間がすこし空いてしまいましたが、後編になります。
前回は校正者の仕事のうち、初校と言われる、著者さんの原稿と印刷できる形にしたものを比べて直す作業を説明しました。
今回は再校、三校、と言われる、初校の後の作業について説明します。
初校が終わって編集者に戻された原稿とゲラは、その段階で一度著者さんも、目を通すことが多いです。
ここで書き込まれた赤字や、鉛筆の指摘を見て、それの採用不採用や、原稿を入稿した後に気になった点などを直すようです。
それも踏まえて、編集者が決めた修正点を、オペレーターがパソコンで修正し、もう一度印刷します。
これを再校刷、再校ゲラ、などと呼びます。
この再校からは手書き、パソコン、どちらで書かれた原稿も作業は一緒になります。
再校ゲラが校正者に渡されるとき、初校ゲラもコピーして渡されます。
と言うのも、初校、再校、三校…と別の校正者が仕事をすることがあるためです。
同じ人に校正してもらうより、別の校正者に頼み、別の視点から見ることで、さらなる指摘や、見逃していたミスなどを、発見する確率を上げるためです。
ここの作業は、初校の時のパソコン原稿の作業と、それほど変わりません。
初校ゲラに入った赤字と、採用された鉛筆の指摘が、その通りに直って再校刷として印刷されているかを、修正箇所を追うことで見ていきます。
ただ、編集者の赤字の書き方と、校正者の赤字の書き方では、色々と違う点があるので、若干意識が必要かもしれません。
作業内容としては、ここも前回言ったのと同じで、初校ゲラの修正の通りになっていない箇所は赤字で指摘し、自分で新たに発見した原稿のミスは鉛筆で指摘します。
そして素読みをして、また編集者に返す、と言う流れになります。
三校以降も基本的には同じ流れです。ただ、三校以降は著者さんのチェックが入らない場合が多く、かつ、修正点もかなり少なくなっているのが普通なようです。
ここまで一般的な書籍を扱う前提で、話して参りましたが、その場合は多くても四校まではいかずに、再校や三校の段階で、「校了」「責任校了」(略して責了)となる場合が多いです。
なぜかと言いますと、何人もの目を通っても、直すべき点が数える程度しかないならば、あとは印刷会社さんの責任で直すべき箇所は直して印刷してね、とした方が効率が良いからです。
あと数箇所なのに、また編集者が見て、パソコンで直して、校正者が見て、編集が見て…と直しがゼロになるまでやっていては、時間がいくらあっても足りませんからね。
じゃあ、四校…としたのは何なんだ?と思うでしょう。
四校以降は、辞書などの一部書籍で行われていることなのです。むしろ、広辞苑や大辞泉などの大きなものでは十数校、数十校などと行われることもあるようです。辞書自体を、何年もかけて作るからこそ、かけられる手間の数ですね。
さて、ここまで校正者の仕事について話して参りましたが、最近は少し違う仕事も増えています。
例えば、編集者さんが赤字を入れる前に、原稿だけをコピーして渡され、素読みのみ、という仕事もあるようです。
こうなると校閲者さんとの仕事の境は、あってないようなものですね。
校閲者という言葉もサラッと出てきてしまいましたが、上で言った通り、中身を見るような仕事を行われているのが校閲者さんです。主に新聞業界などで活躍されている方々ですね。
素読みだけ?じゃあ校正者の方が難しいのか?と思われるかもしれませんが、基本的には別の仕事です。
校正者は形としてのミスを発見する、校閲者は内容としてのミスを発見する。
形としてのミスを発見するにも知識は要りますし、経験も重要ですが、校閲者はより、知識と経験が必要です。
なにしろ、原稿だけを見て、自分の知識と、経験だけを頼りに、人の書いた文章を訂正するのです。
ただ、昨今、校正者の校閲化が進んでいるのも事実ですので、業界の人間以外では、もしかしたら業界の人間でも、どちらの仕事をしている方なのか、見分けるのは難しいのかもしれませんね。
読んでいる方の中に、もし、コツコツと文字と睨めっこするのが苦ではない方がいるなら、校正者、校閲者としての適性があるのかもしれません。
以上、校正者と校正という仕事について、説明させてもらいました。
すこし駆け足だったようにも思いますが、ご理解いただけたでしょうか?
間違っている箇所の指摘や、誤字脱字の報告でも、喜んで受け取りますので、もしよろしければ、コメントやいいねなどしてくださると嬉しいです。
それでは失礼します。