王さん、50年間、ありがとう。おつかれさん。
ホームランとゆうのが、どうゆうことか、わかったのは1957年のことだった。
その年のたぶん選抜だったと思う。早実が優勝した。優勝投手は2年生の王貞治だった。
この大会で、王の放ったレフトスタンドへのホームランをテレビ中継で見た。
「ホームランを打て」と応援して、はじめて見た本物のホームランだった。
その年の秋、南海ホークスに入団4年目の野村克也捕手がレギュラーポジションを確実なものとし、
パ・リーグの本塁打王となった。30ホ-マーである。テレビ中継はなかったのだろう。
翌日の新聞で知った。「野村が30号!」とゆう活字が躍る見出しを、昨日のことのように覚えている。
ぼくは小学生になったばかりだったが、毎朝、新聞のスポーツ欄を読んでいたのである。
その年の11月3日、文化の日。ぼくはオヤジのズボンのベルトにつかまって、神宮球場へ行った。
東京六大学野球、秋のリーグ戦。立教対慶応の決勝戦。そして立教にとってはリーグ最終戦であり、4年生の
長嶋茂雄にとっては学生時代最後のゲームなのだった。この試合で長嶋は決勝ホームランを放ち、本塁打記
録を更新した(8本。現在はヨシノブの23本)。そして立教は優勝を決めた。
時代は変わってゆくなあ
王監督、最後の試合。
勝ったほうが5位、負けたほうが6位とゆう厳しい設定になってしまった。
前日までに順位に決着つけて、王監督感謝デーに集中すればよかったのにと思うが、勝負の世界の厳しさ、王・野村の両雄、
最下位決定戦といえども、力を抜くことはできない。
結果的にイーグルスのサヨナラ勝ちとなった。
ホークス・杉内とイーグルス・マー君の投げあいはすばらしかった。
9回をたがいに譲らなかった。
12回裏、草野、ヤマサキの連打で1-0で、試合は終わった。
マー君は10勝に届かなかったが「王監督最後の試合で、いい投球。ができてよかったです」。
SWAは3連勝。由くん、あわやパーフェクトの快投で2勝目。
横浜相手にデビュー戦でKOされたが、みごとにリベンジを果たした。
6回2死までパーフェクト。ピッチャー三浦に初安打をくらうなど、おもしろいヨシノリ。
8回、吉村に一発浴びて、1失点2安打、無四球で降板。今季投球回数は29回2/3で、1/3イニング差で来季の新人王の権利を残した。
パーフェクトだったら9回降板させるわけにいかなかったろう。
それから1失点したために4-1となり、イムチャンの日韓通算200セーブも実現しちゃった。
このあたり、由くんの「星」を感じる。
さあ、Gにすんなり優勝させないぞ。
