29年前の今日、東大文三に落ちた。

 

このブログは昨年の今日から始めて、1年間東大不合格体験記を綴って、今日、最終回となるはずだった。

 

しかし、思いがけないコロナ禍で、心身ともに疲労し、また、模試結果等資料を実家に取りに行くこともままならず、全然思うように書くことができなかった。まだこのブログを終わらせはしないが、29年前、東大に落ちてからどうなったかを書きたいと思う。

 

私は、早慶にも落ち、結局その下のクラスの私大に進学した。早稲田の政経には受かったら行きたかったけど、慶應は別に魅力を感じてなかったので、どうでもよかった。

 

私は滑り止めの大学(仮にM大学としよう)に進学したが、東大への未練を捨てきれずにいた。当然親は二浪を許さなかったが、私は仮面浪人する気でいた。しかし、受験勉強を続けていたのは4月まで。ゴールデンウィークを過ぎた頃から、大学が楽しくなり、結局再受験を辞めた。M大学に入学した当初は、「こんなところ俺のいるところじゃない」とか思っていたが、幸いだったのは、優秀な学生と先生がいて、いろいろと刺激を受けたことであった。

 

私は大学での勉強、というか学問がおもしろくなり、卒業後は大学院に進んで研究者を目指すことにした。そして、東大の大学院を受けた。筆記は受かったが二次試験で落ちた。東大には縁がないことを思い知った。

 

結局受かっていた某大学(世間的にはM大学よりは格上)の大学院に進み、紆余曲折あったが現在は高等教育機関の研究・教育職に就いている。当然、同僚には東大出身者もいる。

 

私は現在、自分の望んでいた職業に就けている。東大に落ちてから何年かは東大に行けなかったことを引きずってきたが、今はそのことを肯定している。むしろ東大に落ちてM大学に行ってよかったんじゃないかとさえ思えるようになった。もし、東大に受かっていたら、今の自分があったかわからないからである。

 

人生の折り返しを過ぎて思うことは、月並みではあるが、人生とは本当にわからないものだということである。東大に落ちても、何とかなったなあというのが私の実感である(もちろん一般化はできない)。


つまるところ、当然のことであるが、東大に落ちたからといって人生終わりなわけでもないし、東大に合格したからといって人生安泰というわけでもないのである。