つなぎの4番、サブローは高畠コーチの最後の弟子である![]()
高畠導宏は30年に及ぶ打撃コーチ生活の最後の1年を、千葉ロッテマリーンズに戻って指導している。
2002年のことだ。
高畠によって打撃開眼させられたのが、福浦和也とサブローである。二人はいまやマリーンズのというより日本プロ野球の中軸打者といってよいだろう。
「フク、球場全体を使って打とうとしてないか」
高畠は福浦に対して、こんな言葉でヒントを与えたという。
福浦は語っている。
「僕は、リーチが長いので、アウトコースのボールにも手が届くんです。
ボール一つか二つ、外の球でも、打ちにいっていました。でも、そこでヒットも出るけど、多くを凡打にしていた。高畠さんは、それを<球場の端から端まで全部使って打とうとしていないか>という表現で左中間に飛ばす球の見極めの重要性を教えてくれました。
高畠さんによれば、イチローさんも、ボール一個分外側の球を振って、ファールではなくフェアゾーンに入れている、これを見逃せばイチローは4割を打てる、というんです。
ハッとしました。ボール球よりも、それより中で叩くことの重要性を改めてわからせてもらいました。高畠さんは僕らにとって、言葉で表せないほど最高のコーチです。選手に愚痴をこぼさないし、選手をかばってくれる。温かく見守ってくれるコーチなんです」
「僕にとって、高畠さんは特別な人でした」と、サブローもこう語る。
「技術的な面でもメンタルな面でも、高畠さんの支えは大きかったです。普通のコーチはなんでも直したがるのに、高畠さんは、ああ、そんなん変える必要ない、とそのままなんです。でも、僕の方が直したくて相談にいくと、答えを出してくれる。
僕のフォームは、肩が入ってしまうクセがあり、構えていて苦しい時がありました。それを相談したら高畠さんは、じゃあ、左肩を開いてショートの位置にセットしてみようかというんです。
その通りにしたら、構えが楽になって、不思議なことに次の打席で打てたんです
この福浦とサブローの証言だけでも、高畠という人がいかに非凡な打撃コーチか、わかってもらえると思う。
コーチとしてだけではなく、若い者の夢と悩みを受け止め、新しい一歩を踏み出せるように、優しく導く、オトナの人間としての豊かさも、わかってもらえると思う。
翌年、高畠が高校教師となって福岡へ赴任しても、福浦とサブローは遠征のたびに、高畠と食事をし、バッティングの悩みを相談したという。
さらに翌年、高畠は死の床にあった。
死の2週間前、病院に見舞った時、高畠は福浦に
「サブのバッティングフォームは毎日コロコロ変わるから、よく注意してやってくれよ」と言い、サブローには、
「いいか、おまえのことはフクが一番知っている。困った時は、フクに聞きなさい」と語っている。
福浦とサブローが恩師と交わした最後の言葉である。
門田隆将 『甲子園への遺言』 講談社 本体1700円