カルロスが急に変わり始めたのは子供が生まれてからのことだった。
これから築いて行くすばらしい家庭に胸を膨らませて
いたエリカとは裏腹に。
カルロスは色々な問題を一人で抱え込み、ストレスを
エリカにぶちまけるようになった。
朝から晩まで働き尽くめになり、家に帰ればエリカに罵声を
吐き捨てた。
そして極度の嫉妬・・・。
「今日はどこへ行っていたんだ。」
「ビーチよ、ほら、写真」
「・・・・・・・・誰だこの男は・・・?」
「えっ??男って??」
写真の隅っこにたまたま映っていた男だった。
「え、知らない人じゃない、たまたま映っただけよ、」
「ビーチはなんでこんなに広いのに男の近くに座るんだ!??」
「え・・・・・?・・・・・・あ、ごめんなさい。」
そしてそれからエリカの服も選ぶようになる。
これは着てはいけない、これはいい。
エリカがスキな服を買ってきて、カルロスがそれを
気に入らなければ捨てられてしまう。
少しでも肌を見せたらいけない。
化粧をすることさえも許されない・・・。
そして、育児もエリカ任せになる。
夜鳴きが始まれば、ものすごい罵声を吐くのだ。
「エリカ!!!エリカ!!!!!どうにかして赤ん坊泣き止ませろッ
お前の頭カチ割るぞ。」
言葉の暴力。 毎日 殺すぞ という言葉を聞くようになった。
こぶしを掲げて襲い掛かってきた瞬間もあった。
エリカは日に日に恐怖を覚え始める。
いつ殴られるかわからない。
笑顔の消えていく生活・・・・・・。
エリカは友人に相談すると、すぐに
DVサポートセンターの電話番号を教えてくれた。
「ここに電話すれば、子供と寝泊りできる場所も
提供してくれるから・・・・。」
エリカは救われた気持ちになった。
カルロスは、子供の授かった障害と、
初めての育児との生活から逃げるようにして
仕事に没頭し始めた。
何もかも忘れるかのように。 むしろ彼は忘れたかった。
外で仕事をしていればなにも無い世界に戻れる・・・
そう思った。
一方、エリカはただただ信じたかった。
彼はただ、仕事で疲れているだけだ、と。
でも。 名前を呼ばれるたびにビクビクする生活。
道で男の人に道を聞かれただけで、
どこかでカルロスが見ているんではないか、と
挙動不審になる。
好きな服も着ることのできない生活。
スーパーでの買い物さえ、行く前に電話して許可を
得なければならない生活を目の前に、
気が遠くなった……。
家族想いの彼がなんて素敵だろう、 そう思っていた
あの彼が、今はもう、ただの悪魔にでしか見えなくなっていた・・・。
そして、エリカも、決してその”ルール”に反そうとしたり、
自分から抵抗したり、Noと言ったりすることはなかった。
むしろ・・・・できなかった。
「あなたは間違っている。おかしい」
心の中でしか叫ぶことはできなかった・・・。
そのうち、育児ノイローゼになり、
子供が泣けば、自分も大声でドアの前で泣き叫び、
本気で死んでしまいたいと思った・・・。
なんとか子供も1歳を迎え、その年の夏・・・。
カルロスの兄家族がブラジルから遊びにやってきた。
カルロスの兄はカルロスとは正反対で、
体も中身も、ドシン!と構えた頼りになりそうな、人柄。
彼の奥さんは大学病院の脳外科医。 長身で、美人で、
そばにいるだけで、病んでいるところが癒されてしまいそう
な人だった・・・。
エリカは初対面だったが、彼女に全てのことを話した。
彼が怖いこと・・・。そして、もう彼と一緒にはいられないと
思うこと・・・。
そしてまた、カルロスも、思いつめていた自分の内心を
全て兄に話し始めた・・・。
エリカは何が起こっているかわからなかった。
隣の部屋から聞こえてくるのは、大声で泣き叫ぶカルロス。
すすり泣きは2時間も続き、そして・・・
「エリカ、エリカ・・・・お願いだ、愛しているんだ、お前も。息子のことも。
心から・・・・。 ただ、ただ、どうしていいかわからなかった。
毎日毎日を、どう過ごしていいかもわからない。
こうして誰かにずっと話したかったんだ・・・・・・・・・。」
カルロスは今までの自分のことを振り払うかのように、
毒を出すかのように泣き続けた。
そして義姉が言った。
「人間は変わらない・・・。 けれどね、人間は何時も学んでいるのよ、
今日のあなたは、昨日より賢い。 明日のあなたは今日よりも賢いの。
今日解けなかった問題は明日解けるかもしれない。 今日よりも
賢いあなたがそこにいるんだから。・・・人間は1分1秒って、常に学んで生きているのよ」
今現在でもエリカは彼女のこの言葉をひと時たりとも忘れてはいない。
この言葉があったからこそ、彼女は今もなお、カルロスと同じ時を
共に過ごしている。
2人の天使も一緒に・・・。
「エリカ!!!ちょっと化粧濃すぎないか、今日。」
「関係ないでしょ!私はいつも綺麗でいたいの!!女でありたいの!」
「・・・・・お願いだよ、そのショーツも短すぎるよ、他の男が
じろじろみたらイやなんだ。 お願いだ、僕のこと愛してるなら
着替えてきてくれ。 僕だけのLinda(美しい人)でいてくれ・・・!」
どうやらカルロスも、エリカとどう”会話”したらいいのかを
学んだらしい。
そしてその嫉妬も、エリカには心地よくなった・・・。
彼女は言う、あのつらかった日々を今振りえってみると、
まるで悪夢だったのではないか、と。
そして何かの”間違い”ではなかったのか、と。
実際に、この夫婦は今でも 変 だが、あきらかに言えることは、
彼女達は 『前に進んでいる』。
カルロスは、エリカの言っていたとおり、家族愛の強い良き父親は
勤めている様子。
だが今だに1時間置きにかかってくる電話は、見ているこっちが
ウザいものである・・・。
それに付き合っているエリカもエリカだ。
結局こいつらも・・・・。
バカか。
人間は、この道が正しい、と錯覚しながら前に進んで行く。
この道が正しい、
この道が正しい、
この道に間違えはない、
っと。 錯覚させ ながら。