づいてUターンして10分くらいの損出だった。


くるま.またやっちゃったね。日立駅の裏口に来ちゃったよ。あ、でも大丈夫だな。たぶんここが245号線の終わりだ。今の交差点を右折すれば6号バイパスだったんだね。


くるま.茨城県北部の海沿いを走る6号バイパスは快適だった。常磐道をまっすぐいかないで一般道に降りてよかったね。妻は日本地図 日本 がほとんどアタマに入っていないので地図を見ながら「海を見るのは何年ぶりかしら。海は広いな大きいな、行ってみたいなヨソの国ラブリー音符」とうっとりしている。休日してください。でもたしか、昨年9月に松山から広島にフェリーでわたったときにも、you は「海は広いな大きいな」してたよね。


くるま.わがクルマにはカーナビなんてものが設置されてないし、妻は地図を見てても右と左をいい間違えるクセがあるので、「次を右ね」とゆわれると左折したりしてうまくいってた。今回は妻の左右が正しかったのと、ぼくのカンがにぶってたのが重なって、たびたび道を誤った。でも、こんなの、すぐやりなおせるから誤りとか思わないほうがいい。たびたび間違うからいい旅なのだと思う。そう思わないと旅とゆうか夫婦なんて30年もやれませんよ。


6号を走っているのは、妻が北茨城の「野口雨情記念館」と五浦の「岡倉天心記念美術館」を見たいとゆったからだった。残念。いずれも月曜休館なのだった。「悲しいかい」「休みかなと思ってたから、そうでもない」「じゃあ、ぼくが『七つの子』をうたってあげよう」。


野口雨情。茨城の人。彼はものすごい異質なものへのあこがれと同時に自分をはぐくんでくれたしかし貧しいこの地域共同体へのこだわりを持った人でした。アタマのいい茨城県の男の子に共通している。ぼくが支持した佐川一信・水戸市長もそうゆう人だった。


雨情の作品は、ぼくたちは知らぬまに、歌わされていたものが多い。そして、ぼくならぼくの「雨情体験」は、きっと自分が思っているより重いのである。


たとえば幼いころにぼくが聞いて涙した歌のほとんどは雨情のうただったと、気づいたのは40歳くらいだったかもしれない。「十五夜お月さん」「シャボン玉」「青い目の人形」「「赤い靴」そして「波浮の港」「船頭小唄」。


さて、県境を越えて福島県に入る。まもなく「勿来の関」である。
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銅像は東北地方を「平定」した源義家

勿来は「来るなかれ」とゆう意味だ。

だれに来て欲しくないのかといえば、北へ追い払ったアイヌの人々が戻ってくるなとゆうのだから、ひどいもんである。


関とゆうから検問所みたいに考えていたが、山の上にあって石垣が積み重ねてあって、砦という感じだ。









ゆ いわき「かんぽの宿」についたのは4時半ころ。


なかなか広くてきれいな宿でよかった。そして「湯」がぼくの皮膚に合ったのがなによりうれしかった。

食事もよかった。やはり魚介がうまいところは、いい。


帰りはいわき湯本温泉に寄った。けっこうにぎやかな温泉街があった。熱い足湯につかった。「童謡館」とゆうのを見つけて何だと思ったら、野口雨情の記念館だったのでびっくり。雨情はこのあたりで暮らしたこともあったらしい。その縁でここにも記念館が…。うじょー、童謡館とは、動揺感じてしまいます。


たっぷり見学。あとはいわき湯本インターから常磐道をひたすら帰ってきました。



わあ、もう2月、キャンプインじゃ。


早いね。シーズンオフは短い。ツバメは沖縄・浦添に渡った。