AGA治療革命より引用 69　ドナー・ドミナンス理論

　ラインスリットにしても、ホールスリットにしても、移植したグラフトは３日間ほどで安定すると言われています。移植されたグラフトはいったん休止期に入り、１週間から４週間くらいまでの間にそのグラフトの毛は80〜90％が一度抜けてしまいます。その後、ほどなくして成長期に入り、徐々に産うぶ毛げが生えてから、半年から１年で正常な硬毛へと力強く育ってくれます。移植したグラフトの定着率を調べた国際的な大規模調査によると、およそ90％と高い割合を示します。グラフトの定着率が高い最大の理由は、ドナー・ドミナンス理論により、男性型脱毛症になりにくい毛包の性質が受け継がれるためです。
　もう一つの理由は、毛包自体が生命力の極めて高い組織だから。自毛植毛では、毛包と周辺の組織も一緒に移植します。でも、毛包が毛髪を育てるには、血流が必要であり、血流を流す血管を調整する神経とも連絡しなくてはなりません。たとえば、古民家を離れた場所に丸ごと移築したとしても、それだけで生活できません。電気、ガス、上下水道といったライフラインと連結しない限り、定住はできないでしょう。移植された毛包もそれと同じなのです。でも、自毛移植はグラフトをただ植えているだけ。それでも血管や神経といったライフラインが無事に開通し、定着（定住）できるのはどうしてなのでしょうか。詳しいメカニズムには
不明な点も多いのですが、私は次のように考えています。切り傷を負っても、軽いものなら、何も治療しなくても自然に治ります。ダメージを負った部分に、傷を治すためにいろいろな細胞が集まり、血管や神経も通うようになります。このように治療のためにできる組織を「肉にくが芽」と呼びます。ホールスリットでもラインスリットでも、皮膚が小さな傷を負っている状態。おそらく小さな肉芽が生じて、自然治癒のプロセスがスタートします。そこへ細胞を増殖させる強い生命力を持つ毛包がやってくると、両者の相互作用により、血管や神経が連絡するようになり、移植先で毛包が正しく機能するようになるのでしょう。
　形成外科などでは、毛包の優れた生命力を生かした治療法も行われています。火傷した部分に毛包を移植すると、火傷の治りが早くなるのです。野生動物は天敵と戦ったり、獲物を狩ったりする際に生傷が絶えません。彼らは、傷を負っても病院に行くわけでもなく、塗り薬を塗るわけでもありません。それでも多くは、自然に治ってしまいます。その強靭な自然治癒力の一翼を支えているのも、おそらく〝獣（ケダモノ）〟である彼らの全身を覆っている毛髪（毛包）ではないかと私は密かに考えています。

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