私は、浪人の途中で東大文一から文三に志望を変えた。これには積極的な理由と消極的な理由があった。

 

まず積極的な理由であるが、大学で学びたい分野が変わったことである。私が、文一を志望した理由は、文一が最高峰であったということもあるが、司法試験を受けて法曹になるか国家公務員一種(現在の総合職)試験を受けてキャリア官僚になりたいと思ったからであった。

 

しかし、そもそも法曹やキャリア官僚を目指したのは、上昇志向のなせる業でしかなく、これら職業に就きたい具体的な動機はなかった。また、浪人して、自分が大学で何を勉強したいのか考え直す時間ができた。

 

私が高校生から浪人にかけての時期は、世界が激動した時期だった。高2のときに冷戦が終結し(1989)、高3のときは湾岸戦争が起き(1990‐91)、浪人のときはソ連が崩壊した(1991)。私は国際関係論に興味を持つようになった。

 

調べてみると東大では教養学部に国際関係論の講座があった。私はそこに行きたいと強く思うようになった。教養学部は文一から理三までどこからでも進学できるという。そのなかでも文三からの枠がいちばん多いということで、私は文三に志望を変えた。


次に消極的な理由である。それはズバリ文三の方が文一より入りやすそうだったからである。浪人時、私は文一は模試でD判定までしか出なかったのに対し、文三はC判定まで出ていたからである。

 

以上のような理由で私は文一から文三に志望を変えた。しかし、教養学部への進学に関して文三からの枠がいちばん多いといっても、ほとんどが法学部に進む文一や経済学部に進む文二と違って、文三は進学振り分けがあり、競争が激しいので、教養学部に行きたいなら、やはり文一か文二に行った方がよいと知ったのは、かなり後になってからであった。