「ねぇ、カルロス、結婚してるってどういうこと!!?」



それはエリカが妊娠3ヶ月の時であった。

カルロスは、まるで淡々と、悪気もなかったかのように、

少し笑顔交じりの冷静を装って話した。



「僕は7年間、ブラジルにいる家族のために仕送りをしてきた。

コイン1枚残さず仕送りしてきたんだ。 両親は明日来るであろう

請求書も心配することなんてなかった。 僕がいるからね・・・。

スーパーでスキな物を手にとってカートに入れられる生活も、

今彼らが住んでいるアパートも。 全て。。僕が買った物だ。

それと引き換えに、 僕は・・・…7年間、違法滞在だったんだ。」



「い、違法、滞在?」


エリカの頭には違法滞在というものはピンと来なかった。

悪いことなんだろうが、イマイチよく理解できない。


切符を買い、飛行機に乗って、アメリカに着く。

小さな本(パスポート)にハンコを押してもらい、

その記された期限まで帰らなければならない。

その期限が一日でも過ぎたら、 違法滞在 という

名前に変わる。 ただ、それだけのことだ。


エリカは そう、それが何なの、 と思った。



「僕は、150万円で、アメリカ人女性と結婚しているんだ。」



エリカの頭は真っ白になった。 

エリカの人生は、いつだってバラ色だった。

エリカの中で、人生とは、 ”楽勝”

その一言だった。  悪い人なんてこの世に存在しない。

世界の中心は自分。


そう思っていたエリカの人生に何が起きたというのだろう。

エリカはお腹に手を触れた瞬間、


もう 戻れないよ、



と誰かが囁いた気がした。


この男とマリファナ吸って酒におぼれ、

散々セックスした日々も自分が妊娠したことも。

恥に思えた。 無かったことにしたくなった。



「今も。 その人と結婚してるの?」



「そう。 永住権をもらえるまでの契約なんだ。」



「意味わかんない。意味わかんないよ、結婚てさ、

愛する人と、一生涯に一度。 じゃないの!??」



「それが理想だけどね・・・」



そんなことまでしてアメリカでお金を稼いで、自分は

ろくに金もない。 ただ親に金を貢ぐ彼の意味がわからなかった。



「家族愛だよ、君は本当の愛を知らないんだ。」



そんなことを吐き捨てられた。



結婚て何? 紙だけの約束みたいな。 紙切れ一枚の契約

みたいな。 人間の作った社会のルール みたいなものでしょ。


ずっとエリカはそう思ってきたはずだったのに。

今はその 紙の契約 に振り回されている。

小さな命の芽生えさえも喜べなくなっていた。

ただただ、自分は 騙されたのだ ということしか頭にうかばなかった。



「こんなこと。 知ってたら。 あなたとの子供なんてほしいと

思わなかった。」


「・・・・・・・・。」


カルロスは黙りこんでいたが、そんな事。最初からわかっていたから

エリカには黙っていたんだろう。

手に入れるためなら手段を選ばない。 とはこのことであろうか、



虚しい日々が続く。 しかし何も変わらない日常に、

エリカの中の新しい命は、1日に何億年分もの人間の進化を

遂げている最中だった。



エリカは、次第にカルロスの隠していた秘密を受け入れようと

思った。 新しい命のため。 そして、

彼の知っている 『家族愛』 というものを感じてみたくなったのだ。


エリカ 「ねぇ、家族って、何・・・?」


カルロス 「全て。 僕の全てだよ。」


エリカ 「全て?」


エリカには 全て の意味さえわからなかった。

エリカは何ヶ月 父親と、母親と連絡をとっていないかさえも

忘れていた。 

カルロスは一日に何回も弟と、父と、母と。 会話をするか

わからない。 そして。それも、愛。 だと言う。



しばらくしてエリカはカルロスと彼の”妻”の偽造された

結婚式の写真を見る決心がつく。

見てみると、そこには

とても美とはかけ離れた、体の大きな女性が、

カルロスと仲むつまじく写っていた。


カルロス 「彼女の名前はクラウディア。 今23歳。結婚したときはまだ

彼女は二十歳だったんだ。 彼女にはとても感謝している。 僕は彼女に

できる限りのことをしてあげたいんだ。 一生かけてでも。」 



エリカは、『彼女にとても感謝している、』と気持ちよく言い切るカルロスが

とてもいい人間に見えた。


数ヶ月経ってもエリカには完全に理解するという気持ちは無かったが、

お腹の中の子供とともに、それは全ていい方向へと向かってくれると

信じた。




そして待望の1月。


病院の先生の都合もあり、予定日の2週間前に促進剤で

エリカは子供を産むことになった。



病院に着いたのは夜の11時。

初産ということもあり、それはそれは難産といっていいほど

ひどい出産だった。 25時間かかり、やっとの思いで

男の子誕生。



エリカが最後の最後に力を振り絞っていきんだ瞬間、

元気な男の子の産声は甲高く、天まで届くようだった。


がしかし、あわただしくざわめくみなの姿を見て

エリカは何が起こったかわからないでいた。


ずっとエリカの手をにぎっていたカルロスも、

硬直したまま動かず、やっとの思いで動いたのは、

医師に呼ばれたからだ。



カルロス 「どういうことですか? 何があったんです??この子に。」


医師 「大丈夫ですよ、手術で直りますから・・・。 俳優のワキンフォニックス

もこうして生まれたんですよ、」


カルロス 「脳に障害など、何かあるんですか?」


医師 「大丈夫です、彼はとても健康ですよ」



エリカとカルロスとの間に生まれた子には、顔面奇形が

あった。 それはとてもひどく、鼻と口がみっつに裂けて、

誰しもが目にしたら、硬直してしまうようなひどい顔だった。

口唇口蓋裂 といって、口の中も裂けているため、

哺乳瓶も飲めない。


エリカはまだ見ぬわが子に何があったかわからなかった。


カルロス 「先生、彼女に子供を抱かせてやってもいいですか、」


医師 「かまいませんよ。」


カルロス 「エリカ、赤ちゃんは無事生まれたよ、でも、顔に大きな

障害がある。 でも大丈夫、何も心配はないよ、彼が一生かかっても

知ることのできないくらい大きな愛を2人で奉げよう。」


そうカルロスが言う。 エリカはほっとして、赤ちゃんと対面する。


想像もしてみなかった顔を目の辺りにしたエリカは、

何故だか驚くこともなく、生まれて初めてわが子を抱く。

赤ちゃんも生まれて初めてお母さんに抱かれた。


「一生忘れない。 この、温かい 重み。」


エリカはぽつんとつぶやいた。